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2019年3月24日日曜日

Twolow presents “garlic? Vol.7” @小岩bushbash

皆さんお元気ですか?
私はなかなか忙しくやっております。
悩みのタネは尽きない。
なくなったらこっちが探すからです。
生活が苦しいのはもう慣れるしかねえな、と思う今日このごろ。
なかなかかぶりが酷かったこの日、自分が行ったのは小岩。

FIXED
見るのは2回目、おなじbushbashで。
ストレートかつパワフルなハードコアかと思いきや、ファーストフルリリース後改めて見るとかなり印象が異なる。
ずらりと並んでアンプも異様で音がでかい。
ドラムも位置だけでなく前に前に出てくる印象。
全音音量マックスの迫力だか、聞いてみるとハードコアに留まらない何かを感じる。
単に空間系のエフェクトを噛ませたスローパートがあるからじゃない。もっと他の何かだ。
このギター、ギターがロックじゃない?
ハードコアの枠に収まらなくない?
エネルギッシュに前に出てくるかんじ、でも勢いだけでない、フックがある。
スピーディなリフの中にもう一つアクセントを入れるような印象。
敢えてそれをハードコアに噛ませる姿勢だけど、しかしそれによって確実に類を見ない音楽になっている。
ブルースとまではいかないが、ビンテージな感じ、少し埃ぽい。
確実に違うところもありながら、私の頭に浮かんだのは最近新作をドロップした金沢のGREENMACHiNE。(ちょうど聴いていたってこともあるか。)
そういえば彼らはHardcore Rockを標榜、実践している。
あそこまで泥沼に足を突っ込んだ泥濘サウンドではないが、タメがありながらもそれによって生まれる独自の突進力とグルーヴを展開しているという意味で似てると思う。
そうなるとスローパートも老人の仕事の浮遊感に通じるような…穿ち過ぎ?

ALP$BOYS
始まってすぐ思ったのはこれはファストコアではない。
まず露骨にドラムのリズムがおかしい。
シンバルを多用するフリージャズの要素がある。
粘っこいベースと噛み合って横ノリを生み出している。
なんだこれは。
そして歪ませすぎないギターの反復。
これはEarthlessのサイケデリアか。
ボーカルもハードコアな低音かと思いきやラップも披露。
フリーキーな横ノリで揺らせて、サビはロックの縦ノリで吹っ飛ばす、華麗な空中コンボ。
さながらRage  Against the Machineか。
ロックのフォーマットでアウトプットされているが、その実雑多でマニアックなな元ネタたちが渦巻いてる、鎌首もたげてとぐろ巻いてる。
そんな殺気をフルファストな曲に込めてシメ。
ボーカリストは野球の素振りめいた動作をしたり、ナーバスのときに一人モッシュをしたり、近寄りがたい雰囲気で格好良かった。
音楽的には豊穣なんだけど最終的にハードコアになっているのはこういったアティチュードによるのかもしれない。

sasaya-
最近リリースされた二枚目のアルバムがとても良かったが、やっとこ見ることができる
張り詰めている。
緊張感が。
スリーピースで突き刺すように尖ったギターの音。
必死の形相のボーカルの力の入れよう。
まるで愉快なお芝居を見に来たはずが、それは実は口実であり、実際には非公式の法廷で観客の私たちが丸ごと糾弾されているようですらある。
ただしそれだけではない。
それだけではとても説明がつかない。

音的にはジャンクと自ら称することもあり、なるほどハードコア、パンクの範疇から逸脱したひりついた殺伐さは、シンプルな編成飾らない音作りという楽曲のスタイルとあいまってUnsaneに代表されるノイズロックに大いに通じるところがあると思う。
ただし血塗れの世界を狂気を孕んだ目で、ある意味冷たく俯瞰する彼らとはこのバンドは一線を画している。
冷笑的な、つまり皮肉に富んだユーモアがsassya-にはない。
あくまでも主観的に、世界が血塗れならそこで苦しんでいる姿を表現している。
浮世の生がもはやよ呪いなら「脊髄のラスト」で命を燃やして生きろというメッセージはその呪いが解けないことを指しているから残酷である。

 しかし「きっと今より良くなる」というメッセージよりも私にらよっぽど真実らしく響くのだ。
良かったね、圧倒的に。

Nervous Light of Sunday
ハードコアは、特にニュースクール以降は怖くないとみたいな思い込みがある。
なにも銃声を楽曲のイントロにいれたり、マフィアぽさをアピールする必要は無くて
ライブで見た時おっかないかどうかである。
この日のラインナップでは異質だろうと思うが、異質さを一切隠すことなくハードコアの怖さを披露。
怖くてステージ前に行けないあの感じ。
ガッチリ固めた低音の塊と、耳障りな高音の単音。
それが何かしら人体に作用するらしい。
とにかくミュートでザクザクというより、強制的に抑えつけるようにバツバツ空間を切り取っていくのが気持ち良い。
速いし重たい、タフなんだけど、どこかしら何かに追われるような神経症めいたところがあり、個人的にはそこが好きだ。(いわゆる激情系に通じるところはあると思う。クールすぎない。)
モッシュパート一辺倒のブルータルハードコアというより、ちょっとCave Inみたいに捻った所もある。
あっという間に終わってしまった。
音楽的には全然違うけど、前のsasaya-から繋がっているような気がした。

Twolow
ベーシストのメンバーチェンジ後見るのは初。
メンバーみんなでかい。
まずドラム。
単に音量が大きいのか?
周りが下げてバランス調整してるのかもしれない。
いずれにしてもドラムの存在感よ。
音数は決して多くないが一撃の重たさと思い切りの良さ、「俺はこのリズムで行く!」という潔さがバチバチ来る。
ギタリストはpaleのメンバーでもあるが、こっちでのプレイスタイルは明らかにこのバンドに寄せてきている。
徹底的な引き算の世界。
ミニマルですらあるし、無愛想すぎる。
ベースのシンプルな骨太さがドラムと噛み合い、骨組ができるわけだけど、ギターが二本更に乗っても、体感的には骨組しかない。
リズム、リズム、リズム。
ここまで削ぎ落とすと、ハードコア的なカタルシスはない、どっしり落ち着き、コード感もほぼ消えている。
ところがボーカルにメロディがあって、それ故にTwolowがオルタナティブと称されるのも首肯できる。
日本のHelmet。
メンバーが運営しているレーベル、3LAの性格もあってついつい分かりやすい日本らしさを探してしまうのだが、しかしアメリカだ。
スプリットの相方Sunday Bloody Sundayもそうだけど、アメリカを感じてしまう。

どのバンドも違って、それを違和感なくまとめているのは主催者Twolowのオルタナティブの魔力だからか。
個人的にはALP$BOYSが楽しかった。音源聞いて「なるほどなるほど」ってなるのをいざライブをみると印象全然違って面白い。こういう野ライブの醍醐味だと思う。
あとsassya-はやはりすごかった。
今回は会場でぽちぽち感想の元ネタを書いてみた。bushbashは良いライブハウスだな〜。

2018年3月18日日曜日

Morgue Side Cinema/mud,light,exit,water

日本は大阪のパンク/ロックバンドの3rdアルバム。
2018年にCH CARGOからリリースされた。
明らかにグラインドコアバンドNapalm Deathをもじった前作「Napalm Life」から13年。正直もう出ないのではという新作がついに。1997年に結成され、Number Girlとも共演したというバンド。とにかく前作は素晴らしく感想を書いたのはもう〜年前だが、それ以来事ある毎に聞いている。メロディが特徴で歌詞も日本語だからついつい口ずさんだりしちゃうのだ。

Morgue Side Cinemaは結構無愛想なバンドで、こんなこと言うのもあれだが華がない(これは前作収録の曲の歌詞にも出てくる)。妙にこぶしの効いたような歌いまわしは全然おしゃれじゃないし、なんなら英語の歌詞は本当日本語的なべったりとした発音だし。曲は短いけど、早いわけでも、逆に遅いわけでも、攻撃的なわけでも、必要以上に重たいわけでも、トレモロが美しいわけでも、ギターソロが超絶技巧なわけでも、展開がプログレッシブなわけでも、モッシュパートが激しいわけでも、ハーシュノイズを使うわけでも、ない。要するにとらえどころとなるキャッチーさがないんだけど、断言するが曲は素晴らしい。ただ無闇矢鱈にわかりやすいキャラづくりをしないだけなのだ。(それこそが知名度を売るビジネスでは致命的なのかもしれないがそんなことは知ったことではない。無いということそれ自体が魅力になることだってあるのだ。)
Leatherfaceに通じる哀愁と書いてあるところがあって、Leatherfaceは「he Stormy Petrel」の1枚しか持ってないので偉そうなことは言えないのだけれど「哀愁」という共通点はあるもののこちらはあちらほど(意図的に)枯れた感じがしない印象。どの楽器も無駄を削ぎ落としたソリッドな音使いでいぶし銀な格好良さがあるが、なかでもとにかくギターが良い。短い曲の中を縦横無尽に動き回る。中音域が分厚い、重量感と温かみのある音が自由に伸縮性のある音を描いていく。真っ青な空に伸びていく飛行機雲を地上から眺めているようにひたすら爽快である。高高度の強風に崩れてすぐ消えがちだが、群青に一本ひいた線のように痛快である。だれも傷つけないなにかしらの反逆行為のようではないか。ギターが唸って、力強い歌がある。私がロックバンドに求めるものが揃っている。こうしてくれ!ってのが入っている。しなやかだが強靭、強靭だが叙情的である。

わかるようでわからない、わからないようでわかる歌詞(曲によって結構具体的だったりもする。親交のあるった先輩を偲ぶ「翌朝」の後半の川のきらめきに決意を込める歌詞は本当素晴らしい。)が特徴的で、今回はその難解さを増しているように思う。わからないなりに文章として成り立っていた前作から、今作では単語の羅列にまで分解されている。TMGEのチバユウスケほど本当思いつきを並べたようなのではなく、一応関連性はある何かの比喩のように感じられる。

2月頭に東京でライブをやったんだけどその日は珍しく用事があって見れなかったのを後悔している。マイペースに活動するバンドのようなのできっとまた見る機会があるだろうと思うことにする。1stも噛みしめるように訊いていくうちにどっぷりハマっていったのだが、今作もそう。今作はちょっと地味か?と思ったけど聞けば聞くほど味が染み出してくるように良い。今聴いているし、きっとまた1年経っても聴いているだろう。ぜひぜひCDを手にとっていただき聴いていただきたい作品。非常におすすめ。

2017年10月21日土曜日

skillkills presents 「The Shape of Dope to Come Release Tour Final」@Club Asia

この日ありがちなことにライブがかぶっていたが、私が行ったのはこのライブ。
Zazen Boysのライブが見たいというのが第一で、Skillkillsはよく目にするものの訊いたことも見たこともないバンドなのでこれは良い機会と思ったわけ。この日はSkillkillsの新作のリリースツアーのファイナル日。
なんとか仕事を放り出して会場に当日券で文字通り潜り込むと、Zazen Boysのライブがまさに始まったところだった。

Zazen Boys
ベーシストの吉田が今年限りで脱退することがアナウンスされたが、ステージングは落ち着いたものだった。照明をほぼ全開にしたステージは明るくそしてあけっぴろげであった。
私は30を半ばなのだから、思春期に洋楽の洗礼を受けてもNumber GirlとスーパーカーはOKという謎の方程式により、よくよくNumber Girlの音楽を聞いていた。(こういう輩は多いのでは。)初めて接したときの印象が強いのは音というよりMutomaJapanでみたフロントマン向井による手書きのMVの漫画テイストだったんだが。
このZazen Boysというのは完全に周囲とは隔たった音楽を追求するバンドで、私はこの手のジャンルに詳しくないのでよくわからないが、ロックをベースにプログレやファンクやジャズなどが引き合いに出されるようだ。(要するにNumber Girlとは異なる音楽性でそれ故私は少し敬遠していた。)
複雑ってことなのだが、音源聞いても分かる通り非常に肉体的な音楽だ。楽曲全体がリズムでできているようになっていて、相当ややこしいのだが私のような音楽的な知識がない輩でも踊りたくなっちゃうような音楽だ。生で見て思うのはとにかくZazen Boysの音楽は身軽である。難解になると技術の鎧がどんどん分厚くなるが、このバンドは音をどんどん抜いていっている。結果的に難解なリズムの骨組みのみが残っている。音の数は決して多くないが、余計に間が重要になってきてそしてそれらがとにかくきっちりあってくる。ドラム一つとっても今拍子はなんだろう?ってくらいで、楽器隊がそれぞれ別に何かやっているのが、何かわからんが偶然合っちゃって曲ができているような感じすらする。めちゃくちゃ緊張感があるのだが、ユーモアを交えたゆるさ(演奏以外の)があって、高尚な音楽にならずにあくまでも楽しい音楽にとどまり続ける。私が音源で聞いている曲も一回ばらばらにして再構築しているように、もはや別の曲では?というくらいの再現度。即興性も取り入れつつ、コールアンドレスポンスを取り込んだり(「Whisky&Unbubore」という曲、途中なんとなくNumber Girlの「Eight Beater」を彷彿とさせる)、酩酊の楽しさがにじみ出るようなステージングを進めていく。ステージの後ろの方でゆらゆら体をしているのが楽しかった。次はもっと前でみたいな。

Killer-Bong
続いてはBlack Smokerの首魁Killer-Bong。見るのは2回めで前回はコントラバス奏者とのコラボレーションだったので、単独を見るのは今回が初めて。
卓の上に据えられたサンプラー(?)2台位とマイクのみ。照明は落とされているが、プロジェクターを使った強烈な光線が暗闇を線上に切り裂いていく。この日のVJはENDONのライブでもおなじみのロカペニス。
このKiller-Bongという人はおそらく即興をやる方で、予めサンプラーに閉じ込めた膨大な料の元ネタをその場で曲に組み立てて、それにラップを載せていく。いわばその場でつくるヒップホップだ。(ただし既存の曲も演奏する。)ヒップホップというカルチャーで言うまでもなくサンプリングは重要な要素だから、実は基本に忠実なラップミュージックをプレイしているのだが、あまりこういうやり方を演る人というのは聞いたことが無い。元ネタはキックやハイハットなど単発のビートの部品、ジャズなどから引っ張ったピアノやホーンなどのリフなん小節か。これを組み合わせてあっという間にトラックを作っていく。Killer-Bongは低音の聞いた独特の声質をしていて、それが言葉の継ぎ目をあえて明確にしない、唸るようなラップをやっているものだから、おそらくリリックは日本語なのだろうが、よく聞こえない。ただ一本調子に呻吟するのではなく、節回しのようなラップも披露して、めっぽう格好良い。どうも酩酊しているようなトリップ感がある。そして自分の声すらその場でサンプリングしてオーバーダブを繰り返していく。ヒューマンビートボックスほど明快に音楽化されていないので、相当前衛的な仕上がりのトラックになる。この日は「うわあ〜、よんよんよん」みたいな叫び声をサンプリングして繰り返し流していた。
始まっていきなり卓をひっくり返すKiller-Bong。卓の上にはなみなみと注がれた飲み物があったのだが、機材と一緒にグチャー。スタッフが袖から何人も集まってきて必死に直しているのだが、本人は気にした様子もなくいま出る音で演奏し続ける。機材が壊れるのでは…とハラハラするが、本人はあまりそこら辺に頓着がないようだ。(なんかのインタビューで自分の部屋にものがほとんど何もない、と言っていたと思う。)マイクから音が出なければ叫び出す、というはっちゃけぶり。とにかく余裕のある人でトラブル感まったくなく、機材が元通りになってからも言葉を拾いながら演奏を続けていく。最後の方ではSimi LabのトラックメイカーHi'Specとの共作「やくそくのうた」を披露。リリックは変えてくるが、繰り返される「歌うんじゃねえ、ただ歌うんだ〜」というフレーズが即興的な自分のスタイルを象徴しているように思う。かっこよかった。

Skillkills
最後はこの日主役のSkillkills。名前はよく耳にするけど聴いたことないバンド。ドラム、ベース、ラップからなる三人組で、生音のヒップホップを演奏する。とにかくベーシストががっしりとした体躯に、横を刈り込んだ爆発頭にサングラスという出で立ちでよく目立つな〜と思った。見た目にパワーが有る。
三人のバンドだが、ビートの上に上モノを同期させる。”ラップ”ミュージックというくらいだから、トラックがすごくかっこよくてもやはりいちばん目立つのはラップなのだが、Skillkillsはバックトラックが(サンプリングに対して)ライブなのでその強みを活かしてよく動く、音も大きい。ただし「やかましいヒップホップ」という表現は半分しか当たってない。生で聴いてみるとその音のデカさにびっくりするものの、よくよく聴いてみるとやはりヒップホップに忠実であることもわかる。まずヒップホップなので音の数は決して多くない。例えばラップ・メタルなんかとは明確に異なる。Skillkillsの演奏はどこまでいってもヒップホップのトラックであり続ける。鳴らし方が違うだけだ。なのでビートは非常にタイトだ。この2つは人が演奏しているが、まさにマシンのようなタイトさ。この日Zazen Boysも激タイトだったが、あちらはバカテクが楽器それぞれ独立しているのになぜか一つの曲ができました、という感じだが、Skillkillsはドラムとベースの一体感が半端でない。日本の伝統建築のようにオーガニックな要素がガッチリはまって、粘りの強い強烈なビートを作り出している。Skillkillsも”間を抜”くことによってグルーヴのあるビートを生み出していて、特にドラムの人の「ここぞ」ってときの遅らせ方が絶妙。そこ絶対叩くよね?ってところを一つか2つ送らせてくるような感じ。とにかく気持ちよくて、前半の曲ははくの終わりを告げるシンバルのクラッシュが本当必殺!という感じだったし、後半シンバルメインの決めにスネアを叩く、というリフも非常にかっこよかった。
そしてここに乗るラップの正確さ!びっくりするくらいここもタイトに決めてくる。もっとルーズなのかと思ったが、たゆまぬ努力を感じさせる言葉のビートへの落とし方よ。ガチガチ合致する。それでいて即興要素をいれてリリックをいじってくる。これは気持ち良い。リリックも独自の世界観を構築するものでユーモアを交えつつ、一体感を煽ってくるポジティブさ。ロックフォーマットは良くも悪くもわかりやすく、感情の高まりをシャウトによって吐き出せるが、Skillkillsはずっとラップで感情をじわじわ上げてくる。フックもすごく格好良いが、フックのためのバースにならずにバースで上げてフックに持ち込むというヒップホップの格好良さがギュッと詰まった演奏だった。
途中のMCもシンプルかつ素直で本人たちがとても楽しい、という気持ちが伝わってくる良いものだった。今までのツアーでは(本人たちがいないので)できなかったという、Killer-Bong、それからZazenの向井さんを迎えた曲は一つのクライマックスでフロアが前にギュッと圧縮されていた。

結構思いつきでふらっと行ってしまったんだが非常に楽しかった。普段見ているジャンルとちょっと異なるのでそういった意味でも新鮮だった。Skillkillsの新作「The Shape of Dope to Come」を購入して帰宅。

2017年10月15日日曜日

UNSANE/Sterilize

アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークのノイズロックバンドの8thアルバム。
2017年にSouthern Lord Recordsからリリースされた。
メンバーチェンジや活動休止などもありつつ1988年から一貫してノイズロックを鳴らし続けるバンドUNSANE。中心となるのは唯一のオリジナルメンバーでボーカルとギターを務めるChris Spencer。前作「Wreck」から5年ぶりの新作。オリジナルアルバムのカバーアートは常に血まみれで、今作でもそれは健在。

UNSANEを聴いてて思うのは彼らが演奏するノイズ・ロックというのは文字通り「うるさいロック」であって、ここでいうノイズと言うのはハーシュノイズに代表されるノイズミュージックとは一線を画す。ジャンルとしてのノイズと言うのは常にメイン、オーバーグラウンドに対するアンダーグラウンド、カウンターであって、それをロックやハードコアや、メタルなどに要素の一つとして取り込むやり方も今では珍しくない。今年リリースされた作品だけ見てもFull of Hell、本邦のENDONなどはノイズの影響を受けたうるさい(ロック)バンドだが、本質的なノイズ・ロックとは異なる。UNSANEの場合はそういった意味でのノイズは一切用いない。核となるのは骨太なロックで、芯が太く、ぶれない。ガッツリ硬質な音はオルタナティブ・ロック、メタルにとても良く似ている。例えばHelmetなんかには結構共通したものがあると思がもっとプリミティブだ。ノイズというのはブレみたいなものだから、かっちりしたそういったロックにノイズと言う形容詞をつけるのは面白いが、つまりは極端にうるさいのがUNSANE。
ガシャガシャした質感が残りつつも重量感のあるギター。それと対をなすカッチカチにハードに固めたベース。突っ走り勝ちになる危うさを溜めのある連撃で引き締めるドラム。そして飾りっ気がないが、真に迫ったシャウト主体のボーカル。曲速はミドルでだいたい3分程度。余計なものは一切なく、淡々とロックを演奏していく。ロックから派生したハードコア、メタルは先代の衣鉢を注ぎながら、着々と武器も増やして武装してきているが、UNSANEに関しては流石に音に関しては重たくそしてクリアだが、その他は基本的に装飾が殆ど無い。最小限のメンバーでいわば徒手空拳で勝負を挑んでくる。特にこの音源を聞いて思うのは、ある種のルーズさ。UNSANEより力強く、凶暴そうな音楽はほかにもあるが、UNSANEを聴いているとなんとも言えない居心地の悪さを感じるものだ。まずは不穏さが一つ。油をよくさした工業機械に囲まれているような、居心地の悪さ。そしてもう一つはシニカルなユーモアである。張り詰めているところは異常に張り詰めているのだが、どうも薄ら笑いのような酷薄さ、皮肉さ、空虚さがその背後にあってそれが熱量のある曲を同時に薄ら寒いものにしている。ここらへんはもうすぐ30年を戦い続けるベテランゆえの力配分の妙なのだろうか。
個人的には5曲目「Lung」から7曲目「Distance」までの中盤がたまらない。特に「Distance」はコーラスのところも良いが曲の最後になかなかつかみにくい感情がむき出しになっているようで震える。

ある意味ではノイズ+ロックの本命というか。オルタナティブ世代がかつての栄光の本質が死ぬどころか強靭に生き残り続けることに感涙の涙を流してもよし。最新鋭のサブカルとしてのノイズ世代が、ぶっというるささにぶん殴られて恍惚とした血の味を口の中に感じるのもよし。無慈悲な音に目がない人はぜひどうぞ。

2017年9月18日月曜日

Queens of the Stone Age/Villains

アメリカ合衆国カリフォルニア州パームデザートのロックバンドの7枚目のアルバム。
2017年にMatador Recordsからリリースされた。
元Kyussのなんていう言葉はもはや不要になっているJosh Homme率いるロックバンドの最新作。ビルボードで3位、英国では1位、iTunesでは日本含む各国で1位になっているらしい。要するにとても売れている。この夏にはFujiRockに出演して大いに聴衆を沸かせたそうだ。
元々私は学生時代に友達から教えてもらったのが知ったきっかけ。「Songs for the Deaf」の頃で「Go with the Flow」はいいけど、友達が押している「No One Knows」はそこまで…って感じだった。(当時はグラインドコアとかを好んで聞いていた。)それがなんのきっかけかは忘れたけど再発された1stを買ったらこれにハマって、結局アルバムを買い揃えることになった。なので新作出たら買うぜとなったわけ。

プロデューサーにMark Ronsonという人を迎えていてどうもそれが結構な驚きとともに迎えられたらしい。私は知らない人なのだが調べてみるとヒットチャートによく出るような音楽を主にプロデュースしている人らしい。QotSAはいってもその出自はアンダーグラウンドであるから、そうやって表舞台の仕事をこなしている人を起用するというのは結構意外な出来事だったのかと思う。
さて多分山崎さんのサイトで見たのだと思うけど、JoshはQotSAの音楽をストーナーと評されるのをたいへん嫌っており、ロボットロックだよ!と彼の作った言葉で読んでくれといっているらしい。このロボットロックというのは機械的にという意味で確かにリフをリフレインしていく様はロボットのようだ。QotSAは面白いバンドでどんどんメジャーになっていく(というか私が知った3rdの頃は(その時点でKyussは知らなかった)とっくにメジャーなバンドだったんだけど)けどどこかのアルバムの時点で強烈にその音楽性を変えたわけではないけど、自然に少しずつ洗練されていって表舞台に出てきた、というイメージが有る。私は1stでハマッているから懐古主義者というわけではないけど「Avon」や「The Bronze」(ギターソロがめちゃかっこいい)、それから一番が「In the Shade」(ちなみに歌詞もすごく良いのだ)ってな具合で昔の曲のほうが好きかも。そんなもんで長くなってしまったけどもうロボットロックではないかな〜なんて思っていたのだが、いざ買って聞いてみると「Feet Don't Fail Me」のイントロなんてまさにロボットロックじゃん!音こそ初期のそれとは違う軽くて乾いたものだけど、まるで戯画化された工場の流れ作業を視覚的に聞いているようだ。
Joshはもっと光の中に出ていきたかったのかもしれない。7枚というアルバムの中で初期のこもって埃っぽく重量感のある、いわばストーナーの幽霊というか呪いを引きずった音(私はこの音も超好きなのだが)が徐々にJoshとバンドから落ちていき、そして残ったのが、もっと普遍的に”楽しい”(このバンドは暗い曲はいっぱいあるけど陰鬱とまで突き抜けた、あるいは落ち込んだ曲はないし、アルバムで見ればどれもやはり楽しい。)ビートがそのままリフになり、それを繰り返していくような”ロック”が残ったのかもしれない。「悪者たち」というタイトルには「ロックって悪いものでしょ」というJoshの思いが込められているとのこと。このアルバムの音は枯れたように軽く、ゆったりとしており、そしてとにかくJoshの声は演奏に縛られないくらい(音を軽くして更に歌が自由になった印象)自由だ。楽しくて、しかしでもやっぱり鈍く光るロックのかっこよさがある。それは枠にとらわれない”悪さ”でもあるのだ。演奏はソリッドだが、歌う声の艶もあって出来上がった局は非常に幻想的で浮遊感すらある。ソリッドでかつ浮遊感があるのだ。この相反する2つの要素を徐々に完成させていったのがQotSAなのだ。バンドからしたらこれはまだ通過点だろうがそれでもやはり初期から聞いていると、その進化っぷりにすげーなと思わせる。革ジャンをきて荒野を歩く大きい背中のJoshのバンドの最新作である。かっこいいぜ。

ハーメルンの笛吹き男のように男の子(と女の子)を惹き寄せてやまないQueens of the Stone Ageの新作。ロックが好きな人は是非どうぞ。おすすめ。

2017年7月5日水曜日

Mutoid Man/War Moans

アメリカはニューヨーク州ニューヨークのロックバンドの2ndアルバム。
2017年にSargent House Recordsからリリースされた。Sargent Houseは最近The Bodyなんかの音源もリリースしている。
Mutoid Manは2012年にCave InのSteve BrodskyとConvergeのBen Kollerにより結成されたバンド。翌年にSaint Vitus Bar(海外の気になったバンドをyoutubeで検索するとよくこのバーでのライブ映像が引っ掛かるあるある)の店員Nick Cageaoが加入。現在はスリーピースで活動中。言わずもがなのConverge、それからCave Inはキャリアの中で音楽性を変遷させていったが、当初はいわゆるカオティック・ハードコア(向こうで言うところのマスコアでしょうか)の文脈で語られる音楽をやっていた。私も2chのカオティックスレッドで基本と紹介されていた「Until Your Heart Stops」
(あとはBotchのとかも)を購入した思い出。

そんなカオティックなハードコアに関係するメンバーが在籍するこのバンドなのでどんな音を出すのか非常にきになるところ。ところが1stが出た際には私視聴してスルーしてしまった。今作もふーんと言う気持ちで視聴したところあれれ?となって購入した。結果非常に格好良くなぜ1stの時にこのバンドの魅力に気がつかなかったんだろうと後悔している。
今作にはレーベルメイトでもあるChelsea WolfeやCave Inのメンバー、それから元Megadethのマーティ・フリードマンも参加しているとのこと。
鳴らしている音はハードコアの要素を感じさせつつもCave InともConvergeの音楽とも異なるもの。あえて言うならストーナー・ロック(メタル)だろうか。ただ気だるさやサイケデリックさはそこまででもなくもっと直感的に楽しいロックに聞こえる。一打一打が明確で乾いた音がバネのように跳ね返ってくるBenのドラムは相変わらずリズミカルでかっこいい。この人のドラムは特別うるさいと言うわけではないけどバネが仕込まれているようなしなやかさがあるような気がする。ソリッドな音に仕上げたうねりとコシのあるベースは中速以下の曲でよく映えている。そこにギターが乗るんだけどこのギター、ストーナーというにはもうちょっと湿っている。埃っぽくも結構ぶっとい感じで艶っぽい音がぎゅっと詰まっている。ボーカルも兼任するのだがかなり動きが激しく激しく刻んでくる、フリーキーナソロを弾くと縦横無尽。常にせわしなく動き回っている。ボーカルは基本的にはクリーンできちんとメロディのついた歌を歌う。Steveの声は非常に魅力的で子供っぽすら感じさせるハリとツヤのある甘く伸びやかな声を中心に、ハイトーンに叫んだりと技を見せていく。ストーナーでくくるには結構テクニカルでグルーヴィな演奏に節のある歌が乗るわけでかなり盛りだくさんなのだが、そのぶん曲から無駄な部分、冗長な部分を全て省いてコンパクトにまとめている(だいたい3分くらい)ため、程よくあっという間に終わってしまう。ミニマルの要素は少なめで展開がコロコロ変わっていって面白い。どれもMutoid Manらしさがあるのに表情豊かに曲単位で個性が出ていて面白い。これはハードコアの範疇をあえて外していて、型にはまらない自由さをロックのフォーマットで獲得しようとしている(そしてその試みは間違いなく成功している)ように思える。「Irons on Fire」のイントロ、「Open Flame」のアウトロなどとにかくギターのフレーズ、リフがかっこよい。ロックに浮かされたメロディアスさがとにかく楽しい。自身の出自であるハードコアの残り香というかタフさが背骨のように楽曲を貫いているので楽しくも全く軽薄でないタフな音楽になっているのが良い。

こりゃ非常にかっこいい。ConvergeやCave Inが好きは人は音楽性が違ってもハマるだろうし、メロディの要素が色濃いので単にかっこいい音楽を探している人なら是非。非常にオススメ。

2017年6月18日日曜日

Wear Your Wound/WYW

アメリカ合衆国はマサチューセッツ州エセックスのハードコアバンドの1stアルバム。
2017年にDeathwish Inc.からリリースされた。
Wear Your WoundsはアメリカのハードコアバンドConvergeのフロントマン、Jacob Bannonによるソロプロジェクト。Convergeのボーカル以外にも非常に影響力のあるレーベルDeathwish Inc.を運営したり、自身のバンドのアートワークも手がけるグラフィックデザイナーと活動しているJacobが新しく(と言っても2010年ごろから始めたらしい。)始めたのがこのバンド。全ての作詞作曲は彼が手がけている。この音源の録音は盟友Kurt Ballouが手がけている。ライブも結構頻繁にやっているようで、ライブは録音ではThe Red ChordやTrap Themのメンバーがヘルプとして入っているようだ。

ハードコアという範疇以外でも非常に大きな存在のConverge。日本ではThe Dillinger Escape Planと並んでカオティック・ハードコアという言葉(ジャンル)で紹介されていた。(今ではどうなんだろ?)基本的には激しいのだが、アルバムによってはなんとも哀愁のある曲をプレイする。例えば「Axe to Fall」の「Wretched World」(このアルバムで一番好き)とか、名盤「Jane Doe」の「Jane Doe」、「No Heros」の「Grim Heart/Black Rose」などがパッと思い浮かぶ。曲の速度もそうだが、その他の曲とは一線を画す世界観で私は激しい曲と同じくらいこれらの楽曲が好きだ。Jacobがソロをやってしかもその世界観はConvergeのそれとは違ってくる、というので俄然Convergeの前述の曲群が頭に思い浮かんだわけ。そう言った期待感で聞いてみると、やはりConvergeの激しさは皆無。でConvergeのゆっくりした曲とは確かに似ているのだけど、半分くらいで後の半分はそれとも異なるような要素が感じられる。じゃあそれは何かと言うと、一言でいうと”ポスト感”だろうか。ただこれも型にはまったそれらとは異なる、独自の方向性を持ったものだ。基本的にはバンド形式で曲が構成されているが、アコースティックギターやピアノを始め様々な楽器を取り入れていること。速度は基本ゆっくりで比較的長めの曲をやること。歪んだギターは頻繁に出てくるもの攻撃性はほぼないこと。こうやって書くと美麗なポストロックという感じがしてくるのだが、このプロジェクトの志向する世界はもっと曖昧である。メロディはあるが決して前面に出てこない。カーテン越しに呟いているようなボーカルもどこか個人的でわかりやすい共有がない。分厚いギターのトレモロと言ったキャッチーさもない。もっと儚く、その真意にはたどり着きがたく感じる。拒絶されている、といよりは個人的な感じがしてなかなか読み取れないのだ。
一言で表現するなら「ノスタルジー」だろうか。もちろん私は生まれも育ちも日本なのでJacobとは世界観を共有はしていないのだが、ゆったりとした曲調の向こう側に何かしら色あせた風景が蘇ってくる。長らく誰もいない家(廃屋と言うほど荒廃していない)で見つけた家族のアルバムを眺めているようだ。経年でくすんだ写真一枚一枚に(私がよく知らない)ドラマがある。誰か他人の物語だ。アルバムから目を挙げると埃っぽいガラスを張った窓から見える空は夕焼けに染まっている、そんな風情。物語だなあと思った。そうやってみると非常にロマンティックで、Convergeの荒廃して厳しい音の嵐の向こう側に垣間見える男っぽい(作家で言うならデニス・ルヘインだろうか)エモーションに通じるところはあると思う。整合されていない(定型化されていない)ノスタルジックさ、拡散していく美麗さは結構混沌としている。

綺麗でありつつもなんとも形容しがたい独自の音楽性を持っているのはさすが。ConvergeがConvergeと言う存在たりえているのはなぜかと言うことが少しわかるかもしれない。

2017年2月11日土曜日

ネム/ピカデシカ

日本は大阪のサイケデリック・ロックバンドの1stアルバム。
2015年にHYPE Recordsからリリースされた。
ネムは2010年に結成されたバンドでメンバーチェンジを経てリリースされたのがこのアルバム。今は三人組。特に知識はなかったがディストロで興味を持って購入。

まずはモノトーンかつ情報量の多いアートワークが良い。サイケデリックって何か?というとキーワードは渦かもしれないなと思っていたので、このジャケットは本当に良いと思う。
内容としてはサイケデリックロックだ。ヘヴィだが変幻自在なギターサウンドが分厚いのでシューゲイザー要素もあるが、幻想的であっても明確に耽美ではない。しっかりとしたドラムとベースが土台をささえ、その上にギターが縦横に走る。例えばEarthlessなんかを彷彿とさせる。ドラムとベースは激しく派手なプレイというよりはミニマルにミニマルにしっかりと手堅いビートを刻んでいく。いつも思うのだが自由に漂う幻想の世界も以外にそれを支えるしっかりとした屋台骨が必要というのは非常に面白い。人間は浮かないものなのか。ギターは強烈に歪ませたものでこれが縦横無尽に走りまくる。リフはメタル的では全くない。単音を多用して時にはソロなのかリフなのか(利き手の知識の問題もあるだろうが)判然としない。シューゲイザーなら空間的な処理を音に過剰にかけるのだろうが、このバンドの場合はあくまでも音はディレイやエコーがありつつも、あくまでもソリッドだ。低音をことさら強調するバンドではないのでその切れ味は鋭い。運指も音の数も多い。ミュートを多用したリフの頻度が高くないので、音の切れ目がない。この音の連続性はノイズに近いのではなかろうか。変幻自在で刻一刻と切れ目なくその姿を変えていく。その職種が導く先が桃源郷でこれをサイケデリアと呼ぶのだろうか?サイケデリックの醍醐味だ。ここまでだと結構交渉で素人お断りな雰囲気を感じさせるけど、聞いてみるとそんなことが全然ないのがこのバンドの最大の魅力だろうか。前述のEarhlessはスペーシーでありながらもデザートな香りの埃っぽいぶっといロックをそこに据えていたから、自由でありながらも芯があって強い。このネムというバンドはそこをオルタナティブ・ロックを持って生きているような気がする。模糊としたサイケデリックと目の覚めるようなソリッドなロックの合体である。曲によってはもうリフからして高揚感のあるオルタナティブ感に満ちていたりする。そこがこのどこまでも再現なく漂ってしまう”なんかわからないものが高尚で賢いんだぜ”という浮ついた気持ちを抑えて曲をビシッと引き締めたものにしているのではと思う。そう考えると曲の尺も5分に納めてくるあたりも確実に聴きやすさ、とっつきやすさを意識しているのではと思えてしまう。ボーカルが入っているのも良いと思う。特に叫ぶときはちょっとsyrup16gの五十嵐さんに似ていると思う。
ちなみに1st以前のEP「デート盤」も同時に買ったんだけど、そちらはやや持ったりとしたアングラサイケ強めに対して、こちらはロック感が強めてある。好みだろうが、わたし的にはフルアルバムの方のテイストが好みだ。こっちの方がソリッドだが個人的には陶酔感はこちらの方が強い。

「幻想文学はしっかりとした言葉でかけ」とおしゃったという澁澤龍彦さんの言葉を思い出した。なるほどな〜。そういった意味ではしっかりとしたロックの土台で描く幻想の世界だ。気になった人は是非どうぞ。

2016年10月2日日曜日

GEZAN/NEVER END ROLL

日本の大阪で結成され今は東京を活動拠点としているロックバンドの3rdアルバム。
2016年に自身のレーベル十三月の甲虫(じゅうさんがつのむし)からリリースされた。
バンド名はローマ字でGEZANで表記されるようになっている。
私はこのバンドの前作「凸」を持っていて、これはこういうバンドだ!と中々とらえる事が出来ていない感じはあったんだけど曲は好きで結構聴いていたので今作もなんとなーく買ってみた。
どうも7年在籍したドラマーのシャーク安江さんが脱退するようだ、ふーんくらいの気持ちだった。

全体的に青で統一されたアートワークが印象的。なんとなく聴いてみたんだけどこれがすごかった。始めは正直むむ?あんまり、と思ってしまった。ところが変だなと思って2回、遅くても3回聴いたらこのアルバムのすごさにあっという間に取り込まれてしまった。前作も良かったけど「凸」よりこちらの方が好きだと思う。
なんでむむ?と思ったかというと、たった一作しか聴いてない身分であれだが、何となくGEZANというのは勢いに任せた若く青臭いバンドでブラックメタルバンドもはだしで逃げ出す様なノイジーなトレモロリフが前面に出た、とにかく元気のよい音楽を演奏しているバンドというイメージだったんだけど、今作は結構作風が違う。まず五月蝿さという意味では明らかに減退している。曲の速度もそうだろう、速度は遅くなっている。その代わりに非常にメロディラインが前に出てくる。要するにバックの演奏が大人しくなり、歌が強調されているため、(五月蝿ければ良い音楽だろ?という)私的にはあらら?と思ったわけ。良いところ全部消えている?勿論そんな事はなかった。彼らを象徴するノイジーなギターは曲の色んな部分で生きている。音量は下がって使用頻度も落ちたがその分圧倒的に単発での効果は上がっている。いわば武器の種類が一つで使い方も単一的だった前作から、その使い方に圧倒的にバリエーションが増えたし、武器自体も増えているイメージ。思い出してほしいのだが、「八月のメフィスと」も顕著にそうだったが、元々メロディに関しては非常に重視しそれに富んでいた訳だから、今作でギターが一歩下がった事でそれが目立ちだしたのはいわば当然なのだ。彼らは立ち位置を調整した訳であって、決して日和ってその方向性を変えた訳ではない。このアルバムはシャーク安江さんが抜けると決めた後に作られたらしい。そういった意味では非常に切実なアルバムなのだが、シリアスさはあるものの非常に前向きになってキラキラしているから、なんだかすごい。前向きに言う方が大概後ろ向き名ことを言うより難しいから、そんな重みを感じる。
前作であったラップみたいな、ニューメタルっぽいようなユーモアを取り込んだ派手な曲、ちょっと生意気で煽る様な歌詞はもう見られなかった。(歌詞に関しては攻撃的でなくなったという意味では勿論ない。相変わらず挑戦的、そう挑戦的だ。)それは青臭かった奴らが丸くなったという意味で大人になった、という訳では全然ない。むしろピュアにそして素直になったんだと思う。歌詞を見てほしいんだけど、煙に巻く様な難解さは無くなり、曲によってはもう完全にラブソングだが、やはり独特の言葉で選ばれたそれらはむしろしっくり心に刺さってくる。

聴いている音楽の種類もあってあんまり歌詞カードを見るという事も最近はなかったんだけど、この音源は曲を聴きながら歌詞カードを見るのが楽しい。
私は一個反省があって前作の感想に「彼らは青春パンクの変形なのか?」という様な事を書いたのだけど、結局見た目というか第一印象(「思い出はただの死体」と言い切るその過激さをただ若さで片付けてしまった)でしか判断できなかった。彼らは青い青い青春をテーマにしている。その青春というのは若い人だけのものなのか?彼らは今ドラマーを募集していて、募集要項にはこう書いてある。
「別に年齢の話じゃない。15歳でも35歳でもいい。YOUTHはそんなものでは測れない。音楽が好きで、ただ何かをかえたいそういうヤツに会えたらいい。」
違うだろ、彼らの言う青春は年齢的に若いってことじゃない。それはつまり好きな事を全力でやるってことで、負けないってことだし、きっともっと他の何かだ。私は社会人をやっているけど好きな事を全力でやるって無責任にただ楽しいだけのものだとさすがに思わないよ。

ドラマーが脱退した彼らは今活動を休止している。早くドラマーが入って、そして音楽を作ってほしいと思う。それは一体どんな風になっているか今から気になってしまうのは、ちょっと気がはやすぎか。しばらくはこのアルバムを聴けばよい。
という訳で非常にかっこ良い。なんというか物語があってそれにこちらが浮かされてしまうところがある。”青春”や”Youth”という言葉にちょっと素直に慣れない人でも是非どうぞ。

2016年9月11日日曜日

Sunday Bloody Sunday/Sunday Bloody Sunday

日本は埼玉のオルタナティブロックバンドの1stアルバム。
2016年にFixing A Hole Recordsからリリースされた。
Sunday Bloody Sundayは3人組のバンドでその活動歴は10年を越えるらしい。メンバーの脱退や活動停止などの紆余曲折を経て待望の、という形でリリースされたのがこのアルバム。バンド名の由来は分からないが同名の曲がU2であるようだ。私は全く知らないバンドでしたが、リリースされるやいなやtwitterのTLで絶賛の嵐、ディストロでは売り切れ状態。なにを〜と思って再入荷と同時に購入した次第。

私は1984年生まれでいわゆるkorn、Limp Bizkitに代表されるニューメタル世代なんだけど、ギリギリオルタナティブ終末期にも被っておりまして。すでにジャンルとしては(嫌な言い方だというのは承知の上で)終末を迎えていたのだと思う。ただ私が人生で一番好きなnine inch nailsだったり、The Smashing Pumpkinsだったりはもちろん「オルタナ」という文脈で持って出会い、その文脈の中で聴いていた。グランジというくくりなら前述のスマパンだったり、Alice in Chains、そしてやっぱりNirvana(音楽好きな男の子はみんな一度は聴いてた)を聴いておった訳。(ここら辺は図書館で借りてMDに録音してた。)何事にも凝り性の音楽好きの友人はミーハーならスルーしてしまうSoundgardenや、Dinosaur Jr.、The Jesus Lizardあたりにも聴いてた事を憶えている。
死んだジャンルとは良くいうが、メインストリームからその姿を消しただけで(多分)どんなジャンルであっても完全に演奏する人がいない絶滅状態になる事はそうないのではないだろうか。ピュアな形でアンダーグラウンドで活動するバンド、血統を引き継ぎながら時代にあった新しい音楽性を模索するバンド(例えばkornはニューメタルの始祖的存在だが、1stの音楽性は自分にとっては良く表現されるヒップホップよりグランジ〜オルタナに近しいところがあるように思う。)。
このSunday Bloody Sundayはそんな”死んだ”ジャンルを自分たちなりに解釈して死後15年か20年たった今まで地道に活動し、じっくりことこと煮込んだすえに見事に煮詰まった(本来煮詰まったというのは良い意味で、ここではそっちの方の意味でお願い)オルタナティブロックをならしている。
再生ボタンを押して1曲目「Intro」を抜けたその先はぎゅっと濃縮された”あの頃”がむわっと鼻を突いてくる。うおお、これ、この感覚、と恐らく私と同世代ならそう思うのではなかろうか。必要最低限のアンサンブルで余計な音は入らず、さすがに20年前よりは圧倒的に音質、音圧もブーストされているが、ギターとベースが低音が強烈に意識された音(いわゆるダウンチューニングというやつだろうか)で持ってグイグイ迫ってくる。黒か灰色でぐわーっとキャンバスを塗りつぶした様な世界に圧倒されるが、そこは何と言ってもオルタナティブ、荒廃したキャンバスにはじつは多様な色の痕跡が見受けられるという訳。ほどよく粒子の粗いきめ細やかな音でスライドを多用したタメとうねり、そして伸びのあるリフを反復的に繰り返していくまさにオルタナティブなスタイルで、明快なドラムが気持ちよい。ここからどう料理してもハード、ヘヴィに進んでいく余地のある音なんだが、そこに気持ちのよい高音ボーカルとメロディラインを大胆に導入することで、見事に”もう一つの選択肢”たるオルタナティブロックバンドとして成立しているのだと思う。ギターの音はヘヴィかつ艶やかだが、高音ボーカルはどちらかというとなんとなくの若さがあってその全体的なアンバランス感がとても魅力。いわばメランコリックであって、同じく昨今突出している同じ日本のTwolowの持つハードコアの由来をビビビと感じさせるタフさ、無骨さとは一線を画す音楽性で、同じヘヴィな現代に蘇ったピュアなオルタナティブといっても共通するところと同じ暗い違うところがあって非常に面白い。ひねたロックンロール感という意味でこれもやはり日本の金沢のヘヴィロックマシーンGREENMACHiNEにもちょっとだけ似ていると思った。
個人的にはラストを飾る「A Weightless Life」のギターワークがとにかくカッコいい!

現在30台くらいの男性は聴けば必ずはまることと間違い無し!だと思う。思わずにやけてしまうのではなかろうか。この記事に出てくるバンド名に思い入れがある人は是非どうぞ。ちなみに私が買ったディストロではまた売り切れ状態。人気っぷりが伺える。カッコいいです。オススメ。

2016年8月28日日曜日

ZAZEN BOYS/すとーりーず

日本のオルタナティブロックバンドの5枚目のアルバム。
2012年に自身のレーベルマツリスタジオからリリースされた。
私が買ったのはデジタル版でボーナストラックが1曲追加された全部で12曲。
ZAZEN BOYSといえば向井秀徳さんであり、向井さんといえばNumber Girlであろう。いうまでもなく日本のオルタナティブロックバンドであり、その影響は大変大きいのではなかろうか。私はばっちりその世代であり、MutomaJapanで「透明少女」のMVを見て以来のファン。思春期にありがちな「邦楽はクソ」時代でもその例外になっていたもの。さすがに同級生みんな聴いてたとはいわないが音楽好きな人ならNumber Girlかスーパーカーのいずれか、あるいは両方を聴いていた。
Number Girlは2002年に解散。その後ギターボーカルを勤めたフロントマン向井さんが組んだのがこのZAZEN BOYS。Number Girlの幽霊を追い求める私はチラチラ聴いたものの、Number Girlとの方向性の違い(これもちゃんと聴いていないから適当な判断なんだけど)とそれを「わからない(理解できない)…」と認めるのが怖かったのかちゃんと作品を聴く事はなかった。今回たまたま視聴した楽曲がかっこ良くて本当に何となく買ってみた。

Number Girlは何ともいえない衝動(よく性的衝動という歌詞が出てくる)を焦燥感のあるキャリキャリギュンギュンしたギターにこめて打ち出した音楽でなんとなく全体的に青春の目のくらむ様な青い感じがあった。後期は歌詞がその青さを脱して念仏的になり、ラップを大胆に取り入れたりとその形を買えていったものの根底はやはり轟音ギターロックであった。
ZAZEN BOYSはそんな後期のNumber Girlの特異な要素を抽出して突き詰めた様な音楽性という事が出来るかもしれない。ただし音楽性はかなり異なる。恐らくファンクだったり、プログレッシブだったりするのだろうが私はその方面全く明るくないので、何を言っても知ったかぶりになってしまう。なんとか自分なりの感想を述べていきたい。
まず全体的に音色は明るく明快。楽器陣はドラム、ベース、ギターそしてキーボード(シンセサイザー)でそれぞれの出す音は非常にクリアで乾いていて分かりやすい。弦楽隊の音は適度に歪ませて入るのだろうが、基本最低限という感じでクリーントーンが主役。恐らくメンバー全員がとてつもないテクニックの持ち主なのだろう。これらが比較的短い曲の中にぎゅっとまとめられている。全曲そうだといえないのだが、一つの指向性としてリズムが非常に重視されており、曲によってはほぼリズムで構成されている。変な言い方だが、全部の楽器がぶっちり千切れており、それを一子の狂いもなく打ち出してくる。曲を聴くのが手っ取り早いのだが、すごく乱暴にいうとギター、ベース、そして曲によってはボーカルをドラムとシンクロさせて曲が進んでいく感じ。普通曲は始まりと終りが当て、曲によっては展開はありつつも主題というか特定の(複数の)リフを反復させていくのだと思うが、ZAZEN BOYSはこのリフが極めてシンプル。確かな技巧でもって相当難しい事をやっているのだろうが、出す音は一見シンプルで最低限だ。(例えば超絶技巧のスラップまくりや超速弾なんてのは皆無。)ただこれはどれかがずれるととてもかっこわるいのだが、どれもぴたりと合っている。(ちなみにライブ動画を見てもぴたりと合っている。)これによくわからない歌詞が乗ってくるのだが、曲が進んでくると(多分)リズムが意図的に変更されていて分け分からなくなる。で反復的な歌詞もわざと順番を買えて変なくっつけ方でのせて来たりする。(曲でいうと「ポテトサラダ」とか)この計算された混乱ぶりが大変面白い。なるほど曲によってはいわゆるポップ性は希薄だが、リズムが強調されているので「難解過ぎてわからない」ということにはならないと思う。「よくわからなくてスゲエ」のだが正座して拝聴します、といった類いのものではなくとても肉体的。
と、こんな感じなのだが私このアルバムの「はあとぶれいく」という曲が本当に気に入ってしまった。この曲は多分このアルバムの中で一番分かりやすい(敢えていうと一番Number Girlっぽい)のだが、(これも多分)展開が逆に酷く単調でほぼ一本調子に進むのだが、そこに乗る歌が非常にエモーショナル。歌詞もよくよく読むとどうもおかしく精神のバランスを損なっている気がする。あまりこんな事いうのは好きじゃないのだが(最上級をいっぱい使ったら当然その価値がないので)かなり、最高ってやつだ。
中でもこうだ。
「いつか悪魔と対決する日を待っている
 惰眠を貪り食っている
 悪魔が来るのを待っている」
悪魔を待っているのだ。私もだいたいそう思っている節がある。悪魔なんていないのだ。もしいるにしても倒しにいかないで昼寝して待っている。くるはずがないのを分かっているのだ。卑怯な心だ。この何ともいえない駄目さ、これがとんでもなく心に刺さるのだ。向井さんはこういう歌詞を書かない様な気がしていたからちょっと驚いた。本当にこの曲ばかり聴いている。他の曲も良いのだけど、この曲だけでも「すとーりーず」というアルバムを買って良かったと思う。こんな曲に出会えることは中々ない。ちなみに「はあとぶれいく」の他にも意外にメロディアスな曲はあるのでご安心ください。
という訳で個人的には大変良いアルバム。もし興味が出て来た!って人がいたら是非どうぞ。
リズムの塊「ポテトサラダ」。

こちらはZAZEN BOYSではないのだけど「はあとぶれいく」。最高。

2016年8月20日土曜日

Dinosaur Jr./Give a Glimpse of What yer Not

アメリカはマサチューセッツ州アマーストのオルタナティブロックバンドの11thアルバム。
2016年にJagjaguwarからリリースされた。私が買ったのはデジタル版。
Dinosaur Jr.は1984年に結成されたバンドでグランジ隆盛の一角をになって活躍。7枚のアルバムをリリースしたが、1997年に解散。2005年に再結成し、再始動後はこのアルバムも含めて4枚のアルバムをリリースしている。サマソニでたしか今、というか今日あたり来日してプレイしているのではなかろうか。
私は後期オルタナティブ世代なのだが当時からミーハーな性質を遺憾なく発揮し、NirvanaとThe Smashing Pumpkinsは聞いたが、Dinosaur Jr.もSoundgardenもAlice in Chainsも聴かなかった。何事にも凝る友人が多分MDで聴かせてくれた覚えがうっすらあるのだが、うーんといってあまりに印象に残っていない。(その友人は今は音楽業界で働いている。)インストサイケデリックバンドEartlessがDinosaur Jr.のフロントマンJ MascisのHeavy Blanketとコラボした「In a Dutch Haze」だけ持っているから、私とこのバンドの繋がりはその程度だ。

紫を基調とした色あいがなんともサイケデリックなジャケットが印象的。
轟音と評される事も多いがなるほど納得の出来。ドラム、ベース、ギター&ボーカルという最小単位のバンドながらもそれぞれの楽器が結構なレベルで演奏されており、荒々しい喧しさはまさにロック然としている。勿論ハードコアやメタルではないので、メロディは歌がそれを担当して非常に伸びやかかつ気怠く歌っている。この轟音アンサンブルに気怠くやる気がないボーカルというのが世間も認めるこのバンドの持ち味。マルチなプレイナーでもあるJ Mascisは決して取り乱す事なく淡々と歌っていく。メロディラインが非常に感情豊かなので、声や歌い方が気怠くても説得力があり、奇を衒っている訳でもなく非常に魅力的。メロディはどちらかというとアップテンポというよりは、哀愁に富んだものでしっとりとしみ込んでくるタイプ。ここで声に感情がこもっていたら、恐らく私は食傷気味になってうさんくせーといって好きじゃなかったんだろう。メロディラインはキラキラしているから声と歌い方はこれがベストなんだなと思う。別に哀愁があるから大人のロック、というのではなくて。
Heavy BlanketではEarthlessと一緒になってとにかくギターソロを弾きまくっていたJ Mascis。さすがにこちらでは全編ギターソロというわけにはいかないんだけど、それでもグランジというジャンルからするともの凄く弾いている。だいたいどの曲にもギターソロがある。歌はヘロットしているくせに、ソロになるとが全やる気を出してくるのがMascisで「えー!」って位グイグイ前に出てくる。困ったやつだ。太い豊かな音でまろやかな中〜高音でもって波のように迫ってくる。べつに早引きを披露する訳ではなくどの音も非常に伸びやかで贅沢に時間を使っている。いかにも堂に入ったプレイはメロディラインに加えて非常に感情的。
欲を言えばシングルにもなっている「Tiny」のようなアップテンポの曲がもう何曲があっても良かったかなと思った。今更聴けないなって人もこっそりどうぞ。

2016年6月5日日曜日

Deftones/Gore

アメリカはカリフォルニア州サクラメントのオルタナティブメタルバンドの8thアルバム。
2016年Warner Bros. Recordsよりリリースされた。
Deftonesと言えば最早説明不要のバンドだと思う。私にとってはこのアルバム買うのはちょっとした問題だった。私は1984年生まれの後期オルタナティブ〜ニューメタル世代である。ご多分に漏れずNirvanaから入ってSmashing Pumpkins、Marilyn Manson、nine inch nailsを聴いていたところに、Korn、Limp Bizkit、Linkin Park、Slipknotなどの洗礼を受けてそこにどっぷりハマった。私が人生で一番聴いたアルバムは間違いなくninの「The Fragile」なのだが(今でもすごく良く聴く一番のアルバム)、青春の1曲を選んでくださいと言われたらDeftonesの「Around the Fur」収録の「Be Quiet and Drive」を挙げるだろう。私はこれを大音量で聴いては家族から苦情を言われていた。とくに何の起伏もない灰色と言った感じの思春期だったが、大いにこの曲に助けられたものである。要するに私はDefonesが大好きな訳で3枚目まではアホのように聴いた。(今も良く聴く)なのだが4枚目「Deftones」を聴いた時む?と思ってしまった。今聴いても悪くない、むしろ良いアルバムだと思うんだけど当時はなんか違う気がしてしまった。駄作という訳ではなく方向性に波長が合わなかったんだと思う。その後2006年の「Saturday Night Wrist」、2010年「Daimond Eyes」、2012年の「Koi No Yokan」は買わなかった。なんか大好きなDeftonesの駄作(勿論駄作でない可能性だって大いにある訳なのだが)を聴きたくなかったのだ。良い思い出のままとっておきたいとはま〜〜〜なんとも臆病な考え方なのだが、youtubeでちょっと聴いて良いか悪いか分からないうちに「うわ〜」とかいって途中で閉じるくらいだから本当全然聴いてない。こりゃあ良くねえなと(そして別に例え駄作でも始めの3枚は素晴らしく、幸せな時間を享受した事は間違いない事実だと)思って今回新作を買ってみた次第。

さすがに初期のニューメタルを期待するわけではないのですっとアルバムに入れた。当時からニューメタル界のRadioheadと言われていたりして、暴力的な轟音の中にとろんとエアポケットに落ち込む様なすこし耽美な酩酊、憂鬱な停滞の要素を入れてくるバンドだった。私が聴いていなかった間に苛烈さにそれらのいわばドリーミィな轟音が完全に取って代わった。勿論音の方はガツン!と来る轟音だがChinoのボーカルはほぼほぼクリーンで歌い上げる。スクリームもない訳ではない(「Gore」でのスクリームは全然衰えてないな〜とニヤリとする)が元々クリーンの比重の多かったバンドなので(例えば叫びっぱなしの様な「Lotion」の用な曲の方が特異だった)、違和感は全くない。不満が全くない訳ではない。これは4thの頃から感じていた事で好みの問題だから仕様がないのだけど、ギターの音が金属的な音の塊に固められている。私はどちらかというとつぶつぶした密度のこい音色が好きなので、ここだけはちょっと旧作と比べると残念。ただもしそうすると所謂シューゲイザーっぽくなって、轟音と耽美さというそれらの本質に違う音像からアプローチをかけていく、という今の醍醐味が減じてしまうのかな…と思う。しかしラストの「Phantom Bride」、「Rubicon」の流れは素晴らしいな。ギターがかせを外れたように自由に動きまくる。やはりこうなるとボーカルもその自由さを増していっそう映えてくる気がする。滅茶苦茶楽しい。
いわば新しい個性を獲得し押し進めているDeftonesの新作、結果から言えば素晴らしく、なのでかえって勝手に怖がって中間のアルバムを買わなかったのかと反省ばかり残る。Deftonesらしさ、はなにかという時に単純に激しさ、音の作り方ではなかったのだ、私の場合。勿論陰鬱で内省的、そして傲慢なまでの暴力性は今ではないのだけど、それなら過去のアルバムを聴けば良いし、私がこのバンドに求めていたのはそれだけじゃなかったのだな、と思った。ありがとうDeftonesありがとう、という多幸感。そして今更ですが2013年に亡くなったベーシストChi Cheng氏のご冥福を御祈りいたします。ありがとうございました。青春でした。

2015年10月13日火曜日

Twolow/Glutamic Acid

日本は(恐らく)東京のヘヴィロックバンドの1stアルバムにして初音源。
2015年にDiskUnion配下のレーベルSecreta Tradesからリリースされた。
2014年に結成された3ピースのバンドでドラムはHellish Lifeなどで活躍する塚本さん、
ベースはポストハードコアバンドDetytusの亀井さん(偉そうに書いているが両方ともに聴いた事無いです。)、ギター/ボーカルはLongLegsLongArms Records(妖怪手長足長からとったのだと思う。お洒落。)というレーベルのオーナーの水谷さんというシーンでは名の知れた方々が結成したバンド。
不思議なバンド名Twolowは2+ロウ、つまり「二郎」。「ラーメン二郎」のことらしい。つくづく思うんだけどTwitterを見るとバンドマンとその周辺の人たちはラーメン好きな人が多くない?私も勿論ラーメン好きだけど、所謂二郎系のラーメンはたべたことない。ゆっくり食べているとすごい怒られるんだよね?私はとにかく食べるのが遅いので怖くてとても食べに行けない…話がそれたけどそんな中毒者が集って出来たのがこのバンドなんだな、タイトルを翻訳すると「グルタミン酸」でこれはいわゆる旨み調味料(にはいっている成分)のこと。二郎系ラーメンはこれをどばどばいれるそうだ。(調べたら二郎系ってすごい沢山あるんだな、全部がこうってわけじゃないんだろうけど。)

バンド名とタイトルにはそんな面白い由来があるんだけど音の方は待った無しの緊張感にあふれた殺気のある仕上がり。ジャケットのバンドロゴは実際に轍で出来たオブジェを撮影したものらしいが、結果的に良く中身を表現している。つまり無骨で重たく、シンプルで飾らない、まさにむき出しの荒々しい音楽。
ミドルテンポで歌が中心にある。かといって過剰にメロディアスな訳ではない。弦楽隊が出す音はほぼ低音に偏重しているので全体的に閉塞感のある暗めの雰囲気。ドラムは重々しくも回転していく様なリズムは破裂する様なタムのともあってシンプルなのに気持ちよい。ベースはガロンガロンした硬質な音でこれが転がるように良く動く。ギターはやや広がりのある重い音。リフはスラッシーっぽさもあるが、重々しくも間断なく弾いていくのはポストハードコア感もあり。曲間で荒廃した感のあるパートを挟んだりもして個人的に好印象。ただしあくまでもシンプルに。ボーカルは悪い雰囲気のあるやけっぱち感のある吐き捨てタイプ。
(冒頭のイントロはのぞいて)ノイズやバンド編成以外の音を入れる事、また曲をむやみに引き延ばす事(9分弱の曲が1曲あるが密度は濃い。)などの小細工は一切なし。三人で出す音を飾らずに表現している。どちらかというと内省的な雰囲気なのだが割と外に広がっていく様な間口の広さがあるので、閉塞感あって鬱々とした圧迫感はなし。もすこし前向きといったらアレだけど、進歩的な姿勢を感じる。ストイックさ。
ネットを見渡すと90年代のオルタナティブロック、グランジ、ノイズロック、モダンへヴィネスなどのジャンルが引き合いに出されている。バンド名になるとToday is the Day、TAD、Helmetなど(後半二つは音源持っていない、特にTADは初めて知った)。個人的にはなんとなくAlice in Chainsにもちょっとだけ似ているかな?と思った。面白いのは前述の様々な音楽的なバックグラウンドを感じさせつつも、それらを飲み込んで自分たちなりの新しさを追求しているところ。周りを見回してもなかなか現行のこれっぽいというのはない。ジャンル的にも何かでくくるのはちょっと難しい。(私の知識の問題もあると思うけど。)

ヘヴィロックというとニューメタルの日本なりの呼び方だったと思うけど、ちょっとそのさすところが変わるとなるほどこのバンドにはしっくり来る。90年代ドンピシャ!な方は絶対感じるところがあると思う。骨太なロックを聴きたい人は是非どうぞ。オススメ。

2014年2月16日日曜日

下山/DECO-凸-

日本のロックバンドの2ndアルバム。
2014年にツクモガミからリリースされました。

それなりにCDやら何やらを買っていて、気がつくと結果的に苦手なジャンルがある訳です。特に嫌いという訳でないけどちょっと苦手意識があるというか。まあいくら暇人でも世界で今リリースされているすべてのジャンルを聞き通すことは難しいでしょうから、ある種仕方のないことなのでしょうが。
この下山というバンドは今は東京で活動しているそうですが、元は大阪で2009年に結成されたバンドのようです。4人組。
色目が派手で奇抜な格好、大阪出身、若さが爆発したかのような勢いがあるアバンギャルドな音楽性、一つ一つの要素は問題ないのですが全部そろうと、「これはある種のバンドだぞ…」と私の中で警戒心がその鎌首をもたげるのでした。
デーモン小暮閣下も「メタルは様式美!」とおっしゃっておりましたから、日和見で保守的な(←こちらの形容詞は私にかかります。)メタルを好む私としてはちょっとこれは(自分の中での勝手な)抵抗があるわけで。この下山というのもその適当なんだか意味があるんだか分からない奇抜なバンド名とともに以前から目にしていたのですが、恐いもの見たさでとあるサイトのインタビューなんかを読んでみると、最後にやはりyoutubeの動画が埋め込んでいる訳で、それはまあやはり恐いもの見たさで視聴してみる訳です。「ああ、やっぱり苦手だな」という安心感とともにそっとブラウザを閉じるはずでした。

カエルをぎゅっとつぶしたような独特の声、軽いものの良く跳ねるドラム。ぶーぶーわめくようなベース。そして明らかに弾き過ぎでノイジーなギター。
あ、これ結構格好いい。大分長くなる訳ですが、私はそうしてこのCDを買ったのでした。

完全に先入観を持っていたものに逆にやられてしまった訳であります。これは恥ずかしい。けど結構楽しい経験でもあります。私は軽薄な音楽愛好者なので結構恥知らずなもんです。

日本のロックバンドはあまり五月蝿くないなあと思っているいかにも洋楽至上主義者な私ですが、このバンドは兎に角ギターが竜巻のようにやかましく、そいつが曲が始まったとたんに走り出して無理矢理曲を引っ張っていくような、そんなイメージ。
躁病になったブラックメタル然としたトレモロさもちょっとあって、どう考えても憂いのあるブラックゲイザーには聴こえない、いかにもやさぐれた感じが我が道を往く謙虚さのように感じられて個人的にはグッドでした。へ
そしてあくまでもメロディラインはポップといって良いほどのキャッチーさがあるところも逆に好感が持てたり。一秒後には何をしているのか予測つかない暴走するカオスさもあってまあよくもまあキメラのように2つの要素をくっつけたものだと感心。

若さだなと一言で片付けるのはちょっともったいないくらいのエネルギーじゃないでしょうか、これは。歌詞の意味不明さは難解ぶっているというよりは、照れくさいのかな?と感じさせるような、歪めたまっすぐさというのでしょうか。上から目線で申し訳ないのですが、それも何か好感が持ててよし。
前にもどれかの記事で書いたけど、俺たちこう思ってますけどをこうストレートに持ってこられるとこちらとしても居住まいを正してそれじゃあ聴かせていただきます、という(私の勝手な)やり取りがあって、なんだか良いものですね。

というわけで私は完全にやられてしまったCD。
格好いいので視聴位したって良いと思うのよ、私は。