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2018年11月24日土曜日

My Purest Heart For You/Both Paralyzed

アメリカ合衆国サウスカロライナ州マートルビーチのブラックメタルバンドの2ndアルバム。2018年に自主リリースされた。
またくどいバンド名である。「僕のあなたに対する最も純粋な心」。調べてみるとマートルビーチというのはアメリカ南東部のリゾート地のようだ。とても綺麗なところだ。君、もっと外に出てきたらどうだ、泳いできなさい、と親戚の叔父さんになっていってあげたい気持ちもある。輝かしい土地で部屋にこもってこういう音楽を作るやつもいるのである。全く最高だ。バンドと称したがメンバーなどは非公開でよくある変名どころかメンバーの人数も不明。2016年にデモを発表して以来、活発に活動しているようだ。(多分ライブはやっていない。)

どんな地下音楽でも流行り廃りというものが露骨にあって、そのムーブメントは「もう聞き飽きたぜ?」と玄人のしたり顔で敬遠されたりもするのだが、雨後の筍が枯れた後その土壌からまた新たな音楽が生まれることもまた確かだ。
このMy Purestもそんなバンドのような気がしている。ブラックゲイズだ。シューゲイザーにブラックメタル由来のトレモロを合体させたツエーやつで、世界中の根暗たちがこの音楽性に魅了された。もともと小汚い、危険、(ともすると)キモいという3K音楽たるブラックメタルから派生したという生まれながらの対照性もあってか、ブラックゲイズは掃き溜めに生まれた鶴のようなエモさがあった。マートルビーチに住む何がしかはそこに最も純粋な心を見つけたのだろう。(おそらく)根っからのブラックメタル・ファンである彼がこの音楽性にコンバインしたのはデプレッシブ(憂鬱な)・スーサイダル(自殺的)・ブラックメタルだった。それもかなり過酷でトゥルーなやつをだ。厭世観と自己嫌悪を音楽にして吐き出した音楽。吊り縄やリストカットされた手首をモチーフにしたアートワーク。あの世界観によりにもよってブラックゲイズをくっつけたのだ。確かに全編を覆うのはトレモロ、トレモロ、トレモロの嵐である。しかしガリガリとしたプリミティブな音質。ドゥームとまではいかないがすっきりとしないゆったりとした速度。マイナーなコードを使っているのかわからないが、爽快感を与えるはずのトレモロもやけに陰鬱に響いてくるのである。ボーカルは金切り声でずっと叫んでいる。全く抑揚などあったものではない。キャッチーな要素である「ゲイズ」の背後にあるのは確かにDSBMの息吹であった。チェコのTristをなんとなく私には思い出させる。あの荒涼としたモノクロの景色。
例えばAn Autumn for Crippled ChildrenがDSBMを飲み込んでほの明るい地平線を目指したのに、My Purest Heart For Youは明るい要素を用いているのにさらにDSBMのくらい渦に降下していくようである。私がブラックゲイズ学の講師なら「これは悪い例ですね〜」と生徒たちに紹介するだろう。しかし私はどこの先生でもないのでこの音楽に耽溺することができる。くらい情念がメエルシュトロムのように下に下に渦巻いていく。不健康な重力があなた方を優しく押さえつけるだろう。

2018年7月16日月曜日

夢遊病者/一期一会

日本は大阪のブラックメタルバンドの1stアルバム。
2018年にSentient Ruin Laboratoriesからリリースされた。
Bandcampには大阪と書かれているが、詳しくは日本の大阪、ロシアのトヴェリ、アメリカのニューヨークに住むメンバーがオンライン上で出会って2015年に結成されたバンドのようだ。別名Sleepwalker。メンバーの名前は匿名性が高く、もちろん顔などは公開されていない。

ジャンルとしてはブラックメタルに属するバンドなのだろうが、その音楽性はかなりアヴァンギャルドな方向に舵を取っており、曲によってはボーカルが入らないないとブラックメタルだとわからないのではなかろうか。ブラックメタルというのは結構大まかなジャンルで実際の定義はふわっとしているから、多分色々な音楽性を持ったブラックメタル・バンドが存在できているのだと思う。ブラックゲイズだけでなく、ほぼデスメタルでは?というバンドもいれば、ほぼノイズでは?というバンドもいたり、インダストリアルに走ったり、ハードコア・パンクっぽかったりと様々だ。
このバンドに関しては時代が時代なら今は亡き(本当に亡きなのか怪しいけど)Hydra Headあたりからリリースされていても違和感がない音といえば伝わるかもしれない。よくいえば知的な音で、悪くいえば初期衝動や暴力性からは距離を置いたバンドだ。ブラックメタルを解体して、全く異なる音楽性を取り入れて再構築している。このバンドに関していえば、ブラックメタルの一番キャッチーな要素であるメロディアスなトレモロという要素は(おそらく敢えて)多用しないように制限をかけている。ノイズ成分もかなり効果的に取り入れているが、黒く塗り潰すような分かりやすさは採らない。アンダーグランド音楽ではありがちな分かりやすい攻撃性への傾倒というのはなくて、代わりにかなり模糊とした音楽性を追求している。結果的に不気味だが、分かりやすく不気味というのでもない。空間的処理が施されたイーヴィルなボーカルの存在感がなかなかだが、ボーカルレスの時間もかなり多く採られており、そこではかなり独特な、つまり暗くはないというサウンドスケープが展開されている。ブラストビートや低音リフ、トレモロなどを廃し、代わりに民俗音楽的なパーカッションのリズム、音の数の少ないバッキングに、自由でフリーキーなギターソロが詰め込まれている。プログレッシブというよりはジャズ的であり、独特の浮遊感はサイケデリックだ。うねるフレットレスベースを聞いて思ったのは、音の途切れない連続性であり、そう言った意味でもゆったりとした長いソロなんかもノイズの代用として捉えることができるかもしれない。ノイズのあのゆっくりと動きながら(連続性を保ちながら)その姿を変えていく、というのを他の手法で試そうとしているのがこのバンドなのかもしれない。4曲め「No Premature Celebrations」、5曲め「Never Ailments on Oneself」は特にオーソドックスなブラックメタルの要素が強い。それでも一筋縄ではいかない展開だが。なぜブラックメタルという形を土台にしたのかなと思ったけど、掴み所がないというのは確かに親和性があるのかもしれない。

2018年4月8日日曜日

Portal/ION

オーストラリアはクイーンズランド州ブリスベンのデスメタルバンドの5枚目のアルバム。
2018年にPrfound Lore Recordsよりリリースされた。
1994年に結成されたバンドで、ボーカルはラジオのようなオブジェをかぶったり、指に触手をはめたりして異様な格好をし、それ以外のメンバーは共通して死刑執行人のような不吉な黒いマスクをかぶっている。見た目も異様なら鳴らす音も同様で、7減ギターの指板を所狭しと指が這い廻り、いわゆるテクニカル・デスメタルとは明らかに流儀が異なる技工で気持ちの悪いオンリーワンなデスメタルを鳴らすバンド。おそらくH.P.ラブクラフトの創作した異形の神話に触発された世界観を音と見た目でで再現するという冒涜的な挑戦を続けている。
何年か前の来日公演を幸運にも目にすることが出来たが、名状しがたいという言葉ぴったりなくらい異次元なライブだった。

異様で偉大な旧支配者クトゥルーの寝床、今は海底に沈むルルイエは人間には理解できない角度で巨石が組まれているらしいのだが、その不自然な異様さを表現するかのごとく、メタルやハードコアというジャンルで一般的に追求される美学とは異なる角度でヘヴィさを追求している稀有なバンドだ。面白いのはあくまでもデス/ブラックメタルという表現の”枠”で勝負していること。神秘性を演出する際、シンセサイザーやその他の、例えば盲目白痴の神を慰める太鼓と笛などの楽器を用いることは基本的にない。流行りのハーシュノイズに手をのばすこともない。楽器もそうだし、曲でも芸術的なスローパートなどを用いることは一切ない。あくまでもデス/ブラックメタルの手法を用いる、という厳格な縛りを自らに課している。このストイックさは、見た目の異様さ(同時に目を引くキャッチーさでもある)に見られる計算高さ、ともすると醸し出されるあざとさとは相対する要素であり、決して奇抜な見た目で耳目を集めようという奇をてらったバンドではないことを証明している。
2013年の「Vexovoid」から5年、基本的な曲の方構成としては正しく前作(そしてそれ以前の作品)を踏襲する流れになっているのだが、大きい変化もある。それは音だ。ギターとベースの音が劇的に違う。音がクリアにそして軽くなっている。重たい、ということはこの手のジャンルでは生命線だ。音楽は時代とともに変化してきたが、基本的にメタルの世界では音はどんどん重たくなってきていると思う。(もちろんバンドによっていろんなバランスがあるのだが。)技術の進歩がメタルの生命線に常に加担しているといってもいい。そのくらい基本的なところをやはりPortalも抑えてきたわけだ。重たさを神秘性に絡めてうまく使っている印象があったから、今回ここを捨てたというのは純粋に驚きだった。
一体神秘性とはなにか、それは隠匿にほかならない。マスクをかぶるのも、変名を使うのも、コープス・ペイントを施すのも、個人から個性を剥ぎ取り、別のなにか、異様ななにかになる儀式だ。人は何かよくわからないものに心を惹かれる。Portalはここをうまく使っている。もったりとした音作りから生まれる重量感を霧のように使って神秘性を演出していたのに、今作ではその霧が晴れて一件見晴らしが良くなっている。リフも低音だけでなく指板をまんべんなく使った鋭角的なものが目立つ。音がはっきりしたことで奇怪なリフの異様さが目立っている。ドスを訊かせるというよりは冒涜的なカルトの司祭の詠唱めいたボーカルは健在で、音は変わったもののどう聞いてもPortalだ。むしろやはりその異様さがソリッドに表現されている。
しかしこの鋭さはなんだろう。ジャケットの稲妻がヒントだ。この鋭さと角度。「ION」というタイトル。SF的だ。名状しがたさに形が備わった気がする。とはいえ一気にサイボーグしたわけではなく、肝である蠢く生々しさは健在である。だから小説で言えばチャイナ・ミエヴィルの「ペルディード・ストリート・ステーション」的な世界観だ。SFと怪奇が入り混じった都市で異形が練り歩く、まさにあの世界観ではないか。ラブクラフト的な暗黒から一歩踏み出した、そしてその先もやはりどうかしている。すげー面白い。

音の重量感を敢えて減らすことで本性を顕にしている恐ろしいアルバム。やはりぶっ飛んでいるな〜と思う。(ルールが)厳格であるということはやはり表現を面白くするのだな〜と思わせる。また来日してほしいな。

2017年12月16日土曜日

Blut aus Nord/Deus Salutis Meae

フランスはノルマンディ地方モンドヴィルのブラックメタルバンドの12枚めのアルバム。
2017年にDebemur Morti Productionsからリリースされた。
1994年から活動しており2011年からコンセプチュアルな3枚のアルバムをリリースして話題になっていたバンド。当時はなんとなく横目で見ていただけだけど今回はじめて買ってみた。
タイトルはラテン語で翻訳すると「私の神」となるようだ。覆面被った三人組なのだが、日本のwikiにかなり情報があって、そちらによると意外にも悪魔崇拝が売りの典型的なブラックメタル・バンドとは違うんだよ、ということらしい。おどろおどろしいイメージや音を使っているが、どうも独自の世界観を作ろうというバンドらしい。

実際に聞いてみるとなるほどかなり尖った音の作りになっている。音質悪くも生々しいプリミティブ・ブラックメタルとも違うし、デスメタルと融合しつつある力強くモダンで攻撃的なブラックメタルとも異なる。陰湿な世界観をややノイズに接近した音の作りで、決して速くないもったりとした速度で瘴気が滞留するように垂れ流す不穏な音世界。低音からずるっと滑るように滑らかに耳障りな高音に移行するギターリフ。ぐしゃっと潰れた低音や朗々とした詠唱めいた呪術的なボーカルが特徴的で、なんとなくDeathspell Omegaっぽいな、というのがファースト・インプレッション。もちろんこちらのバンドのほうが活動歴は長いのだが。ブラックメタルの武器であるブリザードのように寒々しいトレモロの中にうっすら見える美メロ、というのはもう気前よく捨てて別の次元で勝負しようというアルバム。(どうもアルバムごとにだいぶ作風を変えてくるバンドらしい。)
このアルバムを聴いて思ったのはかなりテクノ的ではないか?ということ。中心となるリフがあってそれをもったーり執拗に反復していく。かなりミニマル。ボーカルが変幻自在に唸ったりするもので一見してわかりにくいのだが、ふと我に返ると同じところをぐるぐると迷っていことに気がつく。途中でツーバスを踏んできたり、なんとも名状しがたいリフがうねうねとその様相を変えていくさま(曲によってはオーストラリアのデスメタルバンドPortalにも通じるところがある、あそこまであからさまにテクニカルではないのだが。)など、微妙にその姿を変えていくのも面白い。かなり強靭なリズム(金属質でインダストリアル、といっても良いくらい。)が一本曲を貫いているのだが、メロディというわかりやすい取っ掛かりが一切排除されているため、全体的に茫洋とした音になっており、聴いている人がどこにいるのかがわかりにくい。昔のゲームだと画面がスクロールしても同じような景色が続く「迷いの森」的なステージがあったのだが(流石に今はないんだろうな〜)、ああい言う感じで執拗かつ陰湿に曲が練られており、聞き手は自分の居場所がわからなくなってしまうのだ。こういうふうに曲を作るバンドというのは実はあまりいないのではなかろうか。非常に面白い。「私たちには別の美意識がある。」と言い放つのもなかなかすごいが、有言実行なのはさらにすごい。
かなりわかりにくいアルバムなのだが10曲を34分弱にまとめており、気がつくと終わっている。この突き放したような感じが良い。悪夢のサントラみたいな感じ。

なかなか万人におすすめできるアルバムではないが、激しい音楽に攻撃性だけを求めるのではなく、もっと暗い世界観が好きなんだと言う人なら聴いてみると良いのではと。あとは実験的な音楽が好きな人はブラックメタルのフォーマットでやっているこのアルバムを聞いてどんな感想を持つか知りたいところ。

2017年11月26日日曜日

Wolves in the Throne Room/Thrice Woven

アメリカ合衆国ワシントン州オリンピアのブラックメタルバンドの6枚目のアルバム。
2017年にArtemisia Recordsからリリースされた。
1stアルバム「Diadem of 12 Stars」を2006年にリリースするやカスカディアン・ブラックメタルというジャンルを圧倒今に打ち立てたブラックメタルバンド。カスカディアンといえば複雑な大作指向でまごうことなきアンダーグランドなジャンルだったが、アトモスフェリックな音作りはその後のブラックメタルとシューゲイザーの融合に影響を与えたのではと密かに思っている。2014年に発表された前作「Celestite」では前編ほぼシンセサイザーの音で構成された内容でファンの度肝を抜いた(おおよそネガティブな方に)バンドの3年ぶりの新作。もしやまた…というファンの不安を裏切り結論から言うと元の完全なブラックメタルなバンドサウンドに回帰している。中心となるのはNathanとAronのWeaver兄弟で、そこにKody Keyworthというメンバーが新しくギターと歌で参加している三人体制。プロデューサーにRundall Dunnを迎え自前のスタジオ(文字通り自分たちで建てたらしい。)で録音された。今でも多分そうだがWeaver兄弟はオーガニックな思想を持ち、そこに根ざすスタンスで活動している。農場で暮らし、電気を使うことに矛盾を感じつつ、ブラックメタルをやっている。

今作「Thrice Woven」は直訳すると「三回織」になる。おそらく織物の形式の一つではと思うが。バンド三人に加えてスウェーデンのシンガーAnna von Hausswolff、それから暗黒メタル界の巨人NeurosisのSteve von Tilがゲストとして参加している。
全5曲で42分。インタールード的な4曲目を除くとだいたい1曲あたり10分くらいだろうか。過去にはもっと長い曲があったが、「Celestial Lineage」から割りと(それまでに比べると)コンパクトに曲を纏める、という動きがあるように思う。そういった意味でも前前作を踏襲する流れなのだが、一通り何回か聞いた後に思うのはやはり問題作となった前作「Celestite」の影響はまだあるなと。確か前作の感想を書いた際に表現の際にブラックメタルという”やり方”がじゃまになったため、というかそのやり方だと表現しきれないため、ああいった別のアプローチを取ったのでは、と書いた。今作でもシンセサイザーは使われているが私が言いたいのはただ今作もシンセサイザーを使っているので、とか微妙にそういうことではなくて。まず今作を聞いて思ったのは曲に今までにない広がりがあることだ。大作指向だし大胆に女性ボーカルをゲストに招いたりしているが、実はこのバンド表現の幅は結構かっちりしている。どちらかと言うと多彩なのは展開であって、あくまでも愚直なまでのブラックメタル絵巻を展開してきたように思う。同じカスカディアンというジャンルに属するミネソタ州のPanopticonが「Kentucky」で大胆にバンジョーを取り入れたときは衝撃だったが(私はこのアルバムが非常に好きだ。)、実はWolves in the Throne Roomはそこまで柔軟にジャンルをまたいでいなかった。今作「Thrice Woven」ではさすがにバンジョーやその他の楽器を取り入れることはないものの、今までの彼らからするとかなり新しい要素を取り入れていると思う。女性ボーカルや複雑な構成という強靭な縦糸に、フォークの要素、シンセサイザーの浮遊感、アンビエントパートなどの横糸を噛まして、強靭かつ今までにない色彩豊かな織物を描き出した。それが今作だ。

ある意味相当アヴァンギャルドだった前作がマンネリからの脱却や、第一人者としての重圧からの逃げを打った失敗作とするのではなく、自分たちの本質がどこにあり、どこまで行けるか、ということを確かめる作品だったとすると、全くバンドサウンドを用いないという「Celestite」という作品を経て、改めてブラックメタルの形に回帰し、そしてその幅を大胆不敵に広げてきたのが今作「Thrice Woven」ではと思う。
複雑なバンドだが、私はやはりメロディの残滓の上を紙を引き裂くようなイヴィルなボーカルが疾駆する、ストレートなパートがWolves in the Throne Roomの醍醐味だと思うので(そういった意味ではEP「Malevolent Grain」はすごーく好きな音源。)、今作でもその鋭さが遺憾なく発揮されているのが嬉しい。やはり芯はぶれていない。普通のブラックメタルなら「冬は死につつある、太陽が戻ってきている」と春を称える歌を歌わない。これはやはり野菜を育て豊かな春の訪れの本当の豊穣さ、ありがたみを知っている人でなくてはつくりだせないだろう。崇高な何かに対する畏怖と畏敬の念が詰まっているように思う。そういった意味ではやはり、温かい、血の通ったブラックメタル、という稀有な音楽だ。

ひたすら風格を見せつける最新作。前作に否定的な感想を持った人にこそ聞いてほしいと思う。非常に格好良い。おすすめ。

2017年10月11日水曜日

Various Artists/ろくろ

日本のレーベルLongLegsLongArms Recordsのコンピレーションアルバム。2017年に同レーベルからリリースされた。
参加しているアーティストと収録曲は以下の通り。(レーベルHPからコピペ。)
1. ILIAS - 存在と理由
2. The Donor - Kagerou
3. KUGURIDO - 桃源郷夜想曲
4. KLONNS - KNIVES
5. KLONNS - SODOM
6. SWARRRM - march
7. unfaded - 漆黒
8. PRIZE OF RUST - Decade
9. PRIZE OF RUST - Spectator
10. ENSLAVE - Killing Me Softly
11. Pterion - Schwein
12. ungodly - 蝕
13. Yvonxhe - Incessant Mournful Tale
14. Vertraft - MEMORIZE
すべて日本のバンドで、バンドの活動拠点は東京、関東にとどまらず関西・金沢・四国と様々。レーベルオーナーが実際にあったバンドからセレクトされている。

LongLegsLongArms Recordsは主にハードコアを取り扱うレーベルだが、主にネオクラストと呼ばれるジャンルをメインに紹介している。ハードコアのなかのサブジャンル、クラスト(コア)のさらにサブジャンルであるネオクラストだからまあ結構マニアックな音楽だと思う。このネオクラストというのが(個人的には)かなり難しいジャンルで説明するのが難しい。説明する時に「ブラッケンド」「激情」「クラスト」「エモ」「エモバイオレンス」なんかの単語を使うとうまくいくような気がする。そんなに歴史のあるジャンルではないと思うので、おそらく私だけでなく演奏する方も難しいな〜とは思っているのではなかろうか。というのも真性のネオクラストバンドというのはまだ日本にはそうそういないのではなかろうか。この音源だとネオクラストを自称している(=明確に指向している)バンドは多分姫路のKUGURIDOだけではなかろうか。その他のバンドはネオクラストという言葉が浸透する前にそういった音楽をやっていたバンド、要素としてネオクラストを取り込んでいるバンド、一聴したところ(ネオ)クラスト感のあまりなさそうなバンドなど。おそらくより浸透性のあるジャンルで言うと、ハードコア、ニュースクール、カオティック、グラインド、ブラックメタル、エモバイオレンス、激情などにカテゴライズされるのではなかろうか。要するにその中にネオクラストの影響(意図的なものと無意識的なもの、両方)を感じ取ったレーベルが、少なくとも日本では未だ黎明期にあるネオクラストシーンにこれだ!と押すのがこのコンピレーションなのではと個人的には思う。まだ良くも悪くも混沌としているネオクラストという概念をそれを取り巻く周辺含めてすくい取ったのがこの「ろくろ」という一つの音源なのではなかろうかと。
レーベルはサンプラーと称してそれに所属するバンドを紹介する音源を作ることがあるが、まさにこの「ろくろ」は紹介する意味合いが強い。(ただ既存の曲を集めたわけではないからサンプラーとは呼べないだろうが。)全部で4万字を超える各バンドへのインタビューもその紹介、もっというと収録するバンドを理解し、咀嚼してそれを第三者(リスナー)に伝えようというレーベル姿勢の表れと見て取ることができる。(私の感想は作品を理解しようという試みなので(つまり読書感想文と同じ一つの解釈にしかならないのです。)、こういった姿勢は非常に共感できるのです。)

収録されている音を聴いてみると前述のような状況なので統一感がありつつもバリエーションの有る個性的な音楽が矢継ぎ早に展開される。(おおむね1曲あたりの収録時間は短め。)ニュースクール・ハードコアに日本なりのハードコアの伝統を融合させた音、ブラックメタルの影響色濃いいわゆるブラッケンドと称されるハードコア、もはやブラックメタルにしか聞こえないブラックメタルなど。このオムニバスの面白いところのもう一つは全国から収録バンドを集めたこと。音楽を語る上で切っても切れないのが”シーン”という言葉だけど、これが横というか平面上で語られるのが地域で、もはや結線されてもいないネットで結ばれた社会では情報が均質化されるが、それでも地方ごとのシーンというものは健在であるようである。その地方ごとの特色がきっとバンドの出す音に表れているのであろう。一言に激情と言ってもテンプレート的な激情の影響を収録曲に見出すことは困難である。(バンドの個性なのかシーンの特色なのかはちょっと判断できないのだけど。)

レーベル名は足長手長(手長足長とも)という妖怪なので「ろくろ」ときくと「これはろくろっ首のことに違いない!」と早合点したのだが、どうも陶芸を作るときのろくろという意味もあるらしい。面白いと思ったのは新しいものを作る際にはたいてい土を捏ねる、という言い方をするが、ろくろはある程度形になっているものを整形するのに使う。多分日本でのネオクラストの土台はである程度出来上がったので、3LAとしてはそれを集めて形を整え、全国にお届けするよ、ということなのだろう。「ネオクラストはわしが育てた」という居丈高の態度ではないのが非常に謙虚だと思う。

まだこれからのジャンルだと思うので、耳が早いひとはチェックしてみると面白いのではなかろうか。降って湧いた進行ジャンルではなく、静かに進行した音楽的傾向を「ネオクラスト」としてすくい取ったイメージだ。なので妙な作為性や違和感は皆無である。

3LA-LongLegsLongArms Records-Presents『ろくろ』@新宿Nine Spices

よくあることなんだけど10月8日は面白そうなライブがかぶって困る日だった。そんな中でも足を運んだのはこちら。このライブは日本のLongLegsLongArms Recordsが主催するもので、先日リリースされたレーベル初めてのコンピレーションアルバムの発売を記念してのもの。アルバムに曲を提供しているアーティストが出演する。さすがにアルバム収録全アーティストとは行かないが、出演陣は下記の通り。
PRIZE OF RUST (茨城)
ungodly (香川)
unfaded (奈良)
SWARRRM (神戸)
Pterion (京都)
KLONNS (東京)
ILIAS (神奈川)
ご覧の通り東京のバンドが一つしかない。奈良、神戸、京都、香川と普段はなかなか見れないような地域で活動しているバンドが名を連ねており、それならこの機会に見るべき!と思ったわけ。もちろんコンピレーションアルバム「ろくろ」の内容が素晴らしいことも理由の一つ。

この日会場のSEではHelmetが流れていた。アメリカのオルタナティブ・ロック(メタル)バンドである。この3LAというレーベルは一風変わったハードコアを世に紹介するレーベルで、もう一つの可能性という意味で「オルタナティブ」という言葉がよく似合う。その集大成の一つが日本全国からバンドを集めて作った「ろくろ」なわけで、それが眼前で見れるということで期待が高まる。
例によって道に迷ったので(馴染みのない駅を使うとかならずぜんぜん違う出口を選択するのが私)私がおっとり刀で会場にたどり着くとすでに一番手が始まっているところだった。

PRIZE OF RUST
茨城(いばらき)のハードコアバンド。この間見たときも同じ3LA企画でやはり同じ会場だった。4人組のバンドでコンピレーションアルバムでもお気に入りだったので二回目に見るのが楽しみだった。改めてライブで見るとニュースークール・ハードコア!という感じ。音が非常にゴツゴツしている。音が非常にメタリックで、ミュートを使った刻み込んでくるリフをあまり多様せず、滑らかにつややかなリフを弾きまくる。このリフが非常にメロディックで、ツインボーカルはシャウトしかしないのでその対比が本当に”叙情的”という感じ。低音低速で力任せにぶん回すモッシュパートみたいなのもあって非常に暴力的だが、歌詞は多分日本語で、モッシュ用ハードコア(それはそれで好きだけど)ではなくて訴えかける何かがある。マイクにかぶりつくように歌う様もそうだが、前のめりにメッセージ性がある感じは日本の激情系からの流れを感じさせる。個人的には日本ならではのニュースクール・ハードコアという感じで、どうしても悩みすぎている激情に比較すると、懊悩はあるけどアクセルを踏み切っているような潔さが魅力。重量感があるけど滑るようなメロディアスなリフを低音で急ブレーキ掛けるところが非常にかっこよかった。

ungodly (香川)
続いては香川のバンド3ピースでボーカルの方がボーカルを取る。「ろくろ」収録の曲しか知らないものでどんな音なのか?白塗りにしている動画があったようだしブラックメタルよりの(ブラッケンドな)ハードコアかな?と思っていたら、結構想像と違った。まずはリフの音の数が多い。刻みまくるような密度濃く詰め込んだリフは、相当テクニカルでかっちりしたスラッシュの影響色濃いデス/ブラックだった。トレモロにそこまで比重をおいているわけではないというか、印象ではもっと刻みまくっていたようなのでボーカルの喉に引っ掛けるようなイーヴィルなシャウト意外はわかりやすいブラックメタルの要素はないし、塊をぶん回すのがハードコアの真髄の一つだとするとそういった意味ではハードコア感はほぼない。ただ(間違っているかもだが)ドラムはツービート主体だったり、曲もアルペジオをなどを効果的に導入しつつ起伏に飛んでいるが、ダラダラ長くないし、あまり耽美/アーティステックな雰囲気もしないので終始殺伐としてて個人的にはそこが良かった。

unfaded (奈良)
つづいては奈良のバンドで、MCでいっていたのだが10年位は活動しているが県外でライブをするのは2回めで東京はこの日が初めてだったらしい。「ろくろ」ではとにかく攻撃的でメロディアスな楽曲がかっこよかったのでこの日楽しみだった。
スリーピースで基本的にギタリストの方がボーカルを取る。この日一番”激情”という感じだったのでなかろうか。内省的な歌詞をうずまきのような轟音にのせて送り出すあのスタイルである。ただいわゆる激情というよりはむしろエモバイオレンスという感じで、具体的には激情でありがちな静かなパートは必要最小限にとどめて勢いとスピードを殺さないように、そして飾らないシンプルさでほとばしる激情を披露していた。歌詞に関しては演奏の合間に吐き出す、というようなスタイルで演奏のよく練られた細やかさが感じられた。うるさいバンドだが、なんとなく寡黙でいぶし銀なスタイル。ギタリストの方はDeath SideのT-シャツを着ていたが、envyからの激情というよりはむしろジャパニーズ・ハードコアの流れを強く感じた。音源を購入したのだがシンプルだが力強い歌詞も勿体つけない音楽性とあいまってシンプルかつ力強いハードコアの進化系という方がしっくり来る。ドラムがやたらと印象的だった。

SWARRRM (神戸)
続いては「カオス&グラインド」を掲げるSWARRRM。この日は冒頭から激速で一気に耳目を集め、そこから「幸あれ」、そしてkillieとのスプリット音源から「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」、ろくろ収録の「March」と大胆に歌を取り込んだバンドの昨今を披露していく。「カオス&グラインド」とは単なるスローガンではなく1曲に1回はブラストビートを入れる、という厳格なルールでもある。このバンドは常に何かに挑戦しているように個人的には感じられる。すべての曲はそれ自体完成品だが、同時に何かに対する一つの試行錯誤の結果に見れる。バンドとしての挑戦の結果が曲として残っているようなイメージだ。常に高みに、だから孤高のバンドと呼ばれるし、目下最新アルバム「Flower」以降での大胆な歌へのアプローチも単純なセルアウトとは絶対解釈されようがない。ルールと言うのは縛るものだが、他のバンドが良くも悪くもとどまり続けるフィールドを、SWARRRMはルールを使ってあっさり(はたからそう見えるだけで実際には苦労を重ねた末にだと思うが)乗り越えていく。ビリビリ震えた。

Pterion (京都)
つづいては京都のバンド。このコンピで初めて知ったのでバンドの情報については殆ど知らなかった。(結成は2017年ということもあり。)5人組でボーカルは専任。ボーカル以外は顔を白く塗っている。ボーカルがガッチリした体躯に編み上げブーツを履き込んで一人だけ素顔を晒している。他のメンバーは顔を塗っているものの服装は結構バラバラでなかなか作為が読み取りにくいスタイルで面白い。
曲が始まってみるとこの日一番ブラックメタルだった、というか完全にブラックメタルだ。ギタリストの一人は多分7弦ギターで、ベーシストと三人で相当テクニカルなリフを矢継ぎ早に繰り出していく。ミュートも使いながらも主体となるのはブラックメタル然としたトレモロを主体としたリフで、不穏なアルペジオや低速パートを使いながら自らの持ち味である激速トレモロパートに持ち込んでいくスタイル。面白いのは「ろくろ」ではYvonxheなんかはアンダーグラウンドなブラックメタルだったが、このPterionに関しては曲に起伏があるし、ドラスティックな曲作りをしていて結構メジャー感というか、そういう感じがあって面白かった。多分メンバーはまだすごく若いと思うが、あまり動かないメンバーに対してボーカリストの人は声にバリエーションがあるし、動きも派手。面白かった。

KLONNS (東京)
つづいては唯一の東京のバンド。ライブを見るのは2回め。ブラッケンドとは距離をおいている的なインタビューが面白かったが、たしかに音源を聞いてみてもライブを見てもバンドの核はハードコアな感じ。メンバー全員が黒い服に身を包みスタイリッシュ。
ぬろぬろ動き回るベースがかっこいいのだが相当な轟音でとにかくやかましい。ドラムもとにかく叩きまくりで、ギターとボーカルには強烈なリバーブ効果がかけられており、特にギターは音がでかい。非常にノイジーだが、例えばノイズ専用の装置を使っていないところなどあくまでもハードコアで勝負という姿勢の現れだろうか。曲も基本的にはシンプルな構成で、たまにギターソロなどを挟むもののほぼ一直線で進行するオールドスクールスタイル。ボーカルも歌うというよりは要所要所に吐き捨てて置いていく、のような歌唱方法。ステージを降りてきて客席に突っ込むという場面もあり、この日一風変わったバンドが多い中で一番やかましく、一番肉体的だったのがこのKLONNSだったと思う。

ILIAS (神奈川)
トリを飾るのはコンピレーションの冒頭を飾るILIAS。ライブを見るのは初めて。専任ボーカルにギタリスト二人を擁する5人組。「存在と理由」というタイトルの1曲からはいわゆる激情系かとおもっていたが、ライブで見るともっと、というかだいぶかっちりとしたハードコアだった。ニュースクールや日本の激情を巻き込んだバランスの音で、ハードコアなりの強面感と叙情感を勢いを殺さずに取り込んでいる。曲によってはガッツガッツした暴れるパートとドラスティックと言っていいくらいのトレモロい叙情的なパートが奇妙に同居している両極端さが魅力的。この日のバンド概ねそうだが、このバンドも激情というよりは絵もバイオレンスという感じで、冗長とした感じは皆無。ボーカルの人のちょっとかすれた歌唱法もあって、場面によってはkhmerの新作がちらっと頭をよぎった。ブラッケンド感は皆無だし、一聴したところクラスト感もそこまで感じられないのだが、(MCでもあったが)あとからそのような流れを聴いて影響を受けたのかもしれない。
この日唯一のMCをちゃんとするバンドでポジティブなメッセージが印象的だった。

音楽を本当に好きな人は国や州、県、など地域で音楽を語り、そのときは所々の「シーン」という言葉が出てくる。今少なくとも日本を含めた先進国だとおおよそインターネットを通じて均等に音楽の昨今を知ることができるが、それでもやはり地方ごとのシーンが出来上がるのは面白い。(すべてが均質化されているならそもそもシーンと言う言葉がなくなるはずだ。)先輩からの伝統だったり、内輪での流行り廃りだったり、きっとそういうものが積み上がって地域ごとの差を生み出しているのだろう。別に全国からバンドを集めようというコンセプトではないだろうが、結果的に「ろくろ」というコンピレーションには相通じる要素を通して全国のバンドが名を連ねたわけで、この日はそんな各所のシーンを垣間見れて面白かった。出演者の皆様はわざわざ遠いところありがとうございました。
Prize of RustとUnfaded、それからungodlyの音源を買って帰宅。

2017年9月24日日曜日

Khmer/Larga sombra

スペインはマドリードのネオクラストバンドの2ndアルバム。
2017年に複数のレーベル、WOOAAARGH、Long Legs Long Arms、In My Heart Empire、Halo Of Flies、The Braves Recordsからリリースされた。
私が買ったのは日本盤のLPでこれはLong Legs Long Armsからリリースされている。この通称3LAというレーベルはこのKhmerというバンドに黎明期(バンドは2012年結成)から注目しており、ディスコグラフィー含めて幾つかの音源をリリースしている。前回のノルウェイのLivstidとのスプリットもそうだったが、今回も上質の紙を利用した二つ折りジャケットを使った特殊な装丁から始まり、スペイン語の歌詞とそれを日本語に訳した(曲名全てに邦題をつけている徹底ぶり)小冊子がついている。小冊子にはバンドのボーカリストMarioの手による絵が収録されている。ただ帯をつけて日本盤としてリリースするレーベルもあれば(これも発売してくれるという意味では有益だとは思うが)、こうやって手作りで物理的な距離と言語の相違を埋めようとしてバンド側の言わんことを日本人のリスナーに伝えようと奮闘するレーベルもあるものだ。

さて装丁も素晴らしいこの作品タイトルは「長い影」。聞いてみると結構難しいなと。内容がイマイチというのではなく内容は素晴らしく、ディスコグラフィーをこのタイミングで聞いてみると音の拡充ぶりがただならぬことになっており、その表現力には改めて驚かされるわけだが、このいわば拡大し、充実し、芳醇になったハードコアを一体なんと言ったらいいかわからなくなったのだ。「Khmerね、はいはい、ネオクラストっしょ。新作、いいね。」といってしまえば良いのだが、個人的にはこの作品を聞いてみてそもそも一体ネオクラストがなんなのかという問題に直面してしまった。正直今までの音源だとブラッケンドなクラスト・コアなんですかね〜くらいの認識でいたわけで、それがまあつまりネオクラストすっかね…という感じだったのだが、今作を聞いてみるとあまりブラッケンドな感じがしなくてちょっと驚いてしまったわけです。
ブラッケンドはそもそもブラック・メタルに特有な音的特徴を他のジャンルに持ち込んだもので、一番印象的なのは何と言ってもコールドなのにメロディアスなトレモロギターだろう。この要素は(もともとあったものだが)シューゲイザーやドリーム・ポップの方面にまで(ときにはAlcestのようにブラック・メタルを通過しつつ)その触手を伸ばしている。今回のKhmerの新作ではあまりこのトレモロを使っていない。Khmerはだいたいがその黎明期からあまりミュートを使った力強いメタリックなリフをメインの武器に数えてこなかったから、ノンストップで弾きまくるハードコアなリフがその持ち味であり、今作でもそれは多用しているのだが、あまりこう型にはまった美麗トレモロという感じではない。ギタリストは一人なので必要性から、そしておそらく目指している音の方向性から低音に特化して極端に重たくエフェクトをかけるやり方ではなく、低音から高音まで全域を贅沢に使って、アッタクの音も生々しくも非常に厚みのある(温かみのある)音に仕上げている。実際のところは分からないがコード感にあふれていて6つの弦すべてがなっている印象といえば伝わるのではなかろうか。音がギュッと詰まっていて、弾き方についても単にオルタネイトに弾きまくっていくトレモロとは違う。もっと余韻を活かしたひねりのあるもので、腕の振り方というのか程よく音を抜いていて緩急がついている。非常にメロディアスという意味ではブラッケンドに共通点があるが、メロディは別にブラック・メタルにしかない要素ではないので、これはもっと別の何かだろうと思う。あえていうならもっと色鮮やかな何かである。別に明るいわけではなく、むしろ確実に暗い方だと思うがその黒さは単に黒一色で塗りつぶすのではなく、無数の色彩が兼ねられているような印象だ。(レーベルでは「哀愁」といっててなるほど!と思う。)
慌てて過去作を聞き返してみると、やはり単純なブラッケンドとは明らかに一線を画す曲を展開していて、そういった意味では軸がぶれていない。私の聞き込みがあまかったというのと、黒と白の世界に大胆に色彩を持ち込んだかのような大胆な音の使い方を持ち込んだことでその異質さがより明確に現れたのがこの2ndアルバムなのでは。(特に1stと聴き比べてみると大変面白い。)たとえば曲にわかりやすいメロディ(流行したメタルコアのサビのような)を持ち込んだとしたらわかりやすく、そして感情的になるがそうではないところに美学を感じる。歌詞もそうだが、そうそうわかりやすくはなく、感情を溶かしてリフと曲に塗り込めている。それで書いたのがこの絵(アルバム)というわけだ。そういえばMario(デザイナー/グラフティアーティストとして活動している)のアートワークは完全にモノクロで構成されているのも面白い要素だと思う。
ちなみにMarioのボーカルは特徴的でしゃがれていて、やはり低音強くないので強いて言えばこの要素はブラック・メタル的だが、持って生まれた天性もあってこれだけでブラッケンドというのは個人的にはちょっと難しいかな〜という感じ。
個人的にはブラッケンド≒ネオクラストくらいの適当な感覚でいたもので、今回の音源はそういった意味では違うのか〜という驚きがあって面白かった。

歌詞を読むとかなり長さがある。多分あまりリフレインがないのだと思う。その世界観は抽象的だが読んでみるとかなり個人的であって驚く。まるで人の日記をこっそり読んでいるような感じがある。例えばラストの曲のタイトルは「孤独」という意味なのだが、歌詞はアルバム全般に渡って結構閉塞感がある。いわゆるハードコア的な歌詞(打ち倒せ、もしくはユナイトしろ)とは一線を画す。どうしてもTragedy以降という認識があるんだけど、歌詞の内容は明快にクラストだったそこからもう一歩進んだのがネオクラストなのだろうか。激情というと悩んでいる内省的な(歌詞)世界が曲に反映されているから似通っているところはやはりあるのではともおもう。

とにかく曲と音の充実ぶりに驚く新作。暗くもメロディアスな作風は日本人に結構あっているのではと思う。Khmer気になっていたけど、という人は是非今作からどうぞ。

2017年7月9日日曜日

エレファントノイズカシマシ V.S. KLONNS@新宿Hill Valley Studio

日本のノイズバンド、エレファントノイズカシマシと東京のブラッケンドハードコアバンドのKlonnsがライブをやるらしいということで行ってきた。実は両方のバンドとも名前は知っているけど聞いたことがない。そもそも何回か名前を見て覚えているなら気になっているということに違いないので、良い機会だと思って行って見た。スタジオライブというのも初めてで面白そうだったので。場所は新宿にあるHill Valley Studio同じ通りにある老舗のライブハウスAntiknockが経営しているらしい。入ってみると白い内装がとても綺麗なスタジオだった。本当にスタジオ。そのスタジオの結構広い一室を使ってライブがされる。結構広いと行ってもスタジオはスタジオなので非常に近い距離でバンドとその演奏を見ることになる。とても楽しそうだ。

エレファントノイズカシマシ
一番手はエレファントノイズカシマシ。そもそもエレファントカシマシだって聞いたことない、ノイズならなおさらである。トイレ工事とコラボしたりしている変わったバンドらしい。
この日メンバーは5人で、ギターとベースはいる、バンドなので。ドラムのところにいる人は結局ドラムを叩かなかった。代わりに金属でできたデジリドゥ?みたいなのを吹いてた?手の動きが怪しかったのでテルミンかもしれない。あと金属を叩く人でこの人は螺旋状になった細い金属をやはり叩いたりしていた。(どれも自作の楽器だろう。)それから配線でごちゃごちゃになった卓をいじる人で、その卓の上にはエフェクターだけでなくおもちゃみたいな鍵盤やバット状の何かに配線とライトを取り付けたものなど、色々とよくわからないものが乗っている。
ノイズというとともすると高尚になってくるがこのバンドは結構くだけた雰囲気でホッとする。まずは小さめのノイズが少しずつ音の数を増やしつつうねっていく。まるで予兆のような出だしである。普通のバンドだと予兆と本編はだいたい区別されていることが多いのだが、ノイズだと予兆が連続して本編に移行していく(つまり区別がない)ところが面白い。次第にテンションとそして音圧を上げていく。ハイ・ボルテージという言葉がぴったりくる。気がつくと様々なノイズがビュンビュン飛び回り、ギターの人のフレーズは溶解して変な音(まさにノイズ)になっている。ベースの人はなぜか缶コーヒーのようなものでベースを引き出し、言葉にできない感情をマイクに叫んでいる。螺旋状の金属は金属の棒で叩かれていて、これが仮のビートを生み出しているが、すでにノイズは成長しているのでビートで制御するのは難しい状態。野放図に出しているかと思いきや、きちんとフロントマンの男性(卓の前にいる方)が手振りでアンサンブルをコントロールしている。指の数と動きでバンドを制御する様はさながら(実際)指揮者のようであり、落とすところではきっちり抑制されている。見た目と編成、それからバンド名で受けを狙ったバンド(ただユーモアという意識がとても大きいバンドだと思うが)かと思いきや新しいノイズを生み出すという気概に満ちた迫力に満ちた音楽。最終的には耳が痛くなるほどの大音量でノイズを浴びせかける。見た目にも、特に光に気を使っており、卓上ライト(勉強机についているような)や小さく鋭い光を放つライト、きわめつけはメンバーの前に据えられた小さいミラーボールのようなものを曲のクライマックスで一斉に点灯。毒々しい光は結構チープなのだが、シニカルなユーモアがある殺伐としたノイズに不思議と調和して非常に格好良かった。

KLONNS
続いては東京のKLONNS。何度か耳にするバンドでいよいよ聞けるなという気持ち。こちらは4人組の、ボーカル、ギター、ベース、ドラムの完全なバンド形式。
おしゃれなBandcampのイメージから勝手にモダンなブラッケンドかな…と思っていたのだが、どう聞いてもこれハードコアじゃないかなと。それもかなりハードなハードコアだ。攻撃力というかアグレッションがすごい。というのもほぼボーカルの人の迫力に当てられてしまった感がある。(のできちんと曲を聴いてみようと思っている。)MerzbowのT-シャツに黒い手袋、短パンを履き、腰の後ろに手を置くスタイルで狭いスタジオの中を動き回る。客にぶつかる、むしろぶつかりにいく。吐き捨て型のボーカルは(若干イーヴィル感もあるけど)昨今のブラッケンドにありがちなおしゃれ感がゼロ。非常に粗暴な立ち居振る舞いはまさにハードコア。
こうなると演奏が気になってくるわけなのだけど、まずギターでこれはなるほど結構トレモロを使っている。不穏な高音フレーズ、短めのソロなどはブラックメタル的だった。ただ美麗なトレモロやなきのフレーズという感じはゼロ。展開は結構曲中であるようだが、一つ一つの単位で見ると結構ハードコアっぽいシンプルなコード進行が目立ったように思う。ドラムとベースはかなりハードコアでこれも弾き方が結構バリエーションがある(そういった意味ではハードコアとブラックメタルの要素から良いところを引っ張ってこようという意識はあるのかもしれない)が基本的にはDビートだったり硬質でアタック感の強いベースの弾き方はハードコア要素が強いと思った。ハードコアといってもモダンなそれではなく結構オールドスクール感があり、最終的な音の感じは違うのだが、なんとなくリバイバルのハードコアをやっているProtesterなんかに似ているんじゃないかな?と思った。全然知らないでいったら良い驚きだった。ブラッケンドというとモダンなイメージがあるけど、むしろオールドスクール感があってすごくかっこよかった。

結構異質な組み合わせの2バンドだったけど、既定路線から外れて独自の路線を追求する(アヴァンギャルドなのかも)という点では共通していると思った。スタジオライブゆえの近さもよかった。エフェファントノイズカシマシの音源を買って帰った。

2017年7月8日土曜日

heaven in her arms/白暈

日本は東京のポストロック/ハードコアバンドの3rdアルバム。
2017年にDaymare Recordingsからリリースされた。
コンスタントに活動しているような気がすぐがそれでも同じく日本のブラックメタルバンドCoholとのスプリット「刻光」が2013年なので4年ぶりくらいの音源になる。

Convergeの曲から名前をとった5人組のバンドでボーカルがギタリストも兼任、合計3本からなる重厚かつ繊細なアンサンブルが特徴のバンド。難しい漢字を使いつつもも内省的で自己と他者、自己と世界的な世界観をポストロック的な静と動を行き来する(比較的)長めの尺の曲で表現する手法は、正しくenvyに端を発する日本の激情型ハードコア(スクリーモ、エモバイオレンスとは美的感覚という点でやはりちょっと違うジャンルだと思う)に属するバンドだと思うが、その中でもセンチメンタルさを疾走するトレモロリフというブラックメタルからの要素を大胆かつ器用に取り込んだバンドではなかろうか。とってつけたような必殺トレモロというよりは、トレモロを使って表現するポストハードコアという感じで完全に独自の手法を確立させようという意識で持って曲を作り、またライブではとてもかっちりした演奏をしているのが印象的だった。
「白暈」とは「ハクウン」と読む(ハクマイではない)。白い眩暈のことかと思ったら暈とは”太陽または月のまわりに見える輪のような光。”のことらしい。確かに英語の題名は「white halo」だ。今までは黒を基調としたアートワークが基本だったと思うが、心機一転新作では白を基調とした美しいものになっている。
全7曲で前述のスプリット「刻光」収録の「終焉の眩しさ」を中心に据えていることもあり、基本的には前作からの延長線上にある音。改めて1st「黒斑の侵食」を聞いてみると使っている音の類やコンセプトは同じでも結構印象が違う。今の方がずっと滑らかでスムーズな印象。ガツっとしたハードコア感は減退したが、模索の末に独自の世界観を手に入れたのだろうと思う。トレモロと言ってもプリミティブなブラックメタルからそのまま拝借してきたらガリガリした非常に攻撃的なものだろうが、それを音をクリアにし、音の輪郭を整えて角を取った非常に温かみと美しさのあるものに作り変え、初期ではカオティックという表現もしっくりくる性急に展開する曲を醍醐味をそのままに油を丹念に刺したかのように滑らかなものにした。それは音の作り方とさらに曲の作り方も影響しているのだろうと思う。それがコード進行なのかよく練られた展開なのかはわからないが、閉鎖的で厭世的で個人的な曲というよりは、外に外に開けていく(ここら辺は空間的というポストロックの要素が浮遊感とは別の視点で意識されているのではと思う)壮大な曲に変遷しつつあるように思う。別に明るくなっているわけではないし、どちらかというと悩みが感じられるくらい曲ではなるのだが。弱って死にそうに丸まるのではなく、嫌味なくさらけ出していくようなイメージ。そう言った意味では白地に荒々しい青というのは曇天とその切れ間に覗く晴天のようなアートワークは非常にあっていてカッコ良い。

喉を枯らしてのスクリームとボソボソしたポエトリーリーディング、独自の世界観を持った歌詞とテーマ、アルペジオの静かさトレモロの激しさが同居した曲などきっちり激情のツボを抑えているところも好きな人にはたまらないのでは。個人的には何か非常に真面目なバンドというイメージが勝手にあって、今作を聞いてもやはりそうだなと思ってしまった。ブラッケンドで真面目というと同じく日本のisolateを彷彿とさせるのだが、あちらは半分狂気なのだがこちらはあくまでも真面目でアーティスティック、美麗という言葉すら似合うハードコア。

2017年5月28日日曜日

Woe/Hope Attrition

アメリカ合衆国はニューヨーク州ブルックリンを拠点に活動するブラックメタルバンドの4thアルバム。
2017年にVendetta Recordsからリリースされた。
Woeは2007年にChris Griggのソロプロジェクトとしてスタート。その後バンド編成になり3枚のアルバムをリリース。前作「Withdrawal」が2013年発表なので4年ぶりの新作となる。Griggは中心人物なので不動だが、メンバーの変遷がまたあったようだ。
なんのきっかけが忘れたが私は前作のみ持っていてなかなか好きだったもので今作も買ってみた次第。

黎明期のドラスティックな出来事の多さで持って音楽性以上に”神秘性”(物語性)を獲得してきたのがブラックメタルなのかもしれないが、やはり一つのジャンルにはすぎないわけでプリミティブなそれから多様な変化を遂げてきた。カスカディアンの台頭やシューゲイザーとの交配を経て、「ブラッケンド」ブランドはよそのジャンルに結合し始めた。そんな中でWoeは割とプリミティブなブラックメタルの音楽性を受け継ぎつつ自分たちなりの音楽を模索しているバンドだなと思っていたが、今作を聞いてもやはりその印象。
基本的には前作からの延長線上にある内容で、デスメタル然としたボーカルの登場頻度が増えているので初めは驚くが、バックトラックは明らかにブラックメタルである。つまり基本トレモロが間断なく空間を埋めていくあのスタイル。歌にメロディアス性はほぼないが(たまにクリーンで歌い上げたりはする)、代わりにギターのリフがメロディアスであり、そのメロディというのもコールドで何か身悶えするような退廃的な陰鬱さがある。ギターの音の作り方も輪郭がざらついて毛羽立ったヒリヒリしたもので、重量感に変更していない。さすがにプリミティブブラックに比べると圧倒的に音質はクリアだが、基本はやはり始祖に習っている。曲の長さはだいたい5分から8分なので、少し長めな程度。そこにドラマ性を程よい長さで投入している。真性プリミティブだとミニマルの要素が色濃いが、このバンドはそこまで反復的ではない。緩急をつけた展開がある楽曲を披露するのだが、美学を追求する劇的なカスカディアン勢とは一線を画すスタイル。カスカディアンが冗長というのではないが、このバンドは余計なパートに時間を割かず、またポスト感漂う芸術性もほぼなし。あくまでもブラックメタルの武器を自分たちなりの解釈で曲に打ち込んでいる感じ。何と言ってもこのバンドの売りは惜しみないトレモロの嵐。そして突出したそのメロディセンスなのではなかろうか。本人たちもその自覚はあると思うんだけど、どの曲でもトレモロが楽しめる。速度を落とすパートではざらついたトレモロや怪しいクリーンボーカルを入れたり、雰囲気抜群。モノクロの色彩でなんとも寂寥とした風景画を描いていく。タイトルは「希望の減少」という意味らしく、非常に後ろ向きで正しいブラックメタルな世界観だと思う。

ブラックメタルの良いところが詰まっていていや〜ブラックメタルだな〜という音楽。プリミティブでありながらきちんとモダンでもあってこういう流れがあるということは嬉しい。メロくて陰鬱なトレモロがブラックメタルでしょ、という人は是非どうぞ。おすすめ。

2017年5月20日土曜日

HEXIS/Tando Ashanti

デンマークはコペンハーゲンのブラッケンド・ハードコアバンドの2ndアルバム。
2017年にHalo of Fliesなどからリリースされた。
2010年に結成されたバンドで日本を含む様々な国でライブをやっている。どうも最近ボーカルのFilip以外のメンバーが全て脱退してしまったようだ。

Celeste系のトレモロギターを壁のように聳え立たせるいわゆるブラッケンド・ハードコアなのだろう。トレモロといっても低音も使う、そして使っている音自体が分厚いということで絶妙なメロディアスさ、退廃的な耽美さ、コールドな儚さといったプリミティブなブラックメタルからの影響は色濃いといっても結構音自体は別物になっているなという印象。異形のハイブリッドといった黎明期は既に過ぎ、なんという名称が正しいのかはわからないがだいたいジャンルとしては確立した感はある。この間来日も果たしたスウェーデンのThis Gift is a Curseともかぶるところはある音なのだけど、結構印象が違う。向こうはあくまでもハードコアを基調としていて同じような音を使っても曲は結構派手で動きがある。テンポチェンジやリフの多様さといった要因が働いているのだと思う。一方このHEXISというのは音は似ているもののそういったハードコア的なカタルシスが意図的に削除されている曲をやっている。一つはテンポが遅い。ギターとベースの音の数は多いので、これでドラムが早いビートを刻めば爽快感が出そうなものなのだが、あいにくとそういった優しは持ち合わせてないらしく遅々としたとまではいかないものの淡々としたリズムでビートを刻んでいく。こうなるとトレモロギターは露骨に重い、重すぎる。速度が遅いという意味ではスラッジ/ドゥームなのだが、ドゥームなら粘りのあるリフを曲の中心に据えたり、スラッジでも鈍足リフの間に息継ぎする暇があるもの。しかしHEXISは神経症的に隙間を丁寧に埋めていくので結果的に非常に息苦しい音の密室が出来上がっている。曲によってはアンビエントパートを入れているが、美麗なアルペジオが出てくるわけでもなく、ひたすら殺伐として不穏。神経症的な音の密度からの解放という意味では不思議に癒される仕組みになっている。
Celesteなんかと違ってギターの音がクリアではなく、輪郭が曖昧に汚されてブワブワしているのでこの密室の壁がどうも伸縮していて狭まっているような感じがする。音で壁は作れないからこれは妄想なのだが、不安は感染するみたいな感じで非常に面白い。音楽的にはDownfall of GaiaやRorcalと似ているのだが、こちらはそれらのバンドにある長い尺を活かしたドラマ性を減退させてより肉体的な印象。こうなるとジャケットの黒と白、ナイフを握りしめた俺とお前の関係性、というアートワークが非常にしっくりくる。

ブラッケンドは音の種類の形容詞に過ぎないが、やっている音楽も呪い属性のようないやらしさがあってそういった意味でも大変に黒い。この手のバンドが好きは人は是非どうぞ。

2017年4月16日日曜日

THIS GIFT IS A CURSE ×SeeK Split CD Release Japan Tour 2017 孔鴉@新大久保アースダム

スウェーデンのストックホルムにTHIS GIFT IS A CURSEというバンドがいる。2015年にリリースされた2ndアルバム「All Hail the Swinelord」を聞いた初めての印象は”うるさい”。そんな彼らが来日するらしい。日本は大阪のSeeKというバンドとスプリット音源をリリースするらしいのだ。そんな日本ツアーの1日目に言ってきた。孔鴉は大阪のSeeKとStubborn Fatherの企画である。この日のメンツは日本の特定の種類のハードコアバンドを一堂に集めたイヴェントということもあって個人的にはとても楽しみだった。なんせ8バンドが出演するのだから。孔には穴という他に隠れ家という意味があるらしい、孔鴉とは鴉穴、鴉の隠れ家と言った意味だろうか。この日はさながら鴉のテリトリーで鴉の大集会が行われたわけである。なんとも不吉じゃないか。
場所は新大久保アースダム。このライブハウスには独特の匂いがするが、この日さらにここに新しい匂いが追加されることになる。

Stubborn Father
一発目は企画主のバンドの片方。大阪のStubborn Father。自前のライトを持ち込みそれのみ使うなど音だけでなく見せ方にもこだわりがある。見るのは2回目だと思う。基本的には日本の激情といったスタイルでアルペジオに代表される感情豊かなパートと低音を効かせた轟音パートを織り交ぜたハードコアを演奏する。展開がすげーなと思って観ていたが、わかりやすいのがドラムで1曲の中でのアイディアというか叩き方のバリエーションがものすごく豊富。変拍子なのかどうかわからないのか、ドラムの叩き方のセット(リフみたいな)がコロコロ変わる。多分2つか3つでもあれば十分なんだろうが、惜しみなくアイディアをぶち込んでくる。ギターとベースもそれに合わせて表情を変えてくる。そうすると曲もいよいよ双極性的な不安定さを帯びてくる。逆光気味のライトの中ぴったりとした衣装で長い手足を動かす専任ボーカルの動きは不吉でかっこいい。イヴェントの挨拶がわりにはもってこいの演奏だった。

REDSHEER
続いては東京のREDSHEER。やはり激情らしい音を鳴らすが、Stubbornに比べれば音の方は非常にソリッドにきっちりまとめている。鈍器というよりは研ぎ澄まされた刃なのだろうが、経験豊かなメンバーによって作り出される音は初期衝動を超越したどっしりした迫力のあるもの。いぶし銀といえばそうなのだが、こちらのバンドはまともになるどころか思春期でずれ出したマインドがそのままずれまくってとんでもないところまできてしまった感じがある。あえていうなら雑味がある音で曲の中に色々な葛藤や感情が溶け込んでいる。渦巻く感情を一度るつぼに放り込んでドロドロに溶かし、異常な集中力で一つの形に再整形したかのような趣があって、ところどころに生々しい感情の由来を感じ取ることができる。MCは肩の力が抜けたリラックスしたものだが、演奏の方は凄まじい。ベースボーカルの小野里さんの荒い息もそうだが、raoさんのドラムがすごいなと思った。一発入魂みたいなテンションを曲の間ずっと保っている。涼しい顔で叩くベテランとは明らかに一線を画す。ぶっ倒れるんじゃないか、っていう雰囲気である。ドラムの手数の多さ、そして曲に込められた陰鬱な感情という意味ではやっぱりToday is the Dayに通じるところがあるなと思った。かっこいい。今度ツーマンをやるとのこと。

kallaqri
続いては青森のバンドkallaqri。メンバーはみんな若く見える。ベースが二人いるのが特徴で片方の方はいわゆる普通のベースらしい仕事をするのだが、もう片方は結構変態的なことをやっていた。タッピングを始めギターのような奏法をしたり、ベースとは思えないような音を出したりと。結構テクニカルなわけなんだけど音の方はというとやはり日本の激情方面を彷彿とさせる。モダンなテクニックでアップデートしているものの出している音は完全に激情スタイルで温故知新という感じ。きらびやかなギターとベースの轟音の間に日本歌詞を叫ぶボーカルは日本の絵もバイオレンスの延長線上に乗ったもので、VA「Till Your Death」収録の曲を最後に演奏したのだが、スポークンワード、アルペジオが導く静のパートが印象的で、このジャンルのこれからを担うバンドなのではと思った。

Trikorona
続いては日本のハードコアバンドTrikorona。最近出したBroilerとのスプリットが話題になっていたりするバンドだけど音を聞くのも、見るのもこの日が初めて。ドラム、ベース、ギター、ボーカルの4人組なんだけど弦楽の二人はエフェクターの数が多め。(この日のバンドはみんなエフェクター多めだったが。)さらにテルミンもセットしているから一体どんな音を出すのかワクワクしていたが、いざ音が出て見るとびっくりした。まず激情じゃないな。短くめまぐるしい。個人的には音の迫力もあってグラインドコアっぽいと思った。調べて見るとパワーバイオレンスもしくはエモバイオレンスということらしいのだが、なるほど、頷ける部分とその範疇に入らない部分があると思う。めまぐるしい演奏にボーカルが何個かの音節を吐き出すように叫ぶ姿はパワーバイオレンスっぽいがスラッジパートがない。(スラッジパートがないパワーバイオレンスもあるのでこれだけでパワーバイオレンスっぽくないとは言えないが)代わりにノイズ成分を多めに曲に打ち込んでいる。ギターの人がノイズ担当なのだが、ギターのエフェクト過剰とノイズが同一曲線状に繋がっていていつの間にかノイジーなギターがハーシュノイズに溶解している。テルミンもバンドの持つ変態性をゆんゆん増している。そしてボーカルが常軌を逸していて、見た目はちょっとゆるい感じのお兄さんなのだが、全身を使って叫ぶ。それも無表情で。大抵こういうバンドでは叫ぶということもあって表情が豊かになるもんだが(笑顔の人も結構多い)、この人は常に無表情。睨むのではないが目が座っていて、そして無表情。笑っている人が怖いとはよく聞くけど、無表情でシャウトする人の方がこええかも!と思った。

weepray
続いては東京のハードコアweepray。見るのは2回目かな。6ヶ月ぶりのライブということでした。このバンドも自前の光源を持ち込んでいるのが、Stubbornと違ってこちらは白熱灯で温かみがある。基本的にはアルペジオを多用する激情系の音だよね〜と思っていたのだが、あれれ前見たときと印象が結構違う。もっと速度が遅くなっている。ダークでグルーミー。そしてアルペジオの響きももっと陰鬱になっている。前見た時より演奏がかっちりしていると思った。低音でドン!とぶちかますようなモダンなハードコア色も取り入れて暴力性も増している。フロアの方も相当盛り上がっていた。結果モダンハードコアに魂を売り渡したのか、とはならずによくよく聴いて見ると激情を自分たちなりの新解釈でやっているのだった。だからかなり感情的で(といっても明確に暗い方に舵をきっている)退廃的な陰鬱さは遅さにあっているし、見た目にも気を使うし化粧していることもあって昔のヴィジュアル系のような耽美さの匂いをかすかに感じ取れた。かっこいいぜ、これは。遅くてかっこいのが好きなのでもっと見たいし、いよいよ作るという音源にも期待が高まる。

isolate
続いては東京のハードコアバンドisolate。ブラッケンドなハードコアをやっている。歌詞は日本語でやはり激情スタイルの影響が色濃いのだが結果的にだいぶ先鋭的なことをやっている。音だけ聞くと絶望感しかないような、ブラッケンドなトレモロリフで全てを塗りつぶしたような救いのないような音なのだが、その轟音で張り上げるボーカルが良い。ある意味演奏と喧嘩しているようにぶつかっているんだけど、そこに葛藤があってこのバンドの持ち味になっていると思う。ボーカルの安藤さんはMCではまっすぐだが、歌っている姿は結構おっかない。アルバム名が「ヒビノコト」となっているようにこのバンドはいろんな感情をあえて削ぎ落とさずに全部ぶち込んでいる。REDSHEERもそうだが、私はそういったバンドが大好きなんでこの日も鳴り響く轟音の中でそんな彼らを見上げていた。私のだけでない、突き上げられる拳が爽快だった。weeprayとのツーマンが企画されているとのこと。

Seek
続いては企画の主催のもう一方。大阪のSeeK。見るのも聞くのも初めてでした。このバンドもベースが二人いる変わった編成。最近やっとこギターが加入する前は長いことベース二人で活動していたようだ。そういうこともあって同じくダブルベースのkallaqriとはベースの使い方が結構異なる。こちらも一方のベースがいわゆる単音引きの普通のベースの役割をするのは同じ。ただフレットレスベースを使い、裏方を支えるという以上に表情豊かに動いていた。もう一方のベーシストは(おそらく)6弦のベースを用いていて、それをギターのようにコードで引くというスタイル。それもほぼほぼ引き倒すようなトレモロスタイル。考えれば弦の太さが違うだけなんで基本的にはギターの働きもできるんだな、と思うようにした、私は。ギターの人はえらく強面だが、かなり空間的な音を出していて攻撃性はもちろんだが、もっと奥行きのある音を組み立てるのに一役買っていた印象。(ちなみにこの方TGICのギターの音を直してあげたり、物販ではすごく丁寧だったりととても良い人でした。)音的には余計なものを削ぎ落としている印象でひたすらソリッド。展開や技巧(相当難しいことをやっているのだと思うのですが)という激情の要素はあまり感じられず、ひたすらトレモロで突き進むスタイル。ただ低音が強調された音の壁で持って圧殺するので美麗や耽美さはなく結構荒廃している音風景で、そこに美意識を見出すタイプ。息のあった低速パートがライブで見ていると気持ちが良い。

THIS GIFT IS A CURSE
続いては本日の主役ストックホルムからの刺客。4人組だったのがギターが一人加入したようだ。ドラムの人が丸刈りの坊主頭で、後のメンバーはクラスティーナ長髪。またドラム以外のメンバーはメンバーのロゴが入ったお揃いの上着を着ている。客電が落ちるとフィードバックノイズの中でボーカルがステージに座り込んで何かやっている。どうも何かの液体を体になすりつけているみたい。なんとも言えない匂い(正露丸みたいな、と言われていた。)がアースダムに充満、それとともにみんな「あ、これやばいやつ」と思ったのではなかろうか。これから儀式が始まるんだなと。
音の方はというと激烈でギターがずっと引き倒している。そういった意味ではブラックメタルなのだろうが、とにかく音の方は重く、またトレモロリフのメロディ性が強調されないのでそういった意味ではハードコアだ。結果的にはうるせー音楽になる。CDでも五月蝿かったが、生で聴くと輪にかけてうるさい。(私は耳栓してなかったので尚更)物理的に耳が痛い最高だ。壁のような音を作り出す様式はそれこそSeeKやisolateに通じるところもあるが、こっちの方が辛い。なぜかというと前述の二つのバンド、それから日本のバンドはどうしても別の要素を取り込んで楽曲を構成するが(その別の要素が激情を激情たらしめる音的な特徴なのだろうか)、このバンドは基本的にそういったものをほぼ入れない。一つのスタイルで持って最初っから最後まで突き通すようなピュアさがある。ジャンルは違うがkhanateめいたトーチャー感。臆面のない異常さ。禍々しさ。葛藤云々ももちろんあるのだろうが、振り切った、あるいはそれらを振り捨てた攻撃性が魅力。ボーカルも終始叫びっぱなしで逃げ場がない。音的には低速パートなんかを入れてそこらへんはCult Leaderにも通じるクラスト臭があり、一種の清涼剤的な?非常に良かった。あとはドラムが明快で割とそこにも爽快感がある。あとは暗黒。瘴気(もはや物理的な臭気)に当てられてふらふらになりながらなんとか物販でT-シャツを買う。お釣りの100円玉がないぞ、とあたふたするギター氏が唯一の癒しポイントでした。

ということでMCでもあったがこの手のバンドが一堂に会したという意味で非常に濃厚なイヴェントでした。ある意味この間ENDONが「エヴァンゲリオンごっこ」と煽ったDisに対する回答がこの日だったのではなかろうか。ごっこのつけ入る隙なんてなかったですね。この日がツアー初日で都内もまだライブがありますんで迷っている人は是非どうぞ。
しかし8バンドは流石に書くのが大変!!!!!

2017年3月25日土曜日

V.A./KEEP AND WALK 10th Anniversary Compilation

全国に展開するレコードショップdisk union傘下のレーベルKEEP AND WALK Recordsのコンピレーションアルバム。
2017年に自身のレーベルからリリースされた。
タイトル通りレーベルの創立10周年を記念してリリースされたもの。アートワークはyuvikiri-zukeiことkamomekamomeのボーカリスト向さんの手によるもの。二つ折りになった紙のジャケットとソフトケースに包まれた簡素なスタイルだが、これはおそらく値段を下げてなるべく手に取ってもらおうという意図だと思う。
全部で16バンドが1曲ずつ提供しており、全てが新録音された新曲(未発表曲)ということらしい。非常に贅沢なアルバムで、収録バンドの中には現在活動停止中のものもあるとか。

一つのレーベルが関係のあるバンドの既存曲から選択して行けばそれはレベールのこの植えない名刺になるだろう。このアルバムは全て新曲で構成されてるので過去に加えて現在進行形の現状と未来を提示している意味で面白い。収録バンドは全て国内のバンドというのも明確なレーベルの姿勢が見て取れる。
全部で16曲、バリエーションはあるが軸になっているのはハードコアだと思う。そのぶっとい背骨が一本アルバムを貫いている。面白いのはかなり日本的なハードコアに特化しているなと思う。後半Blindsideから後ろはかなりピュアで攻撃性の高いハードコアが展開されるのだが、それ以外は結構フックのあるバンドが多い。カオティックというとちょっと違って、クリーンボーカルの頻度と重低音に偏向していない音作り、クリーンボーカルの登場頻度、そしてメロディアスさを鑑みると激情ハードコアっぽい。ここでいう激情は例えばOrchidやYaphet Kottoのような始祖的なバンドではなくて、それらを父母に持ちながらも独自の進化を遂げたenvy以降の激情のこと。(私はこっちから入ったもんで激情というとどうしてもenvy...!となってしまうのだ。)歌詞は日本語で乾いた音のハードコアを基調としつつ一旦その曲構成をバラバラに解体して、そこに叙情感をニューススクール・ハードコアとは別の観点から注入して再構成したもの。激しいパートに加えて、アルペジオに象徴されるゆったりとしたアンビエントなパートを対比させる曲構成。ドラマチックかつ空間的でじわっと広がっていくようなドラマティックさ。
と言ってもこのコンピレーションの場合は”哲学”(というよりは衒学と言ったら怒られるかもだけど)的な崇高さを希求するというよりはもっと聴きやすい、聴き手にもストレートに届く、ポピュラーなロックの要素を曲に持ち込んだバンドがおおい。だから非常に直感的に聞こえて、楽しめる。いわば実際的であって「歩き続ける」という前向きなレーベル名、そしてその特色をよく表していると思う。そんな中でも妖しい歌謡曲的な雰囲気をプンプンに放出するマシリトだったり、やっぱり圧倒的に黒いisolate、鋭くシリアスなNervous Light of Sundayなどそんな中にも振れ幅の極端なバンドが同時に違和感なく収録されているのが、コンピレーションの醍醐味という感じ。
時に青臭いほどに真っ直ぐな歌詞がこのジャンルでは大きな特徴だと思う。おそらくコストの関係でオミットされた歌詞をオフィシャルHPで補完されているので是非曲と合わせてどうぞ。

これからの季節にぴったりのコンピレーションだな〜と思う。日本らしさはともすると悪い意味でも使われることが多いけど、むしろ明確に日本の特定のハードコアをぐっと提示する力強さはかっこいい。この手の音楽が好きな人は是非どうぞ。

2017年2月25日土曜日

Recluse/The Black Famine

アメリカ合衆国とフランスの混成ブラックメタルユニットの編集盤アルバム。
2016年にVault of Dried Bones Recordsからリリースされた。
元々は2014年に自主リリースされたカセットだが(おそらく)新メンバーである元Vlad TepesのメンバーWladが加入したのをきかっけに録音し直したのがこちら。
メンバーの片割れは問題行動を起こしてバンドをやめた元CobaltのメンバーMcSorleyである。新アルバムである「Stillbirth in Bethlehem」と同時にレーベルから購入したもの。

意外にもそっけなかった新作と違ってブックレットが豪華仕様になっており、中身には死体の写真とそれから歌詞が乗せられている。
先に新作の方を聴いていたので、汚いロウ・ブラックメタルなのだろうな〜と思って切ったらあれれ??意外にこちらの方は小ぎれいにまとまっている印象。まずサウンドプロダクションが良いのか、音の分離がはっきりしている。これは結構大きい。というのも新作でも気色の悪いブラックメタルの悪臭の向こう側にややメロディの残骸らしきものが、かろうじて認めらるかもしれないがそれは幻覚の可能性が高い、と言った音楽性だったのがこちらの音源だと比較的容易に聞き取ることができる。「McSorleyできるやんけ!こういうことやぞ!」と思わず快哉を叫んだ人がいるとかいないとか。(まあ前作からのギャップでだいぶ綺麗に聞こえてしまうというマジックはあるとおもうけど)全体を覆っていた正気の様なノイズ成分も控えめなので、本来の曲の良さ(汚いプロダクションも含めての曲の良さなのでここでは曲という方程式の出来の良さくらいの意味で)が実感できる。Venomのアルバムとして産声を上げて以降、(少なくとも形だけでも)反キリスト教・反体制というカウンターカルチャーとして地下で育まれてきたブラック・メタルのピュアさを受け継ぐ、時代と時流、ユーザーの軽薄なニーズなど一切無視した寒々しく汚い、邪悪だが悪魔の様に暗闇で光る、儚くそして捉えどころのない薄いヴェールの様なメロディラインで構築された音楽である。メロディにしても耽美で退廃的なそれとは無縁なコールドさ。ガシャガシャしたギターに奏でられるそれはやはり初期以降のDarkthroneを彷彿とさせる。バンドサウンドプラスノイズのみで構成されているが、お得意のガリガリした(このガリガリさが個人的には好き)トレモロに加え、物寂しいアルペジオやミニマルさをいかした放心した様なアンビエントパートなど決して一本調子にならない構成で心に訴えかけてくる。「サタンに常しえの栄光を!」と歌い上げる詩もマジに思えてくるくらいのガチさ。廃墟に放置された進歩と文明に唾を吐きかける邪悪な隠遁者の日記を盗み見している様なゾクゾクする背徳感と危険性がある。
個人的には何と言っても「Frozen Blood」が良い。ミニマルなトレモロがゆったりとした速度で行進していく様はなんとも美しい。凍てついた森の上に冷たい月が浮かぶ夜の景色だ。新作が忌まわしい音楽だとすると、こちらはこの世の中に忘れ去られた様な音楽だろうか。音がクリアな分寂寞とした感じが強調されており、私としては暗さは減退しているが、こちらの音源の方が好みだ。

興味がある人やMcSorley在籍時のCobaltが好きな人は是非どうぞ。新作とはセットで買うか、もしくは先にこちらを聴いてみるのが良いかもしれない。非常にかっこいい。

2017年2月19日日曜日

RORCAL/CREON

スイスはジュネーブのブラックメタル/スラッジメタルバンドの4thアルバム。
2016年にBleak Recordsingsからリリースされた。私が買ったのはLonglegslongarms Recordsからリリースされた日本盤でこれには歌詞の和訳や解説などが書かれた小冊子が付属する。2005年に結成されたバンドで今まで3枚のアルバムをリリースしている5人組。タイトルの「クレオン(または「クレオーン」)はギリシア神話の登場人物でテーバイの王のことだとか。

全4曲で収録時間は51分。どの曲も10分を超える大曲。ギリシャ神話を題材にとったコンセプチュアルなアルバムらしく、「劇的」という言葉がぴったりの荘厳なアルバム。音楽的には表現が難しいが、ブラックメタルを基調にして速度をぐっと落としたもの、ブラッケンドしたドゥーム/スラッジというとちょっと実は違うんじゃないかと思う。個人的には遅く、複雑なブラックメタルという印象で、どちらかというと世間でも言われている通りポストハードコアというのは結構しっくりくる。
トレモロリフは連続して音を出していくという性質上遅くするのは難しいのだけど、トレモロをトレモロたり得る速度まで落としそれからドラムは遅めのビートを刻めば、基本的にはRORCALの大まかな音がイメージできると思う。ドゥームがブラック化すればもっと音に隙間ができるはずなのだが、このバンドはトレモロに最大の比重を置くバンドらしく、ほとんど隙間を変えることをしない。どうなるかというととにかく重苦しくなる。トレモロが低音に特化していることもあって息苦しい。長い長い水中潜行のような息苦しさ。スラッジやドゥームは隙間があることでうねりや息継ぎの合間ができてリラックスできたんだなあ、と思うような音の密度だ。もちろん極端な反面、残響を意識したフィードバックノイズで引っ張るドローン的なパートもあるし、ドラムは結構実は手数が多く時に速度を増している。疾走パートだ!待ってました!となるはずがこのバンドの場合はなぜか速く聞こえないのである。不思議。砂漠でさまよってオアシスかと思ったら蜃気楼でした、という絶望感。逃げ場なし。一つはとにかくシャウトを引っ張るボーカルがあると思う。完全にブラックメタルなイーヴィルなシャウトなのだが、こいつがある意味ではストーリーテラーである。朗々とはしていないものの、噛んで含めるようなねっとりとしたボーカルには高速感が皆無なのだ。せっかくドラムが頑張って叩いているのに、ボーカルが亀さんなのだ。この感じ、どこかで…と思ったらkhanateにちょっと似ている。助けてくれ〜となるあの音楽性。ところで私はkhanateが大好きなのだ。そう考えると急にRORCALの曲もかっこよくなってくるから現金なもの。よくよく聞くとただの拷問ではなく、よくよく練られた曲だということが随所に散りばめられたパーツパーツに感じられる。一番印象的でわかりやすいのはメロディラインで、これはこのジャンル特有のトレモロリフに込める、という形で現れている。トレモロの牢獄も、よくよく聞くと潮の満ち引きの様なうねりのあるメロディを繊細な音に混ぜ込んでいるし、一人称が変わる歌詞におそらく合わせて曲の展開を変えていく。
音楽性でいうと最新作で楽曲をコンパクト化した以前のDownfall of Gaiaに通じるところがある。暗く、重く、そして劇的だ。ブラックで長い尺というとカスカディアンなブラックメタルバンドが思い浮かぶが、自然への数位牌と調和を意識した芳醇さはなく、代わりにスラッジ/ドゥームの手法を取り入れることでブラックメタルにない別種の黒さを獲得している。オルタナティブな黒ともいうべき、別の色としての黒。ギリシャ神話にはほぼ触れたことがないのだが、歌詞を読むと別世界に遊ぶ神々の華やかさは皆無で、むしろ難解な言葉綴られる物語は暗く重苦しい、人間界にはない暗さを神話に託したのか、それとも人間界の愛憎と悲哀を神話の暗黒で例えているのか、果たして真意はわからないものの、この世ならぬものを作ってやろうという並々ならぬ気概だけはしっかと伝わる。

Downfall of Gaia好きな人には刺さるだろうし、意外にkhanate好きな人とかは向いていると思う。速度の遅いブラックメタルの威力をまざまざと見せつけられる一枚。

2017年1月29日日曜日

Recluse/Stillbirth in Bethlehem

アメリカとフランスの混成ブラックメタルバンドの1stアルバム。
2016年にカナダのVault of Dried Bones Recordsからリリースされた。
Recluseは2013年に結成されたバンドで今までにデモなどの複数の音源をリリース。その後メンバーを一人加え既存の楽曲を録音し直し、新曲を追加したのがこの音源。
バンドはPhil McSorleyによって始められた。彼は元Cobaltのボーカリストである。Cobalt結成後彼はアメリカ軍(陸軍だったかな?)に従軍、おそらくその後除隊したのだろうが(音楽活動を再開しているので少なくとも外国にはいないはず)、FBで人種差別的な発言(Ericの言。私はこの発言を読んでいない)を繰り返しCobaltのもう一人のメンバーEric Wunderと決別。McSorleyはCobaltを脱退。Ericは元Lord MantisのCharlie Fellを新ボーカリストに迎えて昨年新作「Slow Forever」をドロップした。一方のMcSorleyが始めたのがこのRecluse。バンド名は「隠者、世捨て人」を意味し、当初は彼一人でやっていたから彼の荒んだ心中がなんとなく察せられる。その後もとVlad TepesのWlad(この人はフランス在住)をボーカルに迎えた。このVlad Tepes(いうまでもなくドラキュラ公から取ったのだろう)はブラックメタル界隈では伝説的なバンド(インナーサークルに呼応するようなよろしくない活動がフランスであった)らしいが私は聴いたことがない。
「Slow Forever」はベストアルバムにあげられることもあり、確かに良いアルバムだったが個人的には正直バンドの前作「Gin」には及ばなかった。どうも私はCobaltのブラックメタルの枠を飛び出す楽曲とそれに乗っかるMcSorleyの声に魅力を覚えていたらしい。どうしてもMcSorleyの声が聴きたくなってRecluseの音源を入手することにした。「世捨て人」というバンド名通りとにかくアングラな活動しかしていないようだが、この音源はレーベルの流通に乗るようでネットを介して楽に購入できた。

悪趣味なライナーにはほぼ情報のないインナー、全部で12曲あるはずがまとめて1曲になっているトラック(分割して曲名つけるのがクソめんどい)という地獄仕様で嫌な予感しかないのだが、再生すると果たしてその思いは見事に裏切られない。「ベツレヘムの死産」という冒涜的なアルバムタイトル、そして「殺人聖歌」から始まる口に出すのも憚れる曲名が続く。だいたいわかると思うが、これ世に出しちゃいけない系のやつです。ブラックメタルの悪いところ全部集めました!っていう、あれです。ブラッケンド、そしてシューゲイザーへの接近、それらオーバーグランド化するブラックメタルに唾を吐きかける、唾どころかまさに「精液と血」(2曲めのタイトル)なのがRecluse。
こもって地下の小部屋で録音したような劣悪な音質。ボコボコ輪郭が曖昧なドラムがどたどたリズムを刻み、音圧のあまりないギターが汚いトレモロを奏ででいく。そこにエフェクト(低音とリバーブ、時にやまびこ的なエコー)を過剰にかけた忌まわしいボーカルが乗るスタイル。爽快感のあるブラストビートがあるわけでも、美麗なメロディがあるわけでもない真性ロウ・ブラックメタル。もちろん企図された汚さではあるわけだが、汚いことが美学であって、うまく生きられないおっさんの恨みで作られており、いわば恨み節であって破滅の美学なんて耽美なものは一切感じられない地獄仕様。ブラックメタルはブラックメタルなのでトレモロの中にメロディ性が感じられるのだが、それをかき消してあまりある汚濁がひどい。
まだロウ・ブラックメタルの体裁をとっていた前半から後半はさらにいやらしいことにノイズ成分が色濃くなっていく。もはや嫌がらせなのかというくらい。ボーカルも重ねてきたり、放心したような「うえええ〜」という高音を混ぜてきたり、ボーカルなのかノイズなのかわからないくらい混沌としてくる。
拡散していくブラックメタル界隈に本質を提示する、という高邁な精神を感じ取れるというよりも好き勝手に”俺ら”のブラックメタルやったらこうなってしまいました、という感じで非常に素晴らしい。

正直人にオススメできるものではないのだが、ロウなブラックメタルが好きなんだという人、ブラックメタルにはアングラ臭をひたすら求める人、世界に拒絶されていると思う人はどハマりするのではなかろうか。Cobaltの新作に興味を持った人にはオススメできない。視聴して気になったら買ってみるのも良いかもしれない。私は大好き。

Scour/Scour

アメリカのデスメタル/ブラックメタルバンドの1stEP。
2016年にHousecore Recordsからリリースされた。

メタル界隈のお騒がせキャラ(最近はライブでの問題発言でレイシストだとミュージシャンからも激しくバッシングされたり)こと元Pantera、現DownのPhil Anselmoが新しいバンドを組んだということでそんなら聴いてみようかなと思ってデビューEPを買ってみた。
メンバーはアーティスト写真を見ると嫌になるくらいのむささでPhilの他にはPig Dstroyer、Cattle Decapitation、Confluxなどから召集されたツワモノ揃いといった様子。

Philが音頭を取っているならまあDownのようないわゆるNOLAスタイルのスラッジ系の音なんだろうなとたかをくくっていたのだが、再生すると全然違ったので驚いた。
音で言えばブラックメタルかブラッケンド・デスメタルだろう。音の数がとにかく多いし、曲の速度も速い。何より驚くのがシリアスなPhilのボーカル。私はPanteraは「脳殺」しか聴いていないし熱心なファンというのではないけど、Downでのイメージが頭の中にあったからかっこいいのもちろんだけど張り詰めたと同時にどこかゆったりしたところのある伸びやかなボーカルというイメージがあった。ところがこの音源ではPanteraの時でもこんな歌い方してたっけ?と思うくらいの暗黒っぷり。この人こんな歌い方できたのかと思ってしまった。吐き出すというより吸い込むような悪魔的なボーカルは煙たいをはるか通り越した暗黒さ。低音デスから高音ブラックシャウトまでどれも堂に入ったものでさすがにこれは王者の風格か…とちょっと唖然とする。
Philと相対するバンドメンバーも何かに取り憑かれているのではというくらい、鬼気迫る演奏で一切速度を落とすことなく嵐のようなエクストリーム・メタルを披露している。ツーバスは踏みまくり、リフはほぼほぼトレモロが鳴り止まない疾走ぶり。明らかにためのあるサザン感のグルーヴィさは撤廃・排除され、代わりに高速で落下していくような速度が充填されている。いわゆるブラックメタルスタイルなのだろうが、コールドな感じは納め目であること、重厚で良質な音質が迫力があること、リフのメロディ性が希薄であることを考えると真性ブラックメタルというよりはブラッケンド・デスメタルといってもいいかもしれない。全6曲でラスト前にアンビエントなインストを挟むものの、その他一切呵責するところなし。

事前情報も特にない状態で買って聴いたものだから思わずゲエーとなってしまったくらいの衝撃だった。すごい楽しいギャップだった。Downも好きだけどこっちも非常にかっこいいな。Philはいろんなプロジェクトを動かしている人だと思うけどぜひScourはコンスタントに動くバンドにしてほしいと思う。エクストリームなメタルが好きな人は迷わずどうぞ。洒落乙で形骸化する(ブラックメタルが過激な音楽を信条とするとしたら)なブラッケンドに反吐を叩きつける苛烈さ。やっぱPhil Anselmoはすげえなあと思わされる。おすすめ。
ちなみにジャケ裏に非公式なダウンロードは音楽を殺す!と書かれています。いうまでもなく至極当たり前の話ですが買って聴きましょうね。

2016年12月11日日曜日

Oathbreaker/Rheia

ベルギーはオースト=フランデレン州ヘントのハードコアバンドの3rdアルバム。
2016年にDeathwish INC.からリリースされた。
2008年に結成されたバンドでボーカルに女性を擁している。今までに2枚のアルバムをリリース済み。
今年の夏にこのアルバム収録曲のMVが公開されるや否や日本のTwitterでも話題になった彼ら。私は慌てて彼らの2ndアルバムを買うくらいのにわかファンで「前から知ってましたけど?」という顔でこのアルバムを買いました。

女性ボーカルのハードコアバンドというとドイツのSvffer、この間来日してたアメリカのDespise You(男女ツイン)、デンマークのGorilla Angrebなんかが思い浮かぶけどこのバンドはそれらのどれとも異なる。あまりに激しくて性を超越しつつある前者ふたつとも、激しいパンクスプリットの中に歌心を混ぜて来るGorilla Angrebともやはり違う。
あえて批判を恐れずにいうとこのOathbreakerはもっと女性であることの強みを活かしたバンドだと思う。ここでいう女性というのは何かというと不安定さに他ならない。Oathbreakerはちょっとどうかしているハードコアバンドだ。世にどうかしているハードコアバンドというのは多いが、なかなかこのバンドに似ているのはない。ほとんどが男性ボーカルというのもある。男性だって不安定になるし、悩みまくったりする。しかしその感情自体、またはその感情を表現としてアウトプットするときに意識的/無意識的に男らしさという強さのバイアスがかかることが多いと思う。女性だってもちろん女性なりのバイアスがかかるのだろうけど、やはり成果物としては女性特有のものになる。OathbreakerのボーカルCaro Tangheは男顔負けに叫びまくるが、クリーンで歌いもする。ウィスパーボイスも使う。不安定に揺れる彼女の声は、正気と狂気のあわいにいる”危うさ”がある。いわば中間色であって、両極端の間で揺れ続けるその不安定さ、そこが魅力だ。ここが女性であることの強み、だと思う。
演奏の方も彼女の声と個性を後押しする様に動く。音で言えば強烈なのはもちろんだが、ボーカルの声を押しつぶすくらいに漆黒に染めらえていない。コード感のあるギターが導く曲は適度な軽さと隙間があるし、速度も劇速ではない。静から動への移行が非常にスムーズなのも特筆すべきで、これは直線上にあってぶれ続ける(女性の)感情を表現している(と思うのだ)。唐突に起こり出す男性とは違う。少しづつおかしくなっていく。そしてまた優しく戻っていく。連続し途切れない波がある。だからちょっと催眠的でもある。激しさをあえて落とすことで”違和感”を作り出している。そう行った意味ではこの上なく不穏な音ではなかろうか。

最高だなと思う。ちょっとどうかしているハードコアで頭幾つか抜きん出ているのでは。話題を読んだリードトラックである1曲め、2曲め、5曲め以外にも良い曲があって今これを聞かないで何を聴くんだ!というくらいおすすめです。

Downfall of Gaia/Atrophy

ドイツはハンブルグ、ベルリンのネオクラストバンドの4thアルバム。
2016年にMetal Blade Recordsよりリリースされた。
Downfall of Gaiaは2006年に結成され(2008年とされることもあるが、3laのインタビューでメンバーが発言。当初はバンド名が違った様だが。)たバンドで今まで3枚のアルバムをリリース。昨年来日経験も果たした。前回のアルバム「Aeon Unveils the Thrones of Decay」からドラムとギターのメンバーが入れ替わっている模様。
タイトルの「Atrophy」は「萎縮」という意味とのこと。
クラストを基調としならがブラックメタル、アトモスフェリック・スラッジ、ポストメタルなどさまざまな異種音楽をミックスした独特の音楽を鳴らしており、ネオクラストと紹介されることもある。

メンバーチェンジの影響からか、前作とは結構印象が違う出来になった。
ブラッケンド、つまりブラックメタルに影響されたクラスト・ハードコアという大きな音楽性自体はブレないものの、曲作りに関しては若干の変更が見られる。
10分にやや満たないくらいの長い尺は相変わらずだが、中身はひたすら大作志向だった前作に比べるとややシンプルになっている。静のパートと動のパートという基本はもちろん、曲の速さやリフなど1曲の中に色々ぎゅっと詰め込んでいたのが前作だとすると、今作はミニマルとまではいかないもの明確なテーマがあってそれを長い尺の中で繰り返すことで盛り上げていく様に作風がいくらか変わっている。
どちらがというのは個人の好みだろうが、私は今作の方が好きだ。やや難解だった前作は聴き処が明確に際立ちすぎていたが、さすがに聴き処以外は魅力なしというわけではないが、今作はあえて削ぎ落としてきていることで全編聴き処にすることができていると思う。つまりこのバンドの持ち味である、激しくも感情的に突っ走るトレモロリフが全編にわたって楽しめるからだ。端的に言えば魅力を10分弱聴かせることができているということじゃないだろうか。繰り返すがこの評価はこのバンドに何を求めるかでかわってくると思う。表層的にはかなりブラックメタルの要素が強いが、外に開いていく様な開放感(閉塞感だけにとらわれない)、そして明るいとまでは言えないものの光に向かう様な必死かつ温かみのあるリフに込められたメロディー(3曲め「Ephemerol」の美しさ!)を考えると(そしてまたインタビューでもパンクが出自という通り)その中身はブラックメタルとは違う何かを感じ取れる。
喚き声のボーカルに一切キャッチーさがない反面、疾走するトレモロリフがメロディアスを担う。「言葉にすると嘘になる」割とよく聞くフレーズだが、確かに言語化するとわかりやすくなる反面、意味が固定されてしまう。渦巻く感情をテーマにする場合は言語に頼らない、つまりそれ以外(別に音楽でなくても絵画とかでも)で表現するのは非常に理にかなっていると思う。ただ激しいだけでない、激情/ネオクラストと表現されるゆえの、悩みや不安、そして言葉にならない事事が反映されたDownfall of Gaiaの音楽がこの様な携帯を取るのは必然かもしれない。(そうなるとジャンルが先に来るのか、後に来るのかって問題があってこれをどう考えるかは非常に面白いと思う。)

長所をぎゅっと濃縮してきた新作。私はこの変化を非常に楽しめた。前作がやや難解だったという人も今作は楽しめるんではなかろうか。非常にオススメ。