アメリカ合衆国はペンシルベニア州ベツレヘムのスラッジコア/グラインドコアバンドの2ndアルバム。2018年にHoly Roar Recordsからリリースされた。
Secret Cutterは2009年に結成された3人組のバンド、今までのアルバムとEPを1枚づつリリースしている。
ボーカルは専任、ベースがいないギターとドラムのトリオ編成なのだが、ギターの音がひたすら重たく、ベース不在の頼りなさが全くない。ドラムもプレイが多彩で手数も多い。スラッジコアといっても単に遅くすればOKという形から入るタイプではなく、余裕でツーバスも踏む。グラインドコア顔負けにバシバシスネアを叩きつけてくる。ギターもギターでフィードバックノイズも多めだが、思わせぶりな余韻や静謐さで賢しらぶるところは皆無で、ひたすら力、すなわちパワーで押しつぶしてくる。
ヴィンテージで煙たいドゥームロックというよりは、ニュースクール以降のグルーヴィ、つまりモッシーなハードコアをどっしり重たくしたかのよう。もっというとモッシュパートが気持ち良いなら、延々とモッシュパートを演奏したら良いんじゃない?という頭が悪いんだか良いんだかわからないような、邪悪な発想を音楽にしたかのような構成で、ひたすらグルーヴで攻め立ててきて、そしてそれをひたすら執拗に反復していく。ドラムが暴れる分、ギターは核となるリフがあってそれを調節していくようなミニマルさ。いわゆるテーマというやつなのだろうか。酩酊的だが、それ以上にとにかく音が暴力的だ。この手のジャンルの音からするとかなりソリッドで、ギターのとは分厚く背の高い壁のようだ。
ボーカルは声量のある高音金切り声という意味でSeven Sisters of Sleepにちょっと似ている。こちらの方が安定しているかな?とにかく力強い。ひたすら重たいバックの演奏に負けず、むしろ重たく沈み込むスラッジを、振り絞るように吐き出すスクリームでぐいぐい引っ張っていく。
前述のSSoSもEyehategodも、なんならElectric Wizardもそうだが、メタルもハードコアも遅くなると特有の「煙たさ」が醸し出されてくる。このバンドもその要素がないわけではないが、もっと筋肉質だ。(ここら辺は音の作り方も関係していると思う。)そういた意味では非常にハードコア的だ。ただ気持ちよく首を振っているとこれは儀式的だと気がつく。反復という手段で涅槃に至ろうとしているわけだ。それも念仏的な反復ではなく、抑揚をつけたリズムで。崇高で静謐なドグマというよりは、もっとプリミティブなリチュアル的で野蛮だ。肉体的でいようとすると、今度は非現実的になっていくのは非常に面白い。わたし的には結構ありそうでなかったタイプ11曲を28分にまとめる潔さも程よい。聴いている人の顔面に叩きつけるような攻撃的な作品。
ボーカルと演奏陣がしのぎを削りあっているような緊迫感があって、理想的な三角形ではないだろうか。非常に格好良い。こればっかり聴いている。全編落とし所みたいな無茶苦茶な出来なので暑い夏にはぴったり。
2018年8月11日土曜日
ALP$BOYS/GREATEST HIT$
日本は東京都中野区(新井薬師一万尺と書いてあるので多分)のハードコアバンドの1stアルバム。
2018年にBandcamp上で自主リリースされた。
4人組のバンドということしか分からない。1枚目のアルバムからグレイテスト・ヒッツとはなかなか人を食ったタイトルだと思う。なんでもiPhone4台で録音されたとのこと。(どうやって取ったんだろう?楽器別に別々に取ったのか?ひょっとして同時に取ったのだろうか。)
録音方法がそんなわけだから非常にロウだが、スカムというほどではなく耳には痛いのが(このバンドに興味を持つ人なら)全然聞けるレベルだと思う。練習スタジオの部屋にお邪魔して聞いているみたいに生々しい。(曲によってはアウトロ的に演奏の出来に言及するメンバーの声が入っている。)ギターは高音が強く出ているけど、その分ベースと分離しているので役割分担という感じで良い。
1曲めに「First Song」、他にも「骨Against」「PAJERO」(若い人はわかるのだろうか)など各曲のタイトルもユーモア溢れるもの。中身の方も全力でふざけているのだろうが、何もシリアスなだけがリアルなわけではない。ある意味ではメッセージ性の強い重たいバンドを揶揄しているようでもある。メッセージ性が強いだけがハードコアなのか?そのメッセージは誰かに届いているのか?という。
テンションの高さとボーカルの低音具合もあって初めはSpazzを連想してしまったけど、よくよく聞いているとかなり趣は異なる。ショートカットを連発するパワーバイオレンスといよりは、短く速いけどよく構成が練られたハードコア・パンクという感じ。最初っから最後まで劇速も良いのだけど、体感速度でコントロールするのも非常に良い。説教コアみたいなやり口や、ワウを噛ませたギターが胡散臭い偽ファンク調など、積極的に脇道にも逸れていく。引き出しの多さを披露するというよりは単純にふざけているようでもある。どうしても一発どりしたかのような音質と、ユーモアセンスと、勢いに乗せられて騙されてしまうのだが、単に既存のハードコアのファニーなパロディではない。足腰が強いと言うか、ドラムの叩き方はシンプルだけど、バリエーションがあってまたガチャガチャした音像の中でひたすら抜けが良くて爽快。そこにミュートを使ったギターが乗って、存在感のあるベースが絡んでくる。まず自分たちが演奏することに楽しみを見出している、と言う感じがして、それは最後の「Burn"em All」によく表れている。真偽のほどはわからないが、おおよそ2〜3時間くらいひたすら同じフレーズを反復しているそうだ。このフレーズも思わず口ずさんでしまうほどグルーヴィだから、ここに単にファニーという以上の面白さがある。
BabdcampでNYPで公開が再開されているので気になっている人はこのアルプスに登頂してみはいかがだろうか。
2018年にBandcamp上で自主リリースされた。
4人組のバンドということしか分からない。1枚目のアルバムからグレイテスト・ヒッツとはなかなか人を食ったタイトルだと思う。なんでもiPhone4台で録音されたとのこと。(どうやって取ったんだろう?楽器別に別々に取ったのか?ひょっとして同時に取ったのだろうか。)
録音方法がそんなわけだから非常にロウだが、スカムというほどではなく耳には痛いのが(このバンドに興味を持つ人なら)全然聞けるレベルだと思う。練習スタジオの部屋にお邪魔して聞いているみたいに生々しい。(曲によってはアウトロ的に演奏の出来に言及するメンバーの声が入っている。)ギターは高音が強く出ているけど、その分ベースと分離しているので役割分担という感じで良い。
1曲めに「First Song」、他にも「骨Against」「PAJERO」(若い人はわかるのだろうか)など各曲のタイトルもユーモア溢れるもの。中身の方も全力でふざけているのだろうが、何もシリアスなだけがリアルなわけではない。ある意味ではメッセージ性の強い重たいバンドを揶揄しているようでもある。メッセージ性が強いだけがハードコアなのか?そのメッセージは誰かに届いているのか?という。
テンションの高さとボーカルの低音具合もあって初めはSpazzを連想してしまったけど、よくよく聞いているとかなり趣は異なる。ショートカットを連発するパワーバイオレンスといよりは、短く速いけどよく構成が練られたハードコア・パンクという感じ。最初っから最後まで劇速も良いのだけど、体感速度でコントロールするのも非常に良い。説教コアみたいなやり口や、ワウを噛ませたギターが胡散臭い偽ファンク調など、積極的に脇道にも逸れていく。引き出しの多さを披露するというよりは単純にふざけているようでもある。どうしても一発どりしたかのような音質と、ユーモアセンスと、勢いに乗せられて騙されてしまうのだが、単に既存のハードコアのファニーなパロディではない。足腰が強いと言うか、ドラムの叩き方はシンプルだけど、バリエーションがあってまたガチャガチャした音像の中でひたすら抜けが良くて爽快。そこにミュートを使ったギターが乗って、存在感のあるベースが絡んでくる。まず自分たちが演奏することに楽しみを見出している、と言う感じがして、それは最後の「Burn"em All」によく表れている。真偽のほどはわからないが、おおよそ2〜3時間くらいひたすら同じフレーズを反復しているそうだ。このフレーズも思わず口ずさんでしまうほどグルーヴィだから、ここに単にファニーという以上の面白さがある。
BabdcampでNYPで公開が再開されているので気になっている人はこのアルプスに登頂してみはいかがだろうか。
ジョー・イデ/IQ
アメリカの作家による長編探偵小説。
数々の賞を受賞し、現代版のホームズと称されることも。このホームズは黒人で人嫌い、禁欲的だがトラウマに縛られている。現代的だと思う。
ハードボイルドな探偵小説で、事件と同時進行で主人公の抱える問題を浮き彫りにするという手法は目新しくないが、個人的にはギャングの表現とワトソン役の相棒との関係が新しい。
実際アメリカのギャング事情はわからないが、日系アメリカ人である作者のイデは貧しい家庭で黒人貧民街で育った環境を活かし、スラングと独特の掟にまみれた最下層のストリート・ギャングの生活を書いている。
そこには日本からすると円遠いアメリカの抱える貧困と、そして人種の問題がある。あとがきにも書いてあるとおり、白人を頂点とする人種のピラミッドがあり、頂点以外ではお互いに差別し、そして争い合っているのである。
彼らからするとギャングというのは生活の手段であり、つまり現実的な選択肢なのだ。
自身もたった一人の兄を亡くしてから貧困の中で暮らしてきた主人公アイゼイア(・クィンターベイ、通称IQ)もそんなギャングが日常的にいる世界で育ち、また自身も密接にそれと関わってきた。
腐れ縁の相棒ドットソンはアイゼイアとは正反対の性格だが、カネがないアイゼイアに対して住居のないドットソンは一緒に暮らしてきた。在学中から売人になった生粋のギャングのドットソンとの関係は、複雑な出来事もあり単に腐れ縁という生ぬるい関係ではなく、同居人であり、共犯であり、友人であり、そして憎むべき敵がないまぜになった複雑なもので、これが物語を面白くしている。
陰と陽というよりは、自分が取らなかったもう一つの選択肢がドットソンであり、それ故アイゼイアは彼の気持ちが理解できるのだ。反発し合う二人が貧困を理由に交わらざるを得ないときに物語が生まれている。
外に放出するドットソンにたいして、ひたすら貯め込むアイゼイア。アイゼイアは利他の人であり、それは彼を育てたマーカスによるところが多い。おそらくアイゼイアは生まれつきの才があったが、情緒面は貧困にもくじけなかった兄によるところが多い。
兄との絆が彼を善人にしたのだった。
憎み合う夫婦、かつてのラップ仲間、孤独で歪む人間、ギャングの物々しい割にいざと言うときには軽い絆、この物語は様々な形の関係を書いており、そういった意味では普遍的な魅力を持った物語でもある。
貧困とはなにか、逆に豊かさとはなにか、一つの尺度は選択肢の多寡だろう。主人公とその相棒は貧しく、選択肢がなかった。彼らは望んで今の境遇にいるのだが(ドットソンはリッチになれる可能性があるギャングスタに、アイゼイアは他人の役に立てる潜りの探偵になろうという意思でなった)、それでもじゃあ金持ちに生まれてもそうなっていただろうか?
彼らの生活には余裕がなく、ふたりともストリートで生きている。たとえ自ら選んだ人生でもそうせざるを得なかった、という苦さが常に付きまとう。貧困がさらなるトラブルを次々に呼び起こし、解決する際に残る傷跡がどんどん増えていく。不安定に揺れる彼らの境遇が物語に緊張感を生んでいる。
数々の賞を受賞し、現代版のホームズと称されることも。このホームズは黒人で人嫌い、禁欲的だがトラウマに縛られている。現代的だと思う。
ハードボイルドな探偵小説で、事件と同時進行で主人公の抱える問題を浮き彫りにするという手法は目新しくないが、個人的にはギャングの表現とワトソン役の相棒との関係が新しい。
実際アメリカのギャング事情はわからないが、日系アメリカ人である作者のイデは貧しい家庭で黒人貧民街で育った環境を活かし、スラングと独特の掟にまみれた最下層のストリート・ギャングの生活を書いている。
そこには日本からすると円遠いアメリカの抱える貧困と、そして人種の問題がある。あとがきにも書いてあるとおり、白人を頂点とする人種のピラミッドがあり、頂点以外ではお互いに差別し、そして争い合っているのである。
彼らからするとギャングというのは生活の手段であり、つまり現実的な選択肢なのだ。
自身もたった一人の兄を亡くしてから貧困の中で暮らしてきた主人公アイゼイア(・クィンターベイ、通称IQ)もそんなギャングが日常的にいる世界で育ち、また自身も密接にそれと関わってきた。
腐れ縁の相棒ドットソンはアイゼイアとは正反対の性格だが、カネがないアイゼイアに対して住居のないドットソンは一緒に暮らしてきた。在学中から売人になった生粋のギャングのドットソンとの関係は、複雑な出来事もあり単に腐れ縁という生ぬるい関係ではなく、同居人であり、共犯であり、友人であり、そして憎むべき敵がないまぜになった複雑なもので、これが物語を面白くしている。
陰と陽というよりは、自分が取らなかったもう一つの選択肢がドットソンであり、それ故アイゼイアは彼の気持ちが理解できるのだ。反発し合う二人が貧困を理由に交わらざるを得ないときに物語が生まれている。
外に放出するドットソンにたいして、ひたすら貯め込むアイゼイア。アイゼイアは利他の人であり、それは彼を育てたマーカスによるところが多い。おそらくアイゼイアは生まれつきの才があったが、情緒面は貧困にもくじけなかった兄によるところが多い。
兄との絆が彼を善人にしたのだった。
憎み合う夫婦、かつてのラップ仲間、孤独で歪む人間、ギャングの物々しい割にいざと言うときには軽い絆、この物語は様々な形の関係を書いており、そういった意味では普遍的な魅力を持った物語でもある。
貧困とはなにか、逆に豊かさとはなにか、一つの尺度は選択肢の多寡だろう。主人公とその相棒は貧しく、選択肢がなかった。彼らは望んで今の境遇にいるのだが(ドットソンはリッチになれる可能性があるギャングスタに、アイゼイアは他人の役に立てる潜りの探偵になろうという意思でなった)、それでもじゃあ金持ちに生まれてもそうなっていただろうか?
彼らの生活には余裕がなく、ふたりともストリートで生きている。たとえ自ら選んだ人生でもそうせざるを得なかった、という苦さが常に付きまとう。貧困がさらなるトラブルを次々に呼び起こし、解決する際に残る傷跡がどんどん増えていく。不安定に揺れる彼らの境遇が物語に緊張感を生んでいる。
ベン・H・ウィンタース/地上最後の刑事
アメリカ合衆国の作家の長編小説。原題は「The Last Policeman」で邦題とはちょっと趣が異なる。2012年に発表された。
タイトルにインパクトがあるが決して誇張という訳ではなく、巨大な小惑星が地球に衝突することが確定しており、ほぼほぼその衝撃でほとんどの人類が生き残れないだろう、という世界での物語。作中にも出ているがネヴィル・シュートの「渚にて」に滅亡を前にした世界、という点で共通している。ただし要因が明確に違うのと、こちらはまだ破滅まで時間がある。このまだ時間があるというのがなんといってもこの作品のミソだと思う。自暴自棄になって破滅するにはまだちょっとだけ時間がある。1週間後に滅びる、ではないのだ。考える時間がどうしてもまだ残されている。そこで人々は残りの時間をどうするかという問題に直面せざるを得ない。当然働いても意味がない、というかどうせすぐ死ぬのだから好きなことをやりたい、ということになり多くの人は仕事を辞め、そのため都市のインフラをはじめ色々な機能がうまく働かなくなっている。インターネットは一部でしか使えないし、ガソリンが市場からほぼ姿をけして自動車がほぼ走っていない。携帯電話も基地局が散発的に稼働しなくなっているためかなり繋がりにくい。考えてほしい。だって死ぬのだから、働いたってしようがないだろう。地球滅亡のお知らせだ。まだ最終的な混乱には陥っていない世界で、主人公は刑事として働いている。警察官も人間なので退職者が多く、警察署は機能不全に陥りかけている。
この作品をしてでも人間はいつか死ぬのだから、実質地球の滅亡が宣告されても生活は変わらない、と言うのはちょっと無理がある。人間は多分(自分だけかもしれないが)自分が本当に死ぬ寸前までなんとなく、しかしかなり強固に自分は死なないと思っているので、明確な死の宣告はどうしたって人に影響を与えるだろう。そういった意味ではやらなくても良い仕事をやると言う意味で、同僚にすら揶揄される主人公は気高い人間だと言える。この小説の筆致はあえて淡々としたものだが、オフビートな文体の中にもちろん人間としての尊厳も感じられるが、他にすることがない、どうしようもない、言い方は悪いが死ぬまでの暇つぶしをやっているようなヤケクソ感もある。((主人公の部屋が異常に殺風景だったりして、そこらへんが示唆されている。)麻薬やアルコール逃げるもの。銃器を集めるもの。店舗や人を襲うもの。爆発的なエネルギーはしかし長続きするのが難しい。カタストロフィにまだもう少し時間がある世界で、寄る辺ない人間の本性がむき出しにされているようで、なんとも虚しい趣がある小説だ。そこが良い。ある意味この上なく巨大なショックによる放心と、もはや拭い去ることのできない諦めがただ息をしていると言う状態から無理やりよろめき歩いているようだ。なんていったって未来がないのだ。どこにたどり着いていくのでもない。真っ赤に燃える世界の終末!!その手前の静かに機能不全に陥っていく世界、と言うのがよかった。みんながダメージを受けてそれが、静かさの薄皮一枚裏側でともするとちらっと見えるような。
タイトルにインパクトがあるが決して誇張という訳ではなく、巨大な小惑星が地球に衝突することが確定しており、ほぼほぼその衝撃でほとんどの人類が生き残れないだろう、という世界での物語。作中にも出ているがネヴィル・シュートの「渚にて」に滅亡を前にした世界、という点で共通している。ただし要因が明確に違うのと、こちらはまだ破滅まで時間がある。このまだ時間があるというのがなんといってもこの作品のミソだと思う。自暴自棄になって破滅するにはまだちょっとだけ時間がある。1週間後に滅びる、ではないのだ。考える時間がどうしてもまだ残されている。そこで人々は残りの時間をどうするかという問題に直面せざるを得ない。当然働いても意味がない、というかどうせすぐ死ぬのだから好きなことをやりたい、ということになり多くの人は仕事を辞め、そのため都市のインフラをはじめ色々な機能がうまく働かなくなっている。インターネットは一部でしか使えないし、ガソリンが市場からほぼ姿をけして自動車がほぼ走っていない。携帯電話も基地局が散発的に稼働しなくなっているためかなり繋がりにくい。考えてほしい。だって死ぬのだから、働いたってしようがないだろう。地球滅亡のお知らせだ。まだ最終的な混乱には陥っていない世界で、主人公は刑事として働いている。警察官も人間なので退職者が多く、警察署は機能不全に陥りかけている。
この作品をしてでも人間はいつか死ぬのだから、実質地球の滅亡が宣告されても生活は変わらない、と言うのはちょっと無理がある。人間は多分(自分だけかもしれないが)自分が本当に死ぬ寸前までなんとなく、しかしかなり強固に自分は死なないと思っているので、明確な死の宣告はどうしたって人に影響を与えるだろう。そういった意味ではやらなくても良い仕事をやると言う意味で、同僚にすら揶揄される主人公は気高い人間だと言える。この小説の筆致はあえて淡々としたものだが、オフビートな文体の中にもちろん人間としての尊厳も感じられるが、他にすることがない、どうしようもない、言い方は悪いが死ぬまでの暇つぶしをやっているようなヤケクソ感もある。((主人公の部屋が異常に殺風景だったりして、そこらへんが示唆されている。)麻薬やアルコール逃げるもの。銃器を集めるもの。店舗や人を襲うもの。爆発的なエネルギーはしかし長続きするのが難しい。カタストロフィにまだもう少し時間がある世界で、寄る辺ない人間の本性がむき出しにされているようで、なんとも虚しい趣がある小説だ。そこが良い。ある意味この上なく巨大なショックによる放心と、もはや拭い去ることのできない諦めがただ息をしていると言う状態から無理やりよろめき歩いているようだ。なんていったって未来がないのだ。どこにたどり着いていくのでもない。真っ赤に燃える世界の終末!!その手前の静かに機能不全に陥っていく世界、と言うのがよかった。みんながダメージを受けてそれが、静かさの薄皮一枚裏側でともするとちらっと見えるような。
ラベル:
アメリカ,
ベン・H・ウィンタース,
ミステリー,
警察小説,
本
和田博文 編/月の文学館 「月の人の一人とならむ」
日本近代文学研究者で大学教授の和田博文が編んだ短編集。
テーマは「月」で月にまつわる日本人の作家の43の話が収められている。物語もあれば、詩もあれば、エッセイもある。月に関わっていればなんでも良い。
月に兎がいるとしたのは日本人だが、外国にも似たような話はある。中国ではカエルがいるという。ヨーロッパでは女性や男性がいると考えられていたようだ。一体月というのは常に人間というものを惹きつけてきた。それはなぜかというと地球の唯一の衛星だからで、もっと言えば最も近い星であるからだ。太陽をのぞいてあんなに大きく見える星は他にはない。豊かでギラつく太陽とは違い、青白いと称されるその輝きは昼の太陽と対をなす冷たい光だ。暗くて静かで優しい。そんなのが月のイメージだろうか。裏側は地球側からは常に見えないのも象徴的だが、月には常に神秘があった。(アポロ計画はそんな神秘性を暴いたと言える。)女性の体のリズムと同調し、海面の高さを操り、満月の夜には人が狼に姿を変え、殺人が増えるとされた。lunaticという言葉には狂気の意味がある。前述の月の兎もそうだが、人々は古今東西いろんな思いを月に託してきた訳で、月を取り扱った(文学)作品が多いのも必定なのだろうか。
稲垣足穂の「月光密輸入」はこれが幻想だと言わんばかりの洒脱な筆致、中井英夫の「殺人者の憩いの家」はまさにルナティックなミステリーだし、谷崎潤一郎の「月と狂言師」は京都の雅な近所づきあいを書いていて、まさに別の意味で別世界だ。
月の青ざめた光は美しいが、あれは太陽光を反射しているに過ぎない。あのようなデコボコした岩の塊が陽光を反射するなんて太陽の力の強さに感服する。いわば月は巨大な鏡と言える訳で、単に光にとどまらず人間が様々な感情をあの丸く空に浮かぶ衛星に写してきた。幻想的な異世界、あるいは遠く離れた地球の地表にうごめく人間に良からぬ影響を与える非科学的な装置。この本に収録されている作品の内容についてはかなりばらつきがある。一様に幻想でおとなしい情緒に溢れた作品だらけという訳でもなく、そこが面白い。共通点は月なのだが、月というのは雑に言って石の塊なので、どうも人間側が恋い焦がれて有る事無い事を月の顔に塗りたくっているようでもある。そうするとこのいい意味で統一感のない作品ぐんが感情のカタログに見えてきて、非常に良いアンソロジーだなと思った。月といっても安易に幻想と狂気に落ち込んでいないところがとても良い。
月というのは不思議なもので、月齢とともに姿と位置を変える。それはもちろん周期的なもので全く幻想の入り込む隙はないのだが、ふと気がついて夜空を見上げると前に昨日以前に見た位置から大きく離れているように見える。単に毎日見ている訳ではないから連続性が失われているだけなのだが、なんだか私には全く気まぐれに月が好き勝手にその姿を変えて、神出鬼没に気の赴くままに夜空に現れているようで非常に面白いのである。
テーマは「月」で月にまつわる日本人の作家の43の話が収められている。物語もあれば、詩もあれば、エッセイもある。月に関わっていればなんでも良い。
月に兎がいるとしたのは日本人だが、外国にも似たような話はある。中国ではカエルがいるという。ヨーロッパでは女性や男性がいると考えられていたようだ。一体月というのは常に人間というものを惹きつけてきた。それはなぜかというと地球の唯一の衛星だからで、もっと言えば最も近い星であるからだ。太陽をのぞいてあんなに大きく見える星は他にはない。豊かでギラつく太陽とは違い、青白いと称されるその輝きは昼の太陽と対をなす冷たい光だ。暗くて静かで優しい。そんなのが月のイメージだろうか。裏側は地球側からは常に見えないのも象徴的だが、月には常に神秘があった。(アポロ計画はそんな神秘性を暴いたと言える。)女性の体のリズムと同調し、海面の高さを操り、満月の夜には人が狼に姿を変え、殺人が増えるとされた。lunaticという言葉には狂気の意味がある。前述の月の兎もそうだが、人々は古今東西いろんな思いを月に託してきた訳で、月を取り扱った(文学)作品が多いのも必定なのだろうか。
稲垣足穂の「月光密輸入」はこれが幻想だと言わんばかりの洒脱な筆致、中井英夫の「殺人者の憩いの家」はまさにルナティックなミステリーだし、谷崎潤一郎の「月と狂言師」は京都の雅な近所づきあいを書いていて、まさに別の意味で別世界だ。
月の青ざめた光は美しいが、あれは太陽光を反射しているに過ぎない。あのようなデコボコした岩の塊が陽光を反射するなんて太陽の力の強さに感服する。いわば月は巨大な鏡と言える訳で、単に光にとどまらず人間が様々な感情をあの丸く空に浮かぶ衛星に写してきた。幻想的な異世界、あるいは遠く離れた地球の地表にうごめく人間に良からぬ影響を与える非科学的な装置。この本に収録されている作品の内容についてはかなりばらつきがある。一様に幻想でおとなしい情緒に溢れた作品だらけという訳でもなく、そこが面白い。共通点は月なのだが、月というのは雑に言って石の塊なので、どうも人間側が恋い焦がれて有る事無い事を月の顔に塗りたくっているようでもある。そうするとこのいい意味で統一感のない作品ぐんが感情のカタログに見えてきて、非常に良いアンソロジーだなと思った。月といっても安易に幻想と狂気に落ち込んでいないところがとても良い。
月というのは不思議なもので、月齢とともに姿と位置を変える。それはもちろん周期的なもので全く幻想の入り込む隙はないのだが、ふと気がついて夜空を見上げると前に昨日以前に見た位置から大きく離れているように見える。単に毎日見ている訳ではないから連続性が失われているだけなのだが、なんだか私には全く気まぐれに月が好き勝手にその姿を変えて、神出鬼没に気の赴くままに夜空に現れているようで非常に面白いのである。
nine inch nails/Bad Witch
アメリカ合衆国のインダストリアル・ロックバンドの9枚目のアルバム。
2018年にThe Null Corporationz/Capital Recordsからリリースされた。
「Not the Actual Events」(2016)、「Add Violence」(2017)に続く三部作のラスト。いつの間にかアルバム扱いになっていた。公式では何故かメッセンジャーバッグが付いたセットが販売されていて、謎の黒い粉なら雰囲気あるけど、自転車とninには全く関連性が感じられず流石にこれは正直誰が買うんだと思った。ちなみに私は買った。(信者だから。メッセンジャーバッグは最高にカッコ良かった。)
今回も相棒はAtticus Ross。近年の数々の映画(余談だけど全く予備知識なく「パトリオット・デイ」という映画を見て音楽がninっぽいなと思ったら果たしてTrentの手によるものだった。)のサウンドトラックも彼とタッグを組んでいる。波長が合うのかな?基本的には二人で作ったのだろう。全部で6曲で30分ちょっと。長さ的にはアルバムでもEPでもいけるけど、そこは音楽の聴き方に非常に敏感な(ネットで売ったり、投げ銭で売ったり、自身が海賊サイトを愛用したりと色々自分でもやっている人)Trentのことなので、CDという過去のフォーマットへの拘りを捨てて、今の音楽の聞かれかたを意識したのだろう。昔は良かったというでもなく、今におもねる訳でもなく、聞き手を意識して出し方を変えていくのは個人的には良いと思う。(ドゥームメタルなど特定のジャンルを除けば)音楽の良し悪しは音源の尺の長さに依存しないはず。もっと聴きたいな、という要望にはそれこそEPで対応してきた訳だし。
復帰作「Hesitation Marks」からの延長線上、つまりミニマルかつ音のレベルの小さいビートをかっちり作っていき、その上に歌を乗せるタイプ。歌とビートどちらが先行しているのかはわからないが、バンドサウンドの使用量の減退もあってか今風の音にアップデートされていると個人的には思っている。ただ中身の歌は昔からずっと変わってない。流石に「Downward Spiral」の頃のような自己破壊志向の耽美さはもはや霧散しているが。(かといってTrentの肉体改造と合わせてninが健全になったとは思わない。全アルバムのタイトルも「ためらい傷」だとか。)いわば表現方法が変遷しているのだ、ninは。
色々調べてみると「以前の作品のように攻撃性を取り戻し」たと評されていることが多いようだ。昨年から会社の上司の強い勧めでデヴィッド・リンチとマーク・フロストの「ツイン・ピークス」にハマった。最新作「The Retuen」ではninが作中で「She's Gone Away」を披露した。前述のEP収録の曲だが、これはこの作品のために書き下ろしたのだという。なんとなく昨今のninというとこの曲のイメージがあったけど、暗くて非常にノイジーだった二つのEPと比べると確かに趣が異なる。流石にEPつながりでバリバリバンドサウンドだった「Broken」とは流石に全然似ていない。(調べたら26年前だ。とはいえ曲をコンパクトにまとめるというのはずっと共通している。)1曲め「Shit Mirror」続く「Ahed of Ourselves」を聞くと確かに攻撃的だなと思う。前者はなんとなく「Hands That Feeds」を連想した。音の使い方とポップさに共通性を見出したのだ。でも3曲め以降はこのアルバムのリメイク(一度既存の曲を全部ボツにして作り直したそうだ)のきっかけになったTrentによるサックス(何気なく吹いたらおもしろくてアイディアが湧いてきたらしい)が入ってきたりして、単純に攻撃的というのではない気もする。割と実験的なアプローチをしていた前作の経験を振り返って見て、ninの基本に立ち返って彼ら流の歌に再構築した、というのが私の印象。この作品をEPではなくてアルバムというフォーマットにしたのもそこらへんが理由なのかなと思う。
嬉しいのはインストが2曲収録されていること。私は「The Fragile」至上主義者なのだが、何と言ってもあのアルバムはインストも格好良い。このアルバムのインストも不穏のベールの向こう側で色々な楽器が唸りを上げていて、あの頃を彷彿とさせる。胸が熱くなる。
先日Croosbeatからninのムック本が出版され、まだ全部読めていないのだけど面白かったのは、Trentはバンドをスタートさせる時から人に聞かせることを意識していたこと。なんとなくマニアックなイメージがあるのだけど実際世界で売れてもいるわけで、そういった意味では今作の”らしさ”、つまり使っている音はアップデートしつつ(ムック本を見るとTrentの外見の変遷も面白い)も、核となる曲というか歌はずっとぶれていないところ、も非常に納得感がある。
2018年にThe Null Corporationz/Capital Recordsからリリースされた。
「Not the Actual Events」(2016)、「Add Violence」(2017)に続く三部作のラスト。いつの間にかアルバム扱いになっていた。公式では何故かメッセンジャーバッグが付いたセットが販売されていて、謎の黒い粉なら雰囲気あるけど、自転車とninには全く関連性が感じられず流石にこれは正直誰が買うんだと思った。ちなみに私は買った。(信者だから。メッセンジャーバッグは最高にカッコ良かった。)
今回も相棒はAtticus Ross。近年の数々の映画(余談だけど全く予備知識なく「パトリオット・デイ」という映画を見て音楽がninっぽいなと思ったら果たしてTrentの手によるものだった。)のサウンドトラックも彼とタッグを組んでいる。波長が合うのかな?基本的には二人で作ったのだろう。全部で6曲で30分ちょっと。長さ的にはアルバムでもEPでもいけるけど、そこは音楽の聴き方に非常に敏感な(ネットで売ったり、投げ銭で売ったり、自身が海賊サイトを愛用したりと色々自分でもやっている人)Trentのことなので、CDという過去のフォーマットへの拘りを捨てて、今の音楽の聞かれかたを意識したのだろう。昔は良かったというでもなく、今におもねる訳でもなく、聞き手を意識して出し方を変えていくのは個人的には良いと思う。(ドゥームメタルなど特定のジャンルを除けば)音楽の良し悪しは音源の尺の長さに依存しないはず。もっと聴きたいな、という要望にはそれこそEPで対応してきた訳だし。
復帰作「Hesitation Marks」からの延長線上、つまりミニマルかつ音のレベルの小さいビートをかっちり作っていき、その上に歌を乗せるタイプ。歌とビートどちらが先行しているのかはわからないが、バンドサウンドの使用量の減退もあってか今風の音にアップデートされていると個人的には思っている。ただ中身の歌は昔からずっと変わってない。流石に「Downward Spiral」の頃のような自己破壊志向の耽美さはもはや霧散しているが。(かといってTrentの肉体改造と合わせてninが健全になったとは思わない。全アルバムのタイトルも「ためらい傷」だとか。)いわば表現方法が変遷しているのだ、ninは。
色々調べてみると「以前の作品のように攻撃性を取り戻し」たと評されていることが多いようだ。昨年から会社の上司の強い勧めでデヴィッド・リンチとマーク・フロストの「ツイン・ピークス」にハマった。最新作「The Retuen」ではninが作中で「She's Gone Away」を披露した。前述のEP収録の曲だが、これはこの作品のために書き下ろしたのだという。なんとなく昨今のninというとこの曲のイメージがあったけど、暗くて非常にノイジーだった二つのEPと比べると確かに趣が異なる。流石にEPつながりでバリバリバンドサウンドだった「Broken」とは流石に全然似ていない。(調べたら26年前だ。とはいえ曲をコンパクトにまとめるというのはずっと共通している。)1曲め「Shit Mirror」続く「Ahed of Ourselves」を聞くと確かに攻撃的だなと思う。前者はなんとなく「Hands That Feeds」を連想した。音の使い方とポップさに共通性を見出したのだ。でも3曲め以降はこのアルバムのリメイク(一度既存の曲を全部ボツにして作り直したそうだ)のきっかけになったTrentによるサックス(何気なく吹いたらおもしろくてアイディアが湧いてきたらしい)が入ってきたりして、単純に攻撃的というのではない気もする。割と実験的なアプローチをしていた前作の経験を振り返って見て、ninの基本に立ち返って彼ら流の歌に再構築した、というのが私の印象。この作品をEPではなくてアルバムというフォーマットにしたのもそこらへんが理由なのかなと思う。
嬉しいのはインストが2曲収録されていること。私は「The Fragile」至上主義者なのだが、何と言ってもあのアルバムはインストも格好良い。このアルバムのインストも不穏のベールの向こう側で色々な楽器が唸りを上げていて、あの頃を彷彿とさせる。胸が熱くなる。
先日Croosbeatからninのムック本が出版され、まだ全部読めていないのだけど面白かったのは、Trentはバンドをスタートさせる時から人に聞かせることを意識していたこと。なんとなくマニアックなイメージがあるのだけど実際世界で売れてもいるわけで、そういった意味では今作の”らしさ”、つまり使っている音はアップデートしつつ(ムック本を見るとTrentの外見の変遷も面白い)も、核となる曲というか歌はずっとぶれていないところ、も非常に納得感がある。
ラベル:
nine inch nails,
アメリカ,
インダストリアル,
ロック,
音楽
2018年8月5日日曜日
カメラを止めるな!
2017年に制作され、2018年に公開された日本映画。
監督は上田慎一郎。調べてみると監督・俳優養成学校が作った映画らしい。公開当初は上映劇場は少なかったが、人気に火がついて大手の映画館でもかかるようになった。
新聞の映画表に載っていたのを読んで面白そうかな、くらいの気持ちで忘れていたが、気付いたら話題作になっていた。すでにチケットは取れなくなっていたので(この間「人間機械」を見に行った劇場(渋谷のユーロスペース)でやっていたのだが、いろんな人がこの映画のチケットを求めてはもうないです、と言われていた。)大手で掛かりだしてから見に行きました。
内容は非常に面白かったので、まだ見てない人は見て欲しい。映画が好きな人はもちろんだし、会社で働いている社会人の皆さんには大いに感じるものがあると思う。私に言えるのはそれだけである。
すでに見た人用に感想を書いた。見ていない人は読まない方が良い。大したことは書いてないが、この映画に関してはすでに広く言われているように、なるべくみる前には映画の情報を持っていない方が良い。
監督は上田慎一郎。調べてみると監督・俳優養成学校が作った映画らしい。公開当初は上映劇場は少なかったが、人気に火がついて大手の映画館でもかかるようになった。
新聞の映画表に載っていたのを読んで面白そうかな、くらいの気持ちで忘れていたが、気付いたら話題作になっていた。すでにチケットは取れなくなっていたので(この間「人間機械」を見に行った劇場(渋谷のユーロスペース)でやっていたのだが、いろんな人がこの映画のチケットを求めてはもうないです、と言われていた。)大手で掛かりだしてから見に行きました。
内容は非常に面白かったので、まだ見てない人は見て欲しい。映画が好きな人はもちろんだし、会社で働いている社会人の皆さんには大いに感じるものがあると思う。私に言えるのはそれだけである。
すでに見た人用に感想を書いた。見ていない人は読まない方が良い。大したことは書いてないが、この映画に関してはすでに広く言われているように、なるべくみる前には映画の情報を持っていない方が良い。
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