2014年11月2日日曜日

A・E・コッパード/天来の美酒/消えちゃった

イギリスの作家による恐らく本邦オリジナルの短編集。
訳して編んだのは南条竹則さん。
この間紹介した同じ作者の「郵便局と蛇」が面白かったもんで、すぐにこの本を買った次第。
生涯を通じて2編(自伝と子供向け)しか長編を書かなかったという生粋の短編小説作家であったコッパード。この本には11編の珠玉の物語が編まれている。
相変わらずちょっと不思議な様な、牧歌的な雰囲気があったかい様な、それでいて背筋が凍る様な、そんな要素が混沌として簡潔ながらも詩情に(作者は詩人でもありました。)あふれまくった短編に何とも言えない味わいがある。今作ではより幻想味は抑制され、かわりに悲劇的かつ宗教に関する不信感(無神論者であったそうな)をイギリス人らしく黒いユーモアに包み込んだ作品が目立つ。幻想味はあるものの大きな事件が起こる訳ではないが、おもしろおかしいとも思える物語の向こうに人間を冷静に観察し、その豊かな表情を書いている様な感じがあって、昨今の例えば派手な事件によって異常な心理を書こうとする物語とは明らかに別の境地にある作風。どちらが優れている訳でもないが、やはりこういう小説にはなにかしら深く感銘を受けてしまう。私が自分自身の日常で感じるもどかしさに名前を付けずに、より深い考察をもって目の前に提示する様なそのような感じがある。もともと何かに名前を付ければ本質がいくらか失われるのだから(言語のもつ限界)、変に説教じみた物語より、こういう言葉とそれが紡ぐ風景が心に響くのは当たり前かもしれない。

どの短編も面白かったのだが、特に最後に控える中編くらいの長さのある「天国の鐘を鳴らせ」が凄まじい。始めはなにかよくわからんな、って感じで面白くなかったのだが、中盤から一転、凄まじい物語になる。(最後のために前半は絶対に必要だったと、読み切ってから気づいた。)これは人生の話しだし(人の一生を短編に閉じ込める事が出来る、というのが作者の尋常ではない力量を証明していると思う。)、恋の物語だ。昨今恋の物語は成就する事が一つの前提にすらなっているが、これはいわばそんな風潮の中で見向きもされない様な恋物語かもしれない。恋物語というにはあまりにも儚い。一体恋に破れ落ちぶれた孤独な魂はどこに行くのか。
彼を悩ませ、居ても立ってもいられない気持ちにさせるのは、マリーを失ったことだけではなかった。彼自身のうちに何か孤独で頑迷なものがあって、それもまた彼を悩ませ、彼の奇妙な風体と一体になっていた。天国の輝きは曇り、もう望ましいものではなくなった。彼はこの世の住人だが、この世には嫌悪を覚えた。この世界を愛したい、狂おしいほど愛したいと思っていたが、その中に溶け込む事はできなかった。
ちょっと中々ない孤独感だ。コッパードはスポーツを愛する快活な人だったようだが、その身のうちにどんな孤独を抱えていたのだろうか。
私は気に入ったフレーズがあるとページを折って後で読めるようにするのだが、この本では4回ばかし折った。

ちなみにこの素晴らしい作家を日本に紹介したのはかの平井呈一さんで、荒俣宏さんも好んで訳したとの事。幻想怪奇のジャンルの本を読んでいるとこのお二方の名前は良く目にする。偉大な方達でおかげさまで大層面白い読書体験が出来ます。感謝。
というわけで非常にオススメの”物語”。本読むのが好きな人は是非どうぞ。

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