2016年7月18日月曜日

アーナルデュル・インドリダソン/緑衣の女

アイスランドの作家によるアイスランドを舞台にした警察小説。
レイキャビクのエーレンデュルを主人公としたシリーズ。前作「湿地」が面白かったので次作のこちらが文庫化したタイミングで購入。邦訳されていない話が「湿地」の前に二つあるようだ。なのでこの本はシリーズ4作目かな?海外の名誉ある賞を獲得しているそうな。

アイスランド、レイキャビクの犯罪捜査官エーレンデュルはサマーハウスの建設現場から見つかった身元不明の白骨死体の捜査にあたる事になる。女性か男性かも判然としない。事故死なのか自然死なのか殺人なのかも判然としない。遅々として進まない捜査に追い討ちをかけるようにエーレンデュルの娘が意識不明の重体に陥る。

前作「湿地」でもそうだったがこのシリーズ所謂従来の警察小説とは結構趣を異にするつくり。今作ではその方向性が加速され、とうの昔に終わっている(殺人にしろそうでないにしろ、推定40年以上前に被害者は死んでいる)事件をまさに掘り返していく。現在進行形の事件ではないし、恐らく連続殺人事件でもなさそう、被害者の死体に著しい損壊がくわえられている訳でもないし、国際的なシンジケートも麻薬も出てこない、北欧警察小説には良く出てくる移民に関するエピソードもなし、銃撃戦もカーチェイスもなし!いわば非常に地味〜な内容。アイスランドには行ったこと無いのだけどフィヨルド(高地とか山という意味出そうな)のなんとなく凄まじい寂しい風景がぶわーっと頭に思い浮かぶ。風が吹きすさぶそんな景色で人は孤独だ。
この物語ははっきりと家族(と結婚もはいるかも)と親子関係がテーマ、主人公エーレンデュルの離婚しておいて来た親子関係が一つ。疎遠だった娘は麻薬中毒者で2人の関係は修復されるに至っていない段階で、娘は危篤になりエーレンデュルは自分の結婚生活とその破綻と子供たちへの接し方について思い悩む事になる。一方でおそらく発見された死体に関係のあると思われる、ある家族についての物語が語られる事になる。一人の男の暴力によって母親と三人の子供たちが破壊されていく様がじっくり書かれている。ひともまばらなフィヨルドにたてられたサマーハウスのなかでの出来事。ある意味さっぱり殺すサイコパスよりよほどたちが悪い。かつてPanteraは「低俗な暴力の見本」というアルバムをリリースしたが、それがこの本でもより直接的に体感できる。極端に美化された(たとえばイケメン俳優が華麗に醜い敵を銃で打ち抜く様な)、あるいは劣化された(たとえばバラバラにして芸術的に飾り立てるなど)暴力とは無縁の、暴力に関するある一つの根源的な真実である。いわば貧困の極みであり、無惨さの極みであり、惨めさの極みであり、フィクションであって一番見たくないものであるかも知れない。力で歪む人たち、力で歪められた人たち、暴力は振るっていないと言い訳するエーレンデュルは危篤の娘を見て何を思ったのだろうか。
もう一つのテーマは孤独である。エーレンデュルは孤独だ。娘も孤独だし、別れた妻も孤独だった。虐待された家族も団結しているように見えてバラバラになってしまった。家族というのは何を束ねる力だったのか。わからない。そんな無力感が全体を覆っている。ある種の人たちにはその無力感があるという事が、それがあると認めるという事が救いになる場合もあるのかもしれない。
非常に楽しく読めた。いい気分にはなれないだろうが、暴力について考えた事のある人なら何かしら得るものがあるだろうと思う。

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