twitter好きなのは色んな人のおすすめ(音楽、食べ物、絵画、映画、漫画…)を知ることができるからだ。
音楽は自分で掘るのが一番、でも私は人のおすすめを聞くのが好きだ。何故かと言うと興味が広がるからだ。自分の感覚ではスルーしてしまう音楽も、特に興味のある人(友人、知り合い、好きなバンドマン)が勧めているものはその人達なりのフィルータを通して新しい可能性になる。
私の会社の上司は大概頭がおかしいのだが、自身演奏することもあって音楽が好きである。そんな上司がおすすめするのがこのMateus Asatoだった。若干25歳のギタリスト、活動の場はtwitterやyoutubeなど。確実に新しい世代のミュージシャンなのだろう。面白いのは音源がほぼ皆無(コンピレーションに1曲のみ提供したものが流通しているのみ)なのにギターメイカーから彼のシグネイチャーモデルが発売されていること。
私は中学生の頃Sex Machinegunsにハマっていた。初めて買った洋楽のCDはBuckcherryではなくて確かJohn Sykesだったと思う。とはいえほぼほぼテクニカル系の音楽は聞かないできた。一回Nunoの来日を見に行ったことがあるけど、高音がきつい上にこれでもかというくらい弾きまくる(大抵のファンは喜ぶんだろうが、私は「Crave」などどちらかというとNunoのソングライティングの方に惹かれていたのです。)ので途中でちょっとうーむとなってしまった。
たしかに普段聞き慣れないジャンルではある、しかしメタルコアとクラシック音楽、そして日本のフォーク(長渕剛、吉田拓郎など)をこよなく愛する上司が押すくらいなら間違いないだろうということでライブへ。(平日にライブのために会社を抜け出すのは困難を極めるが、上司が一緒だととても安心だということを皆さんはご存知だろうか。)
下北沢のライブハウスには何回か行ったことがあるが、Gardenは初めて。
きれいで私がいつも行くようなライブハウスに比べると大きめ。
客はかなりはいっていて、男性がとても多め。見るからに学生、スーツ姿のサラリーマン、年配の方、バンドマンっぽい雰囲気の人、いろいろなカテゴリが参集していたがなんとなくみんなギターを弾きそう、という雰囲気が共通していて面白い。
やや押してライブがスタート。
以前の来日(上司は2回ともいったらしい)はマテウス本人のみだったが、今回はドラム、ベースとギターのマテウスの三人でバンド編成。(いずれもバカテク。)
この日のマテウスは終始リラックスした感じ。
どうなるもんだろう?という感じだったが始まってみるとこれがとても良かった!
まずは彼の表現力に驚かされる。とてもメロディアスでエモーショナルだ。こんな表現はどんな音楽にも当てはまるから意味がないが、まずこう描いておく。
通常の曲というのはテーマ(サビ)があってそれの前にいくつかの提携のメロディが配置されている。これはポップスもそうだが、メタルだろうがハードコアでもほぼ同じやり方が踏襲されている。ところがマテウスはそうではない。もちろんテーマはあるのだろうが、もっともっと自由に弾く。
(明確に継ぎ目がわからないのでなんとも言えないが)おそらく1曲はかなり長いと思う。例えば5個以下のリフとメインとなるメロディを作ってそれを回していく、というのではない。全部が連続していて、そして同じようなフレーズはあまり出てこない。
相当プログレッシブかというとそんな気がしない。相当テクニカルではある。しかし大仰な感じはまったくない。フレーズ自体が複雑でもリズムがシンプルでこまめに変えていかないからだと思う。
ギターの音色は弱めの歪み、リバーブなどの空間系をほんのちょっとかけるのみでごまかしの聞かないロウ(粗いではなく生々しい)なやつ。
音の粒がとにかくきれいで、雑味が入らない、音量が揃っているというよりは完全にアタックの強弱でコントロールされている、音はのっぺりしていなく、スライドやチョーキングで意図的に揺らされている。粘り気があり、ゆらぎがある。例えるならこうだ。ある晴れた日にお天気雨が降り、窓についた雨粒が流れるのを眺めているような。細かく、小気味の良い音が鈴なりになっている。
ピック弾きと指弾きを流れるように切り替え、単音、コード、カッティング、速弾き、スライド、チョーキング、ハーモニクスを駆使して曲を組み上げていく。(技術的な描写力のなさが歯がゆい。)どれにも固執することがなく、ただ必要だからそこにあるというテクニックだ。それでいて高等技術の博覧会的な要素はまったくない。全ては良い曲のため。
ボーカルが担当していたメロディラインをギターが担当する、または轟音ギターで重々しくもシンプルなメロディを補填するといったポストロック感はなし。
曲によってはかなりロックであり、ロック・ミュージックのギター解釈。それが結果的に典型的なロックの枠を出ている、といった趣。
音はきれいだがBGMとして耳から耳に素通りしていく小奇麗なそれではない。かなり実験的でそして挑戦的だ。
聴いてて思ったのは音楽は数学だ。
私も楽譜はみたことがあるが、オタマジャクシの種類に頓着したことがない。実際には4分音符、8分音符、休符と様々な種類があり、どんな音が鳴るかを示している。
一定の時間という概念、小節で切り取った時間を更に音符が分割していく。
マテウスはここが匠で、小節を自由自在に切り刻んでいく。たとえば小終わりの方でつじつまを合わせるみたいなのはない。音の数が増えたり減ったり、縦横無尽である。これによってメタルののっぺりした速弾きとは異なり、音にうねりが生まれてくる。
マシンみたいに正確ってなぜか芸術の分野ではむしろ侮蔑的に使われることがあるが、確実にそんなことはない。技巧が表現力を表現力が感動を生むのだ。
マテウスは常に良い顔でギターを弾く。よく白目をむいている。気持ち良いのかもしれない。終始楽しげで、そんな彼の人柄がよくよくにじみ出たライブだった。
ちなみに上司は痛く感動し、性的興奮すら覚えたと言っていた。やはりギターを弾く人間は頭がオカシイなと思った。
2019年5月12日日曜日
2019年4月30日火曜日
DEATHRO TOUR2019 THIRTY-ONE≠ZERO. 『STARDUST MELODY』 RELEASE BASH 1-MAN 2DAYS@下北沢Shlter
私はお昼のライブが結構好きだ。
なんとなく気軽な気持ちで行ける。
というわけでDEATHROのライブへ。
ついこの間まで「デスロー」と読んでしまう(正しくは「デスロ」)ようなにわかである。音源は一個も持ってない。
雨が降ったので自転車NG。
GW時間なのかバスが全然来なくてヤキモキしたが少し押したのでなんとかスタートには間に合った。
DEATHROはもともとAngel O.D.、Cosmic Neuroseというハードコアバンドで活動していたが、2016年にソロとしてキャリアを開始しているそうだ。
お客さんはかなり入っていて、私は前情報がないのでどんな音楽だろうかと思いドキドキしていた。
いよいよライブスタート。
ドラム、ベース、ギターのバックバンドはラフな格好だが、DEATHROさんはバッチリメイクに、上下革で決めてくる。
曲が始まると結構びっくりする。すごくポップだからだ。
早くもなく遅くもないビートで、キラキラしているがわかりやすい(コード感のある)バックに、クリーンのボーカルが乗る。
ハードコア、という感じは微塵もなくAメロ、Bメロ、サビ×2、ギターソロ、(Bメロ、)サビという曲展開。
とにかくメロディアス。
おお、これはポップだ。洗練されている。そして無駄がない。
決して洗練はされていない。しかし垢抜けないのではない、懐かしいのだ。
これは楽曲やPV、見た目など、今の流行とは違う、特定の年代の音楽を意識されているから。具体的には90年台のJ-ROCKということだ。
インタビューを読むと、氷室京介さんやBOØWYやヴィジュアル系バンドの名前が出てくる、なるほど。
個人的にはDEATHROはヴィジュアル系の影響はありつつも、マニアックかつ独特の耽美さというよりは、もっと骨太なロックぽさが強め。
歌が強いんだけど、演奏はただなっているだけで耳に残らない歌謡曲ではない。
面白いなと思ったのはギターで、イントロやギターソロの入りにその曲のサビのラインをほぼそのまま、やや崩して入れている。個人的にはこのやり方が「あ、あの頃!」ってなった。音自体もクリーンに空間系を噛ませてブーストさせて太い、あの感じ。
今やると言葉は悪いんだけどちょっとダサくなってしまう。これはそのものがダサいんじゃなくて今の流行と断絶があるからに過ぎない。
だから変に手法だけ取ればダサいんだけど、DEATHROは全体的に90年台を志向しているから全体的にはすごくしっくりしている。部分的にとってきてリバイバルですよというのじゃない、根本から持ってきて(リスペクトがあるからできることだと思う。)今2019年に新しい音楽を作っている。
ギターのリフはキラキラしていて、反面裏のベースがかなりしっかりしていてリフが格好いい。
ちなみに終演後に気がついたのだが、耳に痛くはまったくないけど結構音は大きかった。
DEATHROはとにかく客を煽っていく。
盛り上げ方がうまくて無理やり乗せるんでない。
「もっと行けるよね」と煽ってくる。決して大きいライブハウスでなくても、すごく大きい会場のようなスケールの大きい煽り方。
観客はDEATHROに引っ張り上げられてどんどんテンションが上っていくような感じだった。
初披露の曲も「シンガロングしてよな」といって笑いを誘うが、実際めちゃくちゃポップなので本当に初回で歌える。すごい。(新曲の「プラスティック(もしくはラスティック)エモーション」という曲はすごく良かった。)
アンコールは丸山さんという女性のピアニストを迎えてのピアノアレンジを挟んで、ラスト2曲で締め。
楽しかった。
情報量が多くてあれこれ考えちゃう。
まずDEATHROさんは時代性を持ったアイドルだなと思った。
時代性というのは大体わかってもらえると思う。90年台のJ-ROCKだ。
でもじゃあ具体的には?ボウイや氷室京介の名前を上げることはできるだろう。でもそれだけじゃないよね。
そう、こういうなにかによく似ている感じ。いざ具体的にその似ている大本を上げるのは実は結構難しい。
なぜかというと「あの頃」は具体的なバンド(やその他なんでもいい)を含めた全体的な雰囲気であることが多いからだ。結構抽象的なんだ。きっとひとりひとり別々の「あの頃」があるはずだ。
みんなの頭、胸のうちにある「あの時(代)」を見事に体現している。
つまりDEATHROは抽象性を汲み取って具体的にこの世界に顕れている。(一つの現象といえますね。)
みんなの思いを具体的にして顕現している、これは偶像、つまりアイドルだなと思ったわけ。
ところがDEATHRO演じているようで演じていない。
スケールの大きいMCも上から目線では全然ないし。
地元県央の日常を歌にしているとのことで、歌詞は地に足ついて現実的だ。(個人的に新曲のもう一つ、歌詞が結構儚かったような気がする。「全部風になって消える」的な。)
こういう部分は現実に立って主張するハードコア由来だろうか。
ライブの雰囲気がとても良い。というのもお客さんが楽しそう。顔見知りも多いのだろう、終演後はみんな口々にライブの感想を言い合ったりしている。
元ハードコアの人ということで、サーフする人もいたし、アンコール最後はフロア前方の密度は相当。でも危険な感じはないし、女性も多かった。
みんな笑顔だ。わかる、初見の私も楽しかったもの。
DEATHROさんが「新しい時代は差別とかがなくなるといい」と言っていてたしかにそうだと思う。
ただ4月30日が5月1日になった途端に世界が変わるわけじゃないから、自分たちが良くしていかないとな、と思いつつ帰宅。
2019年3月24日日曜日
Twolow presents “garlic? Vol.7” @小岩bushbash
皆さんお元気ですか?
私はなかなか忙しくやっております。
悩みのタネは尽きない。
なくなったらこっちが探すからです。
生活が苦しいのはもう慣れるしかねえな、と思う今日このごろ。
なかなかかぶりが酷かったこの日、自分が行ったのは小岩。
FIXED
見るのは2回目、おなじbushbashで。
ストレートかつパワフルなハードコアかと思いきや、ファーストフルリリース後改めて見るとかなり印象が異なる。
ずらりと並んでアンプも異様で音がでかい。
ドラムも位置だけでなく前に前に出てくる印象。
全音音量マックスの迫力だか、聞いてみるとハードコアに留まらない何かを感じる。
単に空間系のエフェクトを噛ませたスローパートがあるからじゃない。もっと他の何かだ。
このギター、ギターがロックじゃない?
ハードコアの枠に収まらなくない?
エネルギッシュに前に出てくるかんじ、でも勢いだけでない、フックがある。
スピーディなリフの中にもう一つアクセントを入れるような印象。
敢えてそれをハードコアに噛ませる姿勢だけど、しかしそれによって確実に類を見ない音楽になっている。
ブルースとまではいかないが、ビンテージな感じ、少し埃ぽい。
確実に違うところもありながら、私の頭に浮かんだのは最近新作をドロップした金沢のGREENMACHiNE。(ちょうど聴いていたってこともあるか。)
そういえば彼らはHardcore Rockを標榜、実践している。
あそこまで泥沼に足を突っ込んだ泥濘サウンドではないが、タメがありながらもそれによって生まれる独自の突進力とグルーヴを展開しているという意味で似てると思う。
そうなるとスローパートも老人の仕事の浮遊感に通じるような…穿ち過ぎ?
ALP$BOYS
始まってすぐ思ったのはこれはファストコアではない。
まず露骨にドラムのリズムがおかしい。
シンバルを多用するフリージャズの要素がある。
粘っこいベースと噛み合って横ノリを生み出している。
なんだこれは。
そして歪ませすぎないギターの反復。
これはEarthlessのサイケデリアか。
ボーカルもハードコアな低音かと思いきやラップも披露。
フリーキーな横ノリで揺らせて、サビはロックの縦ノリで吹っ飛ばす、華麗な空中コンボ。
さながらRage Against the Machineか。
ロックのフォーマットでアウトプットされているが、その実雑多でマニアックなな元ネタたちが渦巻いてる、鎌首もたげてとぐろ巻いてる。
そんな殺気をフルファストな曲に込めてシメ。
ボーカリストは野球の素振りめいた動作をしたり、ナーバスのときに一人モッシュをしたり、近寄りがたい雰囲気で格好良かった。
音楽的には豊穣なんだけど最終的にハードコアになっているのはこういったアティチュードによるのかもしれない。
sasaya-
最近リリースされた二枚目のアルバムがとても良かったが、やっとこ見ることができる
張り詰めている。
緊張感が。
スリーピースで突き刺すように尖ったギターの音。
必死の形相のボーカルの力の入れよう。
まるで愉快なお芝居を見に来たはずが、それは実は口実であり、実際には非公式の法廷で観客の私たちが丸ごと糾弾されているようですらある。
ただしそれだけではない。
それだけではとても説明がつかない。
音的にはジャンクと自ら称することもあり、なるほどハードコア、パンクの範疇から逸脱したひりついた殺伐さは、シンプルな編成飾らない音作りという楽曲のスタイルとあいまってUnsaneに代表されるノイズロックに大いに通じるところがあると思う。
ただし血塗れの世界を狂気を孕んだ目で、ある意味冷たく俯瞰する彼らとはこのバンドは一線を画している。
冷笑的な、つまり皮肉に富んだユーモアがsassya-にはない。
あくまでも主観的に、世界が血塗れならそこで苦しんでいる姿を表現している。
浮世の生がもはやよ呪いなら「脊髄のラスト」で命を燃やして生きろというメッセージはその呪いが解けないことを指しているから残酷である。
しかし「きっと今より良くなる」というメッセージよりも私にらよっぽど真実らしく響くのだ。
良かったね、圧倒的に。
Nervous Light of Sunday
ハードコアは、特にニュースクール以降は怖くないとみたいな思い込みがある。
なにも銃声を楽曲のイントロにいれたり、マフィアぽさをアピールする必要は無くて
ライブで見た時おっかないかどうかである。
この日のラインナップでは異質だろうと思うが、異質さを一切隠すことなくハードコアの怖さを披露。
怖くてステージ前に行けないあの感じ。
ガッチリ固めた低音の塊と、耳障りな高音の単音。
それが何かしら人体に作用するらしい。
とにかくミュートでザクザクというより、強制的に抑えつけるようにバツバツ空間を切り取っていくのが気持ち良い。
速いし重たい、タフなんだけど、どこかしら何かに追われるような神経症めいたところがあり、個人的にはそこが好きだ。(いわゆる激情系に通じるところはあると思う。クールすぎない。)
モッシュパート一辺倒のブルータルハードコアというより、ちょっとCave Inみたいに捻った所もある。
あっという間に終わってしまった。
音楽的には全然違うけど、前のsasaya-から繋がっているような気がした。
Twolow
ベーシストのメンバーチェンジ後見るのは初。
メンバーみんなでかい。
まずドラム。
単に音量が大きいのか?
周りが下げてバランス調整してるのかもしれない。
いずれにしてもドラムの存在感よ。
音数は決して多くないが一撃の重たさと思い切りの良さ、「俺はこのリズムで行く!」という潔さがバチバチ来る。
ギタリストはpaleのメンバーでもあるが、こっちでのプレイスタイルは明らかにこのバンドに寄せてきている。
徹底的な引き算の世界。
ミニマルですらあるし、無愛想すぎる。
ベースのシンプルな骨太さがドラムと噛み合い、骨組ができるわけだけど、ギターが二本更に乗っても、体感的には骨組しかない。
リズム、リズム、リズム。
ここまで削ぎ落とすと、ハードコア的なカタルシスはない、どっしり落ち着き、コード感もほぼ消えている。
ところがボーカルにメロディがあって、それ故にTwolowがオルタナティブと称されるのも首肯できる。
日本のHelmet。
メンバーが運営しているレーベル、3LAの性格もあってついつい分かりやすい日本らしさを探してしまうのだが、しかしアメリカだ。
スプリットの相方Sunday Bloody Sundayもそうだけど、アメリカを感じてしまう。
どのバンドも違って、それを違和感なくまとめているのは主催者Twolowのオルタナティブの魔力だからか。
個人的にはALP$BOYSが楽しかった。音源聞いて「なるほどなるほど」ってなるのをいざライブをみると印象全然違って面白い。こういう野ライブの醍醐味だと思う。
あとsassya-はやはりすごかった。
今回は会場でぽちぽち感想の元ネタを書いてみた。bushbashは良いライブハウスだな〜。
私はなかなか忙しくやっております。
悩みのタネは尽きない。
なくなったらこっちが探すからです。
生活が苦しいのはもう慣れるしかねえな、と思う今日このごろ。
なかなかかぶりが酷かったこの日、自分が行ったのは小岩。
FIXED
見るのは2回目、おなじbushbashで。
ストレートかつパワフルなハードコアかと思いきや、ファーストフルリリース後改めて見るとかなり印象が異なる。
ずらりと並んでアンプも異様で音がでかい。
ドラムも位置だけでなく前に前に出てくる印象。
全音音量マックスの迫力だか、聞いてみるとハードコアに留まらない何かを感じる。
単に空間系のエフェクトを噛ませたスローパートがあるからじゃない。もっと他の何かだ。
このギター、ギターがロックじゃない?
ハードコアの枠に収まらなくない?
エネルギッシュに前に出てくるかんじ、でも勢いだけでない、フックがある。
スピーディなリフの中にもう一つアクセントを入れるような印象。
敢えてそれをハードコアに噛ませる姿勢だけど、しかしそれによって確実に類を見ない音楽になっている。
ブルースとまではいかないが、ビンテージな感じ、少し埃ぽい。
確実に違うところもありながら、私の頭に浮かんだのは最近新作をドロップした金沢のGREENMACHiNE。(ちょうど聴いていたってこともあるか。)
そういえば彼らはHardcore Rockを標榜、実践している。
あそこまで泥沼に足を突っ込んだ泥濘サウンドではないが、タメがありながらもそれによって生まれる独自の突進力とグルーヴを展開しているという意味で似てると思う。
そうなるとスローパートも老人の仕事の浮遊感に通じるような…穿ち過ぎ?
ALP$BOYS
始まってすぐ思ったのはこれはファストコアではない。
まず露骨にドラムのリズムがおかしい。
シンバルを多用するフリージャズの要素がある。
粘っこいベースと噛み合って横ノリを生み出している。
なんだこれは。
そして歪ませすぎないギターの反復。
これはEarthlessのサイケデリアか。
ボーカルもハードコアな低音かと思いきやラップも披露。
フリーキーな横ノリで揺らせて、サビはロックの縦ノリで吹っ飛ばす、華麗な空中コンボ。
さながらRage Against the Machineか。
ロックのフォーマットでアウトプットされているが、その実雑多でマニアックなな元ネタたちが渦巻いてる、鎌首もたげてとぐろ巻いてる。
そんな殺気をフルファストな曲に込めてシメ。
ボーカリストは野球の素振りめいた動作をしたり、ナーバスのときに一人モッシュをしたり、近寄りがたい雰囲気で格好良かった。
音楽的には豊穣なんだけど最終的にハードコアになっているのはこういったアティチュードによるのかもしれない。
最近リリースされた二枚目のアルバムがとても良かったが、やっとこ見ることができる
張り詰めている。
緊張感が。
スリーピースで突き刺すように尖ったギターの音。
必死の形相のボーカルの力の入れよう。
まるで愉快なお芝居を見に来たはずが、それは実は口実であり、実際には非公式の法廷で観客の私たちが丸ごと糾弾されているようですらある。
ただしそれだけではない。
それだけではとても説明がつかない。
音的にはジャンクと自ら称することもあり、なるほどハードコア、パンクの範疇から逸脱したひりついた殺伐さは、シンプルな編成飾らない音作りという楽曲のスタイルとあいまってUnsaneに代表されるノイズロックに大いに通じるところがあると思う。
ただし血塗れの世界を狂気を孕んだ目で、ある意味冷たく俯瞰する彼らとはこのバンドは一線を画している。
冷笑的な、つまり皮肉に富んだユーモアがsassya-にはない。
あくまでも主観的に、世界が血塗れならそこで苦しんでいる姿を表現している。
浮世の生がもはやよ呪いなら「脊髄のラスト」で命を燃やして生きろというメッセージはその呪いが解けないことを指しているから残酷である。
しかし「きっと今より良くなる」というメッセージよりも私にらよっぽど真実らしく響くのだ。
良かったね、圧倒的に。
Nervous Light of Sunday
ハードコアは、特にニュースクール以降は怖くないとみたいな思い込みがある。
なにも銃声を楽曲のイントロにいれたり、マフィアぽさをアピールする必要は無くて
ライブで見た時おっかないかどうかである。
この日のラインナップでは異質だろうと思うが、異質さを一切隠すことなくハードコアの怖さを披露。
怖くてステージ前に行けないあの感じ。
ガッチリ固めた低音の塊と、耳障りな高音の単音。
それが何かしら人体に作用するらしい。
とにかくミュートでザクザクというより、強制的に抑えつけるようにバツバツ空間を切り取っていくのが気持ち良い。
速いし重たい、タフなんだけど、どこかしら何かに追われるような神経症めいたところがあり、個人的にはそこが好きだ。(いわゆる激情系に通じるところはあると思う。クールすぎない。)
モッシュパート一辺倒のブルータルハードコアというより、ちょっとCave Inみたいに捻った所もある。
あっという間に終わってしまった。
音楽的には全然違うけど、前のsasaya-から繋がっているような気がした。
Twolow
ベーシストのメンバーチェンジ後見るのは初。
メンバーみんなでかい。
まずドラム。
単に音量が大きいのか?
周りが下げてバランス調整してるのかもしれない。
いずれにしてもドラムの存在感よ。
音数は決して多くないが一撃の重たさと思い切りの良さ、「俺はこのリズムで行く!」という潔さがバチバチ来る。
ギタリストはpaleのメンバーでもあるが、こっちでのプレイスタイルは明らかにこのバンドに寄せてきている。
徹底的な引き算の世界。
ミニマルですらあるし、無愛想すぎる。
ベースのシンプルな骨太さがドラムと噛み合い、骨組ができるわけだけど、ギターが二本更に乗っても、体感的には骨組しかない。
リズム、リズム、リズム。
ここまで削ぎ落とすと、ハードコア的なカタルシスはない、どっしり落ち着き、コード感もほぼ消えている。
ところがボーカルにメロディがあって、それ故にTwolowがオルタナティブと称されるのも首肯できる。
日本のHelmet。
メンバーが運営しているレーベル、3LAの性格もあってついつい分かりやすい日本らしさを探してしまうのだが、しかしアメリカだ。
スプリットの相方Sunday Bloody Sundayもそうだけど、アメリカを感じてしまう。
どのバンドも違って、それを違和感なくまとめているのは主催者Twolowのオルタナティブの魔力だからか。
個人的にはALP$BOYSが楽しかった。音源聞いて「なるほどなるほど」ってなるのをいざライブをみると印象全然違って面白い。こういう野ライブの醍醐味だと思う。
あとsassya-はやはりすごかった。
今回は会場でぽちぽち感想の元ネタを書いてみた。bushbashは良いライブハウスだな〜。
2019年3月10日日曜日
Extreme The DOJO vol.32@渋谷Club Quattro
ライブの開演前または転換中って何をします?
顔なじみの友達と喋ったり、またはtwitterをみたり。
ぜんぜん違うね、できる男はslackをやる。
渋谷Quatroは地上5階にあるため電波が通じないは言い訳にならず、月初に無理言って会社を出た私に会社から鬼のような連絡が来、いつもなら期待と不安が入り混じった緊張感で開演を待つところ、数値が合わないという連絡が来て半端ない冷や汗に包まれていたのがこの日の私だった。(本当にデキる男はきちんと仕事を終わらせてライブに来ます。)
そんな私の動揺を打ち砕いたのが、
Melt Banana
日本のNapalm Deathともスプリットを出しているはず。
見るのは初めてだが2人編成担っているので驚いた。ベースとドラムは事前に用意したもの(おそらく打ち込みだろうか)を使う。Man VS Manの関係性から生まれるオーガニックな阿吽の呼吸、というのが使えないのでまじできっちりマシーンに合わせに行かないといけないわけだ。
Melt Bananaは大きな音楽的な特徴がいくつかあって、その中の一つが変な音を出す。もっというとギターが変な音を出す。
およそグラインドコア界隈ではギターの音はダウンチューニングやエフェクターなどを積極的に用いて低音に偏重した音を出すわけなのだが、このバンドは違う。例えばギターの音を逆に切って軽くする、というのとも違う。
多彩なエフェクターを用いてギターの音色自体を本来のものから大きく変えてしまうのだ。こういう使い方はないわけではないけど、ほとんど飛び道具的なものになる事が多いけど、Melt Bananaは違う。そのサウンドがバンドの核の一つになっている。
この日もチープな光線銃のような音、速度を変えたり、ループさせて重ねたりと、ギタリストのagataさんが八面六臂の大活躍。
かといって前衛ジャズのような実験性は皆無で、バンドサウンド時代はグラインドコアそのもの。
一つは打ち込みによって繰り出されるベースが非常に強固なこと。ドラムは結構打ち込み由来の音の遊びはあったと思うが、ベースがかなりガッチリ、はっきりした輪郭で明確な(ただし起伏、フックがある)リフを描いていた。
そこにさらにボーカリストの操るコントローラで制御されるノイズがフリー(キー)に乗っかってくる。また違う混沌がここにある。
Melt Bananaってkawaiiコアだと思うのだ。それはボーカリストのyakoさんの見目が麗しいからでは断じてない。彼女の歌い方はやはりエクストリーム音楽の(またはハードコア)の流儀とは違って重たく、汚くない。
激しくも遊び心のある演奏と相まって独特の世界観を作り出しているのだが、それがまさにおもちゃ箱をひっくり返したような混沌、ハードコアにあるはずのないワンダーランドでそれがkawaiiのだ。
日本のサブカルチャーってやたら(アニメ/コミック主体の)オタク性と直結されるけど、なにも目がでかい美少女だけじゃなくてこういうのもあるよなって思う。
出音一発で完全に持ってかれた。仕事のこととかもう遥か彼方。どうでも良くなった。これだからライブって好きだ。Melt Bananaも最高にかっこよかった。
Misery Index
初っ端からアクセル全開のイベントだが、一切踏みっぱなしを緩めることなく2つ目のバンド。
出だしの口上であっという間にフロアの耳目と脳をガッチリ掴んでくる様からフロントマンの二人はとにかく華がある。ベーシストはそのスクリームもさることながら見た目も端正。小汚いギター兼任ボーカルとは好対照。
とにかくドラムが圧巻で正確無比かつパワフル。人間慣れるものだからエクストリーム音楽って実はエクストリームじゃないところがすごく重要かと思うのだが、そんなものはFuck Off!とばかりに常にツーバスを踏む。
そこに刻み主体のリフを載せてくるさまはアメリカ製のすべてをなぎ倒して進む重戦車であり、高速でありながら土を噛み、障害を押しつぶしながら乗り越えるその走破性に完膚なきまでに蹂躙されるのは気持ちが良いことだ。
こりゃ完全にデスメタルだ…と思ってあんぐり口開けてみていたわけなんだけど、音に慣れてくるとこのバンドの持ち味が見えてくる。それは荒廃でまじで戦車の通った後はぺんぺん草すら生えねえ、ってくらい荒廃している。メタルはリフの音楽だとすると正統派やはりそこに凝ってくるわけで、それはそれは絢爛なリフが生まれてくる。これはデスメタルでもそうだと思う。漆黒で塗りつぶすにしてもその黒というのは実は非常に豊かな表現で構築されている。
Misery Indexはそんな華美さがあまりない。ひたすらゴリゴリすりつぶしに来る。Dying Fetusのようにブルータリティの中にヘヴィグルーヴを持ち込むバンドもいて、確かに似ているところはあるもののこちらはグルーヴよりスピードに振った感じはある。
つまりグラインドコアの要素があって、そのストイックさが背骨を貫いている。だから武骨。ギターソロも短い。ぶっきらぼう。
ところが端々に、本当に端々に叙情的なアプローチがあるかなきか、そんな残り香があってこれが良いアクセントになっている。
ベーシストの方はHis Hero is GoneのT-シャツを着ていて、流石にクラスト感はないが刻み一辺倒でないリフなどに確実のハードコアの要素はあると思う。冷酷な殺人マシーンとかした殺し屋がたまに人間味を取り戻すみたいな感じがあって面白い。
Eyehatergod
いよいよ。前回の来日から時間が立っていること、ボーカリストのMikeが体を壊していたことなどもあり、この日お目当てはEyehatergodの人が多かったんだろう。シャツを着ている人も割合で言えば全バンドで一番ではなかろうか。
会場を覆う緊張感はこの日随一でビリビリしたあの時あの時間、期待感でステージを見上げているのは本当贅沢な時間だ。
メンバーが登場し、弦楽隊の二人は背を向けた状態でアンプに密着し、フィードバックノイズを出して無言で観客を煽っていく。普通の人なら騒音だろうが、ここには変態しかいないのでどんどんボルテージが上がっていく。
ギタリストのJimmy Bowerがおもむろに前を向き、ギターからシールドを外して指先で弄ぶとまた違ったノイズが発生する。湧く観客。もう、もう勘弁してくれー速くしてくれーーってところで曲がスタート。
顔なじみの友達と喋ったり、またはtwitterをみたり。
ぜんぜん違うね、できる男はslackをやる。
渋谷Quatroは地上5階にあるため電波が通じないは言い訳にならず、月初に無理言って会社を出た私に会社から鬼のような連絡が来、いつもなら期待と不安が入り混じった緊張感で開演を待つところ、数値が合わないという連絡が来て半端ない冷や汗に包まれていたのがこの日の私だった。(本当にデキる男はきちんと仕事を終わらせてライブに来ます。)
そんな私の動揺を打ち砕いたのが、
Melt Banana
日本のNapalm Deathともスプリットを出しているはず。
見るのは初めてだが2人編成担っているので驚いた。ベースとドラムは事前に用意したもの(おそらく打ち込みだろうか)を使う。Man VS Manの関係性から生まれるオーガニックな阿吽の呼吸、というのが使えないのでまじできっちりマシーンに合わせに行かないといけないわけだ。
Melt Bananaは大きな音楽的な特徴がいくつかあって、その中の一つが変な音を出す。もっというとギターが変な音を出す。
およそグラインドコア界隈ではギターの音はダウンチューニングやエフェクターなどを積極的に用いて低音に偏重した音を出すわけなのだが、このバンドは違う。例えばギターの音を逆に切って軽くする、というのとも違う。
多彩なエフェクターを用いてギターの音色自体を本来のものから大きく変えてしまうのだ。こういう使い方はないわけではないけど、ほとんど飛び道具的なものになる事が多いけど、Melt Bananaは違う。そのサウンドがバンドの核の一つになっている。
この日もチープな光線銃のような音、速度を変えたり、ループさせて重ねたりと、ギタリストのagataさんが八面六臂の大活躍。
かといって前衛ジャズのような実験性は皆無で、バンドサウンド時代はグラインドコアそのもの。
一つは打ち込みによって繰り出されるベースが非常に強固なこと。ドラムは結構打ち込み由来の音の遊びはあったと思うが、ベースがかなりガッチリ、はっきりした輪郭で明確な(ただし起伏、フックがある)リフを描いていた。
そこにさらにボーカリストの操るコントローラで制御されるノイズがフリー(キー)に乗っかってくる。また違う混沌がここにある。
Melt Bananaってkawaiiコアだと思うのだ。それはボーカリストのyakoさんの見目が麗しいからでは断じてない。彼女の歌い方はやはりエクストリーム音楽の(またはハードコア)の流儀とは違って重たく、汚くない。
激しくも遊び心のある演奏と相まって独特の世界観を作り出しているのだが、それがまさにおもちゃ箱をひっくり返したような混沌、ハードコアにあるはずのないワンダーランドでそれがkawaiiのだ。
日本のサブカルチャーってやたら(アニメ/コミック主体の)オタク性と直結されるけど、なにも目がでかい美少女だけじゃなくてこういうのもあるよなって思う。
出音一発で完全に持ってかれた。仕事のこととかもう遥か彼方。どうでも良くなった。これだからライブって好きだ。Melt Bananaも最高にかっこよかった。
Misery Index
初っ端からアクセル全開のイベントだが、一切踏みっぱなしを緩めることなく2つ目のバンド。
出だしの口上であっという間にフロアの耳目と脳をガッチリ掴んでくる様からフロントマンの二人はとにかく華がある。ベーシストはそのスクリームもさることながら見た目も端正。小汚いギター兼任ボーカルとは好対照。
とにかくドラムが圧巻で正確無比かつパワフル。人間慣れるものだからエクストリーム音楽って実はエクストリームじゃないところがすごく重要かと思うのだが、そんなものはFuck Off!とばかりに常にツーバスを踏む。
そこに刻み主体のリフを載せてくるさまはアメリカ製のすべてをなぎ倒して進む重戦車であり、高速でありながら土を噛み、障害を押しつぶしながら乗り越えるその走破性に完膚なきまでに蹂躙されるのは気持ちが良いことだ。
こりゃ完全にデスメタルだ…と思ってあんぐり口開けてみていたわけなんだけど、音に慣れてくるとこのバンドの持ち味が見えてくる。それは荒廃でまじで戦車の通った後はぺんぺん草すら生えねえ、ってくらい荒廃している。メタルはリフの音楽だとすると正統派やはりそこに凝ってくるわけで、それはそれは絢爛なリフが生まれてくる。これはデスメタルでもそうだと思う。漆黒で塗りつぶすにしてもその黒というのは実は非常に豊かな表現で構築されている。
Misery Indexはそんな華美さがあまりない。ひたすらゴリゴリすりつぶしに来る。Dying Fetusのようにブルータリティの中にヘヴィグルーヴを持ち込むバンドもいて、確かに似ているところはあるもののこちらはグルーヴよりスピードに振った感じはある。
つまりグラインドコアの要素があって、そのストイックさが背骨を貫いている。だから武骨。ギターソロも短い。ぶっきらぼう。
ところが端々に、本当に端々に叙情的なアプローチがあるかなきか、そんな残り香があってこれが良いアクセントになっている。
ベーシストの方はHis Hero is GoneのT-シャツを着ていて、流石にクラスト感はないが刻み一辺倒でないリフなどに確実のハードコアの要素はあると思う。冷酷な殺人マシーンとかした殺し屋がたまに人間味を取り戻すみたいな感じがあって面白い。
Eyehatergod
いよいよ。前回の来日から時間が立っていること、ボーカリストのMikeが体を壊していたことなどもあり、この日お目当てはEyehatergodの人が多かったんだろう。シャツを着ている人も割合で言えば全バンドで一番ではなかろうか。
会場を覆う緊張感はこの日随一でビリビリしたあの時あの時間、期待感でステージを見上げているのは本当贅沢な時間だ。
メンバーが登場し、弦楽隊の二人は背を向けた状態でアンプに密着し、フィードバックノイズを出して無言で観客を煽っていく。普通の人なら騒音だろうが、ここには変態しかいないのでどんどんボルテージが上がっていく。
ギタリストのJimmy Bowerがおもむろに前を向き、ギターからシールドを外して指先で弄ぶとまた違ったノイズが発生する。湧く観客。もう、もう勘弁してくれー速くしてくれーーってところで曲がスタート。
ドゥーム、スラッジ、危険なアートワーク、どんなやばい世界が展開されるのかとワクワクしていたら、想像していたのと違ってびっくりした。思ったより殺伐としていない。こんな言い方はあれだが、楽しい。ノリが明らかに違うんだ。今までの縦ノリと違って横乗りというか、もっと余裕を持って体全体がぐるぐる回され揺らされる。
ギターはその巨体に似つかわしくなくかなり繊細なタッチでプレイする印象。もっと豪腕かと思いきや指使いはソフト。それでよく聴いてみると音の数も決して多いわけではないし、複雑なことをしているわけではない。特に最新作に収録のアルバムはBlack Sabbathというよりもっとブルージィな側面がライブだと強調されるような気がした。
なんと行ってもドラムだろう。とにかく溜めがある。さすがに一拍遅れるというわけではないが、2打目以降に独特のディレイがあって(これは毎回このリズムで打っているからも立っているわけではない)、それが多分この独特なグルーヴを出しているのだろう。ジャズで言えばスウィングなのだろうが、そこはEyehategodなのでグルーヴィでありながら、陽気にダンス!という雰囲気ではなくむしろ終始怠い感じで進行していく。
ベースはかっちりまとまっていてリフも明快。これは結構ハードコア的だろうと思う。スラッジというと遅いハードコアというイメージ。このバンドは結構それぞれのプレイヤーが微妙に異なる畑の流儀で演奏し、アンサンブルが組み上がると彼らの独自性溢れる音楽になっているような気がする。
音の数の少なさ、そして個々の音の伸びがグルーヴと合わさり、強烈な(低)音圧で体がブワッと浮かされるのだが浮遊感はまったくなく、時に重苦しいのはやはりボーカル、そして全編を覆う野卑でやかましく不穏なフィードバックノイズのせいだろう。
一時は危ぶまれたMike Williamsは小柄ながら存在感ありすぎる。この社会にフィットしないアウトローの風格が、斜に構えたような動きに出ていて最高に格好良い。喋り方も節々にダルさを隠そうともせず「Thank you kids」(「ありがとガキども」)といったり、頭をかきむしるようなアクション。適当にスタンドにマイクのケーブルを巻き付ける動作。指一本で鼻をかんだりと。とにかく堂々としている。とにかく格好いい!そして怖い。
しゃがれ声が喚くボーカルでいくら演奏が楽しくても基本的にはEyehategodは下に向かっている態度のバンドだとわかるだろう。
あっという間に終わってしまった。本当賞味の話あと倍やってもらっても全然大歓迎だった。
Napalm Death
最後はいよいよNapalm Death。気持ち的に目当てはEyehategodだったし、予想を遥かに上回るステージを目の当たりにして、失礼な話もう今日のもとはとったな〜くらいの気持ちだったのだが、これがとんでもなかった。
全身全霊のグラインドコアだ。掛け値なしのハードコア・パンクだった。ライブを見ているとたまに本当に鳥肌立って持っていかれることがあるけど、この日のNapalm Deathがそれだった。
まずドラムが凄まじいのは当たり前。でもMisery Indexとは少し違う。とにかくプレイが多彩すぎる。それをこともなげに短い1曲の中でコロコロ変えていく。音はこちらのほうが生っぽく個人的にはこれくらいが好み。とにかく気持ちが良い。
そしてギター。(MItch Harrisはツアーには帯同しないのでJohn Cookeが担当)グラインドコアって速度が命のジャンルでもあるから、リフがある程度似通っていたり、突進力のみが重視されても個人的には大丈夫。ただNapalm Deathはリフが恐ろしくキャッチーだ。短い曲の中でワンフレーズ聴いたらそれが耳に残って、知らない曲でも全然乗れる。別に複雑というわけでも、リフそれ自体がメロディアスでもないのだが、とにかく格好良くて耳に残る。これがドラムのフレーズの上にかっちり乗っかっている。
そして私が一番魅了されたのがボーカル。全力。とにかく全力。短パンに身を包んだBarneyはステージを動き回るような独特の動きをするんだけど、私にはそれが真鍮に何かをチャージしているようにも見えた。そうした高まったテンションとエネルギーを叫びとして放出するのだ。速い楽曲で叫び続ければ多少は声が追いつかないのだが、Barneyはそれがほとんど乱れない。すげえ。そして全力で叫ぶ。
速いってごまかしが効かないから地が出ると思う。Napalm Deathは楽曲は激烈なんだけどとにかく真面目でストイック。
私は正直バンドが曲名をコールするのってちょっと照れくさいなと思っていたのだが、Barneyがやるとめちゃくちゃ格好いい。Barneyはプレイする前にそれがどういう曲で何を歌っているのかを説明してくれる。私は英語がわからないのを恥じたね。でも少しは分かるところがあった。中でも印象的なのは今日のT-シャツの売上は日本の恵まれない子供に寄付するよ、ということだった。ハードコアがDIYで有言実行なら、Napalm Deathこそハードコア・パンクバンドだろと思ったわけです。(終演後に物販でビールを売り、これはホームレスの方がへのチャリティだということだった。)
弛緩しているのではなく、笑いがあるステージで見ているこちらも笑顔になった。
Napalm Deathは今もグラインドコアというジャンルの限界に挑戦し続けているのだなと
言うまでもなくグラインドコアというジャンルのオリジネイターであり、地上波のテレビに出演したり、度々来日もしているがまさか目のあたりにするとこんなにすごいとは。
Eyehategodももちろん凄まじかったし魅了されたけど、心底感動したのはNapalm Deathだった。
ライブ行くようになったのが最近なものでExtreme The Dojoは結構憧れのイベントなんだけど復活して、行けてよかった。何がすごいってメンツもすごいんだけどどのバンドもうるさいバンドッテ共通点はあっても、微妙にジャンルは異なっていてこの組み合わせだと思う。
EyehategodのT-シャツは終演後はもう全部なかった。フラッグと迷ったけどNapalm Deathの方を買って帰った。
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2019年2月17日日曜日
leave them all behind 2019@渋谷O-east
CONVERGEとNEUROSISが来日。これは行くだろう。
私なんて妙に焦って会社から抽選申し込んだくらい。そしてあっという間に当日が来るのだ。
開演後、ロッカーに荷物を入れるのももどかしいくらい逸る気持ちでステージ前に。
久しぶりに見たが他に類を観ないバンドだなと改めて思った。
グラインドコア、パワーバイオレンス、似たようにうるさくて早い音を出すバンドはたくさんいるけど、よくよくこのバンドを目前にするとその特異さがすぐに分かる。
大きい特徴はほぼリフレインがない。メタル(ハードコア)はリフの音楽だというが、ほとんどはいくつかのリフによって楽曲が組まれている。いくつかの(多すぎない)コードがポピュラー音楽の楽曲を形作っているように。
ところがSelf Deconstructionは違う。リフを惜しみなく使い捨てていく。一回使ったリフはもう出てこない。(ように聞こえた。)まさに究極の贅沢。これって特にエクストリーム・ミュージック界隈ではかなり難易度が高いことに思える。尖れば尖るほどバリエーションを出しにくくなる界隈でお約束的なリフを使い回すことができないのだから。つまり弾き手の引き出しの多さが試されている。Self Deconstructionの楽曲をそういう観点で聴いてみると、ギターは確かに低音を貴重としながらも指板を文字通り縦横に行き来する相当フリーでフリーキーな弾き方をしている。すごい。グラインドコア、パワーバイオレンスに仕上げている、といってもその中身は相当異次元だよ。途中で「Concubine」のカバーを披露していたと思うけど、あのぶっきらぼうな曲ですらリフレインがあり、あきらかにセットリストで浮いていたもの。(もちろんとてもかっこよかった。)単に弾きまくるわけではなく、しっかりキャッチーなリフも挟んでいく。
3つのバラバラの個性がかっちりあっているからまた格好良い。お互いほぼ見ることないのに、決めるところはきっちり合わせてくる。
ENDON
昨年後半にリリースされた最新作「Boy Meets Girl」は明らかにそれまでの文脈とは異なる問題作だったと思う。そういった意味でも最新の形のライブを見たかった。
のっけからCONVERGEのKurt Ballouがプロデュースそた「Through the Mirror」のキラーチューン「Your Ghost is Dead」でぶっ飛ばす。いつものENDONだ。ところがライブが進むとどうも様子がおかしい。特に新曲群が異常だ。表面上はメンバー2人が垂れ流す激音ノイズがうるさいエクストリーム・ミュージックなのだが、なんだか…あれ?楽しい?すごく楽しい。なんじゃこれと思ったら、ドラムだ。豪腕だがリズムが明確ではっきりしたロックドラムだ。ミニマルなリズムがむしろロックを通り越してダンス・ミュージックに聞こえ始める。言語外のボーカルの存在感は一旦おいておく。そうなるとその他の音の出し方が非常に巧みだ。程よく重たくないギターは言わずもがな。しかしなんといってもこのバンドの主役ノイズの使い方だ。たしかにうるさい。でもいつもハーシュノイズが爆音で流れているわけではない。ときには音を小さく。時には完全に止め。また時にはハーシュノイズではなく、鍵盤から流れ出るような美麗な音も出てくる。これらの音のON/OFF。つまりビートを基調にそこに音を重ねていくやり方は確かにテクノ、ダンス・ミュージックのやり口ではないか?
「Boy Meets Girl」は単に逆に切った奇をてらうだけの飛び道具ではなかった。彼らはとっくに新しい未知を模索し、そして大胆に舵をとっている。かっこいいぜ〜。
初めてこんな広い会場で見たが、この広さの似合うこと。汚く狭い地下室(大好きだ)とは違う高い天井、その余白がなんだか異常にENDONにあっていた。
CONVERGE
続いてはいよいよ今日の主役の片方。ハードコアの街ボストンでジャンルを更新し続けるバンド。もはやその影響は語るまでもないでしょう。観客の期待度も半端なく、前に前にの圧がすごい。ドラマーのBen Kollerが肘の怪我でお休みのためRough Francisというバンドでドラムを担当するUrian Hackneyが急遽代役に。MCによるとほとんど練習する時間もなかったらしい。重たいカーテンがいよいよ開けられるとそこにいたのはCONVERGEだった。
初めて目前で見るとCONVERGEの異様さに気がつく。なんだろうこのハードコアは。完全にハードコアだけどエモーションが溢れすぎている。それはハードコアにしては複雑な楽曲(とくにKurtのギターは低音から高音まで隔てなく用いるリフはもちろんタッピング、ギターソロなど技巧的にも複雑だ。)、そこに内包される特に新作では顕著な(クリーンで歌われることもある)メロディライン。これらの要素は個別ではあるいでは複合でももはやハードコアのシーンでは珍しくない。ただこれらは諸刃の剣で、これらを多用すると音のヘヴィさとは別の「重たさ」が生じて、ハードコアから距離が離れてしまう。とたえばDeathwishならCult LeaderやOathbreaker、日本なら独自の激情系など。ところがCONVERGEに関して言えば表現力が他の追随を許さないくらい豊富なのに、どこまでいってもハードコアなのだ。どうなってんだ。
様々な楽曲の随所に仕込まれているシンガロングパート。乗車率200%のギュウギュウのおしくらまんじゅう状態で拳を振り上げ叫んだ。
Jacob Bannonはとにかく華があるシンガーで、特徴的な歌い方も初めて見るとちゃんと歌っているし(これはセットリストの関係もあるかもしれない)、細身で長身な体をよく動かす。マイクをぶん回してキャッチする、マイクに覆いかぶさるようにシャウトする、水を頭にぶっかける、両手を大きく広げて観客を煽る、どれもすごく画になる。MCは暖かく、またリラックスもしている。
その他のメンバーもさすがのベテランなので落ち着いているが、決して弛緩することはなく、ただ勢いだけではない楽曲、というよりは勢いがありつつ複雑な曲をがっちり合わせてくる。
クラウドサーフが結構発生していて、ステージと客席に隙間があるのでJacobはちょうどサーフ後に落ちた観客にマイクで歌わせていた。みんなすごい笑顔だった!
本当に時間がすぎるのがあっという間でラストの「Concubine」。なんとSelf Deconstructionのボーカリストの方と共演。すごかったなあ。
NEUROSIS
ラストはいよいよNEUROSIS。結成34年。様々なバンドに影響を与えたバンド。私が初めて知ったのはTVKのビデオ星人で流れたライブ動画。さっぱり何がなんだかわからなかったです。あれから20年位経っていまライブをようやく見れるのは感慨深い。
中核メンバー3人は全員髪の毛やひげに白いものが混じり(というかほぼ白い)ロマンスグレーな感じ。Scott Kellyは体格もよく、アメリカの田舎の偏屈おじさんのようで見た目からして怖い。(ギターよりチェーンソーなどが似合いそうだな…とちょっと思った。)
大阪名古屋の感想を見ると絶賛する人が多数。いざ目の当たりにするとたしかにすごい。どのくらいすごいかというと結構ずっと鳥肌立っていた。いやもう「神だな」って終わりにしたいのだが、なんとかそ(れらの音楽や本)の凄さを言語化したくて始めたのがこのブログなのだった。
分厚い音で静と動を大胆に取り入れた楽曲を演奏。実はそんな奇をてらったことはしていない。音はたしかにでかい、轟音と言っても良い。ただし音量やバランスはきちんとコントロールされていて耳に痛いということはまったくない。そして音もどこまで行ってもオーガニック。経年によって水分が抜けた頑丈の木材のような音だ。分厚いが温かみがある。
またスラッジといっても不吉なフィードバックノイズを必要以上に撒き散らすことはしない。むしろたっぷりと空間系のエフェクターを繋いで出した浮遊感のある音を曲中や曲間のつなぎに使っている。特にベースは結構曲中でも独特の音を出していたようだ。
かといって強面の大人がやっているゆるふわ系ポストメタルではまったくない。楽曲から見えるのは30年以上に及ぶ試行錯誤の歴史である。
たっぷりと時間と間をとった楽曲だが、引きずるようなドゥームさはなく、明快に区切られた音はやはりハードコア由来のスラッジだろうと思う。そこにアタックが強いが非常に明確にリズミカルでよく回転する、つまり重量感がありつつも跳ねるドラムが加わる。
原始的と言っていいようなシンプルで強靭なリズム、弦楽器のときにアンビエント、ときにラウドなアンサンブル、立体的なサウンドで時間をかけて楽曲を織り上げていく。トライバルだ。トライバルな呪文のようだ。
「Times of Grace」の「The Last You'll Know」。セットリストに入っていることは知っていたが、ライブで聞くのはやはり別格だ。私はこの楽曲が好きなんだ。厚みのある轟音が私の体にじんわり染み込んでいく。涙が出そうに。
終演後「Times of Grace」のパッチ、(オタクだから)2つ買ってこ!と思ってたら見事に売り切れだった。前の方に行きたかったから開演前に物販に並べなかったのだ。仕方ない。
個人的にとても思い入れのある2つのバンド、いっぺんに見れて幸せ。やっぱり別格だなと思いつつも、日本から迎え撃った2つのバンドも只者ではなかった。楽しかった。
2019年2月6日水曜日
sassya-/脊髄
東京のスリーピースハードコア・パンクバンドの2ndアルバム。
事前に公開されたMV「だっせえパンクバンド」がとても良く、楽しみに購入。
全9曲27分とコンパクトにまとまったアルバムを通して聴いてみると、しかしかなり印象が違う。
唸るギター、勢いのままに突っ走る様はまさにハードコア。
しかし何か違う。何か非常に重苦しい。暗い。陰鬱だ。これはおかしい。陰鬱を吹き飛ばすような爽快なバンドではなかったか?
アルバムの紹介で引き合いに出されるのがFUGAZIだ。
程よく音を抜いたジャギジャギしたギター、勢いがあるが決して飛ばしすぎないスピード。調整された速度の中でしっかり染み込んでくる歌詞、つまり主張。
ぶっきらぼうで飾らない。タフではあるがただうっぷんを晴らすバンドとは違う。
たしかにsassya-はこの延長線上にあるバンドだと思う。
極端に言えば「お前らが悪い」と主張する攻撃性から、「お前らというのは私達ではないのか?」と自問自答するハードコア。
ダサい(パンク)バンドにはなりたくない。俺たちは本当にそうでないといえるのだろうか?というのはまさしくこの系譜に属する内省的なアティテュードを表している。
だがFUGAZIはここまで陰鬱だったろうか?
sassya-のこのアルバムはなんか苦しい。勢いですらその背後に息継ぎなしで泳ぎ続けるような息苦しさがある。一種の異常なテンション、つまり緊張感(と弛緩)が張り詰めている。
ある音源を何回か繰り返し聴いていると急に気がつくことがある。
今回もなんだろうな?と気になりつつ聴いていて思いついた。
ノイズロックだ。
ギターの音に代表されるノイジーさはもちろんハードコア由来でもあるのだろうが、もう片親はノイズロックではあるまいか。
ノイズロックはその身に狂気をはらんでいる。
ノイズロックの楽しさというのは抜き身で、素っ裸でその危うい内奥をさらけ出す感覚だと思う。
だから彼らは人数は少なく、そしてうるさくはあっても、複雑なリフや必要以上に重低音にこだわらない。
あくまでも周りにあるものでその狂気を表現しようと試みるのであり、そうすることで他にはないすごみが生じる。
アメリカの狂気を体現し、皮肉な視線でそれを語るUNSANEとまではいはかないが、それでもここにあるのは勢いだけで突っ走るストレートさの範疇にはとどまらない、もっとドロリとした何かを感じる。それは狂気じゃないにしても、ただお気楽な歌に丸めて飲み込めるような何かではない。もっとささくれだったなにかだ。
ノイズロックと捉えると音の尖り方、抜き身の緊張感、そして一見それらと相反する微妙な歌心も理解できる。
特にメロディについてはオルタナティブ由来かなと思い、たしかにそうだが実はもっと深いノイズ「ロック」がルーツだとすると納得感がある。
なんとなく日本のRedsheerに通じるところがあると思ったのだが、ハードコアの枠にとどまらない陰鬱さに共通点が、表現の技法に差が出ていて面白い。
単にハードコアとノイズロックのクロスオーバーというのではない。
両者の間の絶妙な綱渡りだ。奈落の上で揺れる危ういバランスの美しさ。
後半にかけて真っ逆さま落ちるように盛り上がっていく。
どこまで行ってもsassya-は正気の音楽だ。
ここが前述のRedsheerとの決定的な差なのだと思う。(Redsheerは歌詞が非公開なので断言できないが。)
血まみれのバラバラ死体も、大鎌を構えた死神もいない、大量殺戮もない、事件すらない。あるのはダラダラ続いていく毎日。これは白線の内側の物語なのだ。(8曲目「T」の歌詞を読んでほしい。)踏みとどまった、死ななかった人の正気の世界だ。人生の大半が苦しいのだから、曲を作ればそれは陰鬱としている。
ノイズロックだけどニヒルじゃない。ハードコアの前向きさが後ろ髪を引っ張って、結果的にはっきりと迷いが露骨に出た曲になっている。日々の懊悩が重苦しくのしかかるが、私はよくよく迷う人間だから、こういう音楽が好きなのだ。
ラストの脊髄のクライマックス、
「いつだってそうだ
生活の狭間で
唯、立ち止まり
途方に暮れる
跳んだつもり
それでも日々が
止め処なく
押し寄せる
続いていく
だから」
とてもとても良い歌詞だ。
そしてこの後に続く一言が。
もうこのアルバム自体がこの一言のためにあると言っても過言ではない。
脊髄は↓で聴くことができる。
事前に公開されたMV「だっせえパンクバンド」がとても良く、楽しみに購入。
全9曲27分とコンパクトにまとまったアルバムを通して聴いてみると、しかしかなり印象が違う。
唸るギター、勢いのままに突っ走る様はまさにハードコア。
しかし何か違う。何か非常に重苦しい。暗い。陰鬱だ。これはおかしい。陰鬱を吹き飛ばすような爽快なバンドではなかったか?
アルバムの紹介で引き合いに出されるのがFUGAZIだ。
程よく音を抜いたジャギジャギしたギター、勢いがあるが決して飛ばしすぎないスピード。調整された速度の中でしっかり染み込んでくる歌詞、つまり主張。
ぶっきらぼうで飾らない。タフではあるがただうっぷんを晴らすバンドとは違う。
たしかにsassya-はこの延長線上にあるバンドだと思う。
極端に言えば「お前らが悪い」と主張する攻撃性から、「お前らというのは私達ではないのか?」と自問自答するハードコア。
ダサい(パンク)バンドにはなりたくない。俺たちは本当にそうでないといえるのだろうか?というのはまさしくこの系譜に属する内省的なアティテュードを表している。
だがFUGAZIはここまで陰鬱だったろうか?
sassya-のこのアルバムはなんか苦しい。勢いですらその背後に息継ぎなしで泳ぎ続けるような息苦しさがある。一種の異常なテンション、つまり緊張感(と弛緩)が張り詰めている。
ある音源を何回か繰り返し聴いていると急に気がつくことがある。
今回もなんだろうな?と気になりつつ聴いていて思いついた。
ノイズロックだ。
ギターの音に代表されるノイジーさはもちろんハードコア由来でもあるのだろうが、もう片親はノイズロックではあるまいか。
ノイズロックはその身に狂気をはらんでいる。
ノイズロックの楽しさというのは抜き身で、素っ裸でその危うい内奥をさらけ出す感覚だと思う。
だから彼らは人数は少なく、そしてうるさくはあっても、複雑なリフや必要以上に重低音にこだわらない。
あくまでも周りにあるものでその狂気を表現しようと試みるのであり、そうすることで他にはないすごみが生じる。
アメリカの狂気を体現し、皮肉な視線でそれを語るUNSANEとまではいはかないが、それでもここにあるのは勢いだけで突っ走るストレートさの範疇にはとどまらない、もっとドロリとした何かを感じる。それは狂気じゃないにしても、ただお気楽な歌に丸めて飲み込めるような何かではない。もっとささくれだったなにかだ。
ノイズロックと捉えると音の尖り方、抜き身の緊張感、そして一見それらと相反する微妙な歌心も理解できる。
特にメロディについてはオルタナティブ由来かなと思い、たしかにそうだが実はもっと深いノイズ「ロック」がルーツだとすると納得感がある。
なんとなく日本のRedsheerに通じるところがあると思ったのだが、ハードコアの枠にとどまらない陰鬱さに共通点が、表現の技法に差が出ていて面白い。
単にハードコアとノイズロックのクロスオーバーというのではない。
両者の間の絶妙な綱渡りだ。奈落の上で揺れる危ういバランスの美しさ。
後半にかけて真っ逆さま落ちるように盛り上がっていく。
どこまで行ってもsassya-は正気の音楽だ。
ここが前述のRedsheerとの決定的な差なのだと思う。(Redsheerは歌詞が非公開なので断言できないが。)
血まみれのバラバラ死体も、大鎌を構えた死神もいない、大量殺戮もない、事件すらない。あるのはダラダラ続いていく毎日。これは白線の内側の物語なのだ。(8曲目「T」の歌詞を読んでほしい。)踏みとどまった、死ななかった人の正気の世界だ。人生の大半が苦しいのだから、曲を作ればそれは陰鬱としている。
ノイズロックだけどニヒルじゃない。ハードコアの前向きさが後ろ髪を引っ張って、結果的にはっきりと迷いが露骨に出た曲になっている。日々の懊悩が重苦しくのしかかるが、私はよくよく迷う人間だから、こういう音楽が好きなのだ。
ラストの脊髄のクライマックス、
「いつだってそうだ
生活の狭間で
唯、立ち止まり
途方に暮れる
跳んだつもり
それでも日々が
止め処なく
押し寄せる
続いていく
だから」
とてもとても良い歌詞だ。
そしてこの後に続く一言が。
もうこのアルバム自体がこの一言のためにあると言っても過言ではない。
脊髄は↓で聴くことができる。
2019年1月14日月曜日
NoLA presents“assembrage:SWARRRM Split 7inch release show”
年末にようやくSWARRRMの「こわれはじめる」の感想をかけた。
一回書いたのがイマイチでやめてから何となく書くのが難しくなってしまったので、年内に書ききったことでなんとか整理をつけることができたかなと。
そうこうしているそのSWARRRMとassembrageのスプリットのレコ発があるということで、もうなにも懸念はない身なのでこれを見に行くことにした。
ラインナップには結構見たこともないバンドもいてそれも楽しみだった。
NoLA
一番手は東京のハードコアバンド。メンバーがひとり減ってから見るのは2回目かな。もう完全に違和感ない4人組。
まだ若いのによくまあと思わせる音楽性で、凶暴なハードコアに泥臭いスラッジをくっつけた音楽性。スラッジって結構魔力的な物があると思うんだけど、その吸引力にとらわれることなく(つまり完全にスラッジコアバンドになることはなく)、出音的には短くコンパクトにまとまったハードコア。といってもいわゆるタフなスタイルとは一線を画す音楽性であって、そういった意味ではスプリットで共演したRedsheerを始めとする日本の激情スタイルに通じるところがないわけでもないのだが、それらのバンドが醸し出す懊悩などの感情に囚われすぎないところが良いところ。わかりやすく言えばブルータルなのだ。パワーバイオレンスにおけるスラッジパートとも違う、Eyehategodなどのもつブルージィなロックンロール感をブーストさせた感じ。もはや人生どん詰まりといった自暴自棄さを健康的なハードコアで補填しているのも良い。
そういった意味では結構どのジャンルからも距離をおいている独自の道を追求しているバンドなんだなと思った。
DIE YOU BASTARD!
続いては東京(?)のハードコアバンド。名前はしっているが見たことも聴いたこともないバンド。ドラム、ベース、ギターに専任ボーカルの4人組。ベーシストとギタリストはもちろんフライングV。
突っ走るドラムにあっついボーカルが乗るジャパニーズスタイルのハードコア。なんだけどどうも様子がおかしい。明らかにうるさすぎる。日本のハードコアは速いだけ(速いだけのハード子も大好きです。)のハードコアに勢いを保ちつつ叙情性を大胆に持ち込んだやり口であって、ギターソロなどにその特徴が顕著に現れるわけなんだけど、このバンドはそもそもあまりそんなギターソロの頻度が多くない。そして何よりドラムがうるさい。とにかく叩きまくるし、とにかく速すぎる。これもう見てて笑ってしまった。すごい好き。格好良い。日本のハードコアも地位を確立していて、逆に言えばある程度の型ができている中で、このバンドはそんな方を豪腕でもって追い抜いていこう!というそういう気概が曲に出ている。妙なやけっぱちさがあって、それがねじけた感じではなく、ひたすら前に前にストレートに出ているのが男らしい。
それで気がつくんだけどバンド名はDIE YOU BASTARD!でこれはかの有名なMotörheadの曲名。4人のメンバーの内3人がMotörheadのマーチニミを包んでいる。(ボーカリストの方は背中にでっかくレミーの顔があしらわれたジャケット。)「死ねや、くそったれ」そんな精神で始まっているバンドなのだった。納得。
会場を巻き込んでいく温かいMCも良かった。
Intestine Baalism
続いて東京のデスメタルバンド。名前も知らなかったです。91年から活動してるベテラン。佇まいからして完全にメタル。そういった意味ではハードコアバンドが名を連ねるこの日一番浮いたバンド。ギタリストが二人いて両方共ボーカルを取る5人組。ギタリストはもちろんふたりともフライングV。だんだんわかってきました。
曲が始まるとこれもうデスメタル。容赦のない低音ボーカルとイーヴィルなしゃがれボーカルの掛け合い、複雑なリフワーク。曲は長めなのだろうが、飽きさせない構成。というのも疾走するところと、じっとり停滞するパートのメリハリが利いているから。リフが魅力のバンドなのだが、疾走するところでは冗長性はバッサリ捨てて突き進むところが格好良い。速度に差が生じれば必然的に、リフが映えるパートでリフの魅力が体感的に実感されるから、結果的にはこのやり方こそがリフ至上主義なのかも。そういった意味では曲は結構プログレッシブ。驚いたのはそれまでの無愛想な凶暴性を一転させる叙情的なギターソロ。哀愁もあれば、勇壮でもある。今まで顧みなかった感情の要素をこのギターソロで取り戻そうとするかのようだ。これ面白いな!と思って、はじめはBetween the Buried and Meっぽいかな?と思ったのだが、最近たまたま見たCarcasの「Heartwork」だと気づいた。そうなるとメロデスだ。私はメロデス全く聴いていなくて、前編メロディアスなデスメタルかな?と思っていたんだけど、「Heartwork」を聴くとどうも違うみたい。つまりデスメタルの曲があって、そこにギターソロ(やその他の要素)としてメロディを持ち込み、両者を同居させている、というやり方(他のやり方もあると思う)なのだなと。そうなると確かにIntestine Baalismはメロディック・デスメタルだ。個人的にはこの日一番面白かった。
全編とにかくポーカフェイスなメンバーも良かった。
OTUS
東京のハードコアバンド。見るのは3回目かな?この日一番タフなハードコアだったのでIntestine Baalismほどではないけどラインナップの中では特異。ボーカルの方がIron Monkey、ベースの方がEarth CrisisのT-シャツ。
ギタリストがアンプを複数使うところ、最新作「Mold」の真っ黒いアートワーク、以前見たライブの盛り上がりから、モダンでブルータルなハードコアかなと思っていて、この日も実際間近で見たら間違ってない。とにかくステージのアクションが激しい。縦横無尽に動くボーカリストだけじゃなくて、ベーシストの人もとにかくよく動く。一番前で見てた人は結構怖かったんじゃなかろうか。フロアも盛り上がってこの日唯一激しいモッシュが発生。とにかく何が起こるかわからない、という危険さを持ったブルータルなバンドだなな。
ただ改めてよくよく聞くと音楽的にはただ暴れているだけじゃない。ギターのリフをとってもひたすらモッシュパートだけを演奏しているわけじゃなくて(とはいえ低音ミュートと高音を噛み合わせたモッシュパートは格好良すぎる。)、結構デスメタリックなトレモロを挟んだりして面白い。一番思ったのはボーカルの頻度が結構高め。メロディアス差は皆無だが、ひたすらモッシュさせるだけじゃないバンドだな、と。叫ぶというのはそもそもハードコアバンクの本文だよね、主張がまずあってそれを曲にするという。
SWARRRM
つづいてはこの日の主役、神戸の混沌グラインダーSWARRRM。いつだってライブをみたいバンドの一つ。4人組という体制は変更なしだが、やはりベーシストはメンバーが変わったようだ。新メンバーは若くて侍のような佇まいの方。このバンドはベースの運指が非常に激しいので大変だろうと思う。
ほぼもう完全に最近の曲で構成されたセットリスト。大胆に肉抜きされたギターの音が耳に突き刺さる。ライブで聞いて思うのは引き算されたといってもただ音の数を減らしたわけではない。逆に減った分リフへの比重は大きくなった。コード感はかなりのもので、なんとなく知っているようなコードフォームも見えたような気がする。音楽理論はからきしなのだが、曲に対して結構コードの数が多い?ただ同じコードを回転させているような印象ではない。音の数も統制されていて、盛り上がるところではギターもかなり感情的だ。AlcestのNeigeがボーカルを採っていた頃のフランスのブラックメタルバンドMortiferaが好きなのだが、結構ここに通じるトレモロ感がある。メロディアスなトレモロリフが印象的なのだが、妙にささくれだっていてそれがガリガリこちらの心臓に刺さるのだ。流石にそこまでヘヴィではないものの赤裸々な音のサウンドが回転してメロディアスな情景を作り出していくやり方は似ている。
観客の中にはおそらく歌詞をなぞっているような方も見受けられた。その気持わかります。自分にあまりない感情を惹起させるようなOTUSやIntestine Baalism。対してSWARRRMは個人的な特定の感情を呼び起こすようだ。曲に同調して体が透明に鳴っていくような気がして好きだ。
assembrage
最後はこの日の主役、大阪のデスメタリック・ハードコアASSEMBLY OF THE RAGEことassembrage。ドラム、ベース、ギター2本に専任ボーカルの5人組。ギタリスト2人とベーシストはもちろんフライングV。この世界ではフライングVが一番イケてるギター/ベースなのだ。私は学習した。
恐ろしいことにギタリストとそしてベーシストの足元には悪名高いエフェクターHM-2が置かれていた。だいたいサウンドが理解できると思う。いわゆるスウェディッシュ・デスメタルのサウンド形成に大いに貢献したのがこのエフェクターだ。輪郭がたわんだような汚い音(褒め言葉)が特徴。
このバンドが面白いのはデスメタルの音を使いつつハードコアを演奏するところ。うひょー音がきたね〜(褒め言葉)と思って聴いていたんだけど、これ本当ハードコア?リフが複雑すぎない?でも例えばIntestine Baalismとは全く異なる出音。あくまでもかっちりしているあちら側に対して、こちら側はとにかく勢いが半端ない。(ちなみに演奏がうまくないということはまったくなかったと思う。)でもassembrageをしてシンプルなハードコアと言ったらそれは完全な嘘だ。ときにはユニゾンし、時にはタッピングも入れるギターソロ、そしてなによりよくよく練られた複雑なギターリフ。これはメタルでは???と轟音に包まれてわからなくなる。2つのジャンルをつなぐのにやはり日本のハードコアがあると思う。感情的という強力な粘着剤で異なるジャンルきっちり結びつけている。北欧のメタルはデスであってとにかく死んだ機械の金属の表面のようにコールドだ。一方assembrageは違う。徹頭徹尾血が通ったハードコアだ。
なかなかの長丁場だったが、共通項はありながらもジャンルに振れ幅があるラインナップで楽しかった。名前はしっているが見たことなかったバンド、名前すら知らなかったバンドを見れてよかった。
ライブはやはり自分にとっては結構気付きの場というところもある。それはそれで楽しいし好きなのだが、そういう見方しかできないのが良く嫌になる(ブログ書くのをやめたら別の見方ができるような気がしている。)のだけど、やはりSWARRRMはすごくてそんな雑念吹っ飛んでしまうくらいのライブだった。
一回書いたのがイマイチでやめてから何となく書くのが難しくなってしまったので、年内に書ききったことでなんとか整理をつけることができたかなと。
そうこうしているそのSWARRRMとassembrageのスプリットのレコ発があるということで、もうなにも懸念はない身なのでこれを見に行くことにした。
ラインナップには結構見たこともないバンドもいてそれも楽しみだった。
NoLA
一番手は東京のハードコアバンド。メンバーがひとり減ってから見るのは2回目かな。もう完全に違和感ない4人組。
まだ若いのによくまあと思わせる音楽性で、凶暴なハードコアに泥臭いスラッジをくっつけた音楽性。スラッジって結構魔力的な物があると思うんだけど、その吸引力にとらわれることなく(つまり完全にスラッジコアバンドになることはなく)、出音的には短くコンパクトにまとまったハードコア。といってもいわゆるタフなスタイルとは一線を画す音楽性であって、そういった意味ではスプリットで共演したRedsheerを始めとする日本の激情スタイルに通じるところがないわけでもないのだが、それらのバンドが醸し出す懊悩などの感情に囚われすぎないところが良いところ。わかりやすく言えばブルータルなのだ。パワーバイオレンスにおけるスラッジパートとも違う、Eyehategodなどのもつブルージィなロックンロール感をブーストさせた感じ。もはや人生どん詰まりといった自暴自棄さを健康的なハードコアで補填しているのも良い。
そういった意味では結構どのジャンルからも距離をおいている独自の道を追求しているバンドなんだなと思った。
DIE YOU BASTARD!
続いては東京(?)のハードコアバンド。名前はしっているが見たことも聴いたこともないバンド。ドラム、ベース、ギターに専任ボーカルの4人組。ベーシストとギタリストはもちろんフライングV。
突っ走るドラムにあっついボーカルが乗るジャパニーズスタイルのハードコア。なんだけどどうも様子がおかしい。明らかにうるさすぎる。日本のハードコアは速いだけ(速いだけのハード子も大好きです。)のハードコアに勢いを保ちつつ叙情性を大胆に持ち込んだやり口であって、ギターソロなどにその特徴が顕著に現れるわけなんだけど、このバンドはそもそもあまりそんなギターソロの頻度が多くない。そして何よりドラムがうるさい。とにかく叩きまくるし、とにかく速すぎる。これもう見てて笑ってしまった。すごい好き。格好良い。日本のハードコアも地位を確立していて、逆に言えばある程度の型ができている中で、このバンドはそんな方を豪腕でもって追い抜いていこう!というそういう気概が曲に出ている。妙なやけっぱちさがあって、それがねじけた感じではなく、ひたすら前に前にストレートに出ているのが男らしい。
それで気がつくんだけどバンド名はDIE YOU BASTARD!でこれはかの有名なMotörheadの曲名。4人のメンバーの内3人がMotörheadのマーチニミを包んでいる。(ボーカリストの方は背中にでっかくレミーの顔があしらわれたジャケット。)「死ねや、くそったれ」そんな精神で始まっているバンドなのだった。納得。
会場を巻き込んでいく温かいMCも良かった。
Intestine Baalism
続いて東京のデスメタルバンド。名前も知らなかったです。91年から活動してるベテラン。佇まいからして完全にメタル。そういった意味ではハードコアバンドが名を連ねるこの日一番浮いたバンド。ギタリストが二人いて両方共ボーカルを取る5人組。ギタリストはもちろんふたりともフライングV。だんだんわかってきました。
曲が始まるとこれもうデスメタル。容赦のない低音ボーカルとイーヴィルなしゃがれボーカルの掛け合い、複雑なリフワーク。曲は長めなのだろうが、飽きさせない構成。というのも疾走するところと、じっとり停滞するパートのメリハリが利いているから。リフが魅力のバンドなのだが、疾走するところでは冗長性はバッサリ捨てて突き進むところが格好良い。速度に差が生じれば必然的に、リフが映えるパートでリフの魅力が体感的に実感されるから、結果的にはこのやり方こそがリフ至上主義なのかも。そういった意味では曲は結構プログレッシブ。驚いたのはそれまでの無愛想な凶暴性を一転させる叙情的なギターソロ。哀愁もあれば、勇壮でもある。今まで顧みなかった感情の要素をこのギターソロで取り戻そうとするかのようだ。これ面白いな!と思って、はじめはBetween the Buried and Meっぽいかな?と思ったのだが、最近たまたま見たCarcasの「Heartwork」だと気づいた。そうなるとメロデスだ。私はメロデス全く聴いていなくて、前編メロディアスなデスメタルかな?と思っていたんだけど、「Heartwork」を聴くとどうも違うみたい。つまりデスメタルの曲があって、そこにギターソロ(やその他の要素)としてメロディを持ち込み、両者を同居させている、というやり方(他のやり方もあると思う)なのだなと。そうなると確かにIntestine Baalismはメロディック・デスメタルだ。個人的にはこの日一番面白かった。
全編とにかくポーカフェイスなメンバーも良かった。
OTUS
東京のハードコアバンド。見るのは3回目かな?この日一番タフなハードコアだったのでIntestine Baalismほどではないけどラインナップの中では特異。ボーカルの方がIron Monkey、ベースの方がEarth CrisisのT-シャツ。
ギタリストがアンプを複数使うところ、最新作「Mold」の真っ黒いアートワーク、以前見たライブの盛り上がりから、モダンでブルータルなハードコアかなと思っていて、この日も実際間近で見たら間違ってない。とにかくステージのアクションが激しい。縦横無尽に動くボーカリストだけじゃなくて、ベーシストの人もとにかくよく動く。一番前で見てた人は結構怖かったんじゃなかろうか。フロアも盛り上がってこの日唯一激しいモッシュが発生。とにかく何が起こるかわからない、という危険さを持ったブルータルなバンドだなな。
ただ改めてよくよく聞くと音楽的にはただ暴れているだけじゃない。ギターのリフをとってもひたすらモッシュパートだけを演奏しているわけじゃなくて(とはいえ低音ミュートと高音を噛み合わせたモッシュパートは格好良すぎる。)、結構デスメタリックなトレモロを挟んだりして面白い。一番思ったのはボーカルの頻度が結構高め。メロディアス差は皆無だが、ひたすらモッシュさせるだけじゃないバンドだな、と。叫ぶというのはそもそもハードコアバンクの本文だよね、主張がまずあってそれを曲にするという。
SWARRRM
つづいてはこの日の主役、神戸の混沌グラインダーSWARRRM。いつだってライブをみたいバンドの一つ。4人組という体制は変更なしだが、やはりベーシストはメンバーが変わったようだ。新メンバーは若くて侍のような佇まいの方。このバンドはベースの運指が非常に激しいので大変だろうと思う。
ほぼもう完全に最近の曲で構成されたセットリスト。大胆に肉抜きされたギターの音が耳に突き刺さる。ライブで聞いて思うのは引き算されたといってもただ音の数を減らしたわけではない。逆に減った分リフへの比重は大きくなった。コード感はかなりのもので、なんとなく知っているようなコードフォームも見えたような気がする。音楽理論はからきしなのだが、曲に対して結構コードの数が多い?ただ同じコードを回転させているような印象ではない。音の数も統制されていて、盛り上がるところではギターもかなり感情的だ。AlcestのNeigeがボーカルを採っていた頃のフランスのブラックメタルバンドMortiferaが好きなのだが、結構ここに通じるトレモロ感がある。メロディアスなトレモロリフが印象的なのだが、妙にささくれだっていてそれがガリガリこちらの心臓に刺さるのだ。流石にそこまでヘヴィではないものの赤裸々な音のサウンドが回転してメロディアスな情景を作り出していくやり方は似ている。
観客の中にはおそらく歌詞をなぞっているような方も見受けられた。その気持わかります。自分にあまりない感情を惹起させるようなOTUSやIntestine Baalism。対してSWARRRMは個人的な特定の感情を呼び起こすようだ。曲に同調して体が透明に鳴っていくような気がして好きだ。
assembrage
最後はこの日の主役、大阪のデスメタリック・ハードコアASSEMBLY OF THE RAGEことassembrage。ドラム、ベース、ギター2本に専任ボーカルの5人組。ギタリスト2人とベーシストはもちろんフライングV。この世界ではフライングVが一番イケてるギター/ベースなのだ。私は学習した。
恐ろしいことにギタリストとそしてベーシストの足元には悪名高いエフェクターHM-2が置かれていた。だいたいサウンドが理解できると思う。いわゆるスウェディッシュ・デスメタルのサウンド形成に大いに貢献したのがこのエフェクターだ。輪郭がたわんだような汚い音(褒め言葉)が特徴。
このバンドが面白いのはデスメタルの音を使いつつハードコアを演奏するところ。うひょー音がきたね〜(褒め言葉)と思って聴いていたんだけど、これ本当ハードコア?リフが複雑すぎない?でも例えばIntestine Baalismとは全く異なる出音。あくまでもかっちりしているあちら側に対して、こちら側はとにかく勢いが半端ない。(ちなみに演奏がうまくないということはまったくなかったと思う。)でもassembrageをしてシンプルなハードコアと言ったらそれは完全な嘘だ。ときにはユニゾンし、時にはタッピングも入れるギターソロ、そしてなによりよくよく練られた複雑なギターリフ。これはメタルでは???と轟音に包まれてわからなくなる。2つのジャンルをつなぐのにやはり日本のハードコアがあると思う。感情的という強力な粘着剤で異なるジャンルきっちり結びつけている。北欧のメタルはデスであってとにかく死んだ機械の金属の表面のようにコールドだ。一方assembrageは違う。徹頭徹尾血が通ったハードコアだ。
なかなかの長丁場だったが、共通項はありながらもジャンルに振れ幅があるラインナップで楽しかった。名前はしっているが見たことなかったバンド、名前すら知らなかったバンドを見れてよかった。
ライブはやはり自分にとっては結構気付きの場というところもある。それはそれで楽しいし好きなのだが、そういう見方しかできないのが良く嫌になる(ブログ書くのをやめたら別の見方ができるような気がしている。)のだけど、やはりSWARRRMはすごくてそんな雑念吹っ飛んでしまうくらいのライブだった。
2018年12月31日月曜日
SWARRRM/こわれはじめる
問題作。
SWARRRMは間違いなく過激で攻撃的なバンドだ。どのバンドにも似ない音を20年以上探求し続けてきた。その殆どの音源では攻撃的であるということはヘヴィであると同義だった。
ところが今作はどうだろう。
ギターの音はその重苦しいディストーションの鎧を脱ぎ去り、またメタリックなリフの呪縛から抜け出した。残ったのは軽い響き(相対的なものでやはりそれでもディストーションはかかっている)で奏でられるコード感。
コードはメロディを生み出し、ボーカルがそれに導かれて歌を紡ぎ出す。(メロディ性を保ちながらシャウトするという絶技が全編惜しみなく披露されている。)
ここにあるのは歌だ。
Swarrrmは結成当初から「Chaos&Grind」を掲げるラディカルなバンドだ。音楽がただ攻撃的というのではなく、曲の中に必ずブラストビートを入れるという縛りを課すストイックさを持ち合わせている。そんなバンドが歌を中心に添えたのだから驚きだ。ネットで言われている「グラインド歌謡」という表現もしっくり来るほどに。
ネットでは「(今作を)到底受け入れがたい」という意見もあってそれも理解できる。そのくらいの変化がある。
Swarrrmは核(「Chaos&Grind」)がしっかりしているバンドだから、そこを軸にこうも大胆に音楽性を変えることができたのだと思う。
ギターの音楽性のシフトチェンジに関して、ドラムがブラストを打っていること、ベースはかなり運指の激しい主張するラインを弾いていることが幸いして、結果曲が単に退屈な歌に堕することを防いでいる。そういった意味ではこの変化にはちゃんとそれを裏打ちする技術というか土台があったのだと思う。こういうふうに舵を切るバンドはそうそういないだろうが。
つまりこれは脱構築の試みであって、実は単にマンネリ化した(過去作がマンネリに陥っていたとは全く思っていないが)旧態に終止符を打ち、新規な要素に触手を伸ばしたというのでは不十分だ。
実は単にマンネリ化した旧態に終止符を打ち、そして自己解体をし、ばらばらになったパーツの中で次はどれを武器にするかを決め、そしてバンドを再構築したのだった。
明確に大阪のGaradamaとのスプリット、もっというとそれより以前「Black
Bong」の頃からか、各種スプリット、前作「FLOWER」を通して、そしてこの「こわれはじめる」までがその解体と再構築の過程であって時系列に沿って聞けばその試行錯誤と挑戦を目のあたりにすることができる。
この変化は変遷であって、決して突発的なものではないということだ。
エクストリーム・ミュージックとはつまり普通の「歌」の壁を突き抜けてその先に到達せんとする試みであって、そもそもなら直線的な運動であるはずだが、その試みの先に「歌」を見出したというのは単に後退というよりはそれの再発見であり、また1週回って戻ってくる球体の動きを彷彿とさせる。
20年かけておいてきたはずの歌を再発見し、拾い上げた。円が完成し、その内側には混沌とした激情をしっかりと閉じ込めた。
遅くなり、そしてわかりやすくなったその曲は、丸裸だ。これはおそらく個人的な経験をそのまま書き出したような歌詞にも如実に表現されている。
過去作が轟音でその身をごまかしているとは思わないが、最近のSWARRRMに関してはあまりに赤裸々である。スプリットという形で先に世に出た「愛のうた」「あなたにだかれ こわれはじめる」で歌われる歌詞は非常に個人的な懊悩をそのまま書き出したような、むき出しの感情が綴られている。
SWARRRMはいわば「弱さ」を手に入れた(弱いことを認めた)のではないか、今作で。その弱さが、赤裸々な歌詞であり、メロディーへの接近であり、音の作り方であったわけだ。しかしこのアルバムを聞いて受け入れがたい人はいても、軟弱な音源だと思う人はいないだろう。鋭く尖ったギターの音は特に、あまりに鋭くそしてあまりにも脆い。これは決死の一撃であり、捨てたものの分、逃げ場がなくなった分、それまでにない勢いで持って私達に迫る。
個人的に今年、一番退路を断った作品。挑戦的であり、革新的であり、そしてあまりに攻撃的。バンザイ・アタックのように鬼気迫り、そしてやはり、もうすでに、とっくに壊れ始めている。
SWARRRMは間違いなく過激で攻撃的なバンドだ。どのバンドにも似ない音を20年以上探求し続けてきた。その殆どの音源では攻撃的であるということはヘヴィであると同義だった。
ところが今作はどうだろう。
ギターの音はその重苦しいディストーションの鎧を脱ぎ去り、またメタリックなリフの呪縛から抜け出した。残ったのは軽い響き(相対的なものでやはりそれでもディストーションはかかっている)で奏でられるコード感。
コードはメロディを生み出し、ボーカルがそれに導かれて歌を紡ぎ出す。(メロディ性を保ちながらシャウトするという絶技が全編惜しみなく披露されている。)
ここにあるのは歌だ。
Swarrrmは結成当初から「Chaos&Grind」を掲げるラディカルなバンドだ。音楽がただ攻撃的というのではなく、曲の中に必ずブラストビートを入れるという縛りを課すストイックさを持ち合わせている。そんなバンドが歌を中心に添えたのだから驚きだ。ネットで言われている「グラインド歌謡」という表現もしっくり来るほどに。
ネットでは「(今作を)到底受け入れがたい」という意見もあってそれも理解できる。そのくらいの変化がある。
Swarrrmは核(「Chaos&Grind」)がしっかりしているバンドだから、そこを軸にこうも大胆に音楽性を変えることができたのだと思う。
ギターの音楽性のシフトチェンジに関して、ドラムがブラストを打っていること、ベースはかなり運指の激しい主張するラインを弾いていることが幸いして、結果曲が単に退屈な歌に堕することを防いでいる。そういった意味ではこの変化にはちゃんとそれを裏打ちする技術というか土台があったのだと思う。こういうふうに舵を切るバンドはそうそういないだろうが。
つまりこれは脱構築の試みであって、実は単にマンネリ化した(過去作がマンネリに陥っていたとは全く思っていないが)旧態に終止符を打ち、新規な要素に触手を伸ばしたというのでは不十分だ。
実は単にマンネリ化した旧態に終止符を打ち、そして自己解体をし、ばらばらになったパーツの中で次はどれを武器にするかを決め、そしてバンドを再構築したのだった。
明確に大阪のGaradamaとのスプリット、もっというとそれより以前「Black
Bong」の頃からか、各種スプリット、前作「FLOWER」を通して、そしてこの「こわれはじめる」までがその解体と再構築の過程であって時系列に沿って聞けばその試行錯誤と挑戦を目のあたりにすることができる。
この変化は変遷であって、決して突発的なものではないということだ。
エクストリーム・ミュージックとはつまり普通の「歌」の壁を突き抜けてその先に到達せんとする試みであって、そもそもなら直線的な運動であるはずだが、その試みの先に「歌」を見出したというのは単に後退というよりはそれの再発見であり、また1週回って戻ってくる球体の動きを彷彿とさせる。
20年かけておいてきたはずの歌を再発見し、拾い上げた。円が完成し、その内側には混沌とした激情をしっかりと閉じ込めた。
遅くなり、そしてわかりやすくなったその曲は、丸裸だ。これはおそらく個人的な経験をそのまま書き出したような歌詞にも如実に表現されている。
過去作が轟音でその身をごまかしているとは思わないが、最近のSWARRRMに関してはあまりに赤裸々である。スプリットという形で先に世に出た「愛のうた」「あなたにだかれ こわれはじめる」で歌われる歌詞は非常に個人的な懊悩をそのまま書き出したような、むき出しの感情が綴られている。
SWARRRMはいわば「弱さ」を手に入れた(弱いことを認めた)のではないか、今作で。その弱さが、赤裸々な歌詞であり、メロディーへの接近であり、音の作り方であったわけだ。しかしこのアルバムを聞いて受け入れがたい人はいても、軟弱な音源だと思う人はいないだろう。鋭く尖ったギターの音は特に、あまりに鋭くそしてあまりにも脆い。これは決死の一撃であり、捨てたものの分、逃げ場がなくなった分、それまでにない勢いで持って私達に迫る。
個人的に今年、一番退路を断った作品。挑戦的であり、革新的であり、そしてあまりに攻撃的。バンザイ・アタックのように鬼気迫り、そしてやはり、もうすでに、とっくに壊れ始めている。
2018年12月24日月曜日
CANDY/Good To Feel
何でもやりすぎがかっこいい。イカれているという評価は常に通常の一歩先を求めるものだ。ハーシュノイズを入れたり、低音を強調したり、色々なバンドがその一歩先を目指している。
このヴァージニア州リッチモンドのハードコアバンドはとにかく音がでかい。実際はきちんと考えてこそのバランスなのだろうが、私の耳には全く全部の楽器ができる限りのデカさで鳴らした音が一つの塊になっているような気がした。とにかくうるさい。結果的に細部がわからなくなってすらいるけど、それこそがやりすぎのマインドでもっと私をノックダウンしたのだ。追加の要素ではなく、とりあえず手持ちの楽器を全開で鳴らしてしまおうか、というのは潔い精神であると思う。
とにかく1曲めの「Good To Feel」が良い。私はほぼほぼこの曲だけを聴いているような気がする。別の他の曲がイマイチというわけではないのだが、どうしてもこの曲が好きなのでしようがない。まずこのバンドはドラムがかっこいい。カッチカチに張り詰めたドラムを力任せにひっぱたくという豪腕タイプなのだが、結構タイトでグルーヴィ通り越してマシンにすら聞こえる。この1曲めの途中で挟まれるパートはまるでブレイクコアを聴いているようだ。この感覚はハードコアではあまりない。
日本のハードコアの影響を受けた、というのは3曲めの「Ststematic Death」というタイトルもそうだろうし、曲中につんざくように(とても短い)悲鳴のようなソロを入れるやり方もそうだろうと思う。ただし日本のバンドがソロなどによってハードコアに叙情性を持ち込んでいるとしたら、このバンドはそれをリスペクトしつつ(ちょっと語弊があるかもしれないが)悪用しているといった趣でこちらも詩情なんてあったもんじゃないくらいのジーにしてしまっている。その解体性を持ったプロセスが非常に過激でしびれる。
このバンドの音楽性は実は結構複雑ではないかと思う。良くも悪くも1曲めだけが激速パワーバイオレンス感があって浮いているが、残りの8曲は割と中速。速くはない。きっちり低速成分としてモッシュパートを押さえているのだが、全体的に見れば一部でしかない。つまりブルータルなモッシュコアとは一線を画す内容で、独自の中速を模索している、そんなイメージ。
ハードコアバンドをやったら速くするか、それとも遅くするか、みんなきっと迷うのではないか。中速というのは実は一番難しいかもしれない。ミリタントのようにメタリックなリフに凝る、というやり方もあるがそれを採っているわけではない。前述の日本からの影響色濃いギターソロなどはわかりやすい暗中を切り裂く武器だろう。ただそんな試行錯誤も恐る恐るというかんじではなく、とりあえず興味あること全部ぶち込んでみたよ、というブレーキ壊れた感じがする。ラストの「Bigger Than Yours」(ひどいタイトルだ)は明らかにハードコアの対局にある甘いシューゲイザーを再現していて、悪意があるというかこれはもう完全にいたずらである。例えば半端にサンプリングして言い訳を残すとかではなく自分たちでやっちゃう。それで破滅的なノイズで占める。結構これはもうミクスチャーと言っても良いかもしれない。底抜けのポジティブさと混沌さはThe Armedに通じるところがあると思う。
このヴァージニア州リッチモンドのハードコアバンドはとにかく音がでかい。実際はきちんと考えてこそのバランスなのだろうが、私の耳には全く全部の楽器ができる限りのデカさで鳴らした音が一つの塊になっているような気がした。とにかくうるさい。結果的に細部がわからなくなってすらいるけど、それこそがやりすぎのマインドでもっと私をノックダウンしたのだ。追加の要素ではなく、とりあえず手持ちの楽器を全開で鳴らしてしまおうか、というのは潔い精神であると思う。
とにかく1曲めの「Good To Feel」が良い。私はほぼほぼこの曲だけを聴いているような気がする。別の他の曲がイマイチというわけではないのだが、どうしてもこの曲が好きなのでしようがない。まずこのバンドはドラムがかっこいい。カッチカチに張り詰めたドラムを力任せにひっぱたくという豪腕タイプなのだが、結構タイトでグルーヴィ通り越してマシンにすら聞こえる。この1曲めの途中で挟まれるパートはまるでブレイクコアを聴いているようだ。この感覚はハードコアではあまりない。
日本のハードコアの影響を受けた、というのは3曲めの「Ststematic Death」というタイトルもそうだろうし、曲中につんざくように(とても短い)悲鳴のようなソロを入れるやり方もそうだろうと思う。ただし日本のバンドがソロなどによってハードコアに叙情性を持ち込んでいるとしたら、このバンドはそれをリスペクトしつつ(ちょっと語弊があるかもしれないが)悪用しているといった趣でこちらも詩情なんてあったもんじゃないくらいのジーにしてしまっている。その解体性を持ったプロセスが非常に過激でしびれる。
このバンドの音楽性は実は結構複雑ではないかと思う。良くも悪くも1曲めだけが激速パワーバイオレンス感があって浮いているが、残りの8曲は割と中速。速くはない。きっちり低速成分としてモッシュパートを押さえているのだが、全体的に見れば一部でしかない。つまりブルータルなモッシュコアとは一線を画す内容で、独自の中速を模索している、そんなイメージ。
ハードコアバンドをやったら速くするか、それとも遅くするか、みんなきっと迷うのではないか。中速というのは実は一番難しいかもしれない。ミリタントのようにメタリックなリフに凝る、というやり方もあるがそれを採っているわけではない。前述の日本からの影響色濃いギターソロなどはわかりやすい暗中を切り裂く武器だろう。ただそんな試行錯誤も恐る恐るというかんじではなく、とりあえず興味あること全部ぶち込んでみたよ、というブレーキ壊れた感じがする。ラストの「Bigger Than Yours」(ひどいタイトルだ)は明らかにハードコアの対局にある甘いシューゲイザーを再現していて、悪意があるというかこれはもう完全にいたずらである。例えば半端にサンプリングして言い訳を残すとかではなく自分たちでやっちゃう。それで破滅的なノイズで占める。結構これはもうミクスチャーと言っても良いかもしれない。底抜けのポジティブさと混沌さはThe Armedに通じるところがあると思う。
City Morgue/City Morgue Vol1:Hell or High Water
品性のなさというのが魅力になることもある。
そこでは暴力的であればあるほどよく、下品であればあるほど崇められる。たとえそれがハイプであっても。詰まりはそういった物語が退屈した(ある程度)金のある人達にとっては娯楽になりうるのである。
老人たちがロックを、手垢のついたX0年代をリバイバルしたり、あるいは同窓会的に再結成したりしてこねくり回している間に、ヒップホップはその歴史のなさ(短さ)を活かして進歩し続けているように思う。私は老人の一人としてイマイチ乗り切れずにいたのだ。若いラッパーは全身を入れ墨だらけにしてスキャンダルの数だけ札束を積み上げている。なかにはロックの代名詞である「ダイ・ヤング」を体現して死んでいったものもいる。しかしトラップの流れをくむそれらは私にはあまりピンとこず、どうもまったりしてしまう。中にはオルタナティブ・ロックをラップで再現しているかのような音楽もあり、それはそれで面白いのだが、ヒップホップのリズムが激しくオミットされているためやはり老年の鼓膜を叩くことはなかった。
City MorgueはNYのヒップホップユニットだ。ベイショア出身のZilaKamiとハーレム出身のSousMulaの二人に加えてトラックメイカーのThraxxで構成されている。ユニット名で検索すればおおよそ彼らの人となりがわかるだろう。タトゥーに覆われた表皮にグリルの入った歯茎。ハイブランドに身を包み、手には銃器を持っている。ピストルからグレネードランチャーのようなものまで。要するにおつむの空っぽのギャングスタが金を手にした、そんなある意味もはや陳腐なストリートの物語を体現したような若者である。
こいつらはしかし面白いヒップホップをやっている。かつてはギャングスタでも真面目にレコードの山を掘り返しては曲をサンプリングという手法で発明したものである。元ネタはジャズからR&B、カントリー、そして音楽的な語彙をもつディガーは際限なくその裾野を広げていった。City Morgueに比べれば大変上品かつ交渉に聞こえるから不思議だ。(ただし彼らの何割かは本当のギャングスタでもあった。)
一方City Morgueにはそんなお上品さはなく、ディストーションのかかったギターを派手にサンプリングし、逸脱したノイジーなトラックを量産している。イントロのフレーズに犬が吠えるようなスクラッチ音、露悪的な笑い声のサンプリングというマンネリズムを大胆にアルバムの中で何度も披露しているのはネタの使い回しというよりは単に好きだから、という理由なのではないか。曲名から察するにスラング、スケート、ビデオゲームなんでもござれのごった煮。
ところがこれが非常に格好良い。なるほどブーンバップのあくまでも洗練された美学は皆無だろうが、かといってひたすら雰囲気重視のトラップとは明らかに違う。うるさすぎるし、やはりなんと行っても品がない。強いて言えば90年代後半に隆盛を極めたニューメタルのごった煮感、(シーンのごく一部の)ポリシーのない享楽的な雰囲気を体現したかのような往時のミクスチャー感がある。ちょうどその次代をすり抜けた私の耳にはだからこそ刺さったのかもしれない。
でかいケツのお姉ちゃん(私からしたらだいぶ年下だろうけど)、輝くグリル、ぶっといネックレス、跳ねるローライダー、札束、山なす重火器、薬物といった伝統を抑えつつ、クラストっぽいパンツ(ズボン)が出てきたりして面白い。
音楽とファッション(ここでは服装)は切っても切れない関係だが、若いヒップホップ・ミュージシャンは格好が奇抜かつゴージャスでおっさんからするとフィクション(コスプレ)めいた感じがあり、その原色を散りばめたような露骨な派手さ(いうまでもなく成功の証、という意味では極めてストリート上がりのヒップホップ的)が面白く映る。存在そのものが饒舌である。彼らが本物のギャングスタなのかハイプ(あるいはヒップスター)なのかはしらないし、どちらでも良い。彼らが誇らしげに掲げる銃も決して誰かに向かって撃たれることがないと良いと思う。(彼らがSNSにその類の写真を上げるというだけで有害だとは思うが。)私は老人なので。ただ音楽を聞いて良いと思うから良いのである。
そこでは暴力的であればあるほどよく、下品であればあるほど崇められる。たとえそれがハイプであっても。詰まりはそういった物語が退屈した(ある程度)金のある人達にとっては娯楽になりうるのである。
老人たちがロックを、手垢のついたX0年代をリバイバルしたり、あるいは同窓会的に再結成したりしてこねくり回している間に、ヒップホップはその歴史のなさ(短さ)を活かして進歩し続けているように思う。私は老人の一人としてイマイチ乗り切れずにいたのだ。若いラッパーは全身を入れ墨だらけにしてスキャンダルの数だけ札束を積み上げている。なかにはロックの代名詞である「ダイ・ヤング」を体現して死んでいったものもいる。しかしトラップの流れをくむそれらは私にはあまりピンとこず、どうもまったりしてしまう。中にはオルタナティブ・ロックをラップで再現しているかのような音楽もあり、それはそれで面白いのだが、ヒップホップのリズムが激しくオミットされているためやはり老年の鼓膜を叩くことはなかった。
City MorgueはNYのヒップホップユニットだ。ベイショア出身のZilaKamiとハーレム出身のSousMulaの二人に加えてトラックメイカーのThraxxで構成されている。ユニット名で検索すればおおよそ彼らの人となりがわかるだろう。タトゥーに覆われた表皮にグリルの入った歯茎。ハイブランドに身を包み、手には銃器を持っている。ピストルからグレネードランチャーのようなものまで。要するにおつむの空っぽのギャングスタが金を手にした、そんなある意味もはや陳腐なストリートの物語を体現したような若者である。
こいつらはしかし面白いヒップホップをやっている。かつてはギャングスタでも真面目にレコードの山を掘り返しては曲をサンプリングという手法で発明したものである。元ネタはジャズからR&B、カントリー、そして音楽的な語彙をもつディガーは際限なくその裾野を広げていった。City Morgueに比べれば大変上品かつ交渉に聞こえるから不思議だ。(ただし彼らの何割かは本当のギャングスタでもあった。)
一方City Morgueにはそんなお上品さはなく、ディストーションのかかったギターを派手にサンプリングし、逸脱したノイジーなトラックを量産している。イントロのフレーズに犬が吠えるようなスクラッチ音、露悪的な笑い声のサンプリングというマンネリズムを大胆にアルバムの中で何度も披露しているのはネタの使い回しというよりは単に好きだから、という理由なのではないか。曲名から察するにスラング、スケート、ビデオゲームなんでもござれのごった煮。
ところがこれが非常に格好良い。なるほどブーンバップのあくまでも洗練された美学は皆無だろうが、かといってひたすら雰囲気重視のトラップとは明らかに違う。うるさすぎるし、やはりなんと行っても品がない。強いて言えば90年代後半に隆盛を極めたニューメタルのごった煮感、(シーンのごく一部の)ポリシーのない享楽的な雰囲気を体現したかのような往時のミクスチャー感がある。ちょうどその次代をすり抜けた私の耳にはだからこそ刺さったのかもしれない。
でかいケツのお姉ちゃん(私からしたらだいぶ年下だろうけど)、輝くグリル、ぶっといネックレス、跳ねるローライダー、札束、山なす重火器、薬物といった伝統を抑えつつ、クラストっぽいパンツ(ズボン)が出てきたりして面白い。
音楽とファッション(ここでは服装)は切っても切れない関係だが、若いヒップホップ・ミュージシャンは格好が奇抜かつゴージャスでおっさんからするとフィクション(コスプレ)めいた感じがあり、その原色を散りばめたような露骨な派手さ(いうまでもなく成功の証、という意味では極めてストリート上がりのヒップホップ的)が面白く映る。存在そのものが饒舌である。彼らが本物のギャングスタなのかハイプ(あるいはヒップスター)なのかはしらないし、どちらでも良い。彼らが誇らしげに掲げる銃も決して誰かに向かって撃たれることがないと良いと思う。(彼らがSNSにその類の写真を上げるというだけで有害だとは思うが。)私は老人なので。ただ音楽を聞いて良いと思うから良いのである。
ラベル:
City Morgue,
アメリカ,
ヒップホップ,
音楽
2018年12月23日日曜日
Emma Ruth Rundle/On Dark Horses
アメリカ合衆国はカリフォルニア州ロサンゼルス出身のシンガーソングライターの4枚目のアルバム。
2018年にSargent Houseからリリースされた。
Emma Ruth RundleはISISのメンバーがやっているポストロックバンドRed SparrowsやMarriagesにシンガーとして参加している。
私は彼女のソロ作品は初めて聞いたのだが、内容的には生音を大胆に活かしたフォーク、それがロックの流儀というよりは手法をパーツとして取り入れた、という形に聞こえた。
というのも曲が凝っているのだけど明らかに歌が中心にある。バンドだとどうしてもみんな目立ちたがるからこうは行かないような気もする。(特にロックのジャンルでは。)
フォークと言っても辛気臭いそれではなく、太鼓が原始的なリズムを叩き、妙に浮遊感のあるギターが乗っかる奥行きのある全方位型。芯がしっかりしていて陽性だがどこかしらドゥームの雰囲気があるのが良い。エコーが掛かったギターと土臭い雰囲気はフォークと言うよりはカントリーなのかもしれない。アメリカーナってやつなのだろうか。
歌の雰囲気や作り方(仕上げ方)もそうだし、同じSargent HouseということでどうしてもChelsea Wolfeを連想してしまう。女性だからというのはいささか乱暴だが、両方共魔法的である、もっというと呪術的であるという共通項はあると思う。Wolfeの方は露骨に見た目もブラックメタルを通過した黒さ、ゴスさがあり音の方もどこかしら退廃的な雰囲気がある。一方Rundleの方は見た目も音もよりナチュラル。曲調は明るく、歌声は力強く伸びやかに。ただし個人的にはむしろ呪術的な雰囲気が強いのはRundleの方だなと思った。Wolfeさん方はなるほど王道とは言い難いけど、人間味があってつまり懊悩の果に邪道にというストーリーがある。特に見た目だけだとインパクトが強いけど歌に関してはその正道から邪道というブレが主役的に表現されていると思う。
一方でRundleさんはもっと野性的で奔放。わかりやすい病みはなくて明るいところは明るい。また健康的というのは明るいというよりはエネルギーに富んでいることで彼女の場合はこれが当てはまる。ようするによりプリミティブなわけで、なるほどこちらから見れば異質だが向こうからしたら何らおかしくはない。つまり生粋の魔女であって、これはもう文化が違う。呪術が当たり前の世界での歌なのであって、人間が歌う恨み節の呪文というのとは異なる。
ブレがないぶんRundleの歌は真っ直ぐなわけで、でもフリーキーだ。StrangeというかWeirdなのか?明るく力強いがヒットチャートの歌とはやはり一線を画すマニアックさがある。
Sargent Houseというのは面白いレーベルで、同じ女性シンガーでも毛色の違う人達を揃えている。全く違うがやはり異端という意味で共通している。
出音はもちろん何かしらの判断基準があるのだろうと思うのは楽しい。要するに一本筋が通っているように見えるから。
2018年にSargent Houseからリリースされた。
Emma Ruth RundleはISISのメンバーがやっているポストロックバンドRed SparrowsやMarriagesにシンガーとして参加している。
私は彼女のソロ作品は初めて聞いたのだが、内容的には生音を大胆に活かしたフォーク、それがロックの流儀というよりは手法をパーツとして取り入れた、という形に聞こえた。
というのも曲が凝っているのだけど明らかに歌が中心にある。バンドだとどうしてもみんな目立ちたがるからこうは行かないような気もする。(特にロックのジャンルでは。)
フォークと言っても辛気臭いそれではなく、太鼓が原始的なリズムを叩き、妙に浮遊感のあるギターが乗っかる奥行きのある全方位型。芯がしっかりしていて陽性だがどこかしらドゥームの雰囲気があるのが良い。エコーが掛かったギターと土臭い雰囲気はフォークと言うよりはカントリーなのかもしれない。アメリカーナってやつなのだろうか。
歌の雰囲気や作り方(仕上げ方)もそうだし、同じSargent HouseということでどうしてもChelsea Wolfeを連想してしまう。女性だからというのはいささか乱暴だが、両方共魔法的である、もっというと呪術的であるという共通項はあると思う。Wolfeの方は露骨に見た目もブラックメタルを通過した黒さ、ゴスさがあり音の方もどこかしら退廃的な雰囲気がある。一方Rundleの方は見た目も音もよりナチュラル。曲調は明るく、歌声は力強く伸びやかに。ただし個人的にはむしろ呪術的な雰囲気が強いのはRundleの方だなと思った。Wolfeさん方はなるほど王道とは言い難いけど、人間味があってつまり懊悩の果に邪道にというストーリーがある。特に見た目だけだとインパクトが強いけど歌に関してはその正道から邪道というブレが主役的に表現されていると思う。
一方でRundleさんはもっと野性的で奔放。わかりやすい病みはなくて明るいところは明るい。また健康的というのは明るいというよりはエネルギーに富んでいることで彼女の場合はこれが当てはまる。ようするによりプリミティブなわけで、なるほどこちらから見れば異質だが向こうからしたら何らおかしくはない。つまり生粋の魔女であって、これはもう文化が違う。呪術が当たり前の世界での歌なのであって、人間が歌う恨み節の呪文というのとは異なる。
ブレがないぶんRundleの歌は真っ直ぐなわけで、でもフリーキーだ。StrangeというかWeirdなのか?明るく力強いがヒットチャートの歌とはやはり一線を画すマニアックさがある。
Sargent Houseというのは面白いレーベルで、同じ女性シンガーでも毛色の違う人達を揃えている。全く違うがやはり異端という意味で共通している。
出音はもちろん何かしらの判断基準があるのだろうと思うのは楽しい。要するに一本筋が通っているように見えるから。
ラベル:
Emma Ruth Rundle,
アメリカ,
フォーク,
ポストロック,
音楽
City Hunter/Deep Blood
どんなジャンルにでも異端というのが存在するものだ。
このCity Hunterもそんなバンドの一つかもしれない。
リリース元はYouth Attack Records。
ジャケットは妙に昔のアメリカ映画のポスターのような雰囲気がある。
覆面の男がアーミーナイフ(ボウイナイフかも)を構えているという構図で、これ実は過去の音源を見ると全部同じ世界観で統一されている。
数少ないライブ映像を見るとボーカリストは目出し帽をかぶっており、体格もあってかなりいかつい。
マスクをかぶるという行為が何を意味するのかというと、個人でなくなり何かになる、ということだ。
なまはげなんかはわかりやすい。Slipknotなんかもこの流れに属するのではなかろうか。彼らは人間でない別の何かになって、非人間的な音楽を鳴らすわけだ。
ところが犯罪者というのもマスクをかぶってこれは単に特定の個人であることを放棄している。
このバンドはその流れに属し、目だし帽をかぶりCity Hunterという誰でもない男になるのだ。
演奏に関しては曲が短めでアルバムトータルで18分たらず。これで全部で14曲。
とはいえ型にはまったファスト&バイオレンスなスタイルではなくて、オールドスクール・スタイルを踏襲しつつテンポを早く、そしてムダな装飾やリフレインは極力省くというやり口。
いわば自然発生的なファスト(なハード)コアで様式美というよりは単にぶっきらぼうなだけといった潔さ。様々なインプットは当然あるわけなのであえて流行には背を向けているのだろう。メロディアスさ?当然あるわけがない。
なんといってもフロントマンに華があるバンドで、見た目もさることながら声質も相当特徴的。
タフなハードコアスタイルでもないし、喚き散らすファストコアスタイルでもない、整然と低音が利いたデスメタルスタイルでもなくて、喉に引っ掛けるような発声方法で内にこもったブラックメタルに近いスタイル。
ある意味ミスマッチなスタイルなのだが、かなりうまくハマっている。
というのも演奏はきっちり突進力とマッシブさを抑えつつ、バイオレンスとまでは行かなくらいの温度で、いわばまだ飽和状態に達していないところに劇薬のようなボーカルを突っ込むと、これで完成という感じ。
とにかく全開、全部乗せ!ってわかりやすいのだけど、いろいろな色を混ぜてもきれいな色にならないように、この手のジャンルでもバランスが大事なのだろう。とくにハードコアは概ね足すではなく引く、ほうのジャンルではと思っているので個人的にはこのバンドのやり方はしっくり来る。
やり方的には(The Infamous)Gehennaに似ている。純正ハードコアでは醸し出せない危険な雰囲気も共通項としてあると思う。ただGehennaのほうが音的にはより粗野か。
よくよく今バンドを利いてみると特にギターが凝っていて、がむしゃらに弾いているようでいて実は不安感を煽るSE的な音の出し方をしている。結構技巧的だ。
覆面をかぶることとアートワークへのこだわりから、粗野な音楽性も緻密な計算がされていることが推測できる。
演奏面でのバランス感覚もその感覚を強化する。芸術性を徹底的に排すことで(ただしハードコアのタフさという美学にはたとは異なるやり方で与している)、あざとさが発生するのを防いでいるのだろう。
このCity Hunterもそんなバンドの一つかもしれない。
リリース元はYouth Attack Records。
ジャケットは妙に昔のアメリカ映画のポスターのような雰囲気がある。
覆面の男がアーミーナイフ(ボウイナイフかも)を構えているという構図で、これ実は過去の音源を見ると全部同じ世界観で統一されている。
数少ないライブ映像を見るとボーカリストは目出し帽をかぶっており、体格もあってかなりいかつい。
マスクをかぶるという行為が何を意味するのかというと、個人でなくなり何かになる、ということだ。
なまはげなんかはわかりやすい。Slipknotなんかもこの流れに属するのではなかろうか。彼らは人間でない別の何かになって、非人間的な音楽を鳴らすわけだ。
ところが犯罪者というのもマスクをかぶってこれは単に特定の個人であることを放棄している。
このバンドはその流れに属し、目だし帽をかぶりCity Hunterという誰でもない男になるのだ。
演奏に関しては曲が短めでアルバムトータルで18分たらず。これで全部で14曲。
とはいえ型にはまったファスト&バイオレンスなスタイルではなくて、オールドスクール・スタイルを踏襲しつつテンポを早く、そしてムダな装飾やリフレインは極力省くというやり口。
いわば自然発生的なファスト(なハード)コアで様式美というよりは単にぶっきらぼうなだけといった潔さ。様々なインプットは当然あるわけなのであえて流行には背を向けているのだろう。メロディアスさ?当然あるわけがない。
なんといってもフロントマンに華があるバンドで、見た目もさることながら声質も相当特徴的。
タフなハードコアスタイルでもないし、喚き散らすファストコアスタイルでもない、整然と低音が利いたデスメタルスタイルでもなくて、喉に引っ掛けるような発声方法で内にこもったブラックメタルに近いスタイル。
ある意味ミスマッチなスタイルなのだが、かなりうまくハマっている。
というのも演奏はきっちり突進力とマッシブさを抑えつつ、バイオレンスとまでは行かなくらいの温度で、いわばまだ飽和状態に達していないところに劇薬のようなボーカルを突っ込むと、これで完成という感じ。
とにかく全開、全部乗せ!ってわかりやすいのだけど、いろいろな色を混ぜてもきれいな色にならないように、この手のジャンルでもバランスが大事なのだろう。とくにハードコアは概ね足すではなく引く、ほうのジャンルではと思っているので個人的にはこのバンドのやり方はしっくり来る。
やり方的には(The Infamous)Gehennaに似ている。純正ハードコアでは醸し出せない危険な雰囲気も共通項としてあると思う。ただGehennaのほうが音的にはより粗野か。
よくよく今バンドを利いてみると特にギターが凝っていて、がむしゃらに弾いているようでいて実は不安感を煽るSE的な音の出し方をしている。結構技巧的だ。
覆面をかぶることとアートワークへのこだわりから、粗野な音楽性も緻密な計算がされていることが推測できる。
演奏面でのバランス感覚もその感覚を強化する。芸術性を徹底的に排すことで(ただしハードコアのタフさという美学にはたとは異なるやり方で与している)、あざとさが発生するのを防いでいるのだろう。
ラベル:
City Hunter,
アメリカ,
ハードコア,
ハードコアパンク,
音楽
2018年12月16日日曜日
BLOODAXE TOUR -JESUS PIECE JAPAN 2018-
年の瀬にJesus Pieceが来るという。なんせデモとプロモ音源しかリリースしていない状態で非常に話題になったバンドだ。満を持しての1stフル「Only Self」もまさにブルータルで良かった。または種々様々なハードコアバンドのライブ動画を発信しているHate5sixも帯同するという。ミーハーなもんでこれは!とばかりに向かったのは渋谷Garret。結構新しいライブハウスなんじゃなかろうか。かなりきれいで音も良い。最近のライブハウスはステージが横に広いような気がする。これだと単純に劇的になって良いよね。
先週の激務でまさかの昼寝で寝坊してしまい、一番手Blindsideに間に合わず…。
Coffins
東京オールドスクールデスメタルバンド。
MCでも言っていたが今回のラインナップでは異質なバンドで、流れでみるとやはり異彩を放っていた。モダンなハードコアがミュートでザクザク刻んでいくとすると、デスメタルは余韻を引きずるスタイル。重たい一撃がグワングワンする残響を残していく。これが速いバンドならまた話は違うだろうが、Coffinsは相当にDoomなので割合的に一音一音の比重(インパクト)がでかい。デスメタルのリフに極悪ハードコアを見出す動きもあり、結果ハードコアバンドとは別のアプローチでフロアにアクセスするイメージ。
個人的には来年から録音に入るという新曲群がとにかく良かった。キャッチーというと語弊があるかもしれないが、元々Coffinsはドゥームな割には曲の中で変化があるバンドだったと思う。ゆったり(もったり)その姿を変えていく、というスタイルが新曲ではかなり激烈になっていてその強引な感じがまた格好いいのだ。テンポチェンジも露骨でテンション上がってしまう感じ。
「Raw Stench Death Metal」と刻まれたパーカが新作で物販に並んでいてライブ良かったのでこれは!と思っていたのだが、終演後には売り切れていた。みんな考えることは同じみたい。
NUMB
続いては1995年から活動しているNUMB。とても有名だしいろんな場所でライブをやっているが見るのは初めて。
この日どのバンドも素晴らしかったが、一番衝撃を受けたのはNUMBだったと思う。色々なバンドが自分たちをライブバンドと称する。特にこのジャンルではライブがすべて、と言い切るバンドもいたと思う。たしかに音源で聞くのとライブで体感するのはぜんぜん違う。(そもそも使っている感覚が5倍(味覚はなかなか使わないが)になるからライブのほうがすごいのは仕方がない。)でもNUMBみてライブバンドってこういうバンドかと思った。まずは圧倒的なショウ感。これは演劇的という意味ではなくて、全部がつながっているということ。曲の合間にチューニングがてらMCというのではない。曲名をコールするMCが全部計算されていて流れるように曲に移行する。劇的にスムーズでこちらはライブ中にスマホ見ている暇なんてないんだよね。(そもそもライブ中に見ないと思うけど。)途切れないライブで集中させる。でも威圧的な感じが全く、本当にまったくなくてむしろ笑顔が多い。これは衝撃的だった。
曲はモダンにアップデートされているけど、随所にオールドスクールを感じさせるもの。音の作りも数もいい感じに引かれている感じ。ラフ、というのとはちがう。おそらくライブの運びもそうだけど、相当考え研究しているのだろうなと思った。重鎮というのは老獪で力が抜けているなんてとんでもない。むしろ知見をたゆまずアップデートすることなんだなあと感動したけど、ライブ中は何も考えずにただただ楽しかった。
Loyal to the Grave
続いても大変有名なバンド。(1998年結成。Bolodaxeの仕掛け人でもあります。)やはり見たことがなくて楽しみだった。
音楽的にはNUMBと共通項がかなりあるけど、よくよく聴いてみると違いがわかって面白い。まず音の数が多い。また音も重たい。ようするもっとヘヴィだ。こちらもルーツは様々だと思うけど、出音としては明確にニュースクールといった趣。それも硬派なやつ。メロディ性は皆無でほぼほぼグルーヴで引っ張っていくタイプ。ただモッシュに特化したモダンなブルータルさとはまた違う。落とす、というからには高さ(つまり速さ)が必要なわけで、ニュースクールは技術でもってそれらを演出する。ミリタントもそうだけど、ただ単に落とすためのその他ではなくて、落とし所以外も格好いいという。言うのは簡単だけれどそれを実行するのは難しい。それを難なくやってのけるのがこのバンド。とはいえミリタントほど装飾性がない。ドラムの音の抜き方に何かしら格好良さの秘密がありそうな…。
とにかくボーカルの方のMCが良かった。ハードコアはとにかくタフだけど殺伐としているかというと、少なくともライブの雰囲気は違うと思う。暴れるにしてもポジティブなモチベーションがあってそれを体現しているかのような語りがとにかく良かった。
PALM
このラインナップで見るとCoffinsほどではないが結構浮いているなと思ったのがこのPALM。マイクの取り合い合戦も確か始めてみたのがこのバンドだったので恐ろしいハードコアだぜ…と思っていたし、実際そうなのだが、いわゆるUSスタイルのハードコアとは結構趣が異なる。わかりやすいのはドラムで結構バチバチ存在感のあるブラストを入れてくる。突進力は確かに、だからといってトータルでグラインドコアかというとそうではない。ギターに関してもミュートで刻んでくるというよりはデスメタルっぽいトレモロを噛ましてきたり、短いソロを弾いたりもする。ただ音の肉抜きがされていて重苦しいメタルには聞こえない。いわば絶妙なバランス感覚でハードコアの綱渡りをしているようなイメージで、これがまたフロアを沸かせる。いい意味でのごった煮感は今はあまり聞かなくなった「カオティック」を彷彿とさせる。
何回か見たライブではユーモアに富んだMCが印象的だったがこの日は少なめ。ベーシストの外国の方がビザの関係で不在、というくらいの簡潔さ。あとはもうほぼほぼ演奏に振り切っていた。ボーカリストはマイクで体を叩くのだがその「ッゴ」という音がよく考えるとなんとも猟奇的。演奏もあって何するかわからんぞって雰囲気でもやっぱりこの日明らかに尖っていた。
Jesus Piece
いよいよ最後はモダン・ブルータル・ハードコアの雄、合衆国はフィラデルフィア州からやってきた5人組。
出音一発で思った「遅え〜」。地獄は速いのかと聞かれたら遅いんじゃなかろうかと思うのだが、この日はまさに地獄。浮かれているフロアに鉄槌を下すがごとおく容赦がない。フロアに居るみなさんも一発でこれは尋常じゃないな、と思ったのではないでしょうか。ギターがベースかってくらい音が重たい。そして遅い。叩きつけるというかもう押さえつけるくらい。これが良い。豪腕でズンとくるから、押さえつけられた反動でこっちは跳ねるじゃん?というわけで結果的にフロアも更に湧くのだ。わけがわからないがこんな感じ。(まともな人間はハードコアなんて聞かないそうだ。)
これ前編モッシュパートじゃんというくらいのえげつなさだが、耳と体がなれてくるとしかしよく練られた曲に込められた技工がわかってくる。2本いるギターで役割分担があって、片方はもうズンズン刻んでくるのだが、間を縫ってもう一本がかなりですメタリックなリフを奏でたりしている。踊らせるにしてもテンポチェンジはもちろん、結構拍子も変えてきて、3拍子は思った以上にハードコアに合うな!なんて地獄のようなフロアで思ったりもした。ボーカリストもデスメタルバンド顔負けの低音咆哮を見せる。長身でシャツを脱いだ体はとにかくしなやか。音の方もそうで、ハードだけど有機的なしなやかさがある。意外にライブで見るとガッチガチに固めたハードコア、という印象でもなかった。
フルアルバム「Only Self」はもちろん素晴らしいのだけど個人的に一番好きなのはデモの「Lost Control」。まさかと思っていたけど果たしてやってくれてテンション上がった!!横から上から人がどんどん飛んでくるのでじっくりなんて見れたもんではないのだが、これがまさに触覚を使ったライブなのだ。
この日は一番手からフロアが沸きに沸き、それこそ一番手からけが人が出たりもした。hate5sixに日本のハードコアを見せてやろうという気概があってか、演者もそうだしそれに答えるようにオーディエンスも非常に高いテンションで盛り上がっていたと思う。
Jesus Pieceのメンバーは根っからの音楽好きなのだろう。どのバンドでもほぼ最前に陣取り、誰よりもモッシュしていた。特にフロントマンのアーロンはCoffinsのときにすごく楽しそうだった。(Jesus Pieceもはじめはデスメタルやりたいねって集まったらしい。)
良いライブってどんなライブかというとフロアに居る人が笑顔のライブだと思うし、そういう意味では非常に素晴らしいライブでした。
Jesus Pieceはこれからツアーが本番なので迷っている人はこの機会に是非どうぞ。
それとこれは日記なんだけど、やはり私は耳栓が合わないみたい。現在のライブハウスでは耳栓の着用が推奨されている。安いやつを買ってみて好きじゃなかったので、ライブ用のちょっと良いやつを買ってつけてみた。音はちゃんと聞こえる(どの楽器ももバランスよく音を減らしてくれる)のだけど、どうしても迫力が足りない。早々にテンション上がって外してしまった。ある程度つけてれば慣れるんだろうかね〜。
2018年12月9日日曜日
Cult Leader/A Patient Man
ハードコアの何が面白いかというと人それぞれだろうが、わたし的には基本にハードコアがあるとあとは結構何を載せてもイケるってところだ。融通が効くなあというわけだ。ハードコアを出発点に色々なバンドが様々な要素をそこに追加していった。逆に言えば初めは表現力にやや難があったジャンルに対して、それを好むものたちがなんとかそれを自分が補填し完璧な音楽にしてやろう、という動きがなんとなくあったのだろう。
メタルからミュートリフを持ち込んだニュースクールやメタルコア、哀愁をメロディラインとギターソロで充填したジャパニーズ・ハードコア、どんどん遅くしたろうかなというスラッジコアに、いやー速いのがパンクよとばかりにファストコアやパワーバイオレンス、結果的に尖ったのが色々サブジャンルとして乱立してどれもハードコアなもんで面白い。
ユタ州ソルトレイクにGazaというバンドがいてこのバンドはグラインドコアばりの突進力にスラッジコアの要素を取り入れ、それもいい感じに混じり合わせるのではなく無理やりくっつけたようなヤケクソさがあって好きだった。ラストアルバムは歴史に残る傑作であると思っている。そんなGazaが終わり、残った3人で始めた(メンバーを一人追加している)のがこのCult Leaderだ。Deathwish INC.と契約し精力的に活動。今回が3枚目のアルバムだ。
Gazaで分裂してた別々の表現手法を融合させるというのが隠れたCult Leaderのテーマだったのかと思う。Gazaの放心したようなスラッジパートの空虚さ、そして物悲しい感情を今度は曲そのものに溶かし込んだ。前作「Lightless Walk」の「Sympathetic」でその方向性は極点に達し、そしてわたしは遂にCult LeaderはGazaを超えてその先に行ったんだと思い、感極まって泣いた。この曲に関しては私は日本における激情にたいするアメリカからの一つの回答でもあるなとひそかに思っている。
さて前作から3年が経ちリリースされたのが今作。アートワークから前作からの流れを組むものだと理解できる。さらに色が追加されているのが印象的だ。
聴いたら驚いた。やりやがった!このアルバムにあったのはまたもや露骨な分断だった。バラバラになった破片を集める修復作業がGazaを経てのCult Leaderだったとしたら、今作でまたそれを壊してしまったのだった。ただそのやり方は斬新で1曲の中で疾走パートとスラッジパートを同居させるようなやり方ではない。激しい曲とアコースティックなアンビエントな曲を分けたのだった。調和も何もあったものではない。二律背反の葛藤する心をもはやそのまま表現するような、穿った見方をすれば迷いのあるやり方だ。
前作同様1曲め「I Am Healed」からぶちかましそのままラストまで行くのかと思いきや、4曲目「To:Achlys」でダークなフォークで沈み込む。(2曲ともMVが作られていることからアルバム内でも露骨に重要な曲だということがわかる。)ディストーションもってのほかの生々しくダウナーな世界観をひきずり、「A World of Joy」のラストで再浮上する。普通のアルバムなら山があるのだろうが、「A Patient Man」には谷がある。一回沈み、そして死にきれずに戻ってくる。後半はいわば恨み節の二回戦であり(ジャケットの骸骨は泣いている。)、そこからまた突っ走っていく。
タイトルは「忍耐強い男」か、しかし冒頭が「私は癒やされる」だからおそらく「患者の人」だろう。3曲めのタイトルは「Isolation in the Land of Milk and Honey」で聖書に出てくるワードだったはずだ。つまりこの世の楽園ってことだろうが、そこで孤独。このアルバムは一つの物語であり、それ故中盤の露骨な沈降も納得できるだろう。ラスト手前の「A Patient Man」のアコースティックギターの響きのなんて空疎なことか。何もない空っぽが鳴っているようだ。
破壊と想像なんてこのジャンルではもはや聞き飽きたワードだが、このバンドはそれを地で行っているような気がする。しっかり根を持ちながらも新しい表現方法に挑戦していく。言うは易く行うは難し。現行でこんな大胆なことをやっているのは日本のSWARRRMくらいしか思い浮かばない。どちらも今年新作をリリースしたが、いずれもモニュメントや不気味なモノリスのように聳え立っている。
素晴らしいアルバムである。慟哭しながら地面をたたきたいほどに。こういうのが好きなんだ、私は。この雑念が混じり合い、もはや怨念となって渦巻いている感じが。そして如何ともし難い諦念が底流を這っている。狂乱と空虚だ。もはやそれしかない。「We Must Walk On」というリフレインが強烈なラストの「The Broken Right Hand of God」。決して癒やされることのない病を抱えてこの地上をさまよっていくのだ。それを呪いという人もいるだろう。
メタルからミュートリフを持ち込んだニュースクールやメタルコア、哀愁をメロディラインとギターソロで充填したジャパニーズ・ハードコア、どんどん遅くしたろうかなというスラッジコアに、いやー速いのがパンクよとばかりにファストコアやパワーバイオレンス、結果的に尖ったのが色々サブジャンルとして乱立してどれもハードコアなもんで面白い。
ユタ州ソルトレイクにGazaというバンドがいてこのバンドはグラインドコアばりの突進力にスラッジコアの要素を取り入れ、それもいい感じに混じり合わせるのではなく無理やりくっつけたようなヤケクソさがあって好きだった。ラストアルバムは歴史に残る傑作であると思っている。そんなGazaが終わり、残った3人で始めた(メンバーを一人追加している)のがこのCult Leaderだ。Deathwish INC.と契約し精力的に活動。今回が3枚目のアルバムだ。
Gazaで分裂してた別々の表現手法を融合させるというのが隠れたCult Leaderのテーマだったのかと思う。Gazaの放心したようなスラッジパートの空虚さ、そして物悲しい感情を今度は曲そのものに溶かし込んだ。前作「Lightless Walk」の「Sympathetic」でその方向性は極点に達し、そしてわたしは遂にCult LeaderはGazaを超えてその先に行ったんだと思い、感極まって泣いた。この曲に関しては私は日本における激情にたいするアメリカからの一つの回答でもあるなとひそかに思っている。
さて前作から3年が経ちリリースされたのが今作。アートワークから前作からの流れを組むものだと理解できる。さらに色が追加されているのが印象的だ。
聴いたら驚いた。やりやがった!このアルバムにあったのはまたもや露骨な分断だった。バラバラになった破片を集める修復作業がGazaを経てのCult Leaderだったとしたら、今作でまたそれを壊してしまったのだった。ただそのやり方は斬新で1曲の中で疾走パートとスラッジパートを同居させるようなやり方ではない。激しい曲とアコースティックなアンビエントな曲を分けたのだった。調和も何もあったものではない。二律背反の葛藤する心をもはやそのまま表現するような、穿った見方をすれば迷いのあるやり方だ。
前作同様1曲め「I Am Healed」からぶちかましそのままラストまで行くのかと思いきや、4曲目「To:Achlys」でダークなフォークで沈み込む。(2曲ともMVが作られていることからアルバム内でも露骨に重要な曲だということがわかる。)ディストーションもってのほかの生々しくダウナーな世界観をひきずり、「A World of Joy」のラストで再浮上する。普通のアルバムなら山があるのだろうが、「A Patient Man」には谷がある。一回沈み、そして死にきれずに戻ってくる。後半はいわば恨み節の二回戦であり(ジャケットの骸骨は泣いている。)、そこからまた突っ走っていく。
タイトルは「忍耐強い男」か、しかし冒頭が「私は癒やされる」だからおそらく「患者の人」だろう。3曲めのタイトルは「Isolation in the Land of Milk and Honey」で聖書に出てくるワードだったはずだ。つまりこの世の楽園ってことだろうが、そこで孤独。このアルバムは一つの物語であり、それ故中盤の露骨な沈降も納得できるだろう。ラスト手前の「A Patient Man」のアコースティックギターの響きのなんて空疎なことか。何もない空っぽが鳴っているようだ。
破壊と想像なんてこのジャンルではもはや聞き飽きたワードだが、このバンドはそれを地で行っているような気がする。しっかり根を持ちながらも新しい表現方法に挑戦していく。言うは易く行うは難し。現行でこんな大胆なことをやっているのは日本のSWARRRMくらいしか思い浮かばない。どちらも今年新作をリリースしたが、いずれもモニュメントや不気味なモノリスのように聳え立っている。
素晴らしいアルバムである。慟哭しながら地面をたたきたいほどに。こういうのが好きなんだ、私は。この雑念が混じり合い、もはや怨念となって渦巻いている感じが。そして如何ともし難い諦念が底流を這っている。狂乱と空虚だ。もはやそれしかない。「We Must Walk On」というリフレインが強烈なラストの「The Broken Right Hand of God」。決して癒やされることのない病を抱えてこの地上をさまよっていくのだ。それを呪いという人もいるだろう。
2018年11月25日日曜日
Spirits/Discontent
アメリカ合衆国はマサチューセッツ州ボストンのハードコアバンドの1stアルバム。
2015年にState of Mind Recordingsからリリースされた。
Spiritsはストレートエッジのバンド。メンバーは4人でかつてはTest of Timeという名前で活動していたそうだ。
お酒飲まない、タバコ吸わない、愛のないセックスは無しという厳格なルールで生活を縛るストレートエッジというのはハードコアカルチャーに結びついているものの、音楽的な特徴を表現する言葉ではない。どうしてもストレートエッジというとユースクルーかなと思ってしまうところがあるが、(一見すると)このSpiritsはあまりそれっぽくはない。もっとフックが効いている。わかりやすく言えばバキバキのブルータルさは全くないが、かといってタフなオールドスクールという感じではなく、自然体なニュースクールという感じだろうか。技術力というか、表現力はかなり豊かでパームミュートだったり、エモバイオレンスを思わせるトレモロ奏法などを短い曲の中に持ち込んでいる。ハードコアというのはどうしても力強さを志向するあまり極端に走りがちなジャンルだと思うが(メタルだとここに様式美的な表現力が加わるから音楽性自体は雑多になる)、このバンドに関してはとにかく中間が格好良く、そこが自分には自然体、に見えるのだ。言葉にできない余白的な感情を持て余すのではなく素直に表現している。概ねその感情がエモバイオレンスのような懊悩や葛藤になってしまいがちなのだが、このバンドはあくまでも健康的なハードコアのフォーマットに落とし込むことに成功しているイメージ。結果的に速くもなく落としどころ満載という感じではないのだが、とにかく横ノリといっていいくらいの気持ち良さが詰まったハードコアが出来上がっている。
そうなると俄然丁寧な作りが気になって聞き込んでしまう。例えば8曲め「The Pledge」疾走するパートでうおってなって、コーラスワークでじんわり感動する。あ、ここ実はユースクルーっぽいぞと気がつく。これは良い。
SNSには「世界をよくしていこう」「ホモフォビア(ホモに対する嫌悪)、ファシズム、女性差別主義、人種差別主義、憎悪のいるところは無い」と書かれている。ポジティブ里そして強い決心が伺えるバンドだ。そういったバンドがこういったしなやかな音楽を鳴らしているというのは非常に格好いい。(別に強面の音楽を鳴らしているバンドがかっこつけだといっているのでは無い。)
こういうシーンの中で断固とした主張をしながらも、大勢のやり方をなぞるでもなく自分たちなりのやり方を模索しているようなバンドにどうしてひかれてしまう。
2015年にState of Mind Recordingsからリリースされた。
Spiritsはストレートエッジのバンド。メンバーは4人でかつてはTest of Timeという名前で活動していたそうだ。
お酒飲まない、タバコ吸わない、愛のないセックスは無しという厳格なルールで生活を縛るストレートエッジというのはハードコアカルチャーに結びついているものの、音楽的な特徴を表現する言葉ではない。どうしてもストレートエッジというとユースクルーかなと思ってしまうところがあるが、(一見すると)このSpiritsはあまりそれっぽくはない。もっとフックが効いている。わかりやすく言えばバキバキのブルータルさは全くないが、かといってタフなオールドスクールという感じではなく、自然体なニュースクールという感じだろうか。技術力というか、表現力はかなり豊かでパームミュートだったり、エモバイオレンスを思わせるトレモロ奏法などを短い曲の中に持ち込んでいる。ハードコアというのはどうしても力強さを志向するあまり極端に走りがちなジャンルだと思うが(メタルだとここに様式美的な表現力が加わるから音楽性自体は雑多になる)、このバンドに関してはとにかく中間が格好良く、そこが自分には自然体、に見えるのだ。言葉にできない余白的な感情を持て余すのではなく素直に表現している。概ねその感情がエモバイオレンスのような懊悩や葛藤になってしまいがちなのだが、このバンドはあくまでも健康的なハードコアのフォーマットに落とし込むことに成功しているイメージ。結果的に速くもなく落としどころ満載という感じではないのだが、とにかく横ノリといっていいくらいの気持ち良さが詰まったハードコアが出来上がっている。
そうなると俄然丁寧な作りが気になって聞き込んでしまう。例えば8曲め「The Pledge」疾走するパートでうおってなって、コーラスワークでじんわり感動する。あ、ここ実はユースクルーっぽいぞと気がつく。これは良い。
SNSには「世界をよくしていこう」「ホモフォビア(ホモに対する嫌悪)、ファシズム、女性差別主義、人種差別主義、憎悪のいるところは無い」と書かれている。ポジティブ里そして強い決心が伺えるバンドだ。そういったバンドがこういったしなやかな音楽を鳴らしているというのは非常に格好いい。(別に強面の音楽を鳴らしているバンドがかっこつけだといっているのでは無い。)
こういうシーンの中で断固とした主張をしながらも、大勢のやり方をなぞるでもなく自分たちなりのやり方を模索しているようなバンドにどうしてひかれてしまう。
2018年11月24日土曜日
My Purest Heart For You/Both Paralyzed
アメリカ合衆国サウスカロライナ州マートルビーチのブラックメタルバンドの2ndアルバム。2018年に自主リリースされた。
またくどいバンド名である。「僕のあなたに対する最も純粋な心」。調べてみるとマートルビーチというのはアメリカ南東部のリゾート地のようだ。とても綺麗なところだ。君、もっと外に出てきたらどうだ、泳いできなさい、と親戚の叔父さんになっていってあげたい気持ちもある。輝かしい土地で部屋にこもってこういう音楽を作るやつもいるのである。全く最高だ。バンドと称したがメンバーなどは非公開でよくある変名どころかメンバーの人数も不明。2016年にデモを発表して以来、活発に活動しているようだ。(多分ライブはやっていない。)
どんな地下音楽でも流行り廃りというものが露骨にあって、そのムーブメントは「もう聞き飽きたぜ?」と玄人のしたり顔で敬遠されたりもするのだが、雨後の筍が枯れた後その土壌からまた新たな音楽が生まれることもまた確かだ。
このMy Purestもそんなバンドのような気がしている。ブラックゲイズだ。シューゲイザーにブラックメタル由来のトレモロを合体させたツエーやつで、世界中の根暗たちがこの音楽性に魅了された。もともと小汚い、危険、(ともすると)キモいという3K音楽たるブラックメタルから派生したという生まれながらの対照性もあってか、ブラックゲイズは掃き溜めに生まれた鶴のようなエモさがあった。マートルビーチに住む何がしかはそこに最も純粋な心を見つけたのだろう。(おそらく)根っからのブラックメタル・ファンである彼がこの音楽性にコンバインしたのはデプレッシブ(憂鬱な)・スーサイダル(自殺的)・ブラックメタルだった。それもかなり過酷でトゥルーなやつをだ。厭世観と自己嫌悪を音楽にして吐き出した音楽。吊り縄やリストカットされた手首をモチーフにしたアートワーク。あの世界観によりにもよってブラックゲイズをくっつけたのだ。確かに全編を覆うのはトレモロ、トレモロ、トレモロの嵐である。しかしガリガリとしたプリミティブな音質。ドゥームとまではいかないがすっきりとしないゆったりとした速度。マイナーなコードを使っているのかわからないが、爽快感を与えるはずのトレモロもやけに陰鬱に響いてくるのである。ボーカルは金切り声でずっと叫んでいる。全く抑揚などあったものではない。キャッチーな要素である「ゲイズ」の背後にあるのは確かにDSBMの息吹であった。チェコのTristをなんとなく私には思い出させる。あの荒涼としたモノクロの景色。
例えばAn Autumn for Crippled ChildrenがDSBMを飲み込んでほの明るい地平線を目指したのに、My Purest Heart For Youは明るい要素を用いているのにさらにDSBMのくらい渦に降下していくようである。私がブラックゲイズ学の講師なら「これは悪い例ですね〜」と生徒たちに紹介するだろう。しかし私はどこの先生でもないのでこの音楽に耽溺することができる。くらい情念がメエルシュトロムのように下に下に渦巻いていく。不健康な重力があなた方を優しく押さえつけるだろう。
またくどいバンド名である。「僕のあなたに対する最も純粋な心」。調べてみるとマートルビーチというのはアメリカ南東部のリゾート地のようだ。とても綺麗なところだ。君、もっと外に出てきたらどうだ、泳いできなさい、と親戚の叔父さんになっていってあげたい気持ちもある。輝かしい土地で部屋にこもってこういう音楽を作るやつもいるのである。全く最高だ。バンドと称したがメンバーなどは非公開でよくある変名どころかメンバーの人数も不明。2016年にデモを発表して以来、活発に活動しているようだ。(多分ライブはやっていない。)
どんな地下音楽でも流行り廃りというものが露骨にあって、そのムーブメントは「もう聞き飽きたぜ?」と玄人のしたり顔で敬遠されたりもするのだが、雨後の筍が枯れた後その土壌からまた新たな音楽が生まれることもまた確かだ。
このMy Purestもそんなバンドのような気がしている。ブラックゲイズだ。シューゲイザーにブラックメタル由来のトレモロを合体させたツエーやつで、世界中の根暗たちがこの音楽性に魅了された。もともと小汚い、危険、(ともすると)キモいという3K音楽たるブラックメタルから派生したという生まれながらの対照性もあってか、ブラックゲイズは掃き溜めに生まれた鶴のようなエモさがあった。マートルビーチに住む何がしかはそこに最も純粋な心を見つけたのだろう。(おそらく)根っからのブラックメタル・ファンである彼がこの音楽性にコンバインしたのはデプレッシブ(憂鬱な)・スーサイダル(自殺的)・ブラックメタルだった。それもかなり過酷でトゥルーなやつをだ。厭世観と自己嫌悪を音楽にして吐き出した音楽。吊り縄やリストカットされた手首をモチーフにしたアートワーク。あの世界観によりにもよってブラックゲイズをくっつけたのだ。確かに全編を覆うのはトレモロ、トレモロ、トレモロの嵐である。しかしガリガリとしたプリミティブな音質。ドゥームとまではいかないがすっきりとしないゆったりとした速度。マイナーなコードを使っているのかわからないが、爽快感を与えるはずのトレモロもやけに陰鬱に響いてくるのである。ボーカルは金切り声でずっと叫んでいる。全く抑揚などあったものではない。キャッチーな要素である「ゲイズ」の背後にあるのは確かにDSBMの息吹であった。チェコのTristをなんとなく私には思い出させる。あの荒涼としたモノクロの景色。
例えばAn Autumn for Crippled ChildrenがDSBMを飲み込んでほの明るい地平線を目指したのに、My Purest Heart For Youは明るい要素を用いているのにさらにDSBMのくらい渦に降下していくようである。私がブラックゲイズ学の講師なら「これは悪い例ですね〜」と生徒たちに紹介するだろう。しかし私はどこの先生でもないのでこの音楽に耽溺することができる。くらい情念がメエルシュトロムのように下に下に渦巻いていく。不健康な重力があなた方を優しく押さえつけるだろう。
2018年11月11日日曜日
Jesus Piece/Only Self
アメリカ合衆国はペンシルベニア州フィラデルフィアのハードコアバンドの1stアルバム。
2018年にSouthern Lordからリリースされた。Southern LorddといえばSunn O)))のイメージが強いけど結構ハードコアもリリースしており、最近だとXibalbaとか何気にGriefの編集盤とか。
Jesus Pieceは2015年には音源をリリース。ツインギターに選任ボーカルの5人組。ボーカリストのAaron Heardは最近オルタナティブ/シューゲイザーバンドNothingにベーシストとして加入している。
初めての音源がかなりなのあるレーベルからリリースされたり、来日が決まったり、しかもその来日にはハードコアのライブ動画では知らない人はいないであろうhate5sixが帯同したりと、なにやら非常に注目度の高いバンド。
色々見てみると「次世代ブルータル」と称されることが多い。そんなことを言えるのはやはりシーンに一家言あるような方達だろうから、そんな玄人も唸らせる、新しい流れも伝統をきっちりと抑えたバンドなのだろう。どうしても個人的には次世代ブルータルというとCode Orangeが頭に浮かんでくる。なるほど音的には結構似ている。ここでいうブルータルというのはミュートを多用したモッシュパートを曲の中心に据えてくる、ということを言うのではと思う。となると確かにこの二つバンドはほぼモッシュパートがメイン、のような曲作りをしている。ただし前述のXibalbaのようなデスメタルからの影響は希薄。ミュートのリフもあくまでもメタルハードコアに移行されて以降の伝統を用いている、といった濃度。(そういった意味では地下臭はあまりしない。アクが強いがさっぱりしたサウンドと言える。)アクセントしてメインとなる低音に対する高音を効果的に用いる、ノイズをうまく使うという共通点もあるが、聞いた感じ結構印象は異なるなとも思う。
徹底的にソリッドなCode Orangeに比較するとこちらの方が音がややこもっている。その分生々しい威力に満ちている。低音に凝りすぎて一部金属みたいになっているが、表面がざらついていて好みによるが私は好きだ。勢いのある曲に圧倒されるがよく効くとシンプルにまとめる精神で、下手するとオールドスクールな感じすらあるような気がするパートもある。
基本的には脳筋ハードコアなのだが、最後の2曲だけは妙にしっとりとしたドゥーム・アトモスフィアに満ちていて、ダークアンビエント〜ノイズ〜ポスト的なスラッジと言う感じで異彩を放っている。広がりのある音像は明らかに奥行きがあり、ブルータルつまりゼロ距離を理想とする接近戦の音楽とは一線を画す。最後に何気に自分たちの知性をひけらかすと言うよりは、Convergeの「Jane Doe」におけるラストの「Jane Doe」を思わせる(個人的にはConvergeがアルバムのラストに入れて来がちな大曲は大好きなんだ。)やり方だなと思う。Code Orangeもはっきりとメロディを持ち込んだ楽曲をアルバムに入れてくるなど、異なったアプローチを大胆に導入する手法をとっており、なるほどなーと思う次第。二つ以上の異なった要素を楽曲に混ぜると言うより、アルバムに混ぜ込むと言うやり方ね。
リリース日が近いこと、注目度が高いと言うことでなんとなくVeinとセットで次世代と言うイメージ。それぞれブルータルながら目指している音が異なるのも良い。
ラベル:
Jesus Piece,
アメリカ,
ハードコア,
音楽
BROCKHAMPTON/Iridescence
アメリカ合衆国はテキサス州サンマルコスで結成され今はカリフォルニアを拠点とするヒップホップ集団の4thアルバム。
2018年に自主レーベルとRCAからリリースされた。
BROCKHAMPTONは2015年にKevin Abstract(若干22歳)が中心になり、ウェブ上のフォーラムでメンバーを募集する形で結成された。メンバーは10人以上。自らをしてボーイ・バンドと称しており、また全ての制作物やライブをDIYでやっているそうだ。
2017年に「Saturation」シリーズをアルバム3枚分リリースしている。個人的には「SaturationⅡ」がとても好きだ。そんなわけで新作を購入した。
ヒップホップといえば集団である。横のつながりといっても良い。客演も多い。Wu-Tang Clanは文字通り一門である。そんな中でも10人を超える集団というのは珍しいのかもしれない。(私がしれないだけも。)この数の多さを武器にマイクリレーしまくる。性別や人種を超えてとにかくいろいろな声が入り乱れ、また曲もそんな個性を生かせるように非常に多彩でそこが面白いのだ。
ジャズなどの元ネタをサンプリングしてそれをループさせる。全身これビートといった隠しようもなく、と言うよりはラッパーにとっては隠れようもない赤裸々なその上にラップを乗っける。バースがあってフックが来る。そんな形ですら、もはやBROCKHAMPTONは置いていっているくらい意識しない。矢継ぎ早に言いたいことを乗って来る。トラックがしっくり来なければ曲の途中でも大胆に雰囲気を変える。逆にただただ奇をてらっているわけでもなく、とにかくメロディアスなサビを乗っけるわけでもない。これはしっくり来る、と言うマインドで作っているように感じられ、その自由さがこちらにも心地が良いのだ。ゆったりとした曲、張り詰めた曲。ヒップホップ強めの曲、R&Bをおもわせる歌声が印象的な曲。この最新アルバムではギターの音も大胆に使われているし、その他の楽器もよく使われている。どうやら製作陣もかなりメンバーの層が厚いようで、数の多さがそのまま楽曲の豊かさに繋がっているのではないか、と思う。このごった煮感はまさに人種のるつぼアメリカなんでは?と思う。だったら異なる人たちが集まって一つの音楽を作ると言うのは素晴らしいことだ。
個人的には露骨に導入されるテクノパートみたいなのが好きで、このアルバムだと「WEIGHT」は素晴らしい。ビープ音が不穏な「DISTRICT」も無理やりかぶさる歌が良いし、女性の声が金属のように艶かしい。
若いだけあって今の時代をしっかり捉えていると思う。一つは極力(新作はソニー系のレーベルと契約しているようだ)中間業者を挟まない、作り手⇄市場(客)の関係を構築していること。売上と分配の問題と言うよりは速さと質の保っているように私には思える。それから次々ラッパー/シンガーが入れ替わると言う曲の構成も、たった5秒の広告が物を言う「気に入らなければ次へ」の精神が大きく反映されているように思う。つまり初っ端でぐっとつかんでくるわかりやすさがある。非常にキャッチーな作りをしている。
ブログを見ていただければわかるが私はヒップホップには(別に他のジャンルにも詳しいと言うことではないんだけど)詳しくないので、よくよくヒップホップを聴いているフリークの人たちがこの新しい集団をどう考えているのかと言うのが知りたいところだ。ひょっとして苦い顔で見ているのだろうか。そんなことがあってもそれはそれで痛快で面白いね。
2018年に自主レーベルとRCAからリリースされた。
BROCKHAMPTONは2015年にKevin Abstract(若干22歳)が中心になり、ウェブ上のフォーラムでメンバーを募集する形で結成された。メンバーは10人以上。自らをしてボーイ・バンドと称しており、また全ての制作物やライブをDIYでやっているそうだ。
2017年に「Saturation」シリーズをアルバム3枚分リリースしている。個人的には「SaturationⅡ」がとても好きだ。そんなわけで新作を購入した。
ヒップホップといえば集団である。横のつながりといっても良い。客演も多い。Wu-Tang Clanは文字通り一門である。そんな中でも10人を超える集団というのは珍しいのかもしれない。(私がしれないだけも。)この数の多さを武器にマイクリレーしまくる。性別や人種を超えてとにかくいろいろな声が入り乱れ、また曲もそんな個性を生かせるように非常に多彩でそこが面白いのだ。
ジャズなどの元ネタをサンプリングしてそれをループさせる。全身これビートといった隠しようもなく、と言うよりはラッパーにとっては隠れようもない赤裸々なその上にラップを乗っける。バースがあってフックが来る。そんな形ですら、もはやBROCKHAMPTONは置いていっているくらい意識しない。矢継ぎ早に言いたいことを乗って来る。トラックがしっくり来なければ曲の途中でも大胆に雰囲気を変える。逆にただただ奇をてらっているわけでもなく、とにかくメロディアスなサビを乗っけるわけでもない。これはしっくり来る、と言うマインドで作っているように感じられ、その自由さがこちらにも心地が良いのだ。ゆったりとした曲、張り詰めた曲。ヒップホップ強めの曲、R&Bをおもわせる歌声が印象的な曲。この最新アルバムではギターの音も大胆に使われているし、その他の楽器もよく使われている。どうやら製作陣もかなりメンバーの層が厚いようで、数の多さがそのまま楽曲の豊かさに繋がっているのではないか、と思う。このごった煮感はまさに人種のるつぼアメリカなんでは?と思う。だったら異なる人たちが集まって一つの音楽を作ると言うのは素晴らしいことだ。
個人的には露骨に導入されるテクノパートみたいなのが好きで、このアルバムだと「WEIGHT」は素晴らしい。ビープ音が不穏な「DISTRICT」も無理やりかぶさる歌が良いし、女性の声が金属のように艶かしい。
若いだけあって今の時代をしっかり捉えていると思う。一つは極力(新作はソニー系のレーベルと契約しているようだ)中間業者を挟まない、作り手⇄市場(客)の関係を構築していること。売上と分配の問題と言うよりは速さと質の保っているように私には思える。それから次々ラッパー/シンガーが入れ替わると言う曲の構成も、たった5秒の広告が物を言う「気に入らなければ次へ」の精神が大きく反映されているように思う。つまり初っ端でぐっとつかんでくるわかりやすさがある。非常にキャッチーな作りをしている。
ブログを見ていただければわかるが私はヒップホップには(別に他のジャンルにも詳しいと言うことではないんだけど)詳しくないので、よくよくヒップホップを聴いているフリークの人たちがこの新しい集団をどう考えているのかと言うのが知りたいところだ。ひょっとして苦い顔で見ているのだろうか。そんなことがあってもそれはそれで痛快で面白いね。
ラベル:
BROCKHAMPTON,
アメリカ,
ヒップホップ,
音楽
2018年11月4日日曜日
Your Dream is Our Nightmare@鶯谷What's Up
この日もよいライブが被る週末だったが、私は鶯谷へ。大阪のZyanoseが来るからだ。音源が格好良かったからぜひぜひライブが見たかった。
ホテルと無料案内所に挟まれて神社の下にあるのがWhat's Up。建物の上に神社のあの寄付した人の名前が入っている柵(?)がついている。18時開場で概ねその時間に着いたら人がズラーっと並んでいる。なんと。ボヤーっと並んでいると演者の方が私のあたりに並んでいるクラスティーズに「お前らもう入れねえぞ」と声をかける。なんと。でもなんとか入ることが出来ました。お店の人がのちにツイートしていたが、この日お店至上一番人が入ったとのこと。大きさ的には横浜にあるEl Puenteより大きく荻窪にあるPit Barより小さいくらい。ここは縦にやや長い。天井が高く鉄筋が組んである上にスピーカーが載っている。ステージは本当に狭くて演者のバンドが4人いればもうステージに乗れないのだ。Pit Barと違ってこちらは一階である。防音扉もないので音漏れがえぐいことになるのではなかろうか。ホテル街だからあまり騎乗がこないのかもしれない。面白いとライブハウスだ。(一応バーということになっている。)そこに人がパンパンに入っている。本当パンパン。というのもZyanoseは活動休止をアナウンスしており、おそらく少なくとも東京でのライブは最後だということだ。
System Fucker
一番てはSystem Fucker。見るのは二度目。ラスタな風貌だったベーシストがいなくなり、代わりに短髪なのに後ろ髪だけを伸ばした新メンバーが加入。この方は非常に若いそうだが、なかなか堂々として格好良かった。ボーカルの方は前は長いモヒカンだったが、今はサイドもある感じ。周りの人がボーカルの方を指して俳優みたいだねと言っていた。始まってみれば見た目もそうだしパフォーマンスも非常に華がある。
見た目はクラスティーズなんだが、微妙に日本特有のヤンキー文化と融合しているような趣があり、面白い。音は明快なクラストコアだが、反抗心を燃やす粗野さにジャパニーズ・ハードコアの要素を持ち込みかなり叙情的に。短く速いギターソロで哀愁を充填するスタイル。歌詞はおそらく日本語で、「バカヤロー」「このヤロー」と飾らない言葉で強烈に語りかけてくる。(語りかけてくるというのはなんとなくジャパニーズ・ハードコアっぽい気がする。)メンバーは冷静だが、ボーカルはどんどん客席に向かって突っ込んでくる。パンパンなんでこれはやべえなという感じがあってこれが最高。
中盤ではかなりストレートなラブソング(なんせ音がでかいのでちゃんと聞き取れているか怪しいのだけれど)も披露。歌詞が結構びっくりするのだけど、普通に歌う(というより叫ぶだが)ってしまうボーカルの方はやはり格好良い。この人ちょっと独特の世界観があってしっくり理解できるというのではないけどなんとなくその世界観に惹かれてしまうという意味ではTMGEのチバユウスケさんに似ているかもな、なんて思ったりした。
LiFE
続いてはLiFE。大変有名なバンドだが私は見るのは初めて。一応最近リリースされたEPだけ持っている。選任ボーカルにギターが二人という五人組。ギターは役割分担がはっきりされていて一人が明確な輪郭なかっちりとしたリフを弾き、もう一人がかなりノイジーな輪郭が曖昧な音を出す。前者はかなりメタリックで音もでかいのでこれはもう一方がきこえないかも?なんて思ったが始まってみればそんなことはなかった。Eyehategod顔負けの高音フィードバックノイズがえらいカッコい良いのだ。
メンバーものちに振り返っていたがかなり問題続出のライブで、結果的にはギタリストのアンプが二つとも音が出なくなる。(片方は壊れたらしく交換した。)ギタリストの方のシールドが切れる。ベーシストの方がかなり激しく流血する。なかなかないです。というのも非常に狭いライブハウス、狭いステージなのにメンバがー動く動く。特にベーシストの方は縦横無尽に動き、落ちたり転んだりしておりました。危ない。
こちらは完全にクラストコア。それもかなり無骨でおそらく曲も短い。(セットリストを見ると多分30曲くらいやる感じ。)音は思った以上にメタリックではなく、本当にもっと汚いし、とにかくノイジー。耳を突き刺すようなノイズギターが非常に良い。良い!System Fuckerと比べると聴きやすさのとっかかりは非常に希薄に思えるが、曲によっては単音リフで組み立てたようなものがあったりして表現方法もかなり豊か。
私がびっくりしたのドラム。D-beatを中心に組み立てられたプレイで例えば手数が多いか、ブラストビートだとかではない(ただし基本めちゃ速い)のだが、妙に引き込まれる。これはグルーヴ感というやつなのだろうか。とにかく歯切れの良い音がカチカチ決まっていってそれだけですぐに持ってかれる感覚。めちゃくちゃ気持ちが良い。こうなるともはやメロディなどもはや不要で、そういった意味では全体のアンサンブルが肉体的。フロアもえらいことになっていて、さながらぎゅうぎゅうすし詰め状態の満員電車が巨大な力で揺さぶられているようだ。そんな荒々しさのど真ん中でみんな笑顔なのがさらに輪をかけてすごかった。
Zyanose
続いては大阪のノイズコアバンド。Insane Noise Raid!
こちらもギターが二人いる五人組。全体的に完全にクラスティーズなのだが、ギタリストの一人はロンドンな感じのパンクファッションに身を包んでいる。
始まって見るととにかくうるさい。ただ思っていたよりほぼノイズです、という感じでもない。耳がバカになって悟りを開いたのかもしれないが、なんとなく結構曲が判別できるような気がする。音源を聴いているといやーノイズですなーとか思っていたが、ライブで見ると違う。これはクラストコアだ。ちゃんと曲になっている。ただ異常にでかい音で演奏しているだけで。つまりノイズに逃げていない。全く抽象的ではない。音をどんどんでかくしたらこんなことになった、という趣でとにかく元はハードコアなのだ。轟音をつんざく嗄れ声の吐き捨て型のボーカルが非常に格好良いのだ。ギタリスト、ベーシストもコーラスを入れるのだが、これはもう「うぎゃー」と叫んでいるようにしか聞こえない。もう最高。LiFEと異なるのは音の出し方と時間軸に対するその埋め型で、あちらはノイズの中にも緩急をつけて隙間を開けていたが、Zyanoseはもう病的なまでに最初っから最後まで轟音で塗りつぶしていく。さながらブルドーザーのように全てを巻き込んで雪崩のように駆け抜けていく。
フロアの方は一体感というか、こっちも負けてられないくらいの対抗意識で盛り上がっていく感じで大荒れ。
やばい、頭おかしい、病的というのは簡単なんだけど、クラストコアはそうじゃないんだよな。音がでかいからそう思いがちだけど、もっと現実的な闘争だなと改めて思った。
いい気持ちで物販に向かったらすでにZyanoseの音源とT-シャツは売り切れていたのだった…。これはもう慟哭するくらい後悔したのだった。開演前にかっとけばよかった。
まあでも私が買えなかったということは他の誰かが買えたということなのだ。
楽しかったなあ。
ホテルと無料案内所に挟まれて神社の下にあるのがWhat's Up。建物の上に神社のあの寄付した人の名前が入っている柵(?)がついている。18時開場で概ねその時間に着いたら人がズラーっと並んでいる。なんと。ボヤーっと並んでいると演者の方が私のあたりに並んでいるクラスティーズに「お前らもう入れねえぞ」と声をかける。なんと。でもなんとか入ることが出来ました。お店の人がのちにツイートしていたが、この日お店至上一番人が入ったとのこと。大きさ的には横浜にあるEl Puenteより大きく荻窪にあるPit Barより小さいくらい。ここは縦にやや長い。天井が高く鉄筋が組んである上にスピーカーが載っている。ステージは本当に狭くて演者のバンドが4人いればもうステージに乗れないのだ。Pit Barと違ってこちらは一階である。防音扉もないので音漏れがえぐいことになるのではなかろうか。ホテル街だからあまり騎乗がこないのかもしれない。面白いとライブハウスだ。(一応バーということになっている。)そこに人がパンパンに入っている。本当パンパン。というのもZyanoseは活動休止をアナウンスしており、おそらく少なくとも東京でのライブは最後だということだ。
System Fucker
一番てはSystem Fucker。見るのは二度目。ラスタな風貌だったベーシストがいなくなり、代わりに短髪なのに後ろ髪だけを伸ばした新メンバーが加入。この方は非常に若いそうだが、なかなか堂々として格好良かった。ボーカルの方は前は長いモヒカンだったが、今はサイドもある感じ。周りの人がボーカルの方を指して俳優みたいだねと言っていた。始まってみれば見た目もそうだしパフォーマンスも非常に華がある。
見た目はクラスティーズなんだが、微妙に日本特有のヤンキー文化と融合しているような趣があり、面白い。音は明快なクラストコアだが、反抗心を燃やす粗野さにジャパニーズ・ハードコアの要素を持ち込みかなり叙情的に。短く速いギターソロで哀愁を充填するスタイル。歌詞はおそらく日本語で、「バカヤロー」「このヤロー」と飾らない言葉で強烈に語りかけてくる。(語りかけてくるというのはなんとなくジャパニーズ・ハードコアっぽい気がする。)メンバーは冷静だが、ボーカルはどんどん客席に向かって突っ込んでくる。パンパンなんでこれはやべえなという感じがあってこれが最高。
中盤ではかなりストレートなラブソング(なんせ音がでかいのでちゃんと聞き取れているか怪しいのだけれど)も披露。歌詞が結構びっくりするのだけど、普通に歌う(というより叫ぶだが)ってしまうボーカルの方はやはり格好良い。この人ちょっと独特の世界観があってしっくり理解できるというのではないけどなんとなくその世界観に惹かれてしまうという意味ではTMGEのチバユウスケさんに似ているかもな、なんて思ったりした。
LiFE
続いてはLiFE。大変有名なバンドだが私は見るのは初めて。一応最近リリースされたEPだけ持っている。選任ボーカルにギターが二人という五人組。ギターは役割分担がはっきりされていて一人が明確な輪郭なかっちりとしたリフを弾き、もう一人がかなりノイジーな輪郭が曖昧な音を出す。前者はかなりメタリックで音もでかいのでこれはもう一方がきこえないかも?なんて思ったが始まってみればそんなことはなかった。Eyehategod顔負けの高音フィードバックノイズがえらいカッコい良いのだ。
メンバーものちに振り返っていたがかなり問題続出のライブで、結果的にはギタリストのアンプが二つとも音が出なくなる。(片方は壊れたらしく交換した。)ギタリストの方のシールドが切れる。ベーシストの方がかなり激しく流血する。なかなかないです。というのも非常に狭いライブハウス、狭いステージなのにメンバがー動く動く。特にベーシストの方は縦横無尽に動き、落ちたり転んだりしておりました。危ない。
こちらは完全にクラストコア。それもかなり無骨でおそらく曲も短い。(セットリストを見ると多分30曲くらいやる感じ。)音は思った以上にメタリックではなく、本当にもっと汚いし、とにかくノイジー。耳を突き刺すようなノイズギターが非常に良い。良い!System Fuckerと比べると聴きやすさのとっかかりは非常に希薄に思えるが、曲によっては単音リフで組み立てたようなものがあったりして表現方法もかなり豊か。
私がびっくりしたのドラム。D-beatを中心に組み立てられたプレイで例えば手数が多いか、ブラストビートだとかではない(ただし基本めちゃ速い)のだが、妙に引き込まれる。これはグルーヴ感というやつなのだろうか。とにかく歯切れの良い音がカチカチ決まっていってそれだけですぐに持ってかれる感覚。めちゃくちゃ気持ちが良い。こうなるともはやメロディなどもはや不要で、そういった意味では全体のアンサンブルが肉体的。フロアもえらいことになっていて、さながらぎゅうぎゅうすし詰め状態の満員電車が巨大な力で揺さぶられているようだ。そんな荒々しさのど真ん中でみんな笑顔なのがさらに輪をかけてすごかった。
Zyanose
続いては大阪のノイズコアバンド。Insane Noise Raid!
こちらもギターが二人いる五人組。全体的に完全にクラスティーズなのだが、ギタリストの一人はロンドンな感じのパンクファッションに身を包んでいる。
始まって見るととにかくうるさい。ただ思っていたよりほぼノイズです、という感じでもない。耳がバカになって悟りを開いたのかもしれないが、なんとなく結構曲が判別できるような気がする。音源を聴いているといやーノイズですなーとか思っていたが、ライブで見ると違う。これはクラストコアだ。ちゃんと曲になっている。ただ異常にでかい音で演奏しているだけで。つまりノイズに逃げていない。全く抽象的ではない。音をどんどんでかくしたらこんなことになった、という趣でとにかく元はハードコアなのだ。轟音をつんざく嗄れ声の吐き捨て型のボーカルが非常に格好良いのだ。ギタリスト、ベーシストもコーラスを入れるのだが、これはもう「うぎゃー」と叫んでいるようにしか聞こえない。もう最高。LiFEと異なるのは音の出し方と時間軸に対するその埋め型で、あちらはノイズの中にも緩急をつけて隙間を開けていたが、Zyanoseはもう病的なまでに最初っから最後まで轟音で塗りつぶしていく。さながらブルドーザーのように全てを巻き込んで雪崩のように駆け抜けていく。
フロアの方は一体感というか、こっちも負けてられないくらいの対抗意識で盛り上がっていく感じで大荒れ。
やばい、頭おかしい、病的というのは簡単なんだけど、クラストコアはそうじゃないんだよな。音がでかいからそう思いがちだけど、もっと現実的な闘争だなと改めて思った。
いい気持ちで物販に向かったらすでにZyanoseの音源とT-シャツは売り切れていたのだった…。これはもう慟哭するくらい後悔したのだった。開演前にかっとけばよかった。
まあでも私が買えなかったということは他の誰かが買えたということなのだ。
楽しかったなあ。
2018年10月28日日曜日
25 ta Life/Strength,Integrity,Brotherhood
アメリカ合衆国はニューヨーク州ニューヨークシティ、クイーンズのアストリアで結成されたハードコアバンドの3rdアルバム。
2009年にBack ta Basics Recordsからリリースされた。
1991年に結成されたバンドで2002年には一度解散し、その後メンバーを変更しつつ現在も活動しているようだ。
ハードコアを調べていると必ず「極悪ハードコア」という単語と一緒に出てくるバンドで気になっていたので購入してみた。バンド名はおそらくスラングだろうか。昔読んだ本に中国の犯罪組織は本当の組織名を隠すために画数で表した隠語を使う(例えば324のような)と聞いたことがある。極悪という言葉や刺青のびっしり入ったメンバーの容姿をみてなんとなくそんなことを思い出した。
極悪ハードコアというのはおそらく日本特有の呼び方だし、激情ハードコアのように実はきちんと音楽性を説明していない。場所も場所だし音的にはニューヨーク(シティ)のハードコアということになるのだろう。オールドスクールからシンプルな攻撃性を受け継ぎ、メタリックな音で武装したタフなハードコアだ。今聞くとモダンというよりはオールドスクールに近いような印象。力強いがその方向性が、例えば抒情派ニュースクールなどとは明確に異なる。個人的にはオールドスクール・ハードコアに足し算して作ったのがこのバンドの音楽性なのかな?と思っている。
「闘争とストリートを忘れるな」という7曲目からしてかなりのタフガイさが伺える。なるほどメタリックにザクザク刻んでいくリフは非常にモッシーだ。ライブはきっと恐ろしいことになるのだろう。極悪だ。ただ極悪と想像するよりもっと喜怒哀楽がある音像をしていて、曲によっては軽快ですらある。シンプルなリフに唸るベースが乗るとパンキッシュといってもいいくらい気持ちの良いオールドスクール感。感情豊かなギターソロやコーラスワーク、そして独特の男臭い哀愁。これは足し算だなと。音的には非常にモダンだし、どうしてもこれはモッシュパートだな、という風に考えてしまうけど、根っこはオールドスクールだ。吐き捨て型のボーカルもメタリックなリフに乗ると極悪だが、疾走パートに乗っかるとそれはそれでまた違った良さがある。
当時はそういった視点で捉えていなかったけどVision of Disorderもニューヨーク州のバンドで、その音楽性もハードコアをベースにメロディアスな歌メロというもう一つの要素を乗っけていた。音楽性は全然違うけど、何かしらひょっとしたらその考え方に共通しているものがあるかもしれないと思った。
歌詞に結構「Hardcore」という単語が含まれてて、自分たちこそハードコアなんだという気概を随所に感じ取ることができる。極悪というのは音もそうだし、もっとアティチュード的なものが含まれるに違いない。
2009年にBack ta Basics Recordsからリリースされた。
1991年に結成されたバンドで2002年には一度解散し、その後メンバーを変更しつつ現在も活動しているようだ。
ハードコアを調べていると必ず「極悪ハードコア」という単語と一緒に出てくるバンドで気になっていたので購入してみた。バンド名はおそらくスラングだろうか。昔読んだ本に中国の犯罪組織は本当の組織名を隠すために画数で表した隠語を使う(例えば324のような)と聞いたことがある。極悪という言葉や刺青のびっしり入ったメンバーの容姿をみてなんとなくそんなことを思い出した。
極悪ハードコアというのはおそらく日本特有の呼び方だし、激情ハードコアのように実はきちんと音楽性を説明していない。場所も場所だし音的にはニューヨーク(シティ)のハードコアということになるのだろう。オールドスクールからシンプルな攻撃性を受け継ぎ、メタリックな音で武装したタフなハードコアだ。今聞くとモダンというよりはオールドスクールに近いような印象。力強いがその方向性が、例えば抒情派ニュースクールなどとは明確に異なる。個人的にはオールドスクール・ハードコアに足し算して作ったのがこのバンドの音楽性なのかな?と思っている。
「闘争とストリートを忘れるな」という7曲目からしてかなりのタフガイさが伺える。なるほどメタリックにザクザク刻んでいくリフは非常にモッシーだ。ライブはきっと恐ろしいことになるのだろう。極悪だ。ただ極悪と想像するよりもっと喜怒哀楽がある音像をしていて、曲によっては軽快ですらある。シンプルなリフに唸るベースが乗るとパンキッシュといってもいいくらい気持ちの良いオールドスクール感。感情豊かなギターソロやコーラスワーク、そして独特の男臭い哀愁。これは足し算だなと。音的には非常にモダンだし、どうしてもこれはモッシュパートだな、という風に考えてしまうけど、根っこはオールドスクールだ。吐き捨て型のボーカルもメタリックなリフに乗ると極悪だが、疾走パートに乗っかるとそれはそれでまた違った良さがある。
当時はそういった視点で捉えていなかったけどVision of Disorderもニューヨーク州のバンドで、その音楽性もハードコアをベースにメロディアスな歌メロというもう一つの要素を乗っけていた。音楽性は全然違うけど、何かしらひょっとしたらその考え方に共通しているものがあるかもしれないと思った。
歌詞に結構「Hardcore」という単語が含まれてて、自分たちこそハードコアなんだという気概を随所に感じ取ることができる。極悪というのは音もそうだし、もっとアティチュード的なものが含まれるに違いない。
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