2017年1月22日日曜日

コードウェイナー・スミス/アルファ・ラルファ大通り<人類補完機構全短編②>

アメリカの作家によるSF小説。
人類補完機構シリーズという作者が考えた未来史に属する作品群を集めた連作短編集。一冊め「スキャナーに生きがいはない」が面白かったので(だいぶ時間が経ってしまったが)二冊目も手に取って見た。
このハヤカワ文庫から出ている人類補完機構シリーズは未来史の年代順に並んでいるから前作からだいぶ時間が進んでおり、安定した時代を経て人間の再発見という大きなイベントを含んだ動きのあるセンセーショナルな内容になっている。
遥か未来繁栄を極めた人類が一度最終戦争によって壊滅的なダメージを受けた後、人類を保護すべく立ち上がった団代が人類補完機構。これが不思議な組織でスローガンがこちら。
「監視せよ、しかし統治するな。戦争を止めよ、しかし戦争をするな。保護せよ、しかし管理するな。そしてなによりも、生き残れ!」
未来における統合統治組織と言ったら大抵ディストピアを作り出すものだがこの人類補完機構というのはそうでは無い。個人的には独善的でお節介な母親と言った感じ。人類をその危機的状態から救済することに成功し、また銀河の覇権を取り戻し、異星由来の薬物で人類の寿命を飛躍的に(400年と決められているが実際には制限がない模様)伸ばすことに成功した。圧政を敷くことも、搾取することもないが代わりに差別と人類全体の緩慢な停滞(もしくは衰退)を結果的にもたらしてしまった。今回はそんな人類補完機構に変革が訪れる時期を書いている。
テーマとしては二つあって、「差別へ撤廃への道のり」、「人間の自由の回復」がそれぞれ芽生えてこれから大きく育っていく予感を書いている。
後者については徹底的に管理されているため通常危険はない人類に対して、”不安定”という状況を変換するという内容。古の言語(劇中ではフランス語)が回復され、無意味な名前(今の私たちのような。未来では名前は記号で代用される。)、恋愛、嫉妬などの感情も復活された。人間は事故があれば(そして機構の保護が届かない場所であれば)死ぬこともできるようになった。スミスの未来では人類はその姿を大きく変えている。面白いのは良いことも(とにかく不安なく長生きできる)、悪いこと(概ね400年の生涯で起こることが事前に分かってしまう)も両方分け隔てなく書いていること。人類はちょっとずつその意識、生き方、そしてそのものを変えていき結果現代人と大きく隔たっている。
もう一つのテーマはもっと普遍的で作者のメッセージが明確に感じられる。この世界では下級民という存在があり、彼らというのは基本的にはもともと犬猫、蛇、牛などの人間以外の動物であり、単純な作業(もしくは危険な作業)に従事するために姿形を人間に(見た目には結構ばらつきがあるようだが概ね特徴を残しつつも人間に見えるようだ)、知能を人間以下(と人間は思っている)に改造されている。人権はもちろんなく、嫌悪されている、というよりは人類はこれを道具としてしか見ていない。だから壊れて治す手間が面倒な場合は殺して処分としてしまう。スミスはそんな下級民を行き来とかく。まるで人間のように。いやはっきりと姿を変えてしまった人間以上に人間らしく、生き生きと暖かく書いている。人間は猿から進化した生き物だという。ならば下級民と人間の違いは何か?猿が人になったのは進化論、もしくは神の仕業なら、人間が動物を人間にしたのが下級民に他ならぬ。つまりは彼らは人間である、と私は思っている。
スミスの意図はわからないが(スミスは作品が積極臭くならないように徹底して表面的な感情を抜きにしてその作品を書いている。)、この完璧な未来の唯一の、そして決定的な汚さがここに現れている。
個人的には人権の蹂躙というテーマを下級民ではなく、人類に向けた異色の短編「ショイエルという名の星」が面白かった。グロテスクに書かれた死ねない監獄はどう見ても地獄絵図だ。地獄は人間が作ったという人はよくいるが、少なくとも地獄絵図は人が書いたものだ。スミスの筆致には人を人たらしめるものは何か、そしてそれらを持った生き物に対する重大な侵略こそ、悪であると非常に冷静に書いているように思った。

夢のような世界だった前作に比べるとその夢の抱える問題がクローズアップされように感じさせる今作。とても楽しめた。気になった人は是非前作からどうぞ。

0 件のコメント:

コメントを投稿