2015年1月25日日曜日

マイ・シューヴァル ペール・ヴァールー/刑事マルティン・ベック ロセアンナ

スウェーデンの有名な警察小説マルティン・ベックシリーズの第1作目。
1966年に発表され10作目まで続いた人気シリーズで、刑事ヴァランダーシリーズの作者ヘニング・マンケルが大きく影響を受けた本でもある。本邦でも翻訳の上発売されたが、(今知ったんだけど)原点から英語に訳したものををさらに日本語に訳していたそうな。
その後2013年に原点から直接訳したシリーズ第4作目の「笑う警官」が日本で発売され、今回はその第2弾ということで栄えある1作目が新たに訳されて発売された訳。

スウェーデンのモーターラの水門で全裸の女性の変死体が発見され、他殺である事が判明。モーターラ署は捜査にあたりストックホルムからマルティン・ベック刑事らを招聘し共同戦線を展開するがやはり解決の糸口は見つからず、事件はこう着状態。ストックホルムに戻ったベックの元にアメリカの警察から被害者の情報が思わず到着し、とまった捜査が動き出す気配を見せ始めた。

昨今隆盛を見せた北欧警察小説だが、この物語は前述の通り60年代に発表されたもので流行とは無縁の硬派なもの。勿論携帯電話なんてないし、ベックたち警察官は文字通り歩き回って、きき回って捜査を進める事になる。
作者の一人が女性という事で主人公ベックの家族の書き方が面白い。何か特別不貞や事件がある訳ではないが、なんとなく停滞感が漂う中年夫婦の状況を極めて観察的に書いている。これが男性作家ならもっと明確な”出来事”を展開して何かしらの決着をつけそうなものだが、あくまでも現実に即した様な作者の視点は曖昧模糊として表現する事が難しいが確かに存在する夫婦の微妙な緊張をはらんだ日常的な関係をベックの些細な行動や心情を上手く使って表している。ひとつはこれで兎に角マルティン・ベックという男が有能であっても一人の一般的な男性である事が強調される。フロスト警部のように破天荒でもないしゔ、ヴァランダーのように癇癪持ちでもない。もちろん腕っ節が強い訳でもないし、銃も撃たない。警察官と言っても熱血ねないで働きますという感じではなく、どことなく日常に倦んでいる中年の公務員と言った感である。まるで現実の刑事(勿論現実の刑事とはかけ離れているんでしょうが)がそのまま神の上に出て来た様な地味さである。なんというかうだつの上がらない、が個性にすらならない普通さだ。
しかしそんなベックは実はその身のうちに粘り強さと正義の心を持っていてロセアンナという一人の女性が殺された事を沢山ある事件の一つとして風化させる事無く、解決に向けて一歩一歩進んでいく訳である。もう滅茶カッコいいではないか、その姿は。
大きく分けてどう見ても難事件である様相を呈して来たがあきらめずに犯人をさがす前半と当たりをつけた容疑者を追いつめる後半に分かれるのだけど、個人的にはどこにある川から無いゴールに向かって歩き続ける様な不安かつ地道な前半が面白かった。殺人事件という困難さの根底の部分が飾らない言葉でどっしり横たわっている様な、そんな印象。今とは違って科学捜査が発達している訳でもない60年代、ベック達は証拠を集めつつも被害者のロセアンナという人間が果たしてどんな人間だったのかというところにも迫っていく。より個人的な捜査とも言える。ベックの夫婦関係と同じく、淡々と人間を書いてその善悪を断罪しない様な作者の書き方にはとても好感が持てた。もちろん事件はきっちりまとめる潔さもあって、本当に骨太である。

現代の警察小説の派手さは皆無だが、それでいて警察小説の魅力がぎゅっと圧縮されているような物語。このジャンルが好きな人は是非どうぞ。

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