2014年10月5日日曜日

西崎憲 編訳 A・E・コッパード/郵便局と蛇 A・E・コッパード短編集

イギリスはケント州出身の詩人・作家の日本オリジナル短編集。
翻訳し編集したのは西崎憲さんで以前このブログでもいくつか短編集を紹介したことがある。この人はジェラルド・カーシュを紹介したりと個人的には琴線に触れまくる作家や短編を紹介してくれて嬉しい限り。
表紙はエドガー・アラン・ポーでも御馴染みハリー・クラーク!

今回はAmazonにお勧めされてかってみたので作家のことは知らなかった。あらすじが面白そうだったのだが、果たしてとても面白く読めた。
A・E・コッパードは1878年生まれの1957年没だからそんなに古めかしい作風でもない。本書の解説を読むと作家生活を通じて長編は子供向けの1編のみというのだから、かなり筋金入りの短編作家と言えると思う。同時に詩人でもあり、どの短編も詩情にあふれている。面白いのはほとんどの作品が現実を舞台とし、日常を扱ったものにも関わらず何とも言えない幻想味がある。靄と霧に包まれた様な不思議な物語。どの物語も一抹かそれ以上の人生の辛辣さや物悲しさ、寄る辺のなさ、残酷さが含まれているが、解説で西崎さんが述べている通り後味が悪くなく、読後感がさわやかなところがある。寓話的であるが、はっきりとした真意を測りにくい、メッセージ性というよりは作家の思い描いた風景を干渉する様な感覚に近いから分かりやすい話を求める人には厳しいかもしれない。しかし(このブログでは何回か同じ様なことを言っているが)人生が分かりやすいことなんてあったでしょうか?

特に気に入った作品をいくつか紹介。
郵便局と蛇
山の麓の郵便局で世界を食い尽くすという蛇が山の頂上にある沼に封じ込められているという。沼に向かった主人公が出会ったのは…
まずこの短編集弾かれたのはその不思議なタイトルである。中々結びつかない2者である。そんなタイトルのつけられたごく短いお話。象徴的だが、物語としてただ面白い。3人しか登場人物が出てこないがみんなそれぞれ愛嬌があるのが良い。牧歌的とでも言うべきか。

アラベスク-鼠
町の片隅で隠者のように暮らす中年の男。ある夜更け彼は暖炉の近くをうろつく鼠を発見する。鼠を意識しながらも過去の人生を振り返る男。断片的かつ瑞々しい彼の記憶と忌まわしい鼠の存在が一つの出来事に集約していく。
ある意味この短編集で一番衝撃を受けた作品で読後の何とも言えない感じが忘れられない一遍。なんともいえない人生の悲哀が象徴的な出来事に集約しており、楽しかった過去とその後の悲劇的な運命、年を経てからの人生の喪失感がないまぜになって非常に苦しい。なんともやるせない。人生の楽しみは若いときの思い出にしかなく、楽しかった日々もしおれていく花のようにダメになってしまうように運命付けられている様な、そんな悲しさが支配している短編。

シオンへの行進
大天使ミカエル、あるいは世界の王の元に旅することを運命付けられた男は道中不思議な修道士に会う。彼は得体の知れないところはあるが快活な好人物。しかし悪人であれば自費なく打ち殺し、その身ぐるみを剥ぐ残虐性をももっていた。修道士に疑念が生じ始めた主人公はしかし、偶然であったマリアに恋心を抱くが…
シオンというのは言うまでもなく聖地シオンのこと。この物語はとにかく象徴的寓話的で幻想味に満ち満ちている。すべてが現実を元にしながらも現実から遊離しており、含蓄に飛んでいそうなのに、その真意は極めてとらえにくい。登場人物の会話は著しく現実性を欠いており、詩心にあふれたそれは最早禅問答のようになっている。(私の頭と理解力がよろしくないことも大いにあるだろうが。)道中主人公達が登る山の描写のなんと美しいことか。桃源郷というのではないが、こんな風景は誰かの頭の中にしかないのかもしれない。そのあるはずもない景色が何故こんなにも心を感動させるのは分からない。しかし読書の最大の楽しみの一つだろうと思う。

はっきり言ってそんなに間口の広い小説ではなかろうが、好きな人にはたまらないのではないだろうか。日本では他に違う出版社からも短編集が出ている。そちらも注文したので読むのが楽しみである。幻想的な話を好む方は是非どうぞ。

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