2019年3月17日日曜日

コーマック・マッカーシー/チャイルド・オブ・ゴッド

高校生の時にたまたま見た深夜ドラマ「Trick」にハマった。
緊張感がありながらコミカルな内容に毎回楽しく見てた。
鬼束ちひろさんのエンディングテーマが良くて、その名も「月光」といった。
「I'm God's Child」という歌詞が印象的で、この世はとてもサヴェージで、蔑むべきここを押し付けられて生きているといったものだったと思う。
つまり彼女の言う「God's Child」というのは無垢な存在で、それがこんなにひどい世界で苦しんでいるといったわけだ。

一方マッカーシーの描く神の子は無垢で無害な存在ではなかった。
恵まれない容姿(小さい体、斜視)と同じようにひねくれた精神がライフルを手にし、山中に潜み人を殺し、またその死体を犯した。
言うまでもなく神はその似姿で人間を作ったのだから、人間の性質は神から受け継いだものだ。
とすれば、このタイトルはなかなかアメリカでは挑戦的ではないだろうか。
この残酷な獣が神の似姿なのだから。

マッカーシーは概ね残酷な世界を書いてきた。
その中で動き回る主人公や登場人物たちたちはいずれもタフだ。
単純に善人とは言えない(ときには明確に悪いこともする)が、いずれも読者を引きつけるなにかがあった。
ところが今作の主人公レスター・バラードにはそれがない。
彼は矮小で卑屈で、気が弱い。

思春期を迎えた人がそうであるように、私もかつてシリアル・キラーに関する資料を読むのが好きだった。
平山夢明さんの本や、インターネットの個人サイトでよく時間を消費したものだ。
常人にはできない殺人を何回もこともなげにやってのけるのだから、彼らは超人かあるいは逆に欠落しているだろうと思い、そこに魅力を感じたのだった。
ところが斜め読みしていくに連れてシリアル・キラーたちが貧困や虐待など劣悪な環境に育ったり、生まれつき身体に障害があったり、それらがなかったとしても性的不能が殺人に結びついていたりと、非人間性を求めていた私からするとむしろ普通の人たちよりよっぽど人間臭くて、なんだか思ったのと違うなーと思ってしまったのだった。つまりそこに私の求める劇的で暗い色をしたなファンタジーはなかったのだ。
レスター・バラードはフィクションだがこういったシリアル・キラーたちの系譜に正しく連なるものであり、貧困と無知、身体的な弱点を抱えている。いわば格好良くない方のシリアル・キラーの物語。
人の革をなめして奇妙な日用品を作ったエド・ゲインのようにレスターも殺した女の頭皮で作った鬘をかぶり、女装して人を襲うようになった。彼の場合は殺す対象とレイプする対象が一致しない点が面白い。彼にとってはいわばコミュニケーションの手段として殺人があるのかもしれない。殺してからレイプするやり口もかれのコミュ障っぷりを表現している。

人がおかしくなるのはどんなときだろう。それは他人とかかわらなくなったときだと思う。レスター・バラードは天涯孤独の身である。彼はアメリカの深い山の中で己の狂気を密かに高めていった。現実世界から乖離していき、同じ言語を喋ってももはや彼の言うことを理解できる人はいないだろう。(そういった意味では発狂しているといえる。)
マッカーシーの主人公たちはどれもたしかに孤独な人間で、中にはアウトローと言ってもよい人間もいた。しかし彼らは強靭であり、己の欲求を社会の中で勝ち取り、そして満たすことができた。
レスターはそうではない。自分の欲求を社会の中で満たすことができず、山の中にこもったが、一人で生きていけないから野に下り、そして殺人という形でコミュニケーションをとろうとする。
彼がお祭りで大きな人形を取りそれに執着する描写は滑稽ではあるが、私にはとても物悲しく思えてしまった。

ヒルビリーという単語を初めて知ったのはRob Zombieの「Hellbilly Deluxe」(hillbillyのもじりでhellbilly)だったと思う。「田舎者」という意味かと思っていたが、実際にはアメリカには都市部と山の境界で暮らす貧困層を表現する言葉としての側面があるようだ。
レスターの犯罪はすべて彼の責任であるが、しかし彼の貧困は?彼はたしかにヒルビリーであった。
日本人にはわかりにくいかもしれないが、こういった社会構造をマッカーシーは描いているはずだ。
そうなると「神の子供」の意味が少し変わってくる。生まれながらのシリアル・キラーというよりは、遺伝子と生まれついた環境、つまりアメリカの社会的な問題の混血児としてのレスターである。彼はアメリカの暗い側面の象徴である。

獣じみた神の子から野蛮な世界に産み落とされた無垢な子、という見方の転換は難しい(レスタは幼い頃から凶暴な性質はみせていた)が、それでも彼が理解不能の生まれながらのモンスターとは異なることが、最後まで読めば理解できる。
凶暴だがとにかく悲しいやつだ。妙に共感してしまう。

久しぶりに鬼束ちひろさんの「月光」を聴くとやっぱりいい曲だった。

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