2018年11月11日日曜日

ウラジーミル・ナボコフ/ロリータ

ロシアに生まれその後亡命。色々な国(ヨーロッパやアメリカ)で暮らした作家の長編小説。原題は「LOLITA」で1955年に発表された。多感な思春期に読んでなかったので中年になってから読むことにした。
ロリータというとどうしてもロリコン(ロリータ・コンプレックス)を彷彿としてしまうのは私が低俗な人間だからだろうが、ロリータ・ファッションだってよく考えればこの小説がその名称の元ネタではないか。男性は若い女性に惹かれることは間違いない。(中年の私が首を少し回せばそんな意見はよく聞く。もしくは鏡を見れば良い。)その中には若さの限度がいきすぎていて明らかな児童に惹かれる男もいるだろうし、そんな性的嗜好を持つ人は昔からいただろう。ナボコフはそれらにわかりやすく名前をつけたのだ。つまりなんだかよくわからないけどある感情をその慧眼とよく動く指で掬い上げたのだ。センセーショナルな小説であることは間違い無いのだろうが、私がこの小説が一番話題性があると思うのはそこだ。この小説以降未収額くらいの年齢の女児にリビドーを燃やす男性(とその気質)という時には病気(ビョーキ)的に取り扱われる概念が地球上を覆ったかと思うとただただため息が出るでは無いか。

断っておくと現代において児童との露骨な性的な描写を期待してこの本を取る人は少なかろうが(かといって発表された当時に猥褻という理由で具体的な騒動がも違ったことが間違いだったとは思わない。)、読んでみるとやはり性的な描写はあるけど非常に洗練された形で端的に表現されているし、この本の面白さというのはそこ以外にある。というか大分長くて、ほとんど主人公ハンバート君の苦悩が綴られているんだった。中年男の自分の性的な思考を暴露する形を取っているから、はじめは面白くても500ページを超えれば流石に退屈である。そこでナボコフの手腕がわかる。面白いのはこのハンバートは表面的には(読めばわかるが後半に行くに従い体調を崩して行く原因をどこに求めるかということによる。個人的にはロリータとドロレスといる時から酒の量が増えていることに注目したい。)自分が普通から逸脱していることは認めているものの、その思い切った行動に対する後悔や悔恨はほとんどない。はっきりいって彼はドロレスに恋をしているのである。なるほどどうしたって彼女と寝たいというのはあるだろうが、彼女を所有したいし、彼女の気を引きたいし、最終的には彼女に自分に好きになってほしいのだ。年端もいかない少女に劣情を抱いたとして一番簡単なのは暴力に頼ることだが、ハンバートはその方針を採用していない。(ただしこの物語は彼の独白になっているから実のところはどうかわからない。実際ドロレスは作中で「レイプされ」たと言っていたはず。)どちらかというと彼女の行動を逐一眺め、男と話しているだけで嫉妬に狂うような有様。なるほど父親という偽の立場を使って高圧的に自分の意を飲ませようとしているが彼女もなかなか思い通りにはならずに、結果的にハンバートは右往左往しているような節がある。
彼女を失ったハンバートがいよいよ正気を失い一時はストーカーと化し、その後別の成熟した女性との暮らしを手に入れるが、愛しのロリータから金の無心をされればそんな生活を捨て去り彼女の元に駆けつけ、挙句彼女を奪った男性を射殺するのであった。確かにいつの間にか大人になった少女に振り回され、挙句に嫉妬に狂って恋敵を射殺した哀れな男、の物語である。最後のくだりは意図的に喜劇化されて書かれていることもあって、小説的というよりは体面を気にしたようなオチで物語全体をまるめようとしているような節がある。
なるほど病的な小説であり異常な話ではあるが、なんとなく普通の恋愛小説でもある。過去の挫折から似たような女性に惹かれ、彼女をものにするが、袖にされ、結果的には殺人に手を染めるというところも非常に男性的な恋愛小説の典型なのかもしれない。男性的というのが何かというとそれは”身勝手”というところに集約されるだろう。この小説の場合は特に。

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