2014年11月30日日曜日

Mastodon/Once More 'Round the Sun

アメリカはジョージア州はアトランタのスラッジ/プログレッシブメタルバンドの6thアルバム。
2014年にReprise Recordsからリリースされた。
実は発売して割とすぐ買ってたのだけど何となく聴くのを後回しにしていたアルバム。というのも一個前の5thアルバム「The Hunter」があまり気に入らなかったから何となく今度もそんな感じなのかも?と思って何となく聴けませんでした。私は「Crack the Skye」から聴き始めて過去作もさかのぼったようなにわかファンなんだけど、結構聴いたから好きな分そんなためらいがあった感じ。「The Hunter」は悪かった訳じゃないんだけどあんまり印象に残っている曲がない。

という訳でおっかなびっくり聴き始めたこのアルバム、基本的には前作の延長線上にはあると思うんだけど、正直前作ほど悪くはない。キラーチューン!って感じの1曲は無いかもなんだけどアルバム全体を通して聴くとむしろとても良い。
ギターは大分重くなった印象で前回はクリアっぽい音だったんだけど、今回はかなり歪められていて幾らか乾いた埃っぽさが戻って来た印象。そんなもんで相変わらず高音でキャラキャラ弾くあの印象的なスタイルと一点ヘヴィなリフとの対比がよりくっきりして結果曲にメリハリが産まれている。やや陰鬱のあるコード感のある弾き方もこのバンドの特徴だと思う。(私は「Crack the Skye」から聴き始めたからってこともありそうだけど。)今作でも割と沢山披露されていて私としては嬉しい限り。
ギターが比較的中音〜高音も弾くもんでベースが一点ヘヴィネスを引き受けているのかもしれん。ってくらい重たい。音は凶悪なんだけどリズムを刻んでいるだけでなく、かなり伸びやかに自由に演奏している印象で気持ちよい。特に曲の速度が速い時は疾走感を担っているのがベース何じゃなかろうか。
元Today is te DayのBrann Dailorは今作でも叩きまくりスタイル。音は比較的軽快なんだけど、通常のリズムに+で乗るオカズが格好いい。ギターもそうだけどこれ以上言ったらくどすぎるぜ(くどいのがメタルの醍醐味ではあるんだけど)という一歩手前という感じの弾きまくり具合は嫌いじゃない。てか結構良い。テク以上に曲自体が良い所為だろうとは思いますが。
曲の速度や弾き方もあってほぼスラッジ感あまり無くて、はっきりとメロディを中心に添えた楽曲もあってちまたで言われているようにヘヴィメタルバンドって感じ。かといって個性が無い訳ではなくて、演奏も円熟味がまして全く日和っている訳ではない。むしろ良くこんなヘヴィな演奏陣で深みのあるポップ性を表現できるものだと感心。海のような深さをもっていて、その深部と表層の対比ある意味だいぶ変わったバンドだと思う。持ち前のマニアックさをそのままに間口の広さを展開している様な。前述のバカテクもそうだけど、プログレッシブ感も意識しないのであればすっと耳に入るこの心地よさ。

という訳で不安は杞憂に終わったアルバム。もっと早くに聴けば良かったと後悔。とても良いアルバムです。聴けば聴く程よいかも。オススメ。

個人的にはプログレ感のあるキモかっこいいこの曲と次の曲の流れがとても好き。

フィリップ・K・ディック/人間以前ーディック短編傑作選

アメリカのSF作家による短編集。編集したのは大森望さん。
残念ながら既に亡くなっておりますが、引き続き新刊がコンスタントにリリースされたり、最近は「PKD」というオフィシャルなサイトが構築されたりとまた流行っている印象のあるディックさん。私も少し前位に何冊か楽しく読んだ事がある。最近一新された表紙は如何にも格好いいが、昔のも味があって良いよね、と思います。例えば「ユービック」は変更後の方がポップで格好いいけど、「流れよ我が涙、と警官は言った」とかは昔のが好きかも。短編種もいくつか出ていてその中の何冊かは読んでいる訳で、どれが読んだ事あってどれが無いのかもう分からん。大森さんの後書きによるとハヤカワからはこれを含めて6冊の短編集が出ていて一応これが最後の1冊とのこと。幻想/子供をテーマにした作品を選んでいる。

ディックを久しぶりに読んだがやっぱり面白い。ハードなSF作家であり、難解な面白さがあるが同時にこんなに読み物として読みやすかったっけ?と思った。
よくよく読んでみると根底にあるのは政府や企業(具体的な社名がほぼほぼ設定されているあたり面白い。)のもつ巨大な権力やへの不信感であって、物語であるから現実の格差をある意味拡大して誇張して描いている訳だけど、あくまでも弱者の視点で彼らの境遇や心情を飾らない筆致であっても簡潔かつ丁寧に描く事で異質な世界でもっても普遍的なことがらを書いており、それが(特に今の日本では)長く広く愛されている理由の一つかも。(特にこの短編集は子供が主人公の話が多いので強くそう感じたんだと思うけど。)極端な話ガジェット愛というよりはテーマに沿って物語が構築され、そのフィクションの柱になっているのが科学技術、というイメージ。だから読みやすい。「父さんもどき」という作品は後書きによると幼い頃ディックが実際に思った、悪い父親と良い父親、2人が存在しているのでは?という思いから執筆されたようだ。結果的にだいぶ異形な物語ができている訳だけど出発点はあくまでも普段の毎日から生じる感情を原点にしている。だから良くも悪くも冷静な第三者的な俯瞰ではなく、あくまでも当事者としての生々しさでもって物語が紡がれていく訳で、面白いのはここに(物語とそれの登場人物の考えがそのまま作者のそれであると推測するのは大きな間違いである事は分かっているが、)ディックの個性が色濃く反映されていて、その個性というのは不遇な境遇(たしか何かの後書きで読んだのだが生前は貧乏だったようだ。)もあってか結構危うい感じ。「妖精の王」とかは田舎のガソリンスタンドの親父が妖精の王を引き継ぎ、仲の良かった友人を敵の親玉と思って殺してしまう話なのだが、ファンタジーというよりは統合失調的な妄想に読めてしまう。ここら辺は勿論確実にそう狙って書いているんだろうけど、それでもやはり恐ろしい。そういったちょっと不安定さがあって、それもディックの魅力の一つだなと思う。

どの短編も面白いが特に気に入ったものを紹介。
タイトルにもなっている「人間以前」は12歳以下の人間には魂が無いので間引く事が可能という法律がまかり通る世界を描いたディストピアもの。中盤の展開は胸がすくが、結局ユートピアにはたどり着けない諦観と空しさが横溢したラストが切ない。
とにかく気に入ったのが「この卑しい地上に」という作品。血を使って”天使”を呼び出す事のできる少女があるときふとした表紙に出血し、天使に殺され天使の世界に連れ去られてしまう。肉体は酷い状態になり埋葬されてしまうが、あきらめきれないボーイフレンドは精神となった彼女を取り戻そうとする話。ファンタジーものだが、天使の住まう世界の説明は流石SF作家と言いたくなるほどSF的。SF的というのは考え方の問題かもしれない。そして完全にホラーとの色調を帯びてくる終盤。個人的な思いが大変な結果を及ぼすことになる。話の筋は勿論、どこからとも無く違う世界からやって来て血をすする天使のアイディアが最高。私の中では肉感のある蛾の様な天使とはかけ離れたイメージでそれが炎をまき散らしながら大群となって押し寄せる様は、逆説的に天使的な畏怖を備えている。この1編だけでも買った価値があったなあと思った。(勿論他の短編も文句無しに面白いよ。)

という訳でディック好きな人には文句無しにお勧めだし、ディックのSFは興味があるけど難しそうという人は初めての1冊にも良いのではないかと思う。全体的には決して明るい話ではないので、そこだけご注意を。

2014年11月29日土曜日

上橋菜穂子/夢の守り人

日本のファンタジー守り人シリーズ第3弾。ハマっています。
来年NHKでドラマ化されるらしい。アニメが評判だったのかもしれない。観てないが。

新ヨゴ皇国で呪術師を営むタンダは眠ったまま目を覚まさないという姪の様子を見る。どうも魂が抜かれて何かにとらわれている節がある。数は少ないものの他にも同じ症状が出ている人間がいるようだ。姪の魂をたどって何者かの夢に潜入したタンダだが、逆にとらわれて夢の主の奴隷になってしまう。夢の主と浅からぬ因縁のあるタンダの師匠トロガイ、そしてタンダの幼なじみの女戦士バルサは人鬼と化したタンダを救う事ができるのか…

前作「闇の守り人」で過去とケリをつけたバルサ。今回は全く新しい物語。
前作の敵役は露骨に自分のために他を害をなそうとする攻撃的な男だったが、今回はナイーブな引きこもりが意気地がないもんでみんなを巻き込んで自殺しようというはた迷惑な話。そんな背景もあってか(「守り人」というタイトルからしてそうだが、)今作は色んな登場人物みんなの行動する動機が何かを守るためってことにセットされている。守るってことは脅威があって直接的もしくは予防的に動くもんだからどうしても動きが後手になりがちだし、地味だ。しばしば困難になりがちだが、あらためてその困難さを逆手にとったこのシリーズの巧みさを実感。このもどかしい感じ。やきもきする。
容赦のない格闘シーンは痛みを感じない人鬼の登場もあっていつも以上に生々しい。今回は一番動く敵がタンダなので刃物が使えない。動きを封じるために関節技主体の戦いになる訳だけど、外れるわ折れるわで読んでてイタタタとなる事請け合い。

この上橋菜穂子さんの各世界というのは牧歌的で美しい反面、しっかり現在ほど文明化されていない世界の残酷さと非情さ、そしてそこを生き抜くための力強さを描いている。今作ではぬるま湯につかっているようにただただ楽しい夢や過去にぼんやり浸っていても前進しないし、なんなら死ぬ、というちょっと説教的な内容でもあるんだけど、そこを言葉でこぎれいにまとめるのではなくて(ある意味)ばしーんと殴りつけて人間は飯を食わないと死ぬ!(だいぶ私なりのまとめ方です。)という様は潔くかつ説得力がある。主人公のバルサからしてそうだけど、このシリーズにはすごい優しくても生き抜くためには力強く無ければいけないよ、というメッセージがあると思っている。

安定の面白さ。次は皇子チャグムが主人公になるらしい。次も読むぜ。

2014年11月24日月曜日

Run the Jewels/Run the Jewels2

アメリカのニューヨーク/アトランタを拠点にするヒップホップデュオによる2ndアルバム。
2014年にMass Appeal Recordsからリリースされた。
2013年に結成されたグループだが新人ではなくOutkastのアルバムにも参加したラッパーKiller MikeとCompany Flowというグループのラッパーでプロデューサーとしても活躍するEl-Pというキャリアがある2人が結成したもの。勿論私は2人とも知らない。たまたまネットで聴いた曲が格好よかったので音源を買った次第。
事前情報が無いもんで買ってから気づいたのだが、元Rage Against the MachineのZackやBlink182のTravis Barkerなどロック方面からも豪華なゲストが参加している。

曲の方はというと今風の音出ある事は間違いないが、さすがにメジャー感のあるヒップホップ(メジャー感のあるヒップホップもあまり知らないのだが…)とは一線を画す様な一筋縄ではいかない仕上がりになっている。
曲作りの仕方はよくわからないが、元ネタがあるにしてもかなり自由かつ攻撃的な音作り。中心になるビートはさすがにヒップホップだが(こちらも下品なくらいぶっといモノもあれば、いかにもラップが目立つ地味な音もあって大分面白い。だいたいベース音がすごい凶悪。)、そこに乗っかる上物がかなり面白い事になっている。過激でノイジーな電子音が五月蝿いくらいに飛び交う。こういう風に書くと日本でも話題になっているDeath Gripsが思い浮かぶがあそこまでの浮遊感というか悪夢感はない。もっと地に足がついた音になっている。というのも派手な音使いでありながらもあくまでもヒップホップということはわかる音作りをしているからだと思う。いかにラディカルなトラックであってもラップを含めて聴けば、紛うことなき直球のヒップホップだと言う事は分かってもらえると思う。いわば正統な進化をとげた尖ったヒップホップとも言うべき音楽である。
凄みがありつつも低音〜中音が耳に良く馴染むKiller Mikeの流れ落ちるように流暢なラップに、中音〜やや高音のEl-Pのざらついたまくしたてるようなラップが見事に絡み合う。2人ともキャリアがあるんだけどこのアルバムでは超攻撃的。まるで2人の真剣勝負の様な雰囲気である。トラックに負けずヒリヒリしておる。

音の方は凝っているしゲストも豪華だがあくまでもラップを中心にした音作りは如何にもハードコア。ごまかしのきかないスキルむき出しの音に圧倒される。しかもただのスキル自慢ではなくて曲として体が自然に乗ってくる音作りでもって大変気持ちよい。

ちなみにこの音源、私はCDで買ったのだけど、なんとオフィシャルでフリーダウンロードできる。うかつな私は買った後に気づいたんだけど。気になった人はまずダウンロードしてみてはいかがでしょうか。

2014年11月23日日曜日

上橋菜穂子/闇の守り人

守り人シリーズ第2弾。前作「精霊の守り人」がすごく面白かったのですぐさま次作を買った次第。

新ヨゴ皇国の皇子チャグムを守りきったバルサは自分の過去と決着を付けるため6歳の時に後にした祖国カンバル王国に25年ぶりに足を向ける。祖国では裏切り者の汚名を着せられている育ての親ジグロの無念を晴らすために。しかし貧しい山国カンバルでは恐ろしい陰謀が進行していた。否応無く陰謀に巻き込まれるバルサの運命やいかに。

という訳で今回は(結果的に)復讐譚という人を惹き付けるおはなしに、祖国の地下に住む謎の山の王というファンタジー的な要素がくっついてまた面白い話になっている。
この面白さの中心にいるのが、バルサの育ての親ジグロに汚名を着せて、さらにはカンバルの伝統をさらには国そのものを意のままにしようとする敵役であるユグロの存在。こいつは平気な顔で嘘をつくし、人の命なんてな〜んとも思わない現代風に言えばソシオパス。とにかく敵役が嫌な奴かつ魅力的(ここが重要)だと物語とは俄然面白くなる。いつコイツのツラに拳をめり込ませるのだ!とやきもきしながら読み進めるのも読書の醍醐味の一つではなかろうか。
通常ならば血なまぐさい復讐単になる訳なのだが、ここでもう一つの要素が利いてくる。ユグロの陰謀を止めるべく、バルサも否応無しにカッサという陰謀を止める鍵となる男の子の用心棒を引き受ける事になる。復讐するのに守っている暇など無いからコイツは足かせにしかならない訳だが、復讐にはやるバルサは無力なカッサを”守る”ことで冷静になれる。単に復讐は何も産まない!という押し付けがましい傍観者の論理ではなくて、むしろもっと実際的な理由で復讐者になることができないバルサ。守る、となると攻める事が難しい。ベルセルクではないがどっちかを選ばない事には…って感じ。そんなもやもやした気持ちがクライマックス”槍舞い”に結実、昇華されるわけだけど、やはり作者上橋さんは様々気持ちがぎゅっと凝縮した、そのなんとも言葉にできない塊の様な感情を描き出すのが抜群に上手い。言葉にできない感情だからそのままかけない訳で、ちょっとした仕草や動きにそれが投影されている訳だけどそれが嫌み無くすっと入ってくるよね。

ファンタジー的なギミックも利いていて、オコジョを駆る妖精や山の地下水脈に存在する謎の肉食魚。中でも選ばれた人しか姿を見た事が無い、歴史の闇に存在する山の王の正体。如何にも恐ろしい彼の宮殿とともに存在がほのめかされるだけで中々詳らかにされないあたりは流石。
あとは解説がついているけど相変わらず食べ物がおいしそう。

やはり文句無しに面白かった。ファンタジーって良いな。峻厳な山の国のごろごろとした岩肌を突き刺す様な風が吹き荒れる、そんな光景が頭に浮かぶようでした。
バルサが過去に決着を付ける因縁譚。前作を読んだ人は是非どうぞ。気になった人は是非前作からどうぞ。

虚淵玄+大森望編/サイバーパンクSF傑作選 楽園追放rewired

今をときめく売れっ子脚本家の虚淵玄さんが新作映画「楽園追放」を公開するにあたり影響を受けたサイバーパンクSFの名作をまとめたアンソロジー。
私は虚淵玄さんの作品はちゃんと見た事が無いんだけど(サイコパスというアニメも始めは録画してたけど途中で録画に失敗してしまって見てないというていたらく。)、なんといってもウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」が収録されているので買ったのだ。サイバーパンクと言えばギブスンの「ニューロマンサー」であろう。かの攻殻機動隊にも影響を与えたとかなんとか。かくいう私のHNである冬寂もこの名作に登場するAIから取ったもの。ところがギブスンの本というと「ニューロマンサー」をのぞくとほぼほぼの本が絶版という残念な状態。「クローム襲撃」というのは名作と誉れ高い短編で同名の短編集があるのだが、こちらも絶版な訳で、これが読めるとなれば買うしか無い。
サイバーパンクのアンソロジーだが、サイバーパンクって何だろう。個人的には貧富の差が激しくて、”ネット”が発達して機械化された脳が直結した世界観がイメージされるけど、最後の解説で大森望さんが結構明快に定義を説明してくれている。
抜粋すると
  • コンピューターやネットを扱っている
  • 反体制
  • 情報密度が高い
  • 身体の改造
  • 時代の最先端
とのこと。なるほど!結構曖昧というか広義のニュアンスめいたところがあって、なんとなく上記に該当すればサイバーパンクってことで良いみたい。ということでこのアンソロジーにも色々なサイバーパンク作品が収録されている。

特に気に入った作品をいくつか。
ウィリアム・ギブスン/クローム襲撃
念願のクローム襲撃。一言で言うと青春小説。「ニューロマンサー」と共通のハードでナードな世界観だが、主人公のジャックとその相棒ボビイ、ボビイの彼女のリッキー、その3人の関係が青くて良い。ジャックもケイスと同じカウボーイだけど、ケイスはやはりハードボイルドだった。ジャックはケイスよりまだ若くてハッキングも生活のためというよりは知的好奇心とヤバいことに顔を突っ込みたいという”若さ”が強調されているようだ。3人の結末はいかにもオタクっぽいとひょっとしたら揶揄されるかもしれないが、個人的にはなんとも胸に残る様なストレートな感情表現はすごく良かった。超満足。短編集も重版してくれー。

大原まり子/女性型精神構造保持者 メンタル・フィメール
完全にいかれたAIが統治する未来都市で狼少年が逃避行を繰り広げるというSFというよりは未来のおとぎ話のような世界。ポップなアニメを見ている様なイメージで、ハードさはない極彩色の悪夢を見ている様なファンシーさと気持ち悪さが絶妙に混ざり合った空気は独特。

チャールズ・ストロス/ロブスター
現代情報社会の申し子の様な既成の社会体制にとらわれない男が婚約者(変態)と一悶着を起こしながらも、ネットに転写されたロブスターの意識を宇宙に亡命させる話。
何事?と思われるストーリーだが気になる人は読んでほしい。面白いのは最先端を行き過ぎて夢想家になった男と旧体制的でありながらも現状に足がついた婚約者とのやり取りで、始めは男の方に大賛成でなんてクソな(失礼!)女だ、と思っていたけどよくよく読んでみるとどんなに窮屈で欠陥のあるシステムでも生活を回すためには決しておろそかにできないな…と考えさせられた。あくまでも軽いノリが良い。IT業界で働いている人にはこのテキトーなノリ、よくわかるんじゃないだろうか。

というわけで解説でも述べられていたが、サイバーパンク作品というのは結構絶版になっている昨今であるようだ。そんな中手っ取り早くサイバーパンク作品を読みたいというのであればうっってつけの短編集では無かろうか。とりあえずギブスンを!という人も買ってしまって良いと思う。

2014年11月16日日曜日

Sargeist/ The Rebirth of a Cursed Exsitence

フィンランドはラッペーンランタのブラックメタルバンドのコンピレーションアルバム。
2013年にWorld Terror Comiteeよりリリースされた。前に紹介した「Feeding the Crawling Shadows」と一緒にレーベルから買ったもの。
コンピレーションなのだが調べてみると様々なスプリットや企画盤から曲を集めて来たようで同じ音源からでも多くて2曲、それ以外は1曲取って来ている。言い方は悪いが本当に寄せ集めて来た印象だが、逆に言えば多くの音源を一枚ずつ買う手間を省いてくれる良いアルバム。(リマスターも施されているそうだ。)恐らく古い順に曲を並べているのでバンドの音楽の変遷を楽しめる。所謂プリミティブなブラックなので音質は良くはないが、それでも時代を経る毎に格段に質が良く鳴っているのを感じる。しかし音の本質は見事に2002年のものから変化する事無く軸がしっかりしており、全体を通しても一貫性があり聴きやすい。

その本質とはプリミティブな精神を受け継ぐコールドかつ閉塞感のある正統派なブラックメタルであり、その峻厳さや取っ付きにくさを嵐の様なトレモロリフの儚いメロディラインが補う様なスタイルである。
ボーカルはぎゃいぎゃいわめくイーヴィルなスタイルでぐしゃっと押しつぶした様な独特な声。時代を経るとドスの利いた低音ボーカルも加わる。(ひょっとしたら選任ボーカルのものではないかもしれないが。)
ドラムは音の数がそこまで多くない。疾走パートもツーバスでどこどこいく派手さは無いが、ぱしんととぱしんと打たれるスネアは修行僧的なストイックさがある。
ギターが映えまくるバンドで曲によってはボーカルより饒舌ブリザードの様なトレモロリフの応酬で息つく暇も無い音の密度である。ドラマティックかつメロディアスだが、ともするとあざとく聴こえる高音の頻度は少なめで、あくまでも低音から中音で黒く空間を塗りつぶす様なストイックさ。初期のざらついたプリミティブな音質から後半ややソリッドな重さのある音に変化している。所謂刻むようなメタリックさはほぼ見られず、フレーズによってはハードコアパンクのそれを感じさせるリフ。(5曲目6曲目とかスタスタ突っ走る硬質なドラミングも合わせてはかなりパンキッシュだと思う。)
中速域で構成された曲調も時代を経る毎によりダイナミックになり、速度も増して来た印象で後半の曲まであくまでも自然に聴けるのに、頭の曲と比べると結構雰囲気が違うから不思議だ。技術があがった分できる事が増えた結果だろうが、芯はぶれないのでまさにパワーアップした様なイメージ。激しさの嵐のなかに垣間見える陰鬱なメロディアスさが癖になる。

というわけでプリミティブなブラックが好きな人は買ってみて損はないのではというクオリティ。時代順に並んだ質の高いディスコグラフィーってことでこのバンドに興味がある人はまずこのCDを手にとっても良いのかもしれない。

上橋菜穂子/精霊の守り人

日本人の作家によるファンタジー小説。NHKでアニメ化もされた作品で守り人シリーズの第1作目。知っている人も多いかと。私は正直そこまで興味があった訳ではないが、会社の人にお勧めされたので買ってみた。国際アンデルセン賞という章があるのだが、それの作家賞を作者の上橋さんは受賞されたそうだ。国際アンデルセン賞というのは児童文学が対象だそうな。私は守り人シリーズは名前くらい知っていたが児童文学だったとは知らなんだ。突然変な話で恐縮だが私は子供時代大好きだった絵本を引っ越しのときにすべて捨ててしまったのが一生の後悔している事のうち一つである。当たり前の話だが優れた物語は子供だろうが大人だろうが楽しめる。中学生のときに読んだゲド戦記を大人になってからまた読んだがやっぱり面白かった。だもんで児童文学、全然OK、問題無し。

30歳の女用心棒バルサは短槍の名手。ある時新ヨゴ国を旅しているとやんごと無き方の乗った牛車が橋の上で横転し、乗っていた第2皇子が川に転落。川に飛び込んだバルサは寸でのところで彼を救出。お礼に招かれた王宮で第2皇子チャグムの母親二ノ妃から何かに”憑かれた”チャグムは帝その人に命を狙われていること、彼を連れて逃げてほしい事を告げられる。断れば王家の秘密を知ったバルサは殺される。否応無しにチャグムをつれて逃げたバルサに帝の追っ手がかかる。次第に憑かれたものの影響を受けるチャグム。彼に取り憑いた”モノ”の正体は何なのか…

読んでいて児童文学だと意識した事は本当偽りなく一回もない。勿論読み終えてみてそういえば生々しい大人な描写はなかったな、と思うくらい。むしろ普通の小説となんら変わらなく読めたし、バルサの戦闘シーンは派手な首が飛ぶ、とか胴がまっ二つ、とか無いのにまさに手に汗を握る鬼気迫る描写で、命のやり取りの応酬が一挙手一投足に表現されていて凄まじかった。作者は女性なんだけど戦いの描写は男性に一歩も引けを取らない。戦いというのは勿論バルサなら槍を構えてのきったはったもそうなのだが、もう一人の主人公皇子チャグムも自分に取り憑いたもの、そしてその理不尽さ、宮廷生活から一転山中での逃亡生活と戦っていく。とにかくここの心理描写が巧みで、たとえばチャグムは〜〜と思った、とは書かない。でも不意に爆発する怒りだったり、涙だったり些細な行動にその裏にある心理状態が透けて見えて、押し付けられる訳ではなく滅茶共感できる。ここの書き方がとても丁寧。
チャグムが抱えているものの正体が次第に明らかになっていく中、混戦模様だった物語がとある一点で集中して最後ぎゅっとまとまる。その凄絶な戦いでさえも実は登場人物の意思が一つにまとまっていなくて、最後のチャグムの決断というのがだからこそ猛烈にいきてくる。この作者は女性だからかタイトルもそうだが、「守る」ということに主眼を置いていて二ノ妃もバルサも、帝の追っ手ですら何かを守ろうとして結果戦いが生じているんだけど、最後チャグムが自分の命ですら投げ出すように一歩を踏み出す、それが何なのかというと勇気だったり母性だったり、共感だったりするんだろうけどどれも一言では決して説明でき得ない、ない交ぜになった感情の爆発するようなそのまばゆい閃光。その圧倒的なまぶしさ。そこにこの本の、この物語のポジティブさが結実していると思う。思わず唸る。

児童文学である、ということは文体が明快で読みやすい、ただその一点に凝縮されているようで、文句無しに大人でも楽しめる物語。むしろ大人にこそ読んでほしいくらい。心がぐわっと熱くなる一方読後のさわやかさも素晴らしい。本にしてもちょっと変わったものばかり好んで読むが、この本に関しては普段本を全く読まないという人にもお勧めできる。是非手に取っていただきたいオススメの一冊です。私は2作目も勿論読むつもり!

ボストン・テラン/神は銃弾

アメリカのイタリア系アメリカ人作家による暴力小説。
1999年に発表された作者初めての小説とのこと。原題は「God is a Bullet」。

カリフォルニア州クレイで保安官を勤めるボブ・ハイタワーは約束していた娘からの連絡がこないので、再婚した元妻の家を義父と訪問した。そこで見たのは拷問の上殺された元妻とその夫。彼の娘ギャビの姿は見えなかった。遅々として進まない捜査にいら立ちを隠せないボブは独自に捜査を始める。捜査線上に現れたのは元麻薬中毒者で元カルト集団の一員だったケイスという女だった。彼女が言うには彼女がかつて身を置いたカルト集団が虐殺融解に関わっているらしい。ボブは藁にもすがる重いで、周囲の反対を押し切りケイスと娘を取り返す旅に出る。

というなんとも映画向けのようなストーリー。著者はイタリア系アメリカ人でかのブロンクス出身だそうで自身と彼の一族が手に染めている色々な”経験”が反映された生々しい暴力小説である。題材は日本人も大好きな復讐。ボブは娘を取り返し悪人をぶっ飛ばすため。ケイスは自分をとらえ続けるカルト集団との因縁を断ち切るため。砂漠の荒野をかっ飛ばすロードムーヴィ的な側面がある。また立場の違いすぎて相容れなかったボブとケイスがだんだんと心を通わせていく、そんな繊細さも丁寧に書き込まれていて、硬派であると同時にエンターテインメント性に富んだ小説。面白いのは如何にも銃弾が飛び交いそうなタイトルとお膳立てされた状況だが、実際にドンパチが始まるのが550ページくらいある超ど真ん中あたりなのだ。恐らく合えての構成なのだろうが、この本には単にドンパチ以上に文学的な要素がある。それは荒野の、アウトロー達の哲学ともいうべきもので登場人物達はとにかく癖のある詩的な言葉を吐くのである。とくにアウトロー側にいる登場人物達が。これがこの小説をかなり独特なものにしている。
粗さはあるものの物語としてはしっかりしていて、特にアメリカの闇を内包した乾いた砂漠の描写、そこに飛び散る赤黒い血、そして暴力の描写は凄まじい。退屈する事なく読めた。しかし私そこまで物語に入り込めなかったというのが正直なところ。理由は2つあって、一方は前述の詩的な台詞が合わなかった。気の利いた罵倒の応酬なんかは洋画を見ているようで下品で格好いいのだが、さらに一歩進んだ哲学めいた格言はたしかに言葉のチョイスは格好いいのだが、そこが意味するところが浮かんでこなかったのだ。簡単にいうと一見かっこ良さげだが実は何を言っているのか分からなかった。詩情というのは難しいもんで、波長が合えば何となく徴収的な言葉の向こうに風景や意図が見えてくるものだが、合わなければ曖昧模糊とした言葉の羅列にすぎない。どうも私は作者と波長が合わなかったようで、ページをめくる手を止めて大分考えてみたものだが、こういったものは考えれば分かるものでもない。
もう一つは敵役サイラスである。コイツは元男娼で元麻薬中毒者で元警察のカモだったがある時啓示を受けたんだが、悟ったんだがで麻薬を立ちジャンキーら犯罪者集めたカルトを結成し、今は麻薬の密売で利ざやを稼ぐ、人殺しもいとわない悪党である。ケイス評してカオスということでとにかく気の赴くまま何をするか分からないという、いわば危険が服を着て歩いている様な奴なのだが、なんとなくコイツが魅力的に写らなかった。恐くないというのではなくて、現実的に考えれば無軌道な暴力的人間でしかも武器を持っているとなればこの世で最も恐ろしい類いの人間である事は間違いない。しかし物語の敵役として魅力的かどうかはそれと別問題。どうもケイスを始めサイラスをしる登場人物が彼のことをヤバいヤバいというわけなんだが、あまりにヤバいっていうもんでなんかハードルがあがったのかこちらとしては逆に妙にさめてしまった。結果は麻薬密売業者じゃん?という感じ。彼は左手の小道(元の英語Left Hand Pathは左道という意味。)というカルトの教祖をやっているんだけど、申し訳程度に五芒星を用いるくらいで、あとは銃を片手に気に入らない奴は打ち殺し、攫って来た若い男女にセックスやレイプを強要。まあ確かに残虐非道なんだが、人間の基本的な欲求をブーストさせただけで逆に言えば結果極めて人間的なのだ。いわばたがは外れているんだろうが、私からするとただのいじめっ子の行動原理で、特にサタニストとしての哲学や教示や信仰はなくてただお洒落でヤバそうなんで五芒星を用いてます、って感じにしか写らなかった。もうちょっと人間を超越する様なぶっ飛び加減を期待したいところ。

私はちょっと合わなかったけど、読ませる良い小説ではあると思う。
いかれたジャンキーどもが殺し合う、そんな小説が好きな人は、ちょっと癖があるので本屋でパラぱらっとめくって波長が合いそうでしたら是非どうぞ。

2014年11月9日日曜日

Pallbearer/Fountains of Burden

アメリカはアーカンソー州リトルロックのドゥームメタルバンドの2ndアルバム。
2014年に一風変わった一癖も二癖もあるメタルバンドの音源ばっかりリリースしているProfound Lore Recordsからリリースされた。私がもっているのは2010年のデモ音源CDがついた日本盤で、こちらは御馴染みDaymare Recordingsから。

Pallbearerは2012年にリリーされた1stアルバム「Sorrow and Extinction」がPitchforkなどのメディアでベストに選出されたりと話題を呼んだもので、日本でも色んなブログでほめられていた記憶も新しい。私は何となく乗り遅れたというだけで聴いてなかったんだけど、今回新アルバムリリースという事で手に取ってみた次第。
バンド名のPallbearerというのはお葬式の際に棺を担ぐ人のことを言うらしい。業者というよりはやはり親しい人が担ぐのかな?まあそんなバンド名もあって非常に哀切とした雰囲気のあるドゥームメタルを演奏するバンド。
ドゥームメタルも当初となっては色々なバンドが色々な音楽をならしている昨今。激しくなる一辺倒とは言わないけど、この手のジャンルに置いてはやはりブルータリティというのはひとつの大事な指標でもって、多くのメタルバンドマン達も目には見えないけどそのゴール(明確に序列や地点がある訳ではないので勿論これというゴールはないですが。)にむかって切磋琢磨しているわけなんだけど、そんな中では結構異質な音楽をやっているという印象。暖かみのある演奏にクリーンボーカルがかなり伸びやかに歌い上げるというそのエピカルなスタイルが逆に昨今の音楽業界では目立つのかも。
私は軽薄な音楽好きなのでドゥームの歴史をひもといて考察する事ができないのだが、音楽は勿論、ちょっと不気味だが落ち着いたそのアートワーク(特にインナーとかはそうなんだが)も含めて意識的にある種のレトロ感を演出しようとしているのは間違いないと思う。
ぐしゃっと押しつぶしたように重みのあるドラムは破裂する様なタムとキンキンしたシンバルが良いアクセント。
ベースはぐーんと迫るように良く伸びる。アタックが格別強い訳ではないが、しっとり艶やかかつ厚みのある低音でドラムと合わせてドゥームの土台作りはばっちり。
ギターは2本で、両方ともにヴィンテージな暖かみのある音で、ジャリジャリしすぎない粒の粗さで詰まった音。ドゥームという事もあってアタック後の伸びが命。厚みのある良いんの気持ちよさがこのバンドの魅力の一つだと思った。2本でも微妙に音に差があって片方が職人芸って感じでひたすらドゥームリフを奏で、もう一方が広がりのある悲しい単音リフを担当というバランス。長めのギターソロも五月蝿くなくそれまでの演奏に良く馴染んだ形で良いアクセントになっている。
ボーカルは結構高めの音で、とにかくコイツが歌いまくるもんでこのバンドの一番の特徴かな。メロディアスに歌いまくる。
無骨な演奏かと思っていたけど、実はギターが結構饒舌でつま弾かれる様なフレーズは結構メロディアスだ。メタルには違いないけどミュートはあまり多用せず、あくまでもためる様な曲のアクセントで全体的には結構伸びやかに進む。ゆっくり流れる川みたいなイメージ。だから曲の尺は長いんだけど、ぶつぶつしている印象はなくて自然に最後まで聴ける。間の取り方は贅沢でこれも激しい音楽性だと中々できない曲作りかもだ。全体的には物悲しさが支配した様な曲調なのだが、その暖かみのある演奏とメロディアスなボーカルによって残虐性は皆無で、もっと奇妙に荒廃した風景を眺めている様な、そんな雰囲気。孤独感はありつつも閉塞感はないので、音的にもすっと耳に入ってくる。

始めは正直悪くないんだけどちょっと地味すぎるかな…と思っていたけど、そもそも激しさを期待するのが畑違いだった訳で、このバンドの特異なところに注目してみると中々よいアルバムだと思う。視聴して好みだったらどうぞ〜。

2014年11月3日月曜日

Greenmachine/The Earth Beater+3

日本は金沢のハードコアロックバンドの2ndアルバム。
オリジナルは1999年にMan's Ruin Recordsから発売されたものだがレーベルの消滅に伴い廃盤。私が買ったのはタイトル通り3曲ボーナストラックを追加した再発版。2003年にDiwphalanx Recordsからリリース。
前に紹介した「D.A.M.N」がとても格好よかったので割とすぐに買ったのだが、なにかと色々CDを買ってしまって封を開けるのが遅れてしまった。

基本的な音楽性は1stアルバムから変化無し。3人編成とは思えない音圧のスラッジ/ドゥームメタル。前作もドゥームというほどのゆっくり感は感じられないスタイルだったが、今作はそんな前作に比べるとさらに(体感)速度はあがっている。爆走感というか。これは速度は勿論、よりロックンロールっぽさが増した事もあると思う。

前作でもそうだったが、よくよく聴くとドラムが滅茶格好いい。重量級のバスドラの一撃と対照的に手数の多いスネアの連打。うーん、たまらん。
ベースは音が割れまくる直前の様な録音のされ方(もしくはリマスターの結果か)で、腹に響く低音。ぐろぐろ主張が激しい。ギターが結構暴れまくるのだが、ドラムと一体となってリズムをキープしつつ結構えぐい事をやっている印象。
ギターはこのバンドの華でとにかく弾くわ弾くわでお祭り騒ぎのようだ。すりつぶす様な中央〜低音を強調した音質で右に左に弾きまくる。フレーズのお尻にくっついたロックなオカズがとても格好いい。低音主体のリフとよく対を成している。またギターソロもロックでいつつもどこかしらヤバい雰囲気、妙な凄みがあって良い。独特のためのあるリフと疾走感のあるリフ、そしてノイズ満載のフィードバック。3つの使い分け(本当はそんな単純なものじゃないんだろうけど。)で曲を豊かなものにしている。
別に沢山メンバーがいれば一人当たりの負担が軽く分けではないけど、3人ということで演奏の緊張感が半端無い。スラッジ/ドゥーム特有の尻上がりで伸びる様な演奏が、フレーズ毎に演奏陣がかみ合ってこれが醍醐味。それでいて勢いを殺さないところはやっぱりロックンロールだ。
ボーカルは感情をそのまま吐き出すような激情系で、やけっぱち感でいうとEyehategodに通じる感じがある。鬼気迫るところは似ているが、あちらほどの世捨て人感はない感じ。伸びるシャウトが少し掠れているところが男っぽくて格好いい。

さてこうなると3rdアルバムが欲しいところだが、Amazonだと品切れだ…レーベルが同じなのにこれだけ再発していないのだろうか。困ったものだー。
というわけで個人的には1stよりこちらの方が好み。轟音ってこういうことをいうんじゃなかろうか。憂鬱を吹っ飛ばす様なロックンロールが聴きたい人は是非どうぞ、オススメです。

Arca/Xen

ベネズエラ出身イギリスはロンドン在住の弱冠24歳のアーティストによる1stアルバム。
2014年にMute Recordsからリリースされた。私が買ったのはボーナストラックが1曲追加された日本盤。
1stアルバムだが、どうもそれ以前のミックステープやKanye WestやFKA Twigs(両方とも気になっているけどまだ聴いてない。)の(共同)プロデューサーとして名を馳せているひとらしいからどうも「待望の」という感じのフルアルバムらしい。日本盤のリリースもそんな状況を反映しているだろう。
幼なじみの映像作家Jesse Kanda(日系人の神田さんなのかは不明。)とガッチリタッグを組んで音楽+映像というフィールドで近代アートの分野でも活躍する中々どうして話題の人らしい。
実際を見てもらえればわかるだろうが、エレクトロい音楽に乗せて像が融解した様な気持ち悪い映像を流すという手法で、テクノ巨人Aphex TwinとChris Cunninghamのコンビの再来かと言われたりもしているようだ。
今作もPVもそうだが、インナーの画像もやたらと光沢のあってつるっとした”生き物”たちがその一部を大きく歪められていたり、極度に強調されたりといわば奇形的なアプローチで表現されたアートワークで埋められている。

さて音の方はというと電子音で構成されたテクノということで間違いないのだろうが、なかなかどのジャンルというのは(私が詳しくないのもあるだろうが)きっちり判別しにくい。ダブ、ノイズ、アンビエントそこら辺のジャンルのハイブリッドという感じ。流行ものを良いとこ取りしたというとあんまりだが、聴いた印象はとにかく良くまとめられているし、アルバム全体での統一感もある。音の印象も最近流行の「ぶーぶーぴょろぴょろ」(本当ウンザリ)なんて軽薄きわまりない音からは明確に隔たりがある。
空間的な広がりを意識した音の使い方はアンビエントを彷彿とさせるが、ビートは太い。そのビートもちょっと楽しく踊れるような類いの音とは一線を画している。ベース音はぶわぶわしているもののアシッドというよりはウィッチハウス以降な感じの湿り気のある艶やかかつ若干の意図的なチープさを感じさせるもの。効果音的な音の使い方が巧みで、良く聴いていると1回しか出てこない様なエフェクト音も含めてすごい豊富だ。波の音や人の声と思わしき音のサンプリング等々。うわものの音も生音なのかはわからないが、ストリングスや乾いた古風な弦楽器など多岐にわたる。音の種類は結構豊富なのにとにかく間の取り方が贅沢で最終的にはやっぱりどことなく空白を意識した曲作りをしている。言葉にするとかなり難しいような印象だが、1曲1曲は比較的短く長くて3分台でわりとさっさと進む。なんというか曲後とのテーマは明確(それがなにかはわからないのだが)で、それが百面相みたいな感じで色んな曲が詰まっている感じ。1曲が難解という訳ではないので意外に聴きやすい。

Xenというタイトルも「セン」と読むのかと思ったら「ゼン」だそうな。日本盤の解説でも指摘されていた「禅」との関わりがあるのかどうかは分からないが、なにしろ一筋縄では行かない音楽である事は確かだ。個人的にはとらえどころがないけど、かといってはったりにも感じられない音楽性は結構気に入りました。視聴してみて気に入ったらどぞ。

2014年11月2日日曜日

Panopticon/Roads to the North

アメリカはケンタッキー州ルイビルのブラックメタルバンドの5thアルバム。
2014年にBindrune Recordingsからリリースされた。
私は3rdアルバムから聞き出したにわかのファンだが、元々大作指向だったが4thアルバム「Kentucky」でバンジョーなどの楽器とカントリー/フォークの要素を大胆に取り入れるとともに土臭い自然要素を取り入れたいわゆるカスカディアンな方向に舵を取って、結果個人的にはそれがとても気に入ったりした。

今作でもフォーキーな要素もあり基本的には前作の延長線上にあるものの、音の嗜好がちょっと変化している。簡単に言うと音色が大分派手になっている。リフ一つにとっても所謂ブラックメタル然としたコールドかつ無愛想なトレモロ一辺倒ではなく、よりメタリックな作りになっており、低音だけではなく高音を採れ入れたリフは否応無しに目立つ。また曲を盛り上げる様なメロディアスな中音〜高音のリフも台頭してきた。ブラストパートは勿論健在だが、内にこもる様な雰囲気は(それは前作からもなんだけど)なく、開放的な雰囲気は増した。ピロピロとまでは言わないが結構そういう印象。ほんちょっとだけビートダウンを思わせる様なフレーズもあったり。あとはベースが良く動く。ギターが遊びだしたからかもしれないが、ベースは結構ストレートかつ疾走感のあるリフを弾いていて、こもった音ながらその躍動感でもって存在感がある。曲全体で見れば明るいというのではなく、より音の構成と数が豊かになった。さすがにボーカルパートは叫び倒す様なものだが、その分楽器陣の饒舌さは大幅に増した所為でこれは結構取っ付きやすくなったのではなかろうか。3rdより4thアルバムが好きな私としては好意的に受け取れた。曲の長さはやはり結構あって、展開も変わるが一つ一つのパートは贅沢に時間が使われているため目まぐるしくて何が何やらという事にはならない。2曲目のタイトルは「山が天を突き刺すところ」(格好いいタイトル。)となっているが、変わりやすい山の天気みたいなもので急展開であってもよく見ればつなぎが自然で違和感は感じられない。

7曲目のイントロは結構攻撃的でビックリ。良い意味で興味のあるものは取り入れる人なのかもしれないが、色んな要素を取り入れつつもぎゅっとブラックメタル風にまとめているから、バリエーションがあっても締まりがあって長いアルバムでも全体を通して聞きやすいというのは流石。メタルのもつ攻撃性を保ちつつ全体的に陰惨にならないのはその思想故だろうか。カスカディアンというのは音のジャンルであるとともにやはり思想的な一つのくくりなのだろうかと思った。
という訳で非常に楽しめて聞けました。この手の音楽が好きな人は買っていただいて全く問題ないかと。私はAmazonでCD買いましたが、Bandcampなら7ドルで買えるみたいっすよ。


A・E・コッパード/天来の美酒/消えちゃった

イギリスの作家による恐らく本邦オリジナルの短編集。
訳して編んだのは南条竹則さん。
この間紹介した同じ作者の「郵便局と蛇」が面白かったもんで、すぐにこの本を買った次第。
生涯を通じて2編(自伝と子供向け)しか長編を書かなかったという生粋の短編小説作家であったコッパード。この本には11編の珠玉の物語が編まれている。
相変わらずちょっと不思議な様な、牧歌的な雰囲気があったかい様な、それでいて背筋が凍る様な、そんな要素が混沌として簡潔ながらも詩情に(作者は詩人でもありました。)あふれまくった短編に何とも言えない味わいがある。今作ではより幻想味は抑制され、かわりに悲劇的かつ宗教に関する不信感(無神論者であったそうな)をイギリス人らしく黒いユーモアに包み込んだ作品が目立つ。幻想味はあるものの大きな事件が起こる訳ではないが、おもしろおかしいとも思える物語の向こうに人間を冷静に観察し、その豊かな表情を書いている様な感じがあって、昨今の例えば派手な事件によって異常な心理を書こうとする物語とは明らかに別の境地にある作風。どちらが優れている訳でもないが、やはりこういう小説にはなにかしら深く感銘を受けてしまう。私が自分自身の日常で感じるもどかしさに名前を付けずに、より深い考察をもって目の前に提示する様なそのような感じがある。もともと何かに名前を付ければ本質がいくらか失われるのだから(言語のもつ限界)、変に説教じみた物語より、こういう言葉とそれが紡ぐ風景が心に響くのは当たり前かもしれない。

どの短編も面白かったのだが、特に最後に控える中編くらいの長さのある「天国の鐘を鳴らせ」が凄まじい。始めはなにかよくわからんな、って感じで面白くなかったのだが、中盤から一転、凄まじい物語になる。(最後のために前半は絶対に必要だったと、読み切ってから気づいた。)これは人生の話しだし(人の一生を短編に閉じ込める事が出来る、というのが作者の尋常ではない力量を証明していると思う。)、恋の物語だ。昨今恋の物語は成就する事が一つの前提にすらなっているが、これはいわばそんな風潮の中で見向きもされない様な恋物語かもしれない。恋物語というにはあまりにも儚い。一体恋に破れ落ちぶれた孤独な魂はどこに行くのか。
彼を悩ませ、居ても立ってもいられない気持ちにさせるのは、マリーを失ったことだけではなかった。彼自身のうちに何か孤独で頑迷なものがあって、それもまた彼を悩ませ、彼の奇妙な風体と一体になっていた。天国の輝きは曇り、もう望ましいものではなくなった。彼はこの世の住人だが、この世には嫌悪を覚えた。この世界を愛したい、狂おしいほど愛したいと思っていたが、その中に溶け込む事はできなかった。
ちょっと中々ない孤独感だ。コッパードはスポーツを愛する快活な人だったようだが、その身のうちにどんな孤独を抱えていたのだろうか。
私は気に入ったフレーズがあるとページを折って後で読めるようにするのだが、この本では4回ばかし折った。

ちなみにこの素晴らしい作家を日本に紹介したのはかの平井呈一さんで、荒俣宏さんも好んで訳したとの事。幻想怪奇のジャンルの本を読んでいるとこのお二方の名前は良く目にする。偉大な方達でおかげさまで大層面白い読書体験が出来ます。感謝。
というわけで非常にオススメの”物語”。本読むのが好きな人は是非どうぞ。

2014年11月1日土曜日

グレッグ・イーガン/宇宙消失

オーストラリアの作家によるSF小説。
原題は「Quarantine」で意味は隔離という事らしい。

西暦2034年突然太陽系が黒い膜によって覆われた。地球は大規模な恐慌状態に陥ったものの膜の正体は判然とせず、また破る事も出来なかった。人類は膜を「バブル」と呼び、次第にバブルに覆われた状況にも慣れていった。
33年後もと警察官の探偵ニックはとある失踪した女性の捜索依頼を受ける。先天的に脳に障害を持つ彼女ローラは精神病院に収容されていたが、セキュリティをくぐり抜け失踪したという。捜査を始めるニックだが、彼女の失踪のは以後には宇宙を揺るがす謎が横たわっていた。

イーガンの小説は昔結構ハマって短編集を(多分)全部読んだ。ただ長編はとにかく難解という話でなんとなく敬遠していたのだが、やっぱりSFは面白い。なにか読みたいな、ということで手に取ってみた。
SFというのはギミックが魅力的ということもあり、まずは小説の説明を。これが楽しい。
バブルの説明はあらすじ参考の事として、まず未来の人間達はモッドと呼ばれるナノマシンを服用する事で脳のシナプスの配線を意図的に組み替えて、半ばコンピュータ的に脳を使っている。脳は人間の色んな感情を司っているから、モッドを使用する事で感情をある程度コントロールする事が出来る。寝たいときにはすっと眠れるし、何かに集中したいときは機械的にその状態にもっていく事が出来る。悲しい状況でもまったく悲しまないという事も出来る。主人公ニックはカルト集団に妻を爆殺されたが、悲しむ前にモッドを使用して悲しい、という感情を抑制した。その後何かしらのモッドで妻の幻覚を見る事を選択している。人間というのは自分の感情や 身体の動きというのは自分のものにしても完全にはコントロールする事は出来ないが、この小説ではそこがテクノロジーによって征服されている。このようなモッドの使用は非人間的であると考える趣もあり、物語の中でニックもたびたびそう問われるが、その度にニックは半ば無意識的に感情的になり、こう返答する、元々人間の感情は不自然なもので、自分はモッドによってその元々の不自然な感情を強化しているにすぎない、自分がそうなりたいと思った状態にモッドを使ってなる事はなんら悪い事ではない、と。 作中ニックは忠誠モッドと呼ばれるモッドを強制的に注入されていて、自分の敵対組織に忠誠を誓う事になる。自分の忠誠はモッドによる人為的なものである事はニックにも分かっているが、それによって惹起された感情(というか脳の働き)自体は自然なものとはいっさい変わらないのだから、その働きに従うというのである。これは中々どうしてな判断である。短編を読んだときもそうだったが、イーガンは人間がどこまで人間なのかというアイデンティティに関わるテーマを好んで書いている。 誰だって悲しいのは嫌だが、自分の意志で人間以上の存在になった人間は果たして人間なのか?人間じゃないならどこから人間じゃなくなったのか?はっきりと言明する訳じゃないが、そんなテーマが見え隠れする。
このテーマだけでも何冊でも本が書けそうだが、イーガンはさらにもう一つとんでもない要素を物語の柱にしている。
それが量子力学である。シュレディンガーの猫というと日本の創作物にはたーくさんでてくるあれがまさにテーマである。
(こっから先は完全な門外漢である私の思うところを書いているので実際の科学、それから作者イーガンの意図と異なる事があるだろうが、ご了承くださいませ。)何かというのは ”観測”されるまで、あり得る可能性すべてを全部保有した状態(作中では”拡散”状態と言い表される。)であって、”観測”されて初めて一つの結果が” 選択”されるのである。常に今ある私というのは”選択”された一人であって、されなかった無数の私は別の宇宙で生きているのか?それとも一つの結果が”選択”された時点で死んでいるのか?それは分からない。この選択は一体どういうロジックで行われているのかは分からないが、とあるモッドによってどれを”選択”するか意識的に選ぶ事が出来たら?人間はそれこそ人間を超えた力を得る事が出来る。例えばさいころを手に取れば何でも好きな目を選択する事が出来る(というか他の目を選んだ無数の自分は死ぬ。)。そんな馬鹿なと思うでしょう。私もそう思いました。しかしどうも基本的な考え方は量子力学に沿っているらしい。考え方通りに無限の可能性に広がっていく宇宙に頭が痛い。私の頭では完全に理解できている気がしないが科学って面白いものです。

広大な宇宙がはらむ量子力学の謎と、個人レベルのアイデンティティのミクロの問題が渾然一体となって一人の女性の失踪事件がニックと読者をとんでもない結末に連れて行く事になる。SFの醍醐味がぎゅっと詰まった本でした。これはオススメ。