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2019年2月6日水曜日

sassya-/脊髄

東京のスリーピースハードコア・パンクバンドの2ndアルバム。
事前に公開されたMV「だっせえパンクバンド」がとても良く、楽しみに購入。
全9曲27分とコンパクトにまとまったアルバムを通して聴いてみると、しかしかなり印象が違う。
唸るギター、勢いのままに突っ走る様はまさにハードコア。
しかし何か違う。何か非常に重苦しい。暗い。陰鬱だ。これはおかしい。陰鬱を吹き飛ばすような爽快なバンドではなかったか?

アルバムの紹介で引き合いに出されるのがFUGAZIだ。
程よく音を抜いたジャギジャギしたギター、勢いがあるが決して飛ばしすぎないスピード。調整された速度の中でしっかり染み込んでくる歌詞、つまり主張。
ぶっきらぼうで飾らない。タフではあるがただうっぷんを晴らすバンドとは違う。
たしかにsassya-はこの延長線上にあるバンドだと思う。
極端に言えば「お前らが悪い」と主張する攻撃性から、「お前らというのは私達ではないのか?」と自問自答するハードコア。
ダサい(パンク)バンドにはなりたくない。俺たちは本当にそうでないといえるのだろうか?というのはまさしくこの系譜に属する内省的なアティテュードを表している。
だがFUGAZIはここまで陰鬱だったろうか?
sassya-のこのアルバムはなんか苦しい。勢いですらその背後に息継ぎなしで泳ぎ続けるような息苦しさがある。一種の異常なテンション、つまり緊張感(と弛緩)が張り詰めている。

ある音源を何回か繰り返し聴いていると急に気がつくことがある。
今回もなんだろうな?と気になりつつ聴いていて思いついた。
ノイズロックだ。
ギターの音に代表されるノイジーさはもちろんハードコア由来でもあるのだろうが、もう片親はノイズロックではあるまいか。
ノイズロックはその身に狂気をはらんでいる。
ノイズロックの楽しさというのは抜き身で、素っ裸でその危うい内奥をさらけ出す感覚だと思う。
だから彼らは人数は少なく、そしてうるさくはあっても、複雑なリフや必要以上に重低音にこだわらない。
あくまでも周りにあるものでその狂気を表現しようと試みるのであり、そうすることで他にはないすごみが生じる。
アメリカの狂気を体現し、皮肉な視線でそれを語るUNSANEとまではいはかないが、それでもここにあるのは勢いだけで突っ走るストレートさの範疇にはとどまらない、もっとドロリとした何かを感じる。それは狂気じゃないにしても、ただお気楽な歌に丸めて飲み込めるような何かではない。もっとささくれだったなにかだ。

ノイズロックと捉えると音の尖り方、抜き身の緊張感、そして一見それらと相反する微妙な歌心も理解できる。
特にメロディについてはオルタナティブ由来かなと思い、たしかにそうだが実はもっと深いノイズ「ロック」がルーツだとすると納得感がある。
なんとなく日本のRedsheerに通じるところがあると思ったのだが、ハードコアの枠にとどまらない陰鬱さに共通点が、表現の技法に差が出ていて面白い。

単にハードコアとノイズロックのクロスオーバーというのではない。
両者の間の絶妙な綱渡りだ。奈落の上で揺れる危ういバランスの美しさ。
後半にかけて真っ逆さま落ちるように盛り上がっていく。

どこまで行ってもsassya-は正気の音楽だ。
ここが前述のRedsheerとの決定的な差なのだと思う。(Redsheerは歌詞が非公開なので断言できないが。)
血まみれのバラバラ死体も、大鎌を構えた死神もいない、大量殺戮もない、事件すらない。あるのはダラダラ続いていく毎日。これは白線の内側の物語なのだ。(8曲目「T」の歌詞を読んでほしい。)踏みとどまった、死ななかった人の正気の世界だ。人生の大半が苦しいのだから、曲を作ればそれは陰鬱としている。
ノイズロックだけどニヒルじゃない。ハードコアの前向きさが後ろ髪を引っ張って、結果的にはっきりと迷いが露骨に出た曲になっている。日々の懊悩が重苦しくのしかかるが、私はよくよく迷う人間だから、こういう音楽が好きなのだ。
ラストの脊髄のクライマックス、
「いつだってそうだ
 生活の狭間で
 唯、立ち止まり
 途方に暮れる
 跳んだつもり
 それでも日々が
 止め処なく
 押し寄せる
 続いていく
 だから」
とてもとても良い歌詞だ。
そしてこの後に続く一言が。
もうこのアルバム自体がこの一言のためにあると言っても過言ではない。
脊髄は↓で聴くことができる。

2018年12月23日日曜日

City Hunter/Deep Blood

どんなジャンルにでも異端というのが存在するものだ。
このCity Hunterもそんなバンドの一つかもしれない。
リリース元はYouth Attack Records。
ジャケットは妙に昔のアメリカ映画のポスターのような雰囲気がある。
覆面の男がアーミーナイフ(ボウイナイフかも)を構えているという構図で、これ実は過去の音源を見ると全部同じ世界観で統一されている。
数少ないライブ映像を見るとボーカリストは目出し帽をかぶっており、体格もあってかなりいかつい。

マスクをかぶるという行為が何を意味するのかというと、個人でなくなり何かになる、ということだ。
なまはげなんかはわかりやすい。Slipknotなんかもこの流れに属するのではなかろうか。彼らは人間でない別の何かになって、非人間的な音楽を鳴らすわけだ。
ところが犯罪者というのもマスクをかぶってこれは単に特定の個人であることを放棄している。
このバンドはその流れに属し、目だし帽をかぶりCity Hunterという誰でもない男になるのだ。

演奏に関しては曲が短めでアルバムトータルで18分たらず。これで全部で14曲。
とはいえ型にはまったファスト&バイオレンスなスタイルではなくて、オールドスクール・スタイルを踏襲しつつテンポを早く、そしてムダな装飾やリフレインは極力省くというやり口。
いわば自然発生的なファスト(なハード)コアで様式美というよりは単にぶっきらぼうなだけといった潔さ。様々なインプットは当然あるわけなのであえて流行には背を向けているのだろう。メロディアスさ?当然あるわけがない。

なんといってもフロントマンに華があるバンドで、見た目もさることながら声質も相当特徴的。
タフなハードコアスタイルでもないし、喚き散らすファストコアスタイルでもない、整然と低音が利いたデスメタルスタイルでもなくて、喉に引っ掛けるような発声方法で内にこもったブラックメタルに近いスタイル。
ある意味ミスマッチなスタイルなのだが、かなりうまくハマっている。
というのも演奏はきっちり突進力とマッシブさを抑えつつ、バイオレンスとまでは行かなくらいの温度で、いわばまだ飽和状態に達していないところに劇薬のようなボーカルを突っ込むと、これで完成という感じ。
とにかく全開、全部乗せ!ってわかりやすいのだけど、いろいろな色を混ぜてもきれいな色にならないように、この手のジャンルでもバランスが大事なのだろう。とくにハードコアは概ね足すではなく引く、ほうのジャンルではと思っているので個人的にはこのバンドのやり方はしっくり来る。
やり方的には(The Infamous)Gehennaに似ている。純正ハードコアでは醸し出せない危険な雰囲気も共通項としてあると思う。ただGehennaのほうが音的にはより粗野か。
よくよく今バンドを利いてみると特にギターが凝っていて、がむしゃらに弾いているようでいて実は不安感を煽るSE的な音の出し方をしている。結構技巧的だ。

覆面をかぶることとアートワークへのこだわりから、粗野な音楽性も緻密な計算がされていることが推測できる。
演奏面でのバランス感覚もその感覚を強化する。芸術性を徹底的に排すことで(ただしハードコアのタフさという美学にはたとは異なるやり方で与している)、あざとさが発生するのを防いでいるのだろう。

2018年11月25日日曜日

Spirits/Discontent

アメリカ合衆国はマサチューセッツ州ボストンのハードコアバンドの1stアルバム。
2015年にState of Mind Recordingsからリリースされた。
Spiritsはストレートエッジのバンド。メンバーは4人でかつてはTest of Timeという名前で活動していたそうだ。

お酒飲まない、タバコ吸わない、愛のないセックスは無しという厳格なルールで生活を縛るストレートエッジというのはハードコアカルチャーに結びついているものの、音楽的な特徴を表現する言葉ではない。どうしてもストレートエッジというとユースクルーかなと思ってしまうところがあるが、(一見すると)このSpiritsはあまりそれっぽくはない。もっとフックが効いている。わかりやすく言えばバキバキのブルータルさは全くないが、かといってタフなオールドスクールという感じではなく、自然体なニュースクールという感じだろうか。技術力というか、表現力はかなり豊かでパームミュートだったり、エモバイオレンスを思わせるトレモロ奏法などを短い曲の中に持ち込んでいる。ハードコアというのはどうしても力強さを志向するあまり極端に走りがちなジャンルだと思うが(メタルだとここに様式美的な表現力が加わるから音楽性自体は雑多になる)、このバンドに関してはとにかく中間が格好良く、そこが自分には自然体、に見えるのだ。言葉にできない余白的な感情を持て余すのではなく素直に表現している。概ねその感情がエモバイオレンスのような懊悩や葛藤になってしまいがちなのだが、このバンドはあくまでも健康的なハードコアのフォーマットに落とし込むことに成功しているイメージ。結果的に速くもなく落としどころ満載という感じではないのだが、とにかく横ノリといっていいくらいの気持ち良さが詰まったハードコアが出来上がっている。
そうなると俄然丁寧な作りが気になって聞き込んでしまう。例えば8曲め「The Pledge」疾走するパートでうおってなって、コーラスワークでじんわり感動する。あ、ここ実はユースクルーっぽいぞと気がつく。これは良い。
SNSには「世界をよくしていこう」「ホモフォビア(ホモに対する嫌悪)、ファシズム、女性差別主義、人種差別主義、憎悪のいるところは無い」と書かれている。ポジティブ里そして強い決心が伺えるバンドだ。そういったバンドがこういったしなやかな音楽を鳴らしているというのは非常に格好いい。(別に強面の音楽を鳴らしているバンドがかっこつけだといっているのでは無い。)

こういうシーンの中で断固とした主張をしながらも、大勢のやり方をなぞるでもなく自分たちなりのやり方を模索しているようなバンドにどうしてひかれてしまう。

2018年10月8日月曜日

Accidente/Pulso

スペインはマドリード(マドリッド?)のパンクロックバンドの3rdアルバム。
2016年にPifia Recordsをはじめ世界のいろいろなレーベル(日本のVox Populiからも)からリリースされた。
Accidenteは2010年に結成されたバンドで、つい先日日本各所をツアーで回っていた。それキッカケで音源を購入してとても良かったのだけど、ライブには行けず。

女性ボーカルなメロディックなパンクバンド。全10曲で収録時間は24分弱。世代だからポップなパンクというとどうしてもメロコア(メロディック・ハードコアというよりはメロコア(私は今はもうあんまり聞かないけど別に下に見ているわけではないです。))が思い浮かんでしまうのだけど、削ぎ落としまくった高速ミュートでメロディを引っ張るあのジャンルとは明確に違って、もっと明確に歌が中心になる。勢いはそれらに比べると少ないわけだけど、代わりに曲が面白いし、何より独特の哀愁がある。哀愁がなんなのか考えても言葉にするのは難しい。(私は楽器ができないのでひょっとしたらマイナーコードのことか?と思ったりするが、そんなに単純なものでもない気がする。誰か教えてください。)可愛い女の子が可愛く歌って、うおー可愛い!というのではないのだ。もっとこう奥行きがある。曲が暗いわけではないくてむしろ陽気な方だと思うが、人生の紆余曲折がその陽気さの背後に見える感じ。イスラエルのNot on Tourほど突き抜けていない、どちらかというとデンマークのGorilla Angrebに似ているが、あそこまでわかりやすく外に放射する怒り(あちらは結構ハードコア)がない。
スペイン語で歌う早口がたまらない。男性メンバーのコーラスも良いのだけど、ボーカルが単独で歌うときたまに伸ばした声が透き通るみたいになってそこが私は非常に好きだ。顕著なのは5曲目「Bandada」。この曲は途中の短いし、どちらかというとシンプルなギターソロにもこのバンドのメロディックさがあふれていてとても良い。
飾らない、あくまでも自分たちの手の届く範囲の道具で組み立てた音はまさにDIY。程よく小粒でぎゅっと硬い生々しい音が渦を巻くように流れていく。劇速というわけでは無いけど、音の密度が濃いので体感はやく聞こえる。たまに入れてくる高速連続カッティングがギターの生音が生かされているので、メタリックなそれらと異なって聞こえる。やはり世代なのかthee michelle gun elephantを思い出してしまってか妙にエモーショナルな気持ちに。肩の力は抜けているのだけど真剣じゃ無い訳が無い。あえて尖らせないことでH表現できるものがあるな、と突き抜けている音楽ばかり聴いているからか思った。

2018年7月15日日曜日

【HANK WOOD AND THE HAMMERHEADS Rock 'n' Roll Salvation(ロックンロールの救世) Japan Tour 2018】@新宿Antiknock

猛暑の真夏、炎天下の三連休初日はこのライブに行くことに決めた。新作が素晴らしかったStruggle for Prideをもう一度見たかったし、韓国のSLANTも気になっていた。HANK WOOD AND THE HAMMERHEADSは今まであまり通ってきたことのない感じのバンドだな、というくらいの気持ちで。

The SLOWMOTIONS
一番手は東京のハードコア・パンクバンドThe SLOWMOTIONS。調べてみると結構長いこと活動しているバンドのようだ。メンバーチェンジとともに音楽性にも変化があったみたいでyoutubeで視聴した音楽と結構違って驚いた。今はドラム、ベース、ギターにボーカルの4人組。シンプルで荒々しいハードコア・パンクだ。低音でゴリゴリくるタイプではなくて、メロディのある歌を歌うタイプの。しっかりとしたドラムの上で、かなり縦横無尽にベースが暴れ、さらにその上に生音をしっかりと残した厚みと色気のあるギターが乗る。こういう音の作り方だと私は今までジャパニーズ・スタイルのハードコアばっかり聞いてきたけど、The SLOWMOTIONS含めてこの日のバンドはそれとは明確に異なっていた。もっとパンクの初期衝動という感じ。重さや速さがないけど、その分メロディと時間を使った贅沢な表現力がある。よく動くベースに、哀愁のあるソロを弾くギター、そして叫びながらもメロディのあるボーカルがなんといってもよかった。歌詞は日本語で力強いが押し付けがましくはない。短い坊主頭のボーカリストは強面で迫力があり、ビールをゴクゴク飲む。

ORdER
続いては名古屋のバンド、ORdER。がっちり強面ドラム、上背のあるベースはちょっとヤンキーっぽい。ギタリストはモヒカン。ボーカリストは目の周りを黒く塗って吸血鬼みたい。スタイルはバラバラなのにみんなキャラが立ってて不思議な統一感があるのが面白い。曲が始まってみるとこれがよかった。ハードコアというよりパンクで、それも初期衝動に満ちたもの。こういう時に音楽的な語彙が貧弱なので困るのだが、初期パンクにあるひねくれた反抗心を装飾性(音と見た目)で表現した、とでも言おうか。weirdで肉体的でありながら精神世界に片足突っ込んだポストパンクの香りもする。音楽的にはあぶらだこの初期(ADK盤の頃)を彷彿とさせる。ストレートなんだけどフックのある感じ。k曲はシンプルな方だと思うが、これに強靭なドラム(楽器の上手下手はわからないのだけどこのバンドのドラムはすごかった。)が加わるとすごい。単純に楽しい。体が縦に横に動き出す。客席もかなり盛り上がっていた。お祭りめいたリズムがあると思う。音的には低音というよりは高音によっていて、ノイズコアっぽい雰囲気も少しあり。ベースはガチガチに硬質な音だったけど、この人がノイズを出していたような気がするんだよな。音を同時に二つ出せるものなのだろうか。格好良かった。

SKIZOPHRENIA
続いては岡山県は津山のハードコアバンド。ボーカルの人はこんな猛暑の日なのに革ジャンをバッチリ着込んでいる。最後まで脱がなかった。つまりどうかしている人なわけで、格好良くないわけがなかった。今日はパンクの日だな!と鈍い私でも気付き始めたのだけど、ここまでの3バンドでも全然個性が違っているから面白い。SKIZOPHRENIAは曲構成的には今日一番シンプルなバンドだった思う。そして一番勢いがあった。パンクとは初期衝動だ!と言わんばかりに矢継ぎ早に曲を演奏していく。そしてドラマー。ドラムは顔で叩くんだと言わんばかりのパワフルかつエモーショナルプレイ。
速い、でもファストコアとかじゃないんだよ、パンクなんだよ。パンクってなんだって、とても私なんかは言えないけどSKIZOPHRENIA含めてこの日のバンドはどれも攻撃性のために削られがちな雑味のような感情が混じり合って、なんとも言えないエモーションを爆発させていた。言葉にできないなんとも言えない悲しい気持ち、誰にぶつけて良いのかわからない怒り、そして即効性のある高揚感と楽しさ、そんな感情を洗練せずにそのままぶつける乱暴なミキサーがパンクなんじゃないのか。そんなことを思った。

SLANT
続いて韓国はソウルのSLANT。少し前にSNSで話題になったこともあり、見たかったバンドの一つ。事前になんとか音源をデジタルで購入しており、また前述のyoutubeの印象からかなりゴリゴリしたモダンなハードコアと思っていたのだが、実際眼前で見てみるとかなり印象も違って驚いた。より生々しい。強烈にダウンチューニングして重低音に特化しているわけではない。ギターの音はかなりソリッドで元の雰囲気が残っているほど。(音源を改めて聞き返してみるとやはりかなり印象が違って面白い。)
このバンドもベビーフェイスの(The Dillinger Escape PlanのGregにちょっと似ている。)ドラマーが強い。途中スティックを飛ばしちゃったり、曲の冒頭で間違えたりして曲が止まってしまう場面もあったけど、軌道に乗ればバッチリ曲を支配していた。やはり皇室のベース、ギターはかなり1曲の中でリフのバリエーションがありメタル的なミュートを使ったリフはほどんと使わない。ジャギジャギしていてときにFugaziを感じさせする。出てくる音はとにかく荒々しいが、全体的にきっちりしておりかなりの練習量を感じた。あくまでもロウであることにこだわる初期ハードコアだ。音がソリッドなのでとにかくボーカルが映える。全編叫びっぱなしで、逆巻く感情を怒りにとぎすまして吐き出すようで恐ろしい。この日一番攻撃的だったのではなかろうか。ハードコア・パンクだからどのバンドも怒りが重要なファクターだが、教唆物をそぎ落とし、ストレートに表現するという意味で一番怒っていたし、どんな国どんな場所でも芯のぶれないタフさを感じてこちらも勇気が出た。格好良かった。

STRUGGLE FOR PRIDE
そして短くない休止の期間を経て新作をリリースしたSTRUGGLE FOR PRIDE。再始動後、新作リリース前に小岩Bushbashで彼らを見たことがあるのだけど、ぎゅうぎゅう詰めで見れたというよりはたまに覗けた、聴けた、という感じだったのでそういった意味でも今日はリベンジ。ギターはもはやノイズ発生機と化し、弦を弾かなくてもひどいノイズを発している。ビリビリする空気の中でテンションが上がる。おそらくこの日のラインナップの中で一番浮いているバンドだろうと思っていた。なるほどいわゆるハードコア・パンクの音とは一線を画すようなノイズの衝撃である。
それでも曲が始まればリフはそれと判別できる。アンサンブル全体でノイズに突き進むという形ではないということに気がつく。ドラムはソリッドで力強いがフリーキーではない。しっかりとリズムを刻んでいく。ベースもパワーがあるがあくまでもソリッドな音だ。そしてボーカル。極端に音量を下げた、という表現がされるボーカルである。確かにこの手のバンドにしては音量は小さいだろう。でも全く聞こえないというわけではない。というか私のいた位置もあるかもしれないが、結構聞こえる!!ボーカルはたまにマイクを通さずに叫んでいる。演奏全体がメッセージなんだと思う、きっと。SFPの音源には歌詞カードはないけど、メッセージ性がないわけではない。むしろ結構個人的とも言えるメッセージはわかりやすく込められていると思う。ノイズに接近しているが、抽象的で芸術的なノイズに接近しているわけではない。あくまでもハードコア・パンクとしての一表現としてノイズを選んだだけだ。ノイズの重たい幕に隠れるようなことはしない。最新アルバムでは多彩なゲストを招いた彼らだが、この日はメンバーだけでの真剣勝負。思っていたよりずっとパンクバンドだった。この日幼い女の子が転換の時からドラムセットのところにいて(銃を撃つときに使うような防音ヘッドセットをしている)、なんとライブが始まっても彼女が楽しそうにシンバルを叩いていた。メンバーのたまに見せる笑顔もよかった。彼らは日常に根ざしたパンクパンドだった。

HANK WOOD AND THE HAMMERHEADS
続いてはこの日トリ。アメリカ合衆国はニューヨーク州ニューヨークシティのハードコアバンド。この日他のバンドは全て、ドラム、ギター、ベース、ボーカルという4人組だったが、HANK WOOD AND THE HAMMERHEADSはこれにキーボード奏者を加えた5人組。
ガレージパンクとは聞いていたがこれほどととは、というくらい生音を残した楽器陣。そこに明らかにガレージのテンションではないボーカルが乗るというミスマッチ。いわばハードコアで発狂したブーストガレージみたいになっており、キーボードが良い雰囲気のリフを奏でる、楽器陣がぶち壊す、みたいなイントロの曲が何個かあってもはやずるくて毎回笑ってしまう。演奏に関していえばハードコア的というよりはもっと芳醇で表現力に幅があるロックンロール的なもの。性急なジャパコアとは異なり、チョーキングもエモーショナルなガレージスタイル。単音リフ、カッティングなどなど曲自体は短いのにこれでもかというくらいアイディアとリフを打ち込んでいく。ギタリストは佇まいもあって華があるが、ベースも負けてはいない。こちらも短い小節の中に可能な限りの動きを詰め込んでくるようだ。キャンキャンやかましいサウンドに痙攣的なボーカルが乗る。一見フリーキーでアヴァンギャルドな印象だが、なかなかどうしてアンサンブルがまとまると、性急でありながらも堂々としてコシのあるのロックンロールになるのだ。早回しでロックンロール・ショウを見ているようだ。どうかしている。楽しくないわけがない。客席はわちゃわちゃである。みんなでステージに押し寄せて、体をぶつけ合うのだ。
クールだが実はホットなギタリストと、明らかに多動的なボーカルのキャラクターが立っていて特にボーカルは動きが独特(芝居がかっているが洗練されていない、コミカルだけど不思議と格好良く思えてくる)だし、何かに追われているようなシャウトとも歌とも取れる歌い方が最高である。ステージにはバケツが据えられており、中には(多分)水が入っている。暑くなったメンバーがバケツの水を頭にかけたり、タオルをひたして汗を拭いたりしている。客席も半端ない暴動具合だったがステージの方も負けてない。どんどんテンションが上がってくる。一体感というのだろうか、ステージと客席の相乗効果でライブにおける理想の状態に近づいていくような感覚がある。徐々に上がっていくこの感じ。The Dillinger Escape Planのラストライブみたいな高揚感。楽しかった。


SLANTの物販でPhoto Zineが売られていたので購入した。一体どういう内容だろうか。どんなメッセージが込められているのだろうか。きっと文字が多いのだろうな。と思って家に帰って見てみるとお酒を飲んでいる、または酔いつぶれているパンクスたち(メンバー含む)の写真集だった。意表を突かれたけど意外な一面を見るようでとても面白かった。
あとはやはりHANK WOOD AND THE HAMMERHEADSのT-シャツとディスコグラフィーのCDを購入した。ディスコグラフィーは歌詞やインタビューが載っており、彼らのことを知るにはうってつけだと思う。紙の封筒というフォーマットも独自性があって楽しい。
なんとなくいったイベントでほとんどのバンドが初見だったが、非常に楽しかった。どのバンドも良かったが、やはりHANK WOOD AND THE HAMMERHEADSはちょっと頭いくつか分飛びぬけているので、迷ってい人はこれからのツアーぜひどうぞ。

2018年4月23日月曜日

FIVE NO RISK/ART IMITATION

日本は大阪府のハードコアバンドの3rdアルバム。
2014年にLove Over Voltage Recordsからリリースされた。
2004年に結成されたバンドでメンバーチェンジがありつつ今は5人編成。
先日新宿Duesでのネムレス、Super Structureとのライブで初めて見、初めて聞き、物販で買ったのがこちらのCD。このアルバムに収録されている「Crossword Drunker」という曲がとてもかっこよかった。

ライブの感想でも書いたのだが、基本はハードコア(・パンク)ながらも様々な音楽性を取り込みつつ、体内で醸造して独自の音楽として吐き出している。概ねハードコアが考え出すとろくな事にならず、特に日本ではエモバイオレンスとはやはり少し違う激情ハードコアというジャンルに落ち込んでいく事が多いのだが(念の為にいっておきますが私その手のジャンル好きです。)、このバンドはまたぜんぜん全く異なる方向に舵を取っている。メタルはもちろん、スカ、レゲエなどの他ジャンルの音を派手派手に取り込み、明るい投光器のように喜怒哀楽をぶちまけて全方向にギラギラ輝く音楽を放射している。一言で表現するならなるほど明るいと言ってもいいだろうが、何も考えずにすべてを肯定しているわけではない。内省や懊悩がむしろあるということは歌詞を読めばわかるだろう。FIVE NO RISKは辛いこと嫌なこと悲しいこと腹の立つこと、すべてを巻き込んだ上でポジティブなメッセージ(歌詞的にも音的にも)として発信しているのだ。「辛い」「死にたい」という方が楽ちんな現代でなかなか難しいことではある。なぜなら簡単にいってのければ軽薄で安っぽい「応援ソング」になってしまうからだ。
音楽的なバックグランドの豊かさ、そしてクロスオーバーな音楽を一本ハードコアという軸でまとめ上げているのがこのバンドで、ライブの感想でも書いたがその根底にはやはり人を喜ばせたい、という優しさがあるのではないか。なにがあるかわからない明日が、それでも良い日になるさ、というのはともすれば無責任なごまかしになりがちだが、お祭り騒ぎの狂騒の果にある、妙に哀愁漂うメロディに乗って歌われると胸にすっと入って来てしまうのである。日常に潜む悲喜こもごも(それこそが日常である)をあえてわかりやすいメロディとそして体が動く(先日の東京というアウェイの土地でのライブは非常に盛り上がっていた)やかましいグルーヴという卑俗なものに落とし込んだ、それが「ART IMITATION」こと「偽物の芸術」なのではと思うのだ。

特に何もしていないのに妙に疲れている私は9曲目「SPRINGSTEEN」をリピートしまくっている。日常に疲れているけど、ちょっとやそっとじゃ癒やされねえぜというひねくれたあなたは是非どうぞ。

2018年4月8日日曜日

illya/Microcosmos

日本は東京のハードコア・パンクバンドの1stアルバム。
2018年にCaptured Recordsからリリースされた。
2006年に結成されたバンドで今まで3つのEPとスプリット音源などをリリースしている。CDのジャケット裏によるとメンバーは5人。(FBだとギターが三人の6人となっている。)

ライブも音源も未体験だったがなんとなーく買ってみた。ジャケットの雰囲気から勝手に激情系のハードコアバンドかなと思っていたら全然違ってびっくりした。冒頭の曲(と中盤にインタールード的な曲もある)のみアルペジオにシャウトが乗るスタイルでややポスト感漂うが、あとはもう完全に日本のハードコア・パンクだ。ツタツタ突っ走るドラムに太めのベースがうねり、疾走感をそのままリフに落とし込んだギター。ボーカルは前のめりにまくし立てるように全編ほぼシャウトで叫び続ける。暑苦しいコーラスワークが曲に極めて荒々しい華を添える。重たさと速さが両立したハードコアスタイルだが、印象的なギターソロが象徴するようにメロディが強烈に意識されており、歌唱にないポップさを楽器隊が一手に担う。結果アグレッションをスタート地点としたハードコアに他に類を見ない叙情性を両立させた楽曲が生まれてくる、という感じ。これをして熱いハードコアなんだよ!というのはたしかにそうなのだが、よくよく聴いてみると決してただ突っ走っておわるハードコアとは異なる事がよく分かる。一番わかり易いのはその叙情性を生み出す表現力の豊かさと、それを支える表現力だろうか。illyaは概ね3分台の楽曲といえば、この手のジャンルにしては長いとは言わないが、短くはないことがわかる。激情ほど悩んでいないが、もちろん脳みそまで筋肉の男たちがただ騒いで暴れているわけではない。ジャパニーズ・スタイルを飲み込んだ上で、自分たちなりに分解しどの要素が楽曲をジャパニーズ・ハードコア足らしめているのかを解釈し、そこに有り余るエネルギーを注ぎ込んでいる。パワーに振るのではなく、クラスト的な粗さをあえて捨てて鋭さと叙情性に力を割く。直線的なボーカルに絡みついていくようなギターのメロディがなんとも華やかだ。例えば8曲目の急展開もスムーズで違和感がない。

とにかくまっすぐな歌詞が苦しいほどに熱い。小難しい言葉を並べ立てて懊悩を表現しようとする激情系とはやはり完全に異なる世界観。話し言葉をノートに書きなぐったような飾らなさが、小恥ずかしさのバリアを突き抜けていい歳した胸に突き刺さってくる。胸に去来するのは憧れだ…なんて言いたくない気持ちになってしまう。きっとライブを見たらさらにビシビシ来るのではないだろうか。

良い意味で期待が裏切られて面白かった。心情はあくまでもストレートだが曲は結構ひねってあって、Death Sideもそうだったけど単にシンプルで熱いのがジャパニーズ・スタイルではないんだなあと思った次第。表現力はもっと豊かで複雑。

2018年4月3日火曜日

dues presents “Crazy Daytime Daze” Vol.1@Dues新宿

日曜日の昼間からSuper Structureがみれるというので新宿に行くことに。場所はディスクユニオンが経営する小さいライブハウス(立ち見で60人入るらしい)Duesで、企画したのもこのライブハウス。SSの他にネムレスとFive No Risk。ともに関西を拠点として活動しているアイドルとバンド。ネムレスはボーカルの方が前にやっていた細胞彼女のCDを持っている。Five No Riskは名前しか知らなかったので非常に良い機会だと思った。
Duesに来るのは久しぶりでやっぱり小さい。人は結構はいっていたと思う。

Super Structure
1番手!東京で活動するハードコア/パワーバイオレンスバンドSuper Structure。単独音源はないバンドでライブハウスで何回か見ている。ニュースクール・ハードコアが狂気に駆られた(バンド名の元ネタはアメリカ合衆国ネヴァダ州リノのハードコアバンドFall Silentの2ndアルバムからとっている)、いかついストップ・アンド・ゴーのパワーバイオレンスとはちょっと毛色が違うのだが、これがすごく格好いい。この距離で見れるのは非常に嬉しい。本当はギターが2本(メンバーが多忙なので1人はヘルプのことが多いようだ)なのだが、この日はヘルプも入れない4人体制。ボーカルの人は背中に花があしらわれたかわいいTシャツを着ていたがやっぱりバラクラバをしっかり着用。
遅くなるパートはあくまでもニュースクール・ハードコアの流儀で冗長なスラッジさは皆無で短い曲を全力疾走する。音も低音に偏重していないが、ファストコアでないのはドラムのリズムを聞けばわかる。ニュースクールの中速をブーストさせて高速にしているが、落とすところはきっちり落としてくる。この落差が非常にブルータル。ギターの音もひたすらザクザク刻んでいくだけでなく、中音域を拍の中に詰め込むような動きのある弾き方も混ぜ込んできてメリハリが効いている。そんな凝ったバリエーションをめまぐるしいヘイトの混沌にぶち込んでノイズまみれに吐き出しているのが本当かっこいい。理解されること拒否しているような無愛想さにあこがれてしまう。
今年はいよいよ音源出るんですよね。本当楽しみ。ライブももうまた見たいもんね。

ネムレス
続いてはネムレス。思えばアイドルのライブってBabymetalくらいしか見たことないかも。あれは凄く大きい会場だったから、この距離でアイドルを見るってどんなことなんだろう、って個人的にはかなり楽しみだった。
アイドルというのはおそらくプロジェクトみたいになっているのだと思うけど、ネムレスのライブは曲はオケで流して女の子が一人ステージに立って歌う。女の子は宇宙服をワンピースにしたみたいな可愛い衣装を着ていて、振り付けとともに歌を歌う。とにかく情報量が多くて圧倒された。
曲は細胞彼女のときもそうだったけどかなりマニアック。まずリズムが複雑だもの。細かく刻みまくるブレイクコアやぶっといドラムが明快に刻んでいくガバのようなうるさいビートが土台になって、そこにちょい前のEDM(ブヒュブヒュいうやつ)や、ギター(打ち込み)の乱暴なブレイクダウンを入れたりする。声はエフェクトを掛けたり、普通に歌ったりだがここでも童謡(「とおりゃんせ」)を取り入れたり、要するに色んな要素を色んなジャンルからとってきて一つにまとめるのが「アイドル」というジャンルなのかと思った。どれもまろやかに加工してあるので悪意ある剽窃というより、音楽的な懐の広さを感じさせてマニア心をくすぐってきて面白い。これを聞いて例えばハードコアのパクリだ!なんて言う人はいないだろう。うるさい上モノにピカピカした音をまぶしてあって個人的にはおもちゃ箱をひっくり返した様な感じでかわいいと思った。
女の子も曲に合わせて表情豊かにくるくる動く。メタルやハードコアのライブだと必然的に演者の愛想は悪くなるから、女の子がはつらつとしているとギャップが凄くて、やはりかわいいだよな…と思ってしまう私はおじさん。
お客さんの方はやっぱり結構気合が入っていて、合いの手というのかヲタ芸なのかわからないがやっぱりコールとか体の動きがすごい。はじめはちょっと戸惑うけど結構こちらも楽しくなってしまう。
曲が未完成ということは全然ないけどこういうライブと言う場でアイドルというのは本領発揮と言うか、完成していくのだなと思った。物販お品書きがあったり、最後尾を示すパネルがあったり、そういう文化の差異も面白い。終演後はチェキを取るやつもやっててすごい!アイドル!!と思った。


Five No Risk
大阪のバンドは枠をいとも簡単に超えてきてこともなげに面白い音を鳴らしている印象が強い。BirsuhanahとかVampilliaとか。このバンドもそういう期待を持って見たんだけど見事にその先入観は裏切られなかったね。ハードコアといってもいかついそれとは違う、音を意図的に軽くしたもの。ジャギジャギして重たくない。なんとなくFugaziを彷彿とさせた。男らしいコーラスワークは日本のハードコアの影響を受けたもの。それからピュアであろうとすれば排除されていく雑味を臆面もなく取り込んでいく。スカを思わせる軽快な裏打ちのリズム、ジャズっぽいすべるようなフレーズ、メロディアスなギターソロも大胆に取り入れ、ロックンロールの要素も色濃く感じられた。曲自体はかなり複雑なことをやっていると思うのだが(演奏はしっかりしているし、なめらかに曲が展開していく。)、”わかりやすさ”(アンダーグラウンドでは敬遠されることもある)を強烈に意識していて、一緒に歌える(叫べる)コーラス、それからメロディアスなメロディ。ただ爽快だけのメロコア方面ではなく、喜怒哀楽を巻き込んだこぶしの利いたくどいオリジナリティのあるハードコアに落とし込んでいる。それはまさに人生の酸いも甘いも混ぜ込んだお祭りハードコアとも呼ぶべきもので、大阪らしいユーモアで辛いことも笑い飛ばしちまおうというポジティブさに溢れたものだ。これは盛り上がらないわけはないだろう、ってくらいに盛り上がる。曲は全く知らないけどとにかく楽しい。ボーカルの人は早口でまくし立てる、ハードコアらしくしゃがれた声で叫ぶ、艶のあるクリーンでメロディアスに歌い上げる、演歌みたいにこぶしを利かせる、矢継ぎ早にそのスタイルを変えていく。後ろで鳴っている曲も引き出しの多さを活かしてとにかく振れ幅が大きい。面白くあろうとすることって人を楽しませようとする利他の精神だよな、と思わせる素晴らしさ。超元気が出た。格好良かった。

ハードコアとアイドルというジャンルの違いはあるけど、結構どのバンドもお客さんは変わらずその場にいて楽しんでいるようだった。とくに関西の両者は楽しませる、というところがすごく意識されていた。関西の人が面白い、っていうのはギャグを言うとかでなくてこういう精神なのかなと思った。(そうすると関西の人は面白いというより、関西の人は優しい、ってなるのかも。)単純に出している音もぶっ飛んでいるし、関西に対する勝手な憧れがさらに強化。一方Super Structureは一切媚びないハードコアスタイルでやっぱり格好いい。
三者三様で全く放埒なイベントだったが、フロアはどの演者のときもそれぞれ盛り上がり皆さん楽しそうだった。これってひょっとしてこういう距離が違いライブハウスでないとできないイベントだとしたら、小さいライブハウスというのはそれだけで非常に価値がある場所だよね。
Five No RiskとネムレスのCDを購入して帰宅。いいイベントでした。

2018年3月25日日曜日

Jawbreaker/Unfun

アメリカ合衆国はニューヨーク州ニューヨーク・シティのハードコアパンクバンドの1stアルバム。1990年にShredder Recordsからリリースされた。Liveageの使用機材を推測するという記事で取り上げられており記事が面白かったので買ったみた。Bandcampで売っているリマスターされたてボーナストラックが追加されたバージョン。
Jawbreakerというのはアッパーカットのことかと思ったらどうもデカイ飴のことを指す言葉らしい。あごが外れるくらいデカイやつでJawbreaker。かわいいネーミングだ。

中学生の頃にメロコア(ここではメロディック・ハードコアとは異なるジャンルとして)が流行りだした。私は同時に隆盛を極めたニューメタルの方に没頭して青春パンクらへんに対して嫌悪感すらあったが、Hi-Standardの「Making the Road」はクラスメイトの三浦くんから借りてMDに録音してよく聴いていた。バンドやっている連中はこぞって「Stay Gold」のイントロを弾いてたりした。(そんな中Metallicaの「Battery」にチャレンジしている岩楯くんってやつもいた。三浦と岩楯はその後バンドを組んで文化祭でMetallicaの「Fuel」をカバーするのだがそれはまた別のお話。)Jawbreakerはジャンルとしてはポップ・パンクにカテゴライズされ、いわゆるメロコアの走りとされるバンドのようだ。ただいわゆる日本に根づいたメロコア・サウンドを期待するとちょっと裏切られるだろう。音の細さは発表された年を考えると仕方がないにしても、あまり早くないし、ストレートかつシンプルって感じでもない。何ならちょっとひねくれている。何より曲に哀愁の要素がある。思うんだけど後に多様な影響を与えたとしてもJawbreakerは紛れもないパンクバンドだ。ただ1曲めから「I want you」と歌うように、あらゆる権力に中指を立ててきた伝統的なパンクロックとは違い、取り扱うテーマはもっと個人的だ。つまり出発点はあくまでも音楽的な形式としてのパンクだったが、やり方的にはハードコア方面ではなく、エモ方面に舵をとった形。当然ジャンルとしてのエモなんて(確立されて)ない時代なのでそういった意味での先駆者なのだろう。ここでのエモ、エモーショナル、つまり感情の豊かさはジャンルが固まる前のもっと混沌として自由なもの。メロディが重要な役割を担っていることは共通しているが、そのメロディもくどいものではなくやっぱり出自を感じさせるぶっきらぼうなもの。
何よりボーカルの声質が良い。パンクってなにか?って言われた個人的には声が重要なジャンルだ。Sex PistorlsのJonny Rotten、RamonesのJoey Ramone、どれも個性的な声をしていた。後のハードコアのマッチョなボーカルとは違う、反抗心と同居する悪戯心というのがあった。攻撃的だがどこか憎めない、個人的にはある程度の幼さがある声に惹かれる。そういった意味ではJawbreakerのボーカルBlake Schwarzenbachの声質は抜群だ。幼さがありそしていくらかしゃがれた声をしており、その相反する要素がなんとも言えないノスタルジックさを醸し出している。
ノスタルジックとは郷愁のこと、音楽ではよく哀愁ということばで表現される。私は英語がわからないからJawbreakerの郷愁/哀愁はもっと曲の方にあるのだろう。(そして歌詞をよくよく読めばその感情はきっと増幅されるのあろう。)不思議なもので私は本当に起伏のない人生を歩んできたので、無駄に年をとった割にはキラキラ輝く思い出もないのだが、それでもこういった曲を聞くと何かしら胸が締め付けられるような気分になるから不思議だ。記憶喪失の人にJawbreakerを聞かせたら、果たしてどういう感想を持つのだろうか。

押し付けがましくない、でもなめらかなメロディがなんと言っても心地よい。そこには破壊や死ではなくて、葛藤や逡巡、照れ隠し、かっこつけ、毎日のくだらなさと楽しさが詰まっている。言葉を超えた感情が溶け込んでいて、そしてそれこそがまさに世界共通の言語なのだと思わせる。音楽とはバベルが崩壊した以降の人間の再度の神に対する挑戦だ。Jawbreakerを聞きながらそんなことを思ったってよいでしょう。

2018年3月18日日曜日

Morgue Side Cinema/mud,light,exit,water

日本は大阪のパンク/ロックバンドの3rdアルバム。
2018年にCH CARGOからリリースされた。
明らかにグラインドコアバンドNapalm Deathをもじった前作「Napalm Life」から13年。正直もう出ないのではという新作がついに。1997年に結成され、Number Girlとも共演したというバンド。とにかく前作は素晴らしく感想を書いたのはもう〜年前だが、それ以来事ある毎に聞いている。メロディが特徴で歌詞も日本語だからついつい口ずさんだりしちゃうのだ。

Morgue Side Cinemaは結構無愛想なバンドで、こんなこと言うのもあれだが華がない(これは前作収録の曲の歌詞にも出てくる)。妙にこぶしの効いたような歌いまわしは全然おしゃれじゃないし、なんなら英語の歌詞は本当日本語的なべったりとした発音だし。曲は短いけど、早いわけでも、逆に遅いわけでも、攻撃的なわけでも、必要以上に重たいわけでも、トレモロが美しいわけでも、ギターソロが超絶技巧なわけでも、展開がプログレッシブなわけでも、モッシュパートが激しいわけでも、ハーシュノイズを使うわけでも、ない。要するにとらえどころとなるキャッチーさがないんだけど、断言するが曲は素晴らしい。ただ無闇矢鱈にわかりやすいキャラづくりをしないだけなのだ。(それこそが知名度を売るビジネスでは致命的なのかもしれないがそんなことは知ったことではない。無いということそれ自体が魅力になることだってあるのだ。)
Leatherfaceに通じる哀愁と書いてあるところがあって、Leatherfaceは「he Stormy Petrel」の1枚しか持ってないので偉そうなことは言えないのだけれど「哀愁」という共通点はあるもののこちらはあちらほど(意図的に)枯れた感じがしない印象。どの楽器も無駄を削ぎ落としたソリッドな音使いでいぶし銀な格好良さがあるが、なかでもとにかくギターが良い。短い曲の中を縦横無尽に動き回る。中音域が分厚い、重量感と温かみのある音が自由に伸縮性のある音を描いていく。真っ青な空に伸びていく飛行機雲を地上から眺めているようにひたすら爽快である。高高度の強風に崩れてすぐ消えがちだが、群青に一本ひいた線のように痛快である。だれも傷つけないなにかしらの反逆行為のようではないか。ギターが唸って、力強い歌がある。私がロックバンドに求めるものが揃っている。こうしてくれ!ってのが入っている。しなやかだが強靭、強靭だが叙情的である。

わかるようでわからない、わからないようでわかる歌詞(曲によって結構具体的だったりもする。親交のあるった先輩を偲ぶ「翌朝」の後半の川のきらめきに決意を込める歌詞は本当素晴らしい。)が特徴的で、今回はその難解さを増しているように思う。わからないなりに文章として成り立っていた前作から、今作では単語の羅列にまで分解されている。TMGEのチバユウスケほど本当思いつきを並べたようなのではなく、一応関連性はある何かの比喩のように感じられる。

2月頭に東京でライブをやったんだけどその日は珍しく用事があって見れなかったのを後悔している。マイペースに活動するバンドのようなのできっとまた見る機会があるだろうと思うことにする。1stも噛みしめるように訊いていくうちにどっぷりハマっていったのだが、今作もそう。今作はちょっと地味か?と思ったけど聞けば聞くほど味が染み出してくるように良い。今聴いているし、きっとまた1年経っても聴いているだろう。ぜひぜひCDを手にとっていただき聴いていただきたい作品。非常におすすめ。

2018年1月28日日曜日

小手1stFULLALBUM「雑記」発売記念イベント@三軒茶屋Heaven's Door

小手という少し変わったバンドが居るということはなんとなく知っていた。最近会社の音楽好きの人からかっこよいから聴いてくれ!と小手のyoutubeのライブ動画を紹介されたのをきっかけに仕事をしながら聴いてみるととても良くて驚いた。タイミングと言うものが人生にはあって、その紹介してくれた人も意図してたわけではないが、小手が1月に結成18年目にして初のフルアルバム「雑記」をリリースした。これは当然買うわけだし、発売記念のライブをするということなら行くことになる。「雑記」もそこまで聴き込めてないし、ライブを見るのも初めてだ。会場は三軒茶屋Heaven's Door。始めていくがいい雰囲気(スタッフの方が皆さん愛想が良い)のところで、ステージの正面が少しだけフロアにせり出しているのが特徴か。

小手
初っ端は小手。半端に知っている状態でいきなりライブを見るというのは面白い。4人のメンバーが揃ってややくたびれた作務衣に身を包み、ボーカルの人以外は狐のお面をかぶっている。当然音源で聞くより音量がでかく、また音も立体的に聞こえる。小手というバンドは変わっていて、ボーカルは歌を歌うというよりは詩を語る、というのに近い。節回しは少なく(曲によってはある。)、リズムを付けて押韻していくのでもないからラップとも趣が異なる。(ただし押韻に関してはかなり意図しているのではと思う。)ポストロックや日本の激情系ハードコアのスポークン・ワードのパートに通じるところがあるといえば伝わりやすいのではなかろうか。ただ小手の詩というのは、ポエトリーとはまた異なる、もっと散文めいた、日記めいたもので、それも書き手の日常生活を包み隠さず生々しく書いたような内容だ。装飾的なかっこよさとは大分かけ離れた音楽なのだ。その特異さ、異質さがまずは大音量で強烈に意識される。ただ音源よりもっと音楽的である。特にギター、ベースの存在感が有りながらも濁りのないクリアな音は印象に残る。決してディストーションを噛ませた(パワー)コードで弾きまくるようなことはなく、単音もコードも弦の一本一本それぞれの音が分離して聞こえるような透明さが意識され、またアルペジオやそれよりもっと少ない音がほぼほぼ全編に渡って続く。いわばポストロックの静謐なパートに語りが乗る、というような特殊さ。ただしベースもギターもそれぞれ通常より弦が一つ多く、たまに繰り出す重たいパートはかなりの重量感がある。まずは圧倒されているうちに持ち時間は終わり。小手はこの日一番手とトリの二回ステージに立つのだ。

phone
続いては栃木県足利のバンドphone。この日小手以外は初めて見る聴くバンドばかり。phoneは三人編成のバンドでドラムとベースとギター。弦楽器の二人がどちらもボーカルを取る。マイクを正面でなくややステージ中央に向けて配置するからメンバー三人ががっぷりしのぎを削る用な構図になっていて面白い。曲が始まってみると完全にハードコアだ。それも結構ややこしいやつで、なんとも形容し難い複雑な世界観を持っている。開始当初はギター・ベース両者の叫びも生々しく(基本的にクリーンはほぼ歌わなかったと思う。)、かなり初期衝動的なエモバイオレンスかと思った。ギターの音をガッチガチに武装するのではなく、ややジャギジャギした生音を残しており、黎明期のエモに対する愛着と敬意があるのではと。スリーピースならではのムダと冗長さがないヒリヒリした音なのだが、曲がかなり凝っている。カオティックやマスコア的な要素があり、展開が目まぐるしく変わっていく。そうこうしているとボーカルが鳴りを潜め、インスト曲に突入。突っ走るギターが一点空間的な音色を身にまとい、ポストロック的に反復していく。この時も緊張感を途切れさせないのがさすがで最後までビリビリしていた。個人的にはドラムが正確なのと展開が多いのと、特にバスドラムを打つタイミングが微妙にずらされているような気がしてそこが気持ちよかった。これがグルーヴ感と言うやつなのだろうか。

Slang Boogie
続いては地元三軒茶屋で長く活動しているというSlang Boogie。ドラム、ベース、ギターにボーカルの四人組のバンドで音的にはやっぱりちょっと変わっている。基本はハードコアパンクだと思うのだが、ボーカルの人が「ヤーマン」といってステージが始まったこともありレゲエ(音的にも思想的にも)の要素がある。ハードコア・パンクが軽くなるととたんに軽薄になったりするもんだが、このバンドに関しては結構軸がぶれていないのか、ハードコアの肉体的な明快さと、レゲエのゆったりとした楽しさが良い感じに結びついていて独特のミクスチャーサウンドを出している。というのも突発的な疾走パート、唸る硬質のベース、コーラスワーク、日本のハードコアを彷彿とさせる感情的なギターソロなどきっちりとハードコアのポイントをオリジナリティをだしつつきちんと抑えているので、ここがどっしり発信の中心になっている。ソリッドかつ余裕がなくなり、際限なく攻撃的になっていきがちなハードコア精神を良い感じにレゲエの要素がゆるくさせている。半端などっちつかずの中庸に陥らずに、潔くそれぞれの特徴が生かされているのが印象的。ボーカルの人はとにかくピースサインを良くする。この世がもし地獄なら、「この世はクソだ」というよりは「平和を!」と叫ぶほうがきっとこんなんだろうと思う。ステージの前には(おそらく)メンバーのお子さんがいて、とても良い雰囲気だった。不思議なバンドだ。

Risingtones
続いてはレゲエ、スカ、ロックステディバンドのRisingtones。なんといってもテナーサックス、トランペット、トロンボーンというホーン隊がいるのが特徴。さらにドラム、ベース、ギター、ボーカルに加えてキーボードがいるから全部で8人の大所帯。流石にステージが狭い狭い。ホーンはアンプを通さないので、音を拾うマイクの本数も多い。
この日一番ブラックな音をだしているバンドでやはり異彩を放っていた。手数は多くないがしっかりとしたドラムに、音の数のメリハリがついたベース(リフが凝っていて格好良いのだが、小節の中でかなり休符を入れてグルーヴを意識している。)、裏打ちのギターはあくまでもシンプル。そこにボーカルがとにかく歌いまくる。激しい音楽を聞いているとなんだかメロディアスさが悪徳みたいになってくるが、このバンドはもう伸びやかに歌う。歌詞も甘いもので、下手なポップスみたいに格好つけた割に語彙が貧弱だったり、ただ下品なそれらとは異なり、真っ直ぐで情熱的でそこが格好良かった。ホーンは私の耳が慣れないせいもあってかとにかく印象的で、一個の音を吹いたり(これも強弱がついていてやはり弦楽器とはぜんぜん違う。)、リフを奏でたり、どれも音に圧力があって、それでいて音は暖かく、歌を後ろからブワーッと押すような、浮かすようなそんな力がある。途中でそれぞれの楽器のソロパートを挟んだり、カバーを2曲(宇多田ヒカルとJackson5)披露したりと、やはりロック、ハードコアのフォーマットとは流儀が違って面白かった。あとメンバーが多分みんな(トランペットの人はタオルかも)帽子をかぶっていた。おしゃれである。

小手
トリは何と言ってもこの日2回めの小手。とにかくそのオリジナリティに圧倒されてあっという間に終わってしまった先ほどとは違ってこちらももうしっかり聴く気満載である。
相変わらずポストロックのフォーマットに語りが乗っていく。音源を聞いたときは静かに始まり、それが盛り上がっていく(つまりポストロック的な王道展開)のが面白いのだと思っていたがこれは明確に違う事に気づいた。まず小手の歌詞は長い。普通ならあるサビのリフレインとかがほぼない。なるほど演奏の方はミニマルかもしれないが、存在感のあるボーカルのせいであまり反復性は感じられない。そして静かに始まると思っていた部分も生で見ると全然むしろ迫力しかない。言葉は力強く、そして生であるゆえに揺らぎもある。ボーカルの人の力が異常にこもっている。詩というにはあまりにも赤裸々な言葉の羅列がその書き手の人生を詳らかにしていく。起こった出来事とその時感じた気持ちが語られていく。そこには実際面白いこと、新奇なことは一つもない。曰く「冴えなく」、「灰色の」、「ひからびた」日常の写し絵である。それが、私の旨を強烈に打つ。そこにあるのは紛れもない、ある人の人生である。小手の音楽はヘヴィだ。音的にはもっともっと重たいバンドはいる中でも、図抜けて異常にヘヴィと言っても良い。そしてエモーショナルだ。感情的に叫ぶから情熱的ではなくて、毎日についてうたっているから必然的に情熱的になるのだ。つまらない毎日には、たくさんの面白くないこと、悪心、たまにある良い心、時間の浪費、怠惰、愛情が細切れになって散らばっている。単に善悪という二項対立ではなく、その細切れの感情が小手の音楽に詰まっている。小手の音楽はウルトラ・ヘヴィだ。なぜなら取るに足らない(あなたの/私の)人生でもそれなりの重たさがあるからだ。私もまた取るに足らない男なので、小手という他人が歌うその歌の中に、私の人生があるのである。
小手がなぜ通常のハードコアのフォーマットで曲を演奏しないのか、澄んだギターのアルペジオは落ちつている心を反映しているのではない。むしろ逆に生きることに焦りはやる気持ちをあえて透明な音で抑えているのだ。あの独特な静謐さの裏には爆発的な感情がぎっちぎちに詰まって、それが嵐のように相克している。どろどろした原始の海のような感情をどうにかあの形に押し込めて、うたに昇華しているのだ。だからたまにフラストレーションを爆発させるような重たいパートに凄まじい説得力があるのだろう。(単にうるさいパートのために退屈な静かなパートがある音楽とは全く趣が異なる。)いわば透明になりたい音で、そうなりたいと思っている時点で決して透明なんかじゃないのだ。それが良い。
終演後まさかのアンコールに次ぐダブルアンコール。最後の最後にはかなり大規模なモッシュが発生していた。小手のライブでモッシュというのは見たことがない、と私に小手を紹介してくれた会社の人はいっていた。

小手の「葛藤、極まる」を購入して帰宅した。23時を過ぎてライブハウスの外はあまりに寒く震えたが、実のところ感動して体がわなないているのだった。楽しかった。

2017年9月16日土曜日

DEATH SIDE/BET THE ON POSSIBILITY

日本のハードコアバンドの2ndアルバム。
元々は1991年にSelfish Recordsからリリースされた。私は1stアルバムとともにリマスターの上Break the Recordsから再発されたCDを購入。
DEATH SIDE前作から二年後にリリースした2nd。もちろん1stと同時に購入したわけです。「その可能性に掛けろ」という希望に満ちたタイトル。バンドはこのあとはフルアルバムはリリースせずに1995年には解散している。

レコード屋のdisk unionが配布しているfollow upという冊子に今回のリマスターにあたってDEATH SIDEのボーカリストであるIshiyaさんのアルバム解説が乗っている。それによるとこのアルバムというのは、当時プログレに凝りだしたギタリストのChelseaさんがああでもない、こうでもないと1年以上もレコーディングを続けていてさらに終わりのみえない感じになっていた(非常に凝り性な方だったのだろう)のをIshiyaさんがある程度ディレクションをして完成に導いたそうだ。
もともと1stもハードコアとして素晴らしい攻撃性を持ちながらも、非常に表情豊かな曲が魅力的なアルバムだったわけで、その背後にはこのハードコア以外のジャンルに対する音楽的なバックグラウンドがあったのだろうと思う。(大体バンドをやっている人はとにかく音楽好きなのだから幅広い知見を持っているのはどのバンドでもそうだろうとは思うけど。)この2ndではさらにその方向性が推し進められており、インタールード的な曲の導入や一貫した世界観(Chelseaさんにはコンセプトアルバムにしたい!という希望があったそうだ。)、チャンネルを多用した録音、ピアノの音(!)などが取り入れられている。15曲と1stから曲数は落としているが、トータルは42分半と収録時間は伸びている。
ただ1stであった爆発するかのような推進力を失っているかというとそうではない。最後の曲が7分あるので実は1曲あたりの曲の長さも1stからそんなに変わっていない。このバンドはとにかく表現力がすごいと個人的には思うわけなんだけど、この2ndでは1stをさらに推し進めて、短く、速く、攻撃的というハードコアの枠の中で一体どれくらいの表現ができるのか、というテーマにチャレンジしている。速くて短く恐ろしい曲がハードコアの最高峰なら、Naplam Deathの名曲「You Suffer」があればハードコアはもう充分なはずではないか?
低音部だけでなく、中音域から高音域までを自由に使ったリフはなんとなくオリエンタルな雰囲気がある(1曲めや8曲目など!)、吐き捨て型のボーカルを彩る熱いコーラスワーク(にも曲によって非常にバリエーションが有る)、あいかわらずメリハリの効いた曲展開(ギターのアルペジオパートを導入するなど1stに比べるとかなり鮮やかだ。遙か後ののポストロックや激情に影響を与えたというと言いすぎだろうか。)、そこに込められた渦巻く感情の豊かさ(このあたりはただ怒りを撒き散らすのではなく、ただクソだと言い捨てられない世界に対する様々な感情を、「どうしたら良いのだ?」という一種のやるせなさに彩られた歌詞にこめているように思えて、個人的にはとても好きだ。このアルバムから歌詞はIshiyaさんも書くようになったとのこと。それまではChelseaさんが書いていたようだ。)、それを表現する叙情的なメロディ、そしてなにより技術一辺倒にはなりようがないトータルできっちりまとめるハードコア。
やはり8曲目の「Life is Only Once」が個人的には好きだ。テーマとなるリフがかっこいいし、その背後で黙々とリフを綴るようなベースも良い。その上に乗るギターは中音域がよく伸びて感情の高まりとともに高音域に伸びてくる。コーラスに彩られたボーカルがメッセージを吐き出すが、曲全体を覆う雰囲気はもっと複雑だ。そしてテーマを速度を落としながらリフレインするクライマックス。1stの「Mirror」が突進型ハードコアの一つの精華だとすると、この曲にはグラデーションがあって、ハードコアでありながらもそこを飛び越えようとするこのバンドの良さがギュッと詰まっているような気がする。

ハードコアでありながらも豊かな表現力が魅力のバンドだと思うし、まさにその限界に挑んだという感じがするのがこの2ndアルバム。個人的には非常に甲乙つけがたいのだけど、通して聞くなら1st。じっくり曲単位で聴き込むならこちらの2ndかな〜〜。是非1stとセットでどうぞ!

2017年5月20日土曜日

M.G.T./M to tha G-13

日本は東京のハードコアバンドの2ndアルバム。
2017年にDEATH BLOW MUSICからリリースされた。
印象的なアートワークはイラストレーターのUsugrow氏の手によるもの。
トリプルボーカルが特徴的なバンドで、マイナーリーグ、元YKZ、ジェロニモのメンバーが名を連ねている。1998年に結成し、メンバーチェンジもありながらマイペースに活動。
私はマイナーリーグが好きなのでこのバンドに興味を持った次第。
2004年にリリースされた1stアルバム「9 Songs Terror」とアメリカの二人組ハードコアバンドBattletornとのスプリット音源を持っている。サイドプロジェクト的なバンドなのかなと思っていたが、今回新作が出たのは嬉しい限り。

レイジング・スラッシュ・ハードコア・パンクと称されるようだが、なるほど「レイジング」という形容詞がぴったり来るストレートなハードコア。13曲で23分ないくらい。
ベースの主張が激しくて、重くはないのが印象的な音でガロンガロン弾きまくる。恐らく複数の弦をギターのようにコードで音をだすような弾き方もしている。
レイジングと言ってもいわゆるバーニングスピリッツ的な日本のハードコアとは一線を画す内容で、胸を突くような哀愁のメロディ、高揚させるコーラスワークと言ったものは少なめ。荒々しいオールドスクールなハードコアを日本語で再現したような音楽性。ボーカルが3人在籍しているのが一番特徴的だが、同じ曲の中で掛け合いをするのは意外にもあまりやらなくて、この曲はだれ、あの曲はだれという感じで基本的には住み分けができている。この形式は結構珍しいと思うのだけどアルバムを通して聴くとかなり起伏があって面白い。とっつきの印象は結構ボーカリストによって変わるのだけど、もちろんバックの演奏は共通した世界観なのでコンピレーションを聴いている感覚とも異なる。
攻撃性に満ちているが、徹底的にダウンチューニングを施した今風の壁のようなハードコアとは一線を画した、ざらついたギターの音も生々しい耳元で叫ばれているような、ハードコア。攻撃性はその直接的に中指立てる歌詞にも表れている。曲の方も荒々しいのだが、実は結構フックが効いていて、例えば元YKZのTatsuzoneさんがラップを通過したまくし立てるボーカルを披露しているときはその魅力が伝わるように抑え気味、テンポチェンジも多用しているし、意外にメロディアス(曲というよりはボーカルのメロディラインが映えるパターンが多い。)だったりと結構工夫や配慮が感じられるいぶし銀の作り。
私はなんとなく不穏な感じにトーンダウンしたラストを飾る「Never No More」が良い。この曲は3人のボーカリストが多分そろい踏みでラストっぽい劇的な感じ。

マイナーリーグが好きな人はもちろん、YKZとかジェロニモというバンドに引っ掛かりがある人は是非どうぞ。怒れるハードコア好きな人もぴったりはまるんじゃないかと。

2017年5月14日日曜日

Yokohama Extreme6 Nekrofilth Japan Tour@横浜El Puente

最近は来日をきっかけに海外のアーティストを聴き始めることが多い。そんな流れでアメリカ合衆国コロラド州デンヴァーのNekrofilthを聴いて見たらこれが非常にかっこいい。デスメタルバンドのNunslaughterのメンバーがやっている別バンドで、デスメタルの要素色濃いのだが、それがハードコアパンクとくっついたクロスオーバーな音楽をやっている。5月12日からツアーがスタートするということなんだけど、ラッキーなことに仕事に都合がついたので横浜まで足を運ぶことに。ライブハウスは西横浜にあるEl Puente。メタル、ハードコアに限らずアンダーグラウンドな音楽御用達のライブハウスなんだけど行ったことがなかったから、これも非常に楽しみだった。
El Puenteは西横浜駅をおりて割とすぐ。お店のそばに行くともういや〜な感じの音が漏れている。(暗いからよくわからなかったけど周りにあまり建物がない。)今まで行ったライブハウス(一応ミュージックバーということらしい)で一番小さいと思う。入場するとすぐ横でバンドがでかい音で演奏しているし(これは本当楽しい)、バンドの正面ちょい横あたりは2列くらいかな、入るのは。距離の近さという意味ではこれ以上はないんじゃないかくらい。
私がつくとすでに1バンド目Filthy Hateのライブは終わっており、続くAnatomiaがプレイしていた。

Anatomia
2002年から活動している日本は東京のデスメタルバンド。ギター、ベース、ドラムの3人組でドラムの人がメインボーカルを取る。びっくりしたのがエフェクターがマルチエフェクターだった。それでもきちんとなっている音はどう聴いてもデスメタル!なんとなくイメージを覆されて痛快だった。デスメタルというのは重たい⇄軽い(重いバンドが多いけど)、遅い⇄速い、などなどその構成要素を取ってもいろいろあるし、構成要素でも表現方法は多様なのだが、個人的にはデスメタルには”邪悪”の要素があってほしい。逆にここを抑えていれば私としては非常に入りやすい。Anatomiaはまさに”邪悪”を音楽にして発信するバンド。とてもスリーピースとは思えない音の壁で、速いパートもあるが基本はドゥーミィな遅いパートが主体。圧殺、窒息系の重苦しい音。例えば同じオールドスクール・デスメタルでもCoffinsはズンズン響くリズムを強調したりと容赦のなさの中にも華(と行っても真っ黒い)があるのに対して、Anatomiaは華がないというよりはそういうとっつきやすさがない。ひたすら地下室。うめきあげるようなボーカルはひたすら低く憎悪に満ちている。リフは黒く鈍く光るデスメタルの結晶のようだ。重苦しいのがたまらないやつ。それでも曲によっては空間系のエフェクトをかけたり、遅すぎて崩壊したアルペジオやその裏でのベースのコードっぽい弾き方など、曲をデスメタルたらしめるための技巧もいろいろと感じた。荒廃した墓場と言った様相のライブ。かっこよかった。
ちなみにギタリストの方は長髪なのだけど激しいプレイでネックに髪の毛が絡まっていた。終演後ベーシストの方が「今までで一番絡まっている」と心配していたくらい。ちゃんとほどけたのかきになる。

Nekrofilth
続いてはNekrofilth。このバンドもギター、ベース、ドラムの3人組。全員上背があり、リズム隊はがっちり巨漢という感じで迫力がある。ギター/ボーカルの人のギターなんだが金属質なピックガードが茶色っぽい赤黒にまだらに染まっている。昔あのギターで誰かを殺してゴミのように埋めてきた、のようなバンド名にちなんだデスメタルストーリーがあるのかもしれない。ギタリストの人はアンプヘッドのつまみを適当にザーッと全部マックスにしていたみたい。大丈夫なの?と思ったけど大丈夫でした!始まってみるとめちゃかっこいい。ギターの音は低音を強調するデスメタルのそれというよりももっと生々しいディストーションがかかった音。エフェクターも少なめ。声質もしゃがれて結構高音が効いている。それで故Lemmyのように高く上げたマイクにしたからかじりつくようにがなりあげる。単語単語(FuckとかFuckingとかよろしくないのばかり)によってたまに聞き取れるくらい。つまりデス声とかそういった歌唱法とは違うわけで、楽器の音と同じでここも生々しい。曲は長くて2分くらいであっという間に駆け抜ける。何かに追われているように性急なギターソロが入ることもある。速いんだけどグラインドコアと違ってもっと軽くてつんのめるようなリズム、そして良い感じに密度が空いているので風通しが良い。リフがかっこよくてメタルのように詰め込むテクニカルのようなものではなく、キャッチーで反復的。ここら辺がハードコア、パンクと称される所以。パンクも然りなのだけどどっちかというとMotorheadのロックンロール〜Rawなグラインドコアよりのハードコアという印象。とにかく痛快。男の子のかっこよさ。もちろんスッキリ通り過ぎるという感じではなく、デスメタルのフレーバーが効いているのでその歌は下品かつ血みどろな雰囲気がする。むせるような暑い風に当てられているみたい。Filthと名乗っているわけだけどデスメタルの汚さがハードコアパンクのRawさにうまくハマって、両者ががっちり握手している。あっという間に終わってしまった。聴いている間ずっと笑顔だったかもしれない、私。

Nekrofilthの物販を除くとそこにはデスメタルの香りがするアイテムがいっぱい。やっぱり出自というかアティチュードはデスメタルなんだな〜と思わせる。かっこよかったので裁縫できないのにバックパッチを買って帰る。
外に出るNekrofilthのドラマーの方が涼んでいらっしゃって、「アリガト〜」と声をかけてくださった。私も「ベリークール、こちらこそサンキュー」とか馬鹿みたいな英語で返答。こういうの非常に嬉しい。アンダーグラウンド音楽のライブの醍醐味の一つだと思います。横浜はさすがに遠くて仕事帰りに行くのは大変だけど行ってよかった。とても楽しかった。半端にしかライブが見れなくて残念。本気で来たいバンドの方々と本気で日本の人たちに聞かせたい主催の方々たちがいてこういう機会があることは非常にありがたいことです。ありがとうございました。

2017年3月19日日曜日

TORSO/Sono Pronta a Morire

アメリカはカリフォルニア州オークランドのハードコアパンクバンドの1stアルバム。
2015年にイタリアのAgipunkというレーベルからリリースされた。
4人組のバンドでBandcampによるとヴィーガン(菜食主義)でストレートエッジとのこと。ボーカル含めて女性が2人在籍している。
アルバムのタイトルを翻訳すると「私は死ぬ準備ができています」と出る。アートワークは魔女裁判で火炙りにされている女性。

D-Beatハードコアと自称するくらいのオールドスクールなハードコアをプレイするバンド。全部で11曲で17分。長くても2分ちょいで大体1分台。疾走”感”って実際には必ずしも速度にイコールなわけではないと思うんだけど、このバンドの場合はD-Beatを主体に据えてその疾走感を演出している。もちろん遅いわけではないのだけど、じゃあファストコアばりに早いのかというとそうでもない。きっちり演奏の妙もバリエーションも詰め込める余裕のある”速さ”で勝負している。素材の音がかなり生かされたジャカジャカ感と厚みのあるギターに、非常によく動くベース(どうやらもう一人の女性はベース担当みたい)がツタツタ刻んでいくD-Beatに伸びやかに曲を織りあげていく。
ボーカルはほぼほぼ叫びっぱなし。いい感じにかすれた声だが女性のそれだってわかる。一緒にEP(2014)も買ったんだけどちょっと声質(録音状態かも)が変わっている。このアルバムの方が高音が強調されているかなと思う。
メンバーの半分が女性な訳なんだけど、じゃあ女性特有の〜というのがあるかというと音源を聞く限りはあまりそう行ったのは感じられなかった。分かりやすくメロディアスな訳でもないし、女性らしいボーカルの取り方もほぼなし。Oathbreakerみたいにフロントマンが女性であることを強みしている感じとは正反対だし、再結成したらしいGorilla Angrebみたいにそこはかとないミクスチャー感(かわいい感)はなくてよりハードコアだし。ハードコアバンドを組んだけどメンバーはたまたま女性だったくらいの感じ。ひたすらストレートを信条とするバンドらしく、いやらしいフックがない。EPのアートワークも女性が登場するし、性差については結構重要なファクターっぽいが音楽的には女性らしさはおそらく敢えてカットされているのでは。ハードコアという(おそらく)男性的なフィールドで一個のバンドとして勝負していく、という気概の表れだろうか、気迫めいたものを感じてそういった意味でも気合の入ったタイトルも納得感があるなと思う。
ちなみにEPから先に聞いたんだけど、このアルバム序盤だけ聞くとEPの方がいいかな?と思ったんだけど後半えらいテンションが上がってくる。普通冒頭にキラーチューン持ってきそうなもんだけど、このバンドは圧倒的に後半に入ってからの方がかっこいいと思う。

なんだか女性+ハードコアというのがトレンドなのかな?そんなことない?わからないけどそのフォーマットでも色々違うことをやるバンドがいて(当たり前なんだけど)、面白いなと思う。いわば女性の特異性があるわけでこれも男性優位社会の考え方なのかな…とか思う。まあそこらへんは置いておいてかっこいいハードコアバンドなので気になった人は是非どうぞ。

2016年9月11日日曜日

SECT/SECT

アメリカ合衆国ノースカロライナ州ローリー、同じくオレゴン州ポートランド、カナダのトロントの混成バンドの1stアルバム。
2016年に発表された音源で私は日本のレーベルALLIANCE TRAXから購入。CDというフォーマットではこちらからのみとこと。Bandcampでも買えるみたい。
複数のエリアの混成バンドという事でわかるかもなんだが、いわゆるスーパーバンドというやつで名だたるバンドで活躍するメンバーが集まって2015年に結成された。
ボーカルがChris Colohan (Cursed, Burning Love)、ギターが Scott Crouse (Earth Crisis)とJames Chang (Undying, Catharsis)、ベースがIan Edwards (Earth Crisis)、ドラムがAndy Hurley (Fall Out Boy)。私はボーカル目当てで購入。他のバンドは申し訳ないが聴いた事ない、と思ったらFall Out Boyは会社の先輩からCD借りた事ある。有名なバンドだと思うんだけど音楽性はポップなパンクでこの面子だとちょっと違和感がある。調べてみたらFall Out Boy以外でもEnablerとか、ガッチリアンダーグラウンドでも活動している人のようだ。見た目も入れ墨ばっちりで恐ろしい。

ジャンル的にはメタリックなハードコアパンク/クラストコア。音的には近代的でクリアなものにばっちりアップデート済みでモダンだが、そんな音で演奏するのは正攻法で突き進む飾りっけのあまりないハードコア。パワーバイオレンスでもビートダウンでもないが新旧色々な音を飲み込んで伝統に敬意を払いつつ自分たちなりの音を模索している印象。
全部で10曲を16分で駆け抜ける。
速度のコントロールが抜群に上手いバンドで短い曲の中で曲のスピードが結構変わる。一番分かりやすいのはバスドラムの連打がもはやえげつない高速パートだが、ためのある低速も勿論カッコいい。ギターは明快なもののメタルの影響を大きく受けて結構音の数が多い。ミュートを多用したメタリックなものから、ハードコア影響かの荒々しいトレモロまで、ギタリストも二人いるのでその表現は実に多彩。なんといっても独特のしゃがれ声で言葉を吐き出していくボーカルが良い。Burning LoveもCursedも好きだが、なんというかドロップアウトしそうでギリギリ踏みとどまっている様な危うさと悲壮さがあってとても良い。
自分だけかもしれないが2曲目「Death Dealer」のイントロはcarcassの超有名曲「Genital Grinder」のそれにちょっと似ているかもと思う。色々なバンドがカバーしている曲だし、ハードコアからデスメタルへの敬意表明ではないかと勝手に思っている。
個人的にはギターがうねうね動いてちょっとブラックメタルっぽさもある6曲目「All or Nothing」が好き。タメのあるイントロ、突き進む中盤、また速度を落とす後半と、このバンドの良さが短い中にもぎゅっと詰まっている。

ちなみにヴィーガン&ストレート・エッジなバンドである。マジでハードコア。ここでいうハードコアというのは敢えて厳しい道に進む、というよりは確固たるポリシー(つまり明確な意志を持ってやるべき事と逆に断じて許せないので絶対やらないこと、その両方)があるという事だ。言うは易し行うは難し。言葉と音楽でアジテートするバンドだが、決して言葉だけにはならないのだろう。
バンドメンバーに引っかかる人は買ったら楽しめる事請け合いだと思う。

2016年8月27日土曜日

Bad Brains/Bad Brains

アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のハードコアパンクバンドの1stアルバム。
1982年にReachout International Recordsからリリースされた。私が買ったのはボーナストラックが追加されリマスターされた再発版。
Ramonesの曲名を冠したこのバンドは1977年に結成された。暴動の様なライブでワシントンD.C.のすべてのライブハウスから出演禁止を言い渡された「Banned In D.C.」(Band In D.C.とかけてる)のエピソードは有名。速度の速いハードコアとゆったりとしたレゲエを組み合わせたその独特の音楽性で持ってミクスチャー音楽の先駆者として名を馳せる。メンバーは全員黒人で当時のアメリカではきっとこれはすごい事だったのではなかろうか。
にわかの私でも鋭角的にジグザグを描く稲妻がホワイトハウスを直撃する黄色を基調とし、ラスタカラーで彩られたアートワークは知っていた。このたびBad Brainsの映画が公開されるという事で遅まきながら買ってみた次第。

ボーナストラック1曲を追加した全部で16曲を36分で突っ走る爆走ハードコア+レゲエ。
30年の月日が経った今リマスタリングを考慮してもその音は軽く、現代のハードコアのそれとは隔たりを感じるがその勢いは今聴いても凄まじい。1曲目の「Saillin' On」を聴いたらもう体を動かさずにはいられないだろう。スタスタ突っ走るドラム、音はソリッドでシンバルのクラッシュが非常に印象的。音数が多く印象的なフレーズを入れてくる主張の強いベース。弾き倒すような前のめりなギター。たしかに余計な装備を剥ぎ落とした速度のみを追求する危険な乗り物の様なストイックな格好良さがある。しかしよくよく聴いてみると、短い曲の中にも一筋縄でいかない展開、速度の変更、短いギターソロは良く練られていてキャッチー、まくしたてるボーカルもあってハチャメチャに聴こえるのだが、なぜかとてもポップ。どうもwikiによると元々フュージョンのコピーなどをやっていたらしくかなり技巧的には優れたバンドだったようだ。完全に意図された爆走という訳ではなかろうが、この勢いの裏側には努力の末に獲得された技術があるのだろう。
そんな確固たる演奏陣に引けを取らないのが、なかなかトラブルメイカーの様な印象のあるボーカリストH.R.。現在確立されているハードコアのボーカルの範疇には収まらない破天荒なもので、強面感はほぼ皆無。まくしたてる早口はいたずらっ子のような若さ、青さがある。フリーキーな歌唱法もあって非常に自由な感じ。良くも悪くも不安定であっちに行ったりこっちに行ったり。
そんなボーカルと演奏を聴いてみて思ったのは初期の、ADK盤のころのあぶらだこに似ている。勿論あぶらだこの結成は1983年でこのアルバムがでた後だから影響を受けたのはあぶらだこのほう。基本的にハードコアの速い演奏だが、妙にフックを入れた曲の構成。けいれん的な危うさがあるボーカル。そして激しい演奏の裏に見え隠れする奇妙ないたずら心。結構似ていると思う。(ちなみに映画のオフィシャルであぶらだこのひろしさんがコメントを寄せている。)
Bad Brainsには大きな特徴があってそれがレゲエの要素。ミクスチャーの走りといってもこの頃はハードコアスタイルとレゲエスタイルは曲によって明確に使い分けられている。ハードコアの曲間に完全にレゲエの曲が挟み込まれる。ぐっと速度は落ち、そして裏打ちするギターを始めとする楽器陣は音の数もすごく減る。居住まいを正した様なH.R.はゆったりとしかしソウルフルに伸びやかに歌い上げる。主張があって音楽がある。とても自然な事なのかもしれない。

Fugaziもそうだったけど歴史のお勉強ではなくて今聴いてもカッコいい。あの印象的なアートワークをモチーフにしたT-シャツが未だに愛されているのは単純に見た目がカッコいいからじゃなくて、Bad Brainsの音楽と主張が今でも非常に力を持っているからだと思う。ハードコアのルーツを探りたい人以外でも、あぶらだこ好きだ!という方は是非どうぞ。


2016年6月12日日曜日

Peter Pan Speedrock/Fiftysomesuperhits

オランドのアイントホーフェン出身の爆走ロックンロールバンドのベスト盤。
2011年にSuburban Recordsからリリースされた。
Peter Pan Speedrockは1997年に結成された3人組のバンドでいままでに9枚のオリジナルアルバムをリリースしている。名前は知っていたけどどんな音楽だっけか?とyoutubeで何の気なしに聞いてみたらあまりの格好良さに即注文した。日本独自に過去の名曲をボーナストラックとして追加した最新作もあったのだが、その切っ掛けになった「Killerspeed」という曲が収録されている事もありこっちを購入した次第。「50曲以上のスーパヒッツ」というタイトル通り2枚組で58曲が収録されている。

その音楽性は明快でひたすら格好よい爆走ロックンロールであり、まさにスピードロックというしかない。もうこっちは興奮してスピードロックなんだよ!という気持ちだしそれでいいだろと思う事この上ないのだが、仕方がないので説明します。
爆走ロックンロールがなにかというと、このバンドの説明にもよくでてくるMotörheadという事になるのだろう。不信心者の私は彼らのアルバムは一つしか持っていないので何を言ってもはったりになってしまう。中音域をブーストしたロックンロールをかなりの速度で突っ走らせるのがこのバンド。私が持っている音楽の中ではとくにZekeと似ているところがあるが(スプリットもリリースしているようだ)、勿論ZekeがPeter Pan Speedrockに影響を受けているわけだ。速度も爆速なZekeに対してこちらの方はそれよりはゆったりとしたスピード。ハードコアパンクの疾走感、つまり勢いをとりこんだロックンロールという説明に落とし込めるかもしれない。男らしい厳つさと楽しさという共通項をほどよくブレンドしている。
いかにも酒やけしたようなしゃがれ声、そして老舗のバーの梁のような、いぶされたような暖かみがあるギターサウンドがかなりブルージィだ。そこにハードコアのようなコシのあるベースとシンプルなセットながら叩きまくるドラムがバネのようなビート(曲によっては本当にサイコビリーの様なあのズンズン来るビートがひたすらかっこ良い。)を持ち込むとスピードロックの完成である。ギターはコード感のある弾き方で刻みまくるメタル的なそれというよりはやはりパンキッシュなイメージで、チョーキングを多用した哀愁のある泣きのメロディもあって、マシンのように最速を目指す無慈悲な音楽とは明らかに一線を画す。(無慈悲なヤツも勿論大好きですが。)ストーナーのような気怠さもほぼほぼ感じられない。ひたすら前を向いている。いわば血の通ったロックンロールであって、聞くものにはその滾りが伝染していく。速度で殺陣に揺らせてくるかと思えば、ブルージィなグルーヴで横によらせて来たりと爆走ロックンロールの中にもスタイルがあってひたすら楽しい。
私があまりこういった音楽を普段聞かない事もあってか相当新鮮で、ひたすらかっこ良い。滅茶苦茶オススメなんで是非聞いていただきたい。次来日したら是非ライブに行きたい。ヒートシーカーベイベーしたい。

2015年10月19日月曜日

Dr.Breaker/Meede Cossaello

日本は出雲の国(島根)のハードコアパンクバンドの2ndアルバム。
2015年に広島のBlood Sucker Recordsからリリースされた。
たまたま動画でこのアルバム収録の楽曲を目にしたのが切っ掛けで購入してみた。9年前に1stアルバムがリリース。メンバーチェンジを経ての久方ぶりの音源との事。
変わったタイトルは帯によると「破壊と創世」という意味との事。
ハードコアパンクに和楽器と和音階を大胆に取り入れた神楽ハードコアと称される独特のスタイルを構築したバンド。バンドメンバーはギター、ベース、ドラムという通常のバンドスタイルに篠笛(日本由来の横笛)、締太鼓、破壊屋太鼓(カスタマイズした和太鼓だろうか)、チャッパ(金属製の打楽器)、チントン太鼓を加えたもの。
スラッジメタルにメタルパーカッションと和音階を取り入れた同じく日本は大阪のBirushanahが大好きな私としては俄然興味が出てくるバンドである。
前述の通り、太鼓を始めとする打楽器の布陣が分厚いため、音楽的にもハードコアを基調としながらももの凄くパーカッシブ、つまり直感的で肉感的な独特の音楽にし上がっている。

熱い心情を日本語歌詞に込めて吐き捨てるように歌うストレートなハードコアスピリット。反戦!と声高に歌い、常に現状以上の前身を鼓舞する様な歌詞はひたすら熱い。その熱く硬質さに篠笛が軽やかに、間断なく前向きなメロディをのせると、なんと不思議一気に祭り囃子感が出てくる。あれれ?と思うと和太鼓のリズムがどんどんどんどんと響いてくる。これは…楽しい!もはや卑怯じゃない?って位日本人ならたぎってくる。あの、子供の頃の近所の神社の夏祭りなんだもん。これは踊れる。ハードコアで男臭いコーラスワークも”熱さ”を倍加させていく。汗を振り飛ばしながらそれでも踊らずにはいられない祭り囃子ハードコア。
打楽器にしても、ドラムの洗練されたソリッドな音色に加え、和太鼓の熱く暖かみのあるおおらかな低音、チャッパとチントン太鼓の細かくキンキンした跳ね回る様な高音と音の種類が圧倒的に豊富である。様々な音が複雑にしかしお互いに邪魔する事無く、曲間にぎゅっと詰まっている。そこに伸びやかなベースが乗る。リズムに調子が出てくる。ギターの音は粒子が粗いパンクな音で厚みはあるものの、繊細で暖かみのある和楽器の音を殺さない程度にとどめられている。疾走感のあるフレーズから、こまくちぎった様なパーカッシブなリフまで引き分けがキッチリしている。そんな無骨な屋台骨(相当がっしりしている。まさに丁寧に組まれた櫓のように。)に、篠笛が乗ってくる。これが結構すごくてですね。まずお祭り感というのがすごい。この音を聞いただけでワクワクして来てしまう。かと思えば例えば6曲目のイントロなどは、独特の音の豊かさ(残響とはべつにふくよかさがある)、そしてすこし物悲しい様なソロが披露されている。楽しさ、そして物悲しさのなかにも強さとそして日本人の心を打つ郷愁というのがあってそれが、耳から入って胸に響いてくるようだ。歌から叫びの中間を行く様なボーカルも血が通っているし、熱いんだけど、それとは別枠でメロディを奏でるこの篠笛が常に攻撃的な曲にもう一つの次元を付与している。楽器の首里の豊富さを見れば通常プログレッシブになりそうなところ、直感的なところはそのままに豊かにしている実に点は見事としか。

踊れるハードコアというのは聴いた事無いフレーズではないけど、日本人が踊れるハードコアというと初めて聴いた。とにかく楽しい、そして熱い!日本人の胸を打つ祭り囃子ハードコア。こりゃーカッコいい。とってもオススメなので是非どうぞ!

2015年8月23日日曜日

Vivisick/Nuked Identity

日本は東京のハードコアパンクバンドの2ndアルバム。
2015年に自身のVivisick Recordingsからリリースされた。
ボール紙で箱状になったジャケットに新聞を模した様なカラー印刷の歌詞が掲載されたインナーが入っているという力の入れよう。(新聞紙っぽい紙質)
私はなんとなくこのアルバム収録の楽曲を聴いて気に入り購入した。他の音源は未聴。
フルアルバムは2枚目だが1996年に結成されたバンドで日本だけでなく、アメリカ、ブラジル、アジア諸国と各国をライブして回ったりと大変精力的に活動を行っているようだ。
タイトルは「被爆したアイデンティティ」と明らかに震災を意識したなかなか重いものになっている。それでは正座して聴かないと行けない様な高尚な音楽かというと全然そんな事はなかった。

ジャンル的にはハードコア、wikiにはThrashcoreと書かれている。
ぱっとHellnationが思い浮かんだ。なるほど重量感のあるメタリックなリフを多用する部分は共通しているが、Vivisickの場合はもっとメロディアスでポップ。全編バッキングのコーラスが歌いまくる楽しさにみちたハードコアパンクを演奏している。勿論演奏の方はかなりがっちりしたハードコアなもの、速度も爆速でないものの疾走感は十分。1分から3分台で畳み掛けてくる。全10曲があっという間でもう一回聴こ、という気分になれる。
ドラムはバスドラで重さを出しつつ、タムがぱたぱた高速で回転する様なタイプで気持ちよい。
ベースはゴロゴロした硬質で低音を強調したタイプ。結構前にも出てくる。ただ音圧を意識的に押さえているの非常にバランスが良く、疾走爆走に良く合うんだ。重くすれば良いんじゃね?的な下品さから華麗に解き放たれているかの様な自由さ。
ギターは中音域を強調した硬質かつ暖かみのあるパンクサウンド。スラッシーなリフ主体なんだけど結構低音から高音と自在に動きまくる。
ボーカルはかなり高音で特徴的。のどが切れそうな高音シャウトが癖になる。早口でまくしたてる様なそのスタイルはエクストリーム感すら漂うのだが、ここを上手くバックのコーラスがカバーしていると思う。とにかく全編シンガロングかってくらい歌いまくる。これが男臭いんだけど、妙にさわやかで気持ちよい。もはやずるいくらい聴いている方も高揚してくる訳でこれはライブが非常に楽しいのではないだろうか。
日本語で紡ぎだされる歌詞は英訳が乗っている。世界で活躍しているバンドらしいと思う。2曲目の出だしは各国の言葉で歌っているようだ。歯に布着せない攻撃的な歌詞は衝撃的だが、どうも「自分で考えろ!」というようなアティチュードが垣間見える気がする。つまり十二分メッセージ性に富んでいるが押し付けがましくない。これは楽しい音楽性にも表現されている。楽しさ、かっこよさ、そしてそこにシリアスさを同居させている。シリアスすぎれば当然楽しくないし、楽しすぎると軽薄になっている。このバンドは両方出し切っているのに、どちらも活きているのがすごい。

非常に気持ちよいハードコアパンク。ポップな楽しさに面食らってしまうが、よくよく聴いてみればくそ真面目なハードコアパンクだった。すごい。オススメです!