2016年5月29日日曜日

ドン・ウィンズロウ/ザ・カルテル

アメリカの作家による長編小説。
何を隠そうあの「犬の力」の続編!すかさず購入。

メキシコの麻薬王アダン・バレーラは真面目に刑期を勤め上げる気はなかった。周到に手を回し、アメリカからメキシコの刑務所に移送。中ではセレブの様な生活を楽しみ、悠々と脱獄した。自分をブタ箱にぶち込んだDEA(アメリカ麻薬取締局)の捜査官アールトゥーロ(アート)・ケラーに2百万ドルの賞金をかけ、かつての帝国を取り戻すべく復権に動き出した。一方DEAから離れていたケラーも因縁にケリをつけるべく捜査に復帰。メキシコを舞台に麻薬と暴力と血と死体が山のように詰み上がっていく。

物語のテーマと流れは基本的に同じ。麻薬戦争が主題に据えられていてかつては友情を育んだアメリカの捜査官と麻薬王がやり合う。前作「犬の力」は30年にわたる戦争を描いた重厚な作品だったが、今作はページ数は増えたものの経過する時間は10年。3分の1になった時間の中で圧倒的な濃密さでメキシコ、そしてアメリカ合衆国の暗部が描かれる。
スケール、迫力という意味では間違いなく前作を越えて来ているのは間違いない。非常に低俗な言い回しで恐縮だがおそらく殺される数、そしてその残酷描写も前作以上であると思う。
タイトルのカルテルは元々経済において市場に対して企業などの売り手の結託の事をさす言葉だが、いつ頃からか麻薬を売る犯罪組織に対する呼称になった。麻薬販売は恐ろしい利益を生み出すビジネスだ。作中では石油に継ぐ高い利益率と書かれている。(石油は精製に手間かかりそうな印象があったけどそうでもないみたい。)はっきりとした数字は出ないもののそれが生み出す金は300億ドルになるという。その金を巡って悪人たちが命をかけて戦い合う。この本を読むと日本にいる私たちからするとあぜんとする様な光景が目に飛び込んでくる。サボテンとソンブレロ、辛い料理、なんとなく陽気な男たちのいる国、そんなイメージのメキシコの治安が近年著しく低下している事はなんとなくニュースで知っている。そして多くの人たちが酷く凄惨な方法で殺されている事も。体をバラバラにされた死体が見せつけるように市井に放置されたり、麻薬と戦う立場にある人がもの凄い早さで殺されたり。一時期は女性の弁護士が殺されたり、とても若い女性が警察署長に就任したりと(調べたらその後身の危険を感じてアメリカに亡命したそうだ。良かった良かった!)、日本でも話題になったから憶えている人も多いと思う。なぜメキシコがそんな状態に陥ったのかをこの小説からある程度知る事が出来る。
ナルコと呼ばれる麻薬商人たちは商売が好調で莫大な金を得(ちなみに商売が低調だと牌の取り合いで暴力が加速するという地獄絵図)、警察官を買収し始める。元々賄賂の横行している国らしいが、驚くなかれナルコに協力するもの、独自に麻薬を売るものなど警察官は(勿論すべての警察官がそうではないだろうか)真っ黒。(なだたるナルコの中には警察官出身のものも少なくないとか。)麻薬売るためには暴力が必要不可欠なのでナルコは次に軍隊に目を付け、高額の報酬で正規の兵士をリクルートしてくる。これがまずかった。元軍隊はタダのチンピラとは違う。厳しい軍紀で統制され、退役の時に盗み出した銃火機で武装し、ライバルのナルコに連なるものたちを殺していく。殺すといってもまず融解し、さんざん拷問した末に殺し、相手をおびえさせるためにバラバラにしてオブジェにしたり、橋から吊るしたりとそういった方法で町に放置していく。暴力とそれに対抗するための暴力。それに対抗するための暴力。それに対抗するための暴力。それに対抗するための暴力。抗争と暴力は激化していく。
暴力は下世話な求心力がある。酷い言い方だがこの小説も陰惨な描写が一つの売りだ。そういった意味では非常にエンターテインメント性に富んでいる。対岸の火事をさらにフィクションという糖衣に包んで味わう事が出来る。ただこのお菓子は毒を含んでいて、読者の心には疑問が生じるはずだ。一体麻薬をなくす事は出来ないのだろうか。正義というのは幻想なのか。それこそが作者ドン・ウィンズロウの狙いかもしれない。彼の小説には麻薬が良く出てくる。スタイリッシュであるが、かならず麻薬の持つ暗黒面も書く人だ。
戦い続ける捜査官ケラーの心のうちには次第に疑問が生じてくる。麻薬を売る人がいるのはそれを買う人がいるからだ。そして誰かを逮捕しても別の誰かがその穴を埋めていく。国境は広く全部を監視するのは無理だ。一体この麻薬戦争はどこに終結するのか(それとも終結なんかしないのか)。なんとなく現状を見ればその先行きは分かるだろうが、一つの小説として是非読んでいただきたいものである。
面白い小説を探している人で暴力描写が大丈夫な人、それからメキシコって一体どうなっているんだろうと気になっている人は是非是非手に取っていただきたい。可能だったら前作「犬の力」から読んでいただきたい。長いがとても読みやすいので。ただこちらから読んでも大丈夫だと思う。非常にオススメです。

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