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2018年9月2日日曜日

Birds in Row/We Already Lost the World

フランスはマイエンヌ県ラヴァルのハードコアバンドの2ndアルバム。
2018年にDeathwish Inc.からリリースされた。
2009年に結成された3人組のバンドで来日経験もある。前作リリース後にメンバーが一人変わっている。
バンド名は「列になって飛ぶ鳥」という意味かな?秋か冬を連想して切ない気持ちになる。フランスでもそうなのだろうか?

Birds in Rowを聴いて思ったのは、とにかく全編メロディアスだ。曲の中心には歌があると言って良いのではないか。シンプルなのはバンド編成にとどまらず、作り出す音に関しても非常にシンプルだ。セミホロウのギターから生み出される音は攻撃的だが重たくはない。尖っていてソリッドだが、アンサンブル全体ではヌケが良く、音と音の隙間が強烈に意識されている。先行公開されていた「15-38」はその極みと言える曲で生々しいギターと声が明るいメロディを紡ぎ上げていく前半部がとても美しい。
私などはどうしても耳を引くポップさに捕まってしまってこりゃあ非常にメロディアスな作品だな、なんて思ってしまったがアルバム全体を何巡かしてみるとその印象もだいぶ変わってくる。まず非常にラウドであることに気がつく。そして非常に攻撃的であることに気がつく。これはおかしい。なぜなら音自体(音の作り方と曲の構成)は前述の通りにどちらかというと意図的に軽くしたものだからだ。しかしこの全編を覆ったシリアスさはどうだろうか。このタイトさは非常に重たく聴く人の耳を通してのしかかってくる。いわゆる「重たい女(もしくは男)」のように情念が強い。これはそう緊張感だ。ある意味抑揚はあっても緩急はないんだよ、このアルバムは。全編ピリっピリに張り詰めている。だからこその34分なのだ。キリキリに張り詰めた弦のようにこれ以上やったら弾け飛んでしまう。テンションが高いというのはやたらに元気という意味ではない。エネルギーが横溢していてこれ以上はもう…という緊張感に他ならない。このタイトな感じはkillieの編集盤を聞いた時の思いと非常に似通っている。これに気がついた時これか!と個人的には納得感があった。別に他のバンドが弛緩しているわけでも遊びでやっているわけでもないが、しかしこの緊張感といったらない。音の軽さについてもこれで説明はつく。彼らは、Birds in Rowは生身で勝負する。最低限の楽器(とそれを動かす3人の体)と声で勝負をする。他には何も付け足さない。この厳格さがこの濃密さを生み出しているに違いないと思う。溜まりに溜まったエネルギーをある意味ではこういう形で放射するという所に非常に人間的な懊悩を感じるし、それが激情ハードコアなのかと思った。
「We Vs. Us」の歌パートの緊張感、そして何と言ってもアルバムのラスト「Fossils」の冒頭の重たさが開けた後に浮かび上がってくるメロディが素晴らしい。私はどうしても鬱屈して放心したような、諦念のある空虚感のある曲が好きなのだけど、このアルバムには懊悩はあっても諦めは一切ない(ように思う)。全編これ闘争だ。諦めと戦っているのだ。「俺たちはすでに世界を失っている」というアルバムのタイトルは非常の特徴的で危うい。その勝ち目のない戦いが、勝ち目のないゆえに非常に眩しいのだ。負けないでくれと思ってしまう。感動的だ。

これはすごいアルバムだ。一見してどうしてもポップさに惹かれてしまうが、その背後にとんでもないものが渦巻いている。非常にオススメ。

2018年3月4日日曜日

Quicksand/Interiors

アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク・シティのポスト・ハードコアバンドの3rdアルバム。
2017年にEpitaph Recordsからリリースされた。
1990年に元Gorilla Biscuitsや元Youth of Todayらのメンバーによって結成され2枚のアルバムをリリースした後、1995年に一度解散。その後1997年に再結成後1999年に再度解散。2012年にまたもや再結成し、ようやく発売されたのがこのアルバム。流砂という名前のバンドで私はRevelation Recordsのコンピレーション・アルバム「In-Flight Program」に収録された「Omission」という曲しか聞いたことが無い。恥ずかしながら再結成後に発売されたアルバムという盛り上がりに押されて買った次第。
wikiを見るとFugaziとHelmetとよく比較されると書いてある。

少し線の細い、ナイーブさを秘めた甘い歌声が伸びやかに、外へ外へと歌っていくオーセンティックなロックバンドとしての風格に良い意味で驚かされる。しかしよくよく聞いていると、ジャギジャギ刻むギターはやはりずっしりとした重みを感じさせ、またリズムの転換や凝った(ここではメタリックという意味ではない)リフなどにその来歴をはっきりと感じさせる。逆に言えばハードコアをどこまで”歌”に昇華させられるかというチャレンジでもある。ここで個人的に感心するのはその外向性であり、ハードコアが技量に凝り(悪いことではない、むしろ良いことでもあるとはっきり思います)、内面の葛藤を取り扱うと概ね内省的になり、そのサウンドはその懊悩を反映し、暗く、また反動的に攻撃的になっていく傾向からははっきり意図的に決別している点だ。重たいハードコア・サウンドにわかりやすいメロディを乗せるのがこの手のバンドの単純明快な(こちらも良い点と悪い点があるが、概ね出自のジャンルに拘りのあるファンは苦い顔をする。)上昇志向の一つの結果、つまりセルアウトとするなら、歌化することがある意味ではハードコアという持ち味(凶暴さ)をかなぐり捨てている、という見方ができる。引き合いに出されるというFugaziにそこまで似ているかな?と思ったのだけど、たしかにハードコアを脱却した音と、その脱却しようという精神こそが実はハードコアの真髄なのだという、そのやり方が似ているのかもしれない。
そんな内部闘争があったのかどうかは正直全くわからないのだが、そんなのどこ吹く風であくまでもからりとしたロックを演奏する姿はいかにも格好良い。Elliotのような切なさ、Refusedのようなマス感、どちらも実はその身内に取り込みつつ(結構楽曲は複雑じゃないかと思う)、あくまでも表面上としては実直なロックサウンドとしてアウトプットする。今作しか聞いてないから曖昧な判断だが、Helmetの強靭さ、冷徹さはほぼなく、もっと柔らかい感じ。「Omission」を聞くとなるほどだいぶ今の音からすると強面の音楽をやっているからいろいろな音的な変遷があったのだろう。音は強靭だがとてもしなやか。8曲目「Fire This Time」はストレートに内面に秘めたハードさが出ていてわかりやすいと思う。内面をわかりやすく吐露するエモ・バイオレンスや激情に比べると、やはりちょっとその真意は測りにくい、というのはあるかもしれない。それくらいクールではある。(クールさの弊害ともいえるかもしれない。)

2017年12月24日日曜日

Amnera/Mass III-II

ベルギーはウェスト=フランデレン州コルトレイクのポストメタル/ハードコアバンドの3rdアルバムにボーナストラックを加えたもの。
元は2005年にHypertension Records(良いレーベル名だ)など複数のレーベルからリリースされたもの。私が買ったのはボーナストラック3曲(EPから2曲、ライブトラック1曲)を追加して、さらにこの後リリースされたアルバム「Mass IIII」をセットにしたコンピレーションアルバム「Mass III-II + Mass IIII」というアルバム。こちらも幾つかのレーベルからリリースされたが、私のは日本のTokyo Jupiter Recordsから出ているもの。元は別の作品なので別々に感想を書こうかなと。
Amenraでアメン・ラーだ。たしかエジプトの太陽神の名前だったと思う。結成は1999年で今は5人組のようだ。メンバーチェンジもあったようでオリジナルメンバーは今二人(ボーカルとギター)残っている。もう一人ギター担当のメンバーがいてこの人はOathbreakerのメンバーでもあるそうな。

新作はNeurot Recordingsからリリースされているのだが、それも納得のサウンドを鳴らしている。根っこがハードコアだが病みに病んで速度が遅くなり、展開も複雑かつ大仰になったスラッジ・サウンドを鳴らしている。スラッジと言ってもEyehategod系の退廃的かつ厭世的、薬とアルコールでハイになったスラッジ・コアとは明らかに一線を画す暗い内容でどちらかと言うと、頭にポストとつく感じのインテリジェンスなサウンド。不良というよりは優等生が病んだ的な雰囲気の方のやつです。ポストの次がロック(ではないような印象だけど)、メタル、ハードコアのどれかっていうのがちょっと判然としないのがこのバンドの面白いところ。この手のバンドはDownfall of Gaiaとか、Rorcalとかが思い浮かぶが、曲が長くなるに連れて展開が複雑に、そして劇的(ドラマティック)になってくるものだけど、このバンドは結構その手の方向に進むことを拒否していてあくまでも陰湿なハードコアを徹頭徹尾プレイしている。外へ外へ広がっていかないのだ。また美麗なアルペジオや浮遊感のあるシンセサウンドもなし。あくまでもソリッドかつ重厚でどこか想像の別天地に飛翔することを許さない牢獄感。逃げようとする足首をぐっと掴んでくる陰湿さがある。もともと内省的なジャンルだが音もその精神に忠実で中期(遅くなって以降の)Neurosisの影響を色濃く感じる。結果密室的で閉塞感のあるハードコアが長尺で延々とプレイされるかなりハードな地獄絵図が展開されるのだが、最後の希望が用意されている。それが陰鬱なメロディの大胆な導入。サビのための他のパートという使い方ではなく、長い曲のなかの一部としてクリーンボーカルによるメロディを取り込んでいる。この「歌」というのもなかなかどうしても暗く陰鬱で、少し耽美なところがある。病的な男の現実逃避めいていて、音楽が密室を構築するなら、梁に縄を引っ掛ける時に幼く幸せだったときの同様を口ずさんでいるような嫌〜な感じがする。これが良い。
前述の2つのバンドのようなハードコアから始まり、ブラックメタルも飲み込んだ壮大なポストメタル/スラッジというより、自分的には激情系やエモバイオレンスに自殺感を持ち込んだようなイメージが近い。というのも長い曲でアトモスフェリックな要素をほぼ用いず、バンドサウンドで勝負していること。アート感はなく、ハードコアを貫いていること。歌詞は分からないが、全体的に極めて内省的で自己批判的な精神が感じられること、これは出す音が”個人的”なように私には聞こえる。矮小や卑小と言っても良いかもしれないが、壮大な曲のドラマティックさに胸を打たれるのも良いが、どこまで行っても自分という檻からは逃げ切れないような、そういった日常的な悲痛さが強調されていて個人的には妙に共感してしまう。

ポストメタルが好きな人が聴いてみるのはもちろん良いし、日本や海外の悩み過ぎ系病みハードコアが好きな人も結構好きになるのではないかと思う。

ちなみに年内にこの編集盤が完売すると、発売元のTokyo Jupiter Recordsが来日に向けてバンド側との本格的な交渉に入るとのこと。残り少ない年内だが、気になっている人は買ってみると良いかもしれない。
また、Decayed Sun Recordsの特集記事がとても読み応えがあるのでぜひ読んでみていただきたい。私は自分が書いているのは感想文なのだが、この記事というのは私が考えるレビューの一つの理想形だと思う。

2017年7月29日土曜日

Elliott/False Cathedrals

アメリカ合衆国ケンタッキー州はルイビルのポストハードコアバンドの2ndアルバム。
2000年にRevelation Recordsからリリースされた。
ElliottはハードコアバンドのFalling Forwardが解散し、そのメンバーとEmpathyというバンドから離脱したメンバーによって結成されたバンド。1995年から2005年まで活動し、既に解散している。
Revelation RecordsがBandcampを開設したのでなんか買おうと思ってジャケットが良いのでなんとなく買って見た。

ポストハードコアといってもメンバーがもともとハードコアをやっていた(視聴するとFalling Forwardも楽器隊はハードだがのちにElliottに通じる歌のセンスがあるようだ。)という経緯があるからそう呼ばれているだけなのでは、と思ってしまうくらい歌が溢れたロックを鳴らしている。実際wikiにはインディーロックと書かれている。もちろんヒットチャートに乗るような音楽性ではなかろう、つまり楽器の演奏がしっかりしていて、(適度に)うるさくなっている。といってもザクザク刻むメタリックなリフも、軽快にツビートで疾走するハードコア感も皆無。伸びやかな声を持つボーカルがメロディを歌い上げる。このメロディがバンドの肝になっていてなんともノスタルジックで良い。とにかく甘く、とにかくくどく、わかりやすいがすぐに印象が薄れていくような初速だけ意識したメロディアスさとは違う。もっと静かで抑制が効いており(ほぼ叫ぶようなこともしないので、さすがにスクリーモの文脈で語るのも無理なくらい)、一見地味のようだけど腰を据えて効いて見るとじわじわとあなたの心の隔壁を溶かして浸透してくる。陰鬱ではないし、むしろ曲によってはきらめいてさえいるんだけど、それが例えば昔の写真や楽しかった風景を今思い返しているような、ちょっと昔日の過去めいたノスタルジーさ、懐かしさ、今はもうないという切なさに満ちている。楽しかった夏休みの思い出のように、どこかくすんできらめいている、あの感じである。叙情的という言葉がバンドで再現するとやはりくどくなることがあるが、このバンドに関してはあくまでも過ぎ去る風のようにさわやか。
全体的にあえて抑えている美学があって、ポスト(ハードコア)といっても難解で美的センスの高い装飾性は皆無で、クリーンなアルペジオ、適度に歪ませたギターのコード感、手数の多くないが力強いドラムなど、全てがあえて自分を抑えることで曲を完成させているイメージだ。その曲というのは一見抑えてあるトーンの中に、それと同調することで拓けてくる感情を込めることに他ならない。ボーカルのあくまでも叫ばないという縛りの中で訴えかける歌い方が読み手の感情に呼びかける、特定の感情を惹起する。つまり演奏する側で完成していないような、ある種聞き手がいて初めて完成するようなそんな感じであり、なんとなく優しい感じがすると思ったら、多分この要素がその優しさの秘密であろうか。

もはや世に出てから17年という月日が流れた作品だが、おそらく普遍的な感情を歌っているのではなかろうか。全く古びることなく、それこそ昔取って今忘れられた写真のように屋根裏であなたを待っているような音楽ではなかろうか。ぜひどうぞ。

2017年7月8日土曜日

heaven in her arms/白暈

日本は東京のポストロック/ハードコアバンドの3rdアルバム。
2017年にDaymare Recordingsからリリースされた。
コンスタントに活動しているような気がすぐがそれでも同じく日本のブラックメタルバンドCoholとのスプリット「刻光」が2013年なので4年ぶりくらいの音源になる。

Convergeの曲から名前をとった5人組のバンドでボーカルがギタリストも兼任、合計3本からなる重厚かつ繊細なアンサンブルが特徴のバンド。難しい漢字を使いつつもも内省的で自己と他者、自己と世界的な世界観をポストロック的な静と動を行き来する(比較的)長めの尺の曲で表現する手法は、正しくenvyに端を発する日本の激情型ハードコア(スクリーモ、エモバイオレンスとは美的感覚という点でやはりちょっと違うジャンルだと思う)に属するバンドだと思うが、その中でもセンチメンタルさを疾走するトレモロリフというブラックメタルからの要素を大胆かつ器用に取り込んだバンドではなかろうか。とってつけたような必殺トレモロというよりは、トレモロを使って表現するポストハードコアという感じで完全に独自の手法を確立させようという意識で持って曲を作り、またライブではとてもかっちりした演奏をしているのが印象的だった。
「白暈」とは「ハクウン」と読む(ハクマイではない)。白い眩暈のことかと思ったら暈とは”太陽または月のまわりに見える輪のような光。”のことらしい。確かに英語の題名は「white halo」だ。今までは黒を基調としたアートワークが基本だったと思うが、心機一転新作では白を基調とした美しいものになっている。
全7曲で前述のスプリット「刻光」収録の「終焉の眩しさ」を中心に据えていることもあり、基本的には前作からの延長線上にある音。改めて1st「黒斑の侵食」を聞いてみると使っている音の類やコンセプトは同じでも結構印象が違う。今の方がずっと滑らかでスムーズな印象。ガツっとしたハードコア感は減退したが、模索の末に独自の世界観を手に入れたのだろうと思う。トレモロと言ってもプリミティブなブラックメタルからそのまま拝借してきたらガリガリした非常に攻撃的なものだろうが、それを音をクリアにし、音の輪郭を整えて角を取った非常に温かみと美しさのあるものに作り変え、初期ではカオティックという表現もしっくりくる性急に展開する曲を醍醐味をそのままに油を丹念に刺したかのように滑らかなものにした。それは音の作り方とさらに曲の作り方も影響しているのだろうと思う。それがコード進行なのかよく練られた展開なのかはわからないが、閉鎖的で厭世的で個人的な曲というよりは、外に外に開けていく(ここら辺は空間的というポストロックの要素が浮遊感とは別の視点で意識されているのではと思う)壮大な曲に変遷しつつあるように思う。別に明るくなっているわけではないし、どちらかというと悩みが感じられるくらい曲ではなるのだが。弱って死にそうに丸まるのではなく、嫌味なくさらけ出していくようなイメージ。そう言った意味では白地に荒々しい青というのは曇天とその切れ間に覗く晴天のようなアートワークは非常にあっていてカッコ良い。

喉を枯らしてのスクリームとボソボソしたポエトリーリーディング、独自の世界観を持った歌詞とテーマ、アルペジオの静かさトレモロの激しさが同居した曲などきっちり激情のツボを抑えているところも好きな人にはたまらないのでは。個人的には何か非常に真面目なバンドというイメージが勝手にあって、今作を聞いてもやはりそうだなと思ってしまった。ブラッケンドで真面目というと同じく日本のisolateを彷彿とさせるのだが、あちらは半分狂気なのだがこちらはあくまでも真面目でアーティスティック、美麗という言葉すら似合うハードコア。

2017年6月18日日曜日

Wear Your Wound/WYW

アメリカ合衆国はマサチューセッツ州エセックスのハードコアバンドの1stアルバム。
2017年にDeathwish Inc.からリリースされた。
Wear Your WoundsはアメリカのハードコアバンドConvergeのフロントマン、Jacob Bannonによるソロプロジェクト。Convergeのボーカル以外にも非常に影響力のあるレーベルDeathwish Inc.を運営したり、自身のバンドのアートワークも手がけるグラフィックデザイナーと活動しているJacobが新しく(と言っても2010年ごろから始めたらしい。)始めたのがこのバンド。全ての作詞作曲は彼が手がけている。この音源の録音は盟友Kurt Ballouが手がけている。ライブも結構頻繁にやっているようで、ライブは録音ではThe Red ChordやTrap Themのメンバーがヘルプとして入っているようだ。

ハードコアという範疇以外でも非常に大きな存在のConverge。日本ではThe Dillinger Escape Planと並んでカオティック・ハードコアという言葉(ジャンル)で紹介されていた。(今ではどうなんだろ?)基本的には激しいのだが、アルバムによってはなんとも哀愁のある曲をプレイする。例えば「Axe to Fall」の「Wretched World」(このアルバムで一番好き)とか、名盤「Jane Doe」の「Jane Doe」、「No Heros」の「Grim Heart/Black Rose」などがパッと思い浮かぶ。曲の速度もそうだが、その他の曲とは一線を画す世界観で私は激しい曲と同じくらいこれらの楽曲が好きだ。Jacobがソロをやってしかもその世界観はConvergeのそれとは違ってくる、というので俄然Convergeの前述の曲群が頭に思い浮かんだわけ。そう言った期待感で聞いてみると、やはりConvergeの激しさは皆無。でConvergeのゆっくりした曲とは確かに似ているのだけど、半分くらいで後の半分はそれとも異なるような要素が感じられる。じゃあそれは何かと言うと、一言でいうと”ポスト感”だろうか。ただこれも型にはまったそれらとは異なる、独自の方向性を持ったものだ。基本的にはバンド形式で曲が構成されているが、アコースティックギターやピアノを始め様々な楽器を取り入れていること。速度は基本ゆっくりで比較的長めの曲をやること。歪んだギターは頻繁に出てくるもの攻撃性はほぼないこと。こうやって書くと美麗なポストロックという感じがしてくるのだが、このプロジェクトの志向する世界はもっと曖昧である。メロディはあるが決して前面に出てこない。カーテン越しに呟いているようなボーカルもどこか個人的でわかりやすい共有がない。分厚いギターのトレモロと言ったキャッチーさもない。もっと儚く、その真意にはたどり着きがたく感じる。拒絶されている、といよりは個人的な感じがしてなかなか読み取れないのだ。
一言で表現するなら「ノスタルジー」だろうか。もちろん私は生まれも育ちも日本なのでJacobとは世界観を共有はしていないのだが、ゆったりとした曲調の向こう側に何かしら色あせた風景が蘇ってくる。長らく誰もいない家(廃屋と言うほど荒廃していない)で見つけた家族のアルバムを眺めているようだ。経年でくすんだ写真一枚一枚に(私がよく知らない)ドラマがある。誰か他人の物語だ。アルバムから目を挙げると埃っぽいガラスを張った窓から見える空は夕焼けに染まっている、そんな風情。物語だなあと思った。そうやってみると非常にロマンティックで、Convergeの荒廃して厳しい音の嵐の向こう側に垣間見える男っぽい(作家で言うならデニス・ルヘインだろうか)エモーションに通じるところはあると思う。整合されていない(定型化されていない)ノスタルジックさ、拡散していく美麗さは結構混沌としている。

綺麗でありつつもなんとも形容しがたい独自の音楽性を持っているのはさすが。ConvergeがConvergeと言う存在たりえているのはなぜかと言うことが少しわかるかもしれない。

2016年11月19日土曜日

Planes Mistaken For Stars/Prey

アメリカはイリノイ州ピオリアのポストハードコアバンドの4thアルバム。
2016年にDeathwish Inc.よりリリースされた。
1997年に結成され3枚のオリジナルアルバム他いくつかの音源をリリースしたが、2008年に活動を休止。その2年後に再結成を行い、さらに6年という年月を経てリリースされたのがこの音源。私この音源で初めて聞く。レーベルからのメールで興味を持ち購入。「星に間違えられる飛行機」ということで要するに「夜に飛ぶ飛行機」というバンド名はある種のセンチメンタリズムを温度のない名詞で表現するスタイルでとてもかっこいい。生と死が渾然となったアートワークも結構異色なのでは。

Googleで検索してみると日本語のページがあまりヒットしないのでややマイナーなのかもしれない。Diskunionでははっきり「激情」というワードで紹介されている。
激情というと言葉通りにほとばしる感情を攻撃的で(時に複雑な)演奏と叫び(時に会えてのつぶやき)に乗せて打ち出す温度と湿度の高い音楽というイメージがあるし、実際この間激情とは?という動機で聞いたEbullition Recordsの3枚のアルバムは確かに前述のような言葉である程度起き萎える音楽性だったが、このバンドはちょっとその定義と違ってきている。いわば激情ハードコアのオルタナティブ(もう一つの)可能性なのかもしれない。まずボーカルが叫ばない。別に叫べば激情でハードコアというわけではないが、この手のジャンルにしては一見あまり熱量がない。気取ったり、声を過剰に作っているわけでも、すかしているわけではない。ただこういうスタイルだというのだと思う。歌声自体はHigh On FireのMatt Pikeに似ている。掠れて、しゃがれている。経年と外的要因(酒やタバコ)によるダメージがむしろ独特の味を出しているタイプ。この声で歌われるとちょっとずるいくらいに説得力が出てくるわけだ。渋みがあるのでなるほど、叫ばない方が良いな〜という気にさせるし、また一方で平時がフラットだから強弱(呟いたり、叫んだり)が曲の中で目立ちやすくなるという特性もある。
演奏自体は明確にハードコアを経由したロックサウンドを鳴らしており、必ずしも技術を前面に押し出さないやり方で曲もシンプルかつ短い。アコースティックギターとピアノを効果的に用いた曲もあるが、基本的にはバンドアンサンブルのみで余計な音は追加しない。素材自体の音が程よく残されたジャギジャギしたギターがコード感溢れるリフを引っ張っていくのだが、たまに入るハードコア的だったり、ソロだったりがメロウなフレーズに富んでいて、一見さっぱりした外見の中には濃厚な旨味がぎっしり的な魅力が詰まっている。演奏とボーカル(が歌うメロディ)が程よいメロディアスで聞けば聞くほど耳に馴染んでくるのも良い。
ある種のタガが外れたような狂騒を含む1曲め「Dimentia Americana」から幕をあけるのだが、実は全編にわたってグルーミィな雰囲気が底流となって作品を貫いている。リリース前に公開された4曲め「Fucking Tenderness」は彼らの魅力がぎゅっと詰まった曲だが、キラキラした演奏とメロディアスさの中に垣間見える後ろを振り返るような切なさは隠しきれない。

無駄を削ぎ落としたコンパクトな楽曲ながらまぎれもない激情を感じ取れる良いアルバム。かっこいい、そして少し切ない、そんなロックが好きな人も是非どうぞ。

2016年10月1日土曜日

Portraits of Past/Discography

アメリカ合衆国はカリフォルニア州サンフランシスコのポストハードコアバンドのディスコグラフィー。
2008年にEbullition Recordsからリリースされた。
名盤をたどる激情ってなんだシリーズの第三弾。(一旦今回はここまで。)
Portraits of Pastは1994年に結成され、翌1995年にはもう解散している。その後再結成もあったようだが現在はやはり解散状態のようだ。(再結成後にEPをリリースしている模様。)このディコグラフィーは唯一のアルバム1996年の(だから解散後にリリースされたという事になる)「Portraits of Past」通称「01010101」(とアートワークに書いてある事からそう呼ばれている)に色々な音源を足したもので、基本的なアートワークはオリジナルアルバムを踏襲している。レーベルオーナーによると解散後に人気が出たバンドのようだ。

「昔のポートレイト」というバンド名からして既に「エモ」いのだが、その音楽性はいわゆる「スクリーモでしょ?」という現代からの一言には集約できないもやもやとした何かと言わざるを得ない。前に聴いたYaphet Kotto、Orchidが同じスクリーモにカテゴライズされながらも、そのごメインストリームに躍り出たそれらのカテゴリーとは明らかに一線を画す内容で、明らかに余計無いものが沢山ついている。悪く言えば洗練されていない(始めに言うが私はメインストリームのスクリーモより前述のバンドのならす音楽の方が好きであります。)し、余計なものが沢山ついている。曲によっては8分を越えてきて、その曲展開は例えばエモバイオレンスという言葉がぴったり来るOrchidに比べると圧倒的に複雑で速度も速いということは無い。そういう意味ではYaphet Kottoに似ているがこちらの方が凝っている。カオティックハードコアの要素も多いのだが、例えばその文脈の二大巨頭バンドConverge、The Dillinger Escape Planに比べると分かりやいハードコアの暴力性はこのバンドにはかけている。激しいという意味では勿論激しく五月蝿い音楽である事は間違いないんだが、このバンドの激しさというのは多分に内省的。
乾ききったガシャガシャしたギターがコード感にあふれたリフで引っ張っていく。疾走感のアルパートは勿論、タメのある中速パートの叙情性、つま弾かれるアルペジオの澄んだしかしマイナーな響きがある美しさはその後のポストハードコアに大きな影響を与えたのではなかろうか。かれたその単音の響きには震えるハートが見事に表現されている。ここでもやはり引き算の美学なのか、と驚愕。(7曲目Something Less Than Intendedのイントロを聴きながら。)感情的(なハードコア)というとたとえば前述のConverge、The Dillinger Escape Planのようにどうしてもマスやらポストの要素を取り込みつつも激しくコマーシャルになっていくものだけど、このPortraits of Pastというバンドにはあまりそういった分かりやすい方向性が見えなくて、だからちょっともやっとしてしまうのだろうが、要素要素に注目しているうちに段々曲の良さが頭に入ってくる。移ろい行く事に美学かあって一番分かりやすいのは曲の展開における速度の調整だろうか、そしてボーカルの声もクリーン、スクリーム、そしてその中間がある。個人的にはボーカルパートにおいてはその中間がとにかくアツい!詩を歌うにしても言葉にできない感情が詰まっているってこういう事じゃないかと思ってしまう。(つまりそれがバンドの良さの一つ。)

日本でも結構方々で紹介されているこのバンドのこの音源。あふれる感情をそのままのせた様な混沌に正直戸惑ったものの、しばらく聴いていると少しずつその理由が分かって来た様な気がした。枠にとらわれないDIY精神がハードコアならまぎれもなくハードコアでしょ。激情ってなんだ?と思っている人は是非。

2016年8月21日日曜日

Fugazi/End Hits

アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のハードコアバンドの5枚目のアルバム。
2016年にDischord Recordsからリリースされた。
「DischordがBandcampに対応した!」と話題になっていたので前々から気になっていたバンドの音源を買ってみる事に。結構伝説的なバンドなので何となく構えてしまう。どのアルバムを買うか迷ったのだけど、なんとなくバンドキャリアで言うと後半のアルバムを買う事にした。Fugaziは1987年に結成されたバンド。中心になったのはIan MacKayeという人物でこの人はハードコア界では知らない人はいないのではなかろうか。Minor Threatの元メンバーで(恥ずかしながら聴いた事ないです。)、酒飲まない、タバコすわない、愛のないセックスはしない(間違ってたらすみません)という厳格なスローガンを掲げるストレート・エッジ思想の提唱者。前述のMinor Threat解散後結成され、物販を行わない、モッシュを禁止などハードコアのみならずアンダーグラウンド音楽業界としてはかなり異色のスタイルで持った活動したバンド。(ここら辺のエピソードが興味深いので上手くまとめた本などのメディアがあったら教えていただきたいところです。)
よくよく考えてみると私は煙草は吸わないし、お酒も(好きだけど弱いので)あまり飲まない、セックスは(愛の有無にかかわらずすごくしたいのだが)全然出来ないので、ある意味ストレート・エッジである可能性があるのでこの機会に聴いてみた。

私は軽薄な音楽消費者なのでハードコアにしてもパワーバイオレンス!クラスト!など完全に流行の最先端の尻馬に乗っかるタイプ。ルーツをほってみようという熱心なファンではないので、(ハードコアに限らないけど)伝説的なバンドであっても聴いてこなかった。なんとなくFugaziというと荒々しいストレートなハードコアだと思っていたから、再生した瞬間かなり驚いた。別のバンドの音源なのかとおもったくらい。
ハードコア(音楽)というとストレートかつシンプル、直情的でがなり立てるボーカルに代表されるその音楽性はまずもって過激、という認識なのだけど、このFugaziはのっけから(1曲目「Break」)複雑なリズム、ディストーションのむしろあまりかかっていないクリーンな凝ったリフを奏でるギター、ジャズのような技巧を見せるベースのアンサンブルがゆったりとした曲を演奏する。ゆったりとしながらも複雑さを感じる曲で、難解とはいわないし、メタルの様なかっちりとした装飾性に富んだ様式美はかんじられないのだが、なんとも一筋縄では行かない。少なくともハードコア然とした粗野な五月蝿さとは無縁だ。あっけにとられる2曲目「Place Position」ではボーカルが圧倒的な存在感を見せてくる。思っていたより高い声でちょっとビブラートがかかっているように不安定に震えるそれはちょっとJello Biafraに似てると思った。曲の方は相変わらず複雑怪奇にその枝葉をのばし、曲中に大胆なブレークを入れてくる。ハードコアの枠からは完全にはみ出しているぞと呆然としていると3曲目「Recap Modotti」が始まる。シンプルにビートを叩くドラムに、やはりリズムと渾然一体になりつつも良く動くベースが絡む、チリチリしたノイズからギターが入るがやはりそのトーンはクリアだ。ボーカルは何かを待っているかのように抑えたトーンで詩を読んでいく。なにかあるという焦燥をはらむ緊張感がたまらない。オフビートと言っても良いが中盤以降徐々にテンションを挙げてくる。緊張感の中にも伸びやかさが横溢している事に気がつく。私はこの3曲目でやっとなんとなく、このFugaziというバンドがおぼろげながらも見えて来た様な気がした。とにかくこの3曲は自分の不勉強もあって衝撃的だった。し、とても面白かった。
Fugaziの音楽性はポストハードコアに分類されるらしい。また初期の作品は大分ハードコアらしいアプローチで作成されたとの事。その後ハードコアにとどまらない音楽性を模索し、それが別のジャンルという事で結実したのがこのアルバム、ということだ。
全体的に速度を落とした気怠い雰囲気の中に、フリーキーで反復的な音楽が伸びやかにつめられている。隙間が結構空いているので油断しがちだが、前述の「Recap Modotti」のように実は緊張感が満ち満ちている。いわばFugaziの間合いであって、その思想もあって殺気というのはあれだろうが、この空間にはいると完全に異界に持っていかれる。

「実は未だ…」という人は是非どうぞ。実はあまり構えなくてもただ聴いてみる、という感じでも良いのではなかろうか。結構ビックリすると思います。


2016年6月18日土曜日

SUMAC/What One Becomes

アメリカとカナダの混成メンバーからなるスラッジメタルバンドの2ndアルバム。
2016年にThrill Jockey Recordsからリリースされた。
言わずと知れたアトモスフェリックスラッジ(そしてその他のジャンル)の一つ里程標になっているバンド元ISISのフロントマンにして、様々な(変わり種)ハードコア/メタルバンド(にとどまらないけど)の音源を世に送り出したHydra Head Recrodsの首魁Aaron Turnerの新しいバンド。メンバーはベースに元Botch、現Russian CirclesのBrian Cook、BaptistsのドラマーNick Yacyshynという布陣。デビュー作「The Deal」は2015年リリースで、色んなサイトや人の年間ベストにあがる事も多かったですね。来日も果たしてライブもそれは凄まじかったそうな。私は完全に乗り遅れていたので今作で初めて聴きます。プロデュースは売れっ子Kurt Ballou。

AaronのバンドというとMamifferだったりHouse of Low Cultureだったり幾つか音源を持っているのだが、バンドというとやはりISISの印象があるのでそちらと比較してしまう。そうするとかなり音の種類が違うなという感じ。ミニマルさ、という共通点はあるのだけど反復していって外に外に開花していく様なイメージのあったISISと比較するとこちらは圧倒的に内にこもっていく。メンバーは3人だけどそれぞれの主張が極めて激しい。音の広がりとか多様性は最小限なのだが、それぞれが研ぎすまされている、というか重たく過剰に強調されている。スラッジメタルということでそれぞれの音も決して多くはないのだが、それぞれの一撃の音の重みが違う。ドラムは比較的手数が多めなのもカッコいいのだがこの手のジャンルではちょっと不思議かも。ベースは非情に硬質で裏をなぞる、道穴イメージでかなりゴロゴロ言っている。ギター無しでドラムとのアンサンブルだけ聴いたら面白いかもしれない。ギターはほぼほぼ低音のリフをひいていく。人を寄せ付けない音楽性のオアシス、ギターのメロディといったご褒美もあまりなく、巨大な機械が噛み砕いていく様な重圧系の無慈悲なリフが続いていく。だいたいこの手のジャンルだと異常に遅くしたり、ノイズをぶちまけたりとメロディがほぼ死滅していても別の要素でもってキャッチーさを演出していくわけだけど(一番分かりやすいのは衣装もこだわるSunn O)))ですかね)、このバンドに関してはその要素は皆無。非情にストイックで黙々と人を圧殺するような無慈悲なリフを繰り出していく。Aaronのボーカルは終始咆哮している。なかなか特徴的であまり技巧的な使い分けとかはしないものだから、周りの爆音に耳が馬鹿になって来てお経のようにも聴こえる。
もはや聴くのが苦行の様相を呈してきそうなこのバンドなのだが、ミニマルパートが徹底的に研ぎすまされているので呆然として聴いていると時間が経っていたぜ!的な楽しさがあるのが一つ、それから長い曲の中で結構凝った事をやっていて、ボーカル無しのパートだったり、アンビエントなパートを大胆に取り入れているのだがそれが非常にカッコいい。アンビエントパートはクリーンぽいギターがつま弾かれていてちょっとOmっぽい。要するに前述のお経じゃないけど求道的な一面があるように思う。少なくとも激しい音楽である割に暴力を売りにしているバンドではない。勿論インテリぶってもいないわけで、これはストイックさもあって探求者めいていると評しても良いかもしれない。いわば背中で語る音楽性であって、男の子だったらうおおぉぉぉ…とため息まじりに憧れちゃう系の音楽ではあるまいか。

全5曲ででほぼ1時間という、外身も中身もとにかくストイックな音楽だが、そんなに構えなくても楽しく聴けると思う。

2015年10月13日火曜日

Twolow/Glutamic Acid

日本は(恐らく)東京のヘヴィロックバンドの1stアルバムにして初音源。
2015年にDiskUnion配下のレーベルSecreta Tradesからリリースされた。
2014年に結成された3ピースのバンドでドラムはHellish Lifeなどで活躍する塚本さん、
ベースはポストハードコアバンドDetytusの亀井さん(偉そうに書いているが両方ともに聴いた事無いです。)、ギター/ボーカルはLongLegsLongArms Records(妖怪手長足長からとったのだと思う。お洒落。)というレーベルのオーナーの水谷さんというシーンでは名の知れた方々が結成したバンド。
不思議なバンド名Twolowは2+ロウ、つまり「二郎」。「ラーメン二郎」のことらしい。つくづく思うんだけどTwitterを見るとバンドマンとその周辺の人たちはラーメン好きな人が多くない?私も勿論ラーメン好きだけど、所謂二郎系のラーメンはたべたことない。ゆっくり食べているとすごい怒られるんだよね?私はとにかく食べるのが遅いので怖くてとても食べに行けない…話がそれたけどそんな中毒者が集って出来たのがこのバンドなんだな、タイトルを翻訳すると「グルタミン酸」でこれはいわゆる旨み調味料(にはいっている成分)のこと。二郎系ラーメンはこれをどばどばいれるそうだ。(調べたら二郎系ってすごい沢山あるんだな、全部がこうってわけじゃないんだろうけど。)

バンド名とタイトルにはそんな面白い由来があるんだけど音の方は待った無しの緊張感にあふれた殺気のある仕上がり。ジャケットのバンドロゴは実際に轍で出来たオブジェを撮影したものらしいが、結果的に良く中身を表現している。つまり無骨で重たく、シンプルで飾らない、まさにむき出しの荒々しい音楽。
ミドルテンポで歌が中心にある。かといって過剰にメロディアスな訳ではない。弦楽隊が出す音はほぼ低音に偏重しているので全体的に閉塞感のある暗めの雰囲気。ドラムは重々しくも回転していく様なリズムは破裂する様なタムのともあってシンプルなのに気持ちよい。ベースはガロンガロンした硬質な音でこれが転がるように良く動く。ギターはやや広がりのある重い音。リフはスラッシーっぽさもあるが、重々しくも間断なく弾いていくのはポストハードコア感もあり。曲間で荒廃した感のあるパートを挟んだりもして個人的に好印象。ただしあくまでもシンプルに。ボーカルは悪い雰囲気のあるやけっぱち感のある吐き捨てタイプ。
(冒頭のイントロはのぞいて)ノイズやバンド編成以外の音を入れる事、また曲をむやみに引き延ばす事(9分弱の曲が1曲あるが密度は濃い。)などの小細工は一切なし。三人で出す音を飾らずに表現している。どちらかというと内省的な雰囲気なのだが割と外に広がっていく様な間口の広さがあるので、閉塞感あって鬱々とした圧迫感はなし。もすこし前向きといったらアレだけど、進歩的な姿勢を感じる。ストイックさ。
ネットを見渡すと90年代のオルタナティブロック、グランジ、ノイズロック、モダンへヴィネスなどのジャンルが引き合いに出されている。バンド名になるとToday is the Day、TAD、Helmetなど(後半二つは音源持っていない、特にTADは初めて知った)。個人的にはなんとなくAlice in Chainsにもちょっとだけ似ているかな?と思った。面白いのは前述の様々な音楽的なバックグラウンドを感じさせつつも、それらを飲み込んで自分たちなりの新しさを追求しているところ。周りを見回してもなかなか現行のこれっぽいというのはない。ジャンル的にも何かでくくるのはちょっと難しい。(私の知識の問題もあると思うけど。)

ヘヴィロックというとニューメタルの日本なりの呼び方だったと思うけど、ちょっとそのさすところが変わるとなるほどこのバンドにはしっくり来る。90年代ドンピシャ!な方は絶対感じるところがあると思う。骨太なロックを聴きたい人は是非どうぞ。オススメ。

2015年9月6日日曜日

Downfall of Gaia/Aeon Unveils the Thrones of Decay

ドイツはハンブルク、ベルリンそしてアメリカはニューヨークのメンバーが在籍するネオクラストバンドの3rdアルバム。
2014年にMetal Blade Recordsからリリースされた。
発売は去年だしネオクラストと言えばマイナー界隈では良く目にするジャンルでなんで今更という感じだが、このバンド日本のTokyo Jupiter RecordsとLongLegsLongArmsという二つのレーベルが共同でぶちあげた来る11月に開催されるその名もTJLA Festのヘッドライナーで来日する事が決まっており、慌てふためいて買って来たのが私なのである。完全に後追いも良いところで恐縮です。

さてこのバンドは2008年に結成されてメンバーチェンジがありつつも現在は四人体制でやっているという事。「アイオーンが腐敗の王を暴く」と中々物々しいタイトルでもってどちらかというとデスメタル感さえ漂う。
いざ再生ボタンを押すと結構驚いた。ネオクラストというと私はほとんど素人であるからどうしても最近聴いたKhmerだったり、同郷のAlpinistだったりをなんとなく頭に浮かべていた訳なのだが、それれのバンドとは共通点はありつつも相違点がデカく、そこに圧倒されたのであった。まず曲の尺が極めて長い。インタールード的な曲をのぞけばだいたい8分から11分くらい。ハードコアでこれだけの長さとなると真っ先に曲の速度を著しく落としたスラッジが頭に浮かぶし、(Metallumでもアトモスフェリックスラッジと称されている)なるほど速度を落としたスラッジパートも盛り込んでいる。ただアトモスフェリックという形容詞があるように汚いズルズルとしたスラッジ感というよりはポストロック、ポストハードコアを通過した轟音の中にも寂寥とした荘厳な美しさを感じさせる、そっちの方の要素が強い。そしてそのスラッジパートもあくまでもパートとしてなので全編低速で無声な訳ではない。要するに曲がドラマチックなのだ。展開が複雑という意味である。前述の通りポストハードコア感が強いのだが、しょっちゅう出てくる荒々しさは確かにクラストのもの。激情という言葉が上手く彼らのイメージを補完する訳なのだが、私はその荒々しさの先頭に立つ様なボーカルの恐ろしさにビックリしてしまったのである。掠れまくったそれはブラックメタル感を感じさせつつもそこにとどまらない異様な存在感を放っている訳で、一言で言うならおっかないな、という感じでただただ圧倒されたのだった。
ところがむむむという感じでイマイチ掴みきれなかったこの音源も、2回3回と聴いていくとその本当の姿がやっと見えて来た。それは徹底的に荒廃しつつもどこかしら幻想的な雰囲気のある音風景である。まったく制約があってのアートワークは今や中の音楽と完全に一体となっている様な気がするのだが、印象的なジャケットは良くこのバンドの音楽を表現している。暗くて荒涼としているがどこかしら詩情のある風景だ。何と行ってもこのバンドは演奏が劇的。ドラマチックという言葉がぴったり。同じネオクラストでもLight Bearer方面。(ネオクラストとか全然知らない頃に「Lapsus」を買った。)あくまでもバンドサウンドの形でしかも暗くて重い方に完全に舵を切っているのによくもここまで豊かな曲を作れるものだと思う。それこそポスト感の漂う停滞した様なスラッジパート。クリーンな余韻がたまらないアルペジオ。一点ブラックメタルそこのけのトレモロの嵐感。静と動はやはりこの手のジャンルのお家芸だが、クラストバンドがそのフォーマットでポスト感を完全に飲み込んでしまうとは結構な驚きである。(ポスト感横溢しているもののあくまでもクラストフォーマットに則っている様な。)個人的にはドラムが回すように勇壮なマーチっぽいリズムを刻んで2本のギターが切ないトレモロを奏でる2曲目の最終部分は白眉。

良い意味で予想と違った内容で驚いた作品。とにかく荒々しく劇的。来日するわけだしこの機会にまだの人は是非どうぞ。オススメです。

2015年7月25日土曜日

Tengil/Six

スウェーデンはボロースというところの4人組ポストハードコアバンドの1stバンド。
2015年に日本のTokyo jupiter Recordsからリリースされた。

このバンドは自分たちの音楽を準交響的ポストハードコアと名付けているとの事。なるほど。ちょっと聴いて私は思ったね、これは間違いなく無く準交響的ポストハードコアだと。混じりっけなしの準交響的ポストハードコアだとね。まさしく準交響的だったね。ということにはまあ全くならんかったわけで、まあ音楽的な素養とかないし、知識もねえわけだから仕様がない。レーベルの丁寧な解説によると古典交響曲から大きな影響を受けているとの事。なるほどなあ。
古典交響曲全く聴かない私だけどまあ簡単に彼らの音楽を表現していこうと思うよ。
同郷のポストメタル界の巨人Cult of Lunaメンバーがマスタリングを手がけている、とかくとまあなんとなーく彼らの音楽性が想像できるかもしれない。ようするに”ポスト感”である。それも準交響的だからわりと知性に富んだ音楽性。Cult of Lunaの窒息する様な重苦しさとメタルと称すべき真っ黒い重量感ではなく、”ポスト感”でも浮遊感の方向に舵を取って、繊細かつ儚くおぼろげな音楽スケープを描き出している。
勿論切羽詰まった嵐の様な轟音がある訳だが、それが一つのクライマックスだとするとそこに至るまでの道程を非常に丁寧アンサンブルでもって描き出している印象なんだな。それは例えば非常に間の取り方が贅沢なその曲構成に良く現れている。静と動の対比というともはやありがちですらあるが、動のため静というには勿体ないくらいの力の入れ様であって、例えばクリーンかつ広がりのある透明感に満ちたギターのつま弾かれるようなアルペジオの、その単音にも彼らの志向する音楽性というのがなんとなく見て取れる様な。
"ポスト感"というのは便利な言葉だが、彼らが音楽で持って描き出そうとするのは激しくもあるの憂いを帯びたメロディであって、激しかろうが大人しかろうが曲の中心に常にメロディがあってそれがうねりながら展開していく様なイメージがあります。
ボーカルはリバーブのかかったボソボソから、繊細な歌声を経て、ブチ切れたスクリームまで。激情感を一手に担っているかの様な八面六臂ぶり。
そんな激情的な熱さが泣きのメロディとガッチリハマってカタルシス感が半端無い。MVも作られた3曲目のキラーチューン(私もここで掴まれた訳だけど)のキャッチーさ。個人的にはラスト6曲目の壮大な広がりが良かった。まさに交響曲かも。

”ポスト感”に目がない人は是非どうぞ。
この透明感は今の季節にはぴったりかも。

2015年7月4日土曜日

Refused/The Shape of Punk to Come

スウェーデンはウメオのハードコアパンクバンドの3rdアルバム。
1998年にBurning Heart Recordsからリリースされた。
ハードコアパンク界では有名なアルバム。かくいう私も妙にレトロ感のあるアートワークだけはどこかで見知っていた。このRefusedというバンドはこのアルバムを出した後、活動を休止してしまったのだが、2014年に再始動を果たし、2015年実に17年ぶりの4thアルバムをリリースする(もう現時点ではしているのだが)ということで話題になっている。そのタイミングでまずは名盤と誉れ高いこのアルバムを買ってみた。
「The Shape of Punk to Come」というタイトルはConvergeのBenらのバンドUnited Nationsが曲名でもじってたな〜と思っていたら、何と元ネタのさらに元ネタのアルバムがあるらしい。1959年のOrnette Colemanという人の「The Shape of Jazz to Come」。

さてそんな界隈からタイトルを拝借してくるくらい、そして「来るべきパンクの形」という中々過激なタイトルをつけてしまうくらい前衛的なスタイルのハードコアをならしている。
圧倒的にハードコアパンクの形式に則りながらも、ジャズや電子音、それだけでなくガッツンガッツンしたメタル感のあるリフや、妙にフックのあるメロディラインなどなどハードコアパンク以外の要素を大胆に取り入れた音楽を演奏している。全くパンクらしくないがインタールード的なテクノトラックをのぞけば曲はだいたい4分台か5分台だから(1分から長くて8分台まであるが)、ピュアなハードコアパンクにしてはの尺が少し長め。勿論疾走するパートは速めなのだが、それ一辺倒にならない、つまり速度を犠牲にしてもそれを補ってあまりある個性を取りにいっているバンドといえる。
全体的に音質はクリアで、各楽器の音がまとまりはありつつ、キッチリ分離して聴こえる。ドラムは歯切れの良い乾いて張った音で、ベースは硬質な音でガロガロいうスタイル。ギターは乾いた音で音圧至上主義ではなく、たまに妙にビンテージなロック的にも聴こえる。透明感のあるアルペジオだったり、ジャジーなリフだったりととにかく多彩な演奏スタイルでバンドの普通じゃない感をになっている。ボーカルはまさにハードコアな感じで血管が切れそうなテンションの高いわめき声。アンビエントパートでは一点憂いのあるクリーンボーカルも披露。
このバンドは曲作りの才能が突出していて、普通一つの楽曲に要素をぶち込みすぎたら結果なんなのかさっぱり分からなくなるのだろうが、パンクを下地に様々な要素を追加しても曲の良さはちっとも損なわれていないばかりか、既知の音楽と似ていないくせに耳にしっかり入ってくる。安易なメロディへの接近などは皆無で全編シリアスなのだが、このバンドはの音楽は”楽しい”ものであると思うし、複雑怪奇な音楽性は勿論だが、最大の魅力はこの楽しさだろう。なんだかよくわからんが楽しいのだ。体が動いちゃうあの感じだ。恐らく全編通してからっとした音楽性である事。そしてさらに独特の跳ねる様なリズムがぶっとい背骨のように曲とアルバムをがっしりと一本でつないでいる様な感じがある。この跳ねるリズムこそがフックのある楽曲を生み出し、スピードを落としてまでも彼らが獲得したかった一つの魔法の様なものだろうと思う。
また不思議なのは多様な音楽を取り入れつつも包括的に見ればまぎれも無くハードコア二聴こえる事だ。例えばサビだけクリーンでメロディを歌い上げる様なある種ありふれた分かりやすさは無い訳で、難解ではないにしても相当凝った音楽性ではあるのに隠し様の無いパンクの精神が聴いてとれるのだ。ハードコアはストレートが心情だとするとかなりキテレツなハードコアパンクではあるのだが、見えにくい真意もねじ曲がった曲の向こう側に意外にピュアなものが感じ取れるようだ。
私が今更言うまでもないが名盤出ある事は間違いない。まだ聴いていない人は是非どうぞなオススメ音楽です。

2014年12月29日月曜日

Mineral/The Complete Collection

アメリカはテキサス州オースティンのエモバンドのディスコグラフィー盤。
2010年に日本のFabtone Recordsからリリースされた。
Mineralは1994年に結成され1998年に解散。4年という短い活動期間で発表された二つのアルバム「The Power of Falling」「EndSerenading」にボーナストラックをつけて、さらにリマスターしたのがこのコンピレーション。
まだエモと言うジャンルが確立しない(エモと言うジャンルは2000年代に花開いたらしい)創世記に活動していたバンドでThe Getup KidsやJimmy Eat Worldといったバンドに比べると知名度はイマイチだが、音源がオークションで高値で取引される知る人ぞ知るバンドだったそうな。(ここら辺CD内の寿福さんのライナーノーツから引っ張って来ています。)
私は流行に乗っかるニューメタル人間だったので、一時期パンクとかエモを音が軽いメロすぎるとかいって(死にたい過去)軽視していた人間なので勿論このバンドどころが前述の2つのバンドもまともに聴いた事が無いんだが、どうもこのMineralというバンドが最近再結成し、さらに日本ツアーもするそうな。さらに既にソールドアウトしている公演もあるらしい。(ここによると東京公演もチケットまだあるみたい。12月29日時点。)とtwitterなんかでチラホラ話題になっており、ごくごく軽い気持ちで視聴して、あら良いじゃないと買ったという寸法ですわ。

さて音の方はというとエモです。エモい。
エモというとあのアシンメトリーな髪型にほんのりお化粧を施した(必ずしもそうではないが)線の細い男性像がパッと思い浮かぶ人もいるだろうが(私です。エモ好きな人本当申し訳ない。)、それはエモファッションの一部らしいです。
ここでいうエモいというのは(あくまでも私の中の見解ですよ。)、比較的五月蝿い演奏陣に、感傷的だがどちらかというと内省的なメロディが乗る。ひたすら暗いというよりは何かしら心の琴線(あるいは涙腺)に訴えかけてくる様なもので力一杯という感じの勢い重視の感情的なもの。ボーカルは叫ぶ事もあるが、例えば(ここから発祥した)スクリーモのようにある意味洗練されたものではなくて、本当に感情高ぶって本当叫ばずにはいられなかった、というようなもの。ここが変にあざとくなくて大変良かった。(スクリーモが嫌いな訳ではないです。)
なんといっても個人的に良かったのが演奏陣で、曲の中心は歌に据えられているといっても良いのだが、歌に負けないくらい演奏が良い。特にギターがよい。ポストハードコアだから弾きまくる分けなんだが、トレモロかって言うくらい弾くんだが、例えばシューゲイザーのようなデリケートさ、またはブラックメタルのような寒々しさとは一線を画すもっとギターとアンプといくつかのエフェクター、といった荒々しくも飾りっけの無い”ノイジーさ”が非常によかった。音の洪水感が半端無い。粒の粗さが分かる様なザラ感もよい。
ある意味ボーカルがすごい饒舌な音楽性だが、ギターだって負けてられないぜ、とばかりに主張してくるこの贅沢な感じは最早卑怯と言っても過言ではない。
泣かせるメロディもそんな自然な演奏陣、自然な歌唱法から由来するもので聞き手の耳にもすっと入ってくるナチュラルさ。変に変化球ではないのはやはりハードコアを土台に持っているからだろうか。また緩急もあざといぜってくらいでアルペジオから泣きの疾走ギターになる訳だけどあくまでも自然なつなぎが1曲にまとめられている感じで、そこらへんも凝ったメタルとかハードコアとはちょっと違う感じ。

劇的なんだが飾らないメロディ、そしてノイジーな演奏、という感じでしょうか。
やや落ち着いて幅が広がった2枚目もいいんだけど、個人的には粗さもあるけどより感情むきだしの1枚目の方が気に入りました。
激情系好きな人はばっちりハマると思います。ブラックメタル好きな人で、気づくとあまり前向きな音楽もっていないぜ…って人は聴いてみてください。
ボーナストラックも格好いいのでアルバム2枚買うよりは良いのでは、と。軽い気持ちで買ったんですが、すごく良かった。オススメです。

↓この曲聴いて買おう!と決心。