2014年6月1日日曜日

デニス・レヘイン/ムーンライト・マイル

デニス・ルヘインによるパトリックとアンジーシリーズ第6弾にして最終作。

結婚して子供が出来たパトリックとアンジーは将来のため探偵事務所を閉め、愛車を売り勤め人として日々を送っていた。パトリックは老舗の調査警備会社デュアメル=スタンディフォードで契約社員から正社員となるべく面白くもない仕事をこなす日々。アンジーは資格を取るべく再度大学に通っている。生活は困窮し、保険の支払いさえままならない。
そんなある日パトリックは地下鉄の駅でビアトリスに出会う。12年前の彼女の姪のアマンダの失踪事件の依頼人で、事件の終末パトリックの苦渋の決断が彼女の人生に深い傷跡を残したのだった。アマンダがまた行方をくらませたという。探してほしい、貴方にも責任があると迫るビアトリス。一旦は断るパトリックだが、その後チンピラに襲撃され、アマンダの件に首を突っ込むなと警告される。やる気は無かったが殴られ襲われれば事情は違う。負けん気の強いひねくれ者パトリックとアンジーはアマンダの捜査を開始するが…

前にも書いたがⅠ年にⅠ巻ずつ発表されて来たこのシリーズだが、5作目の「雨に祈りを」発表後作者のルヘインが一時シリーズの休止を宣言。それから11年の歳月を経て発表されたのが最終作でもあるこの「ムーンライト・マイル」である。タイトルは遥か遠くの意らしい。物語の中でも時間が進み、30代だったパトリック達は42歳になっている。遂に目出たく結婚して娘が産まれたのは良かったが、生活のために2人の生活はがらりと変わってしまった。生き方そのものであった個人探偵事務所は廃業、手塩にかけてリストアしたポルシェも手放した。それでも生活は苦しく、パトリックは金持ちの尻拭いのようなクソ仕事にその身をやつし糊口を凌いでいる。無敵で自由だった時代は終わってしまった。他人に比べると長かった青春の時代が終わって、生活と将来というのが2人の方に重くのしかかって来た。ハードボイルドの申し子が契約社員である。地下鉄でご出勤である。正社員になりたいです。おまけにパソコンは私物である。そのパソコンもチンピラに奪われてしまうパトリック先生。次のなんてとても買えないと嘆くパトリック選手。なんという悲しさ。ここに来て今までの物語は全部作り事だよ、とネタバラしされたようだ。途方に暮れるのはパトリックだけではない。読者もであるよ。夢は終わったんだ。生活が続くんだ。保険料を支払い、請求書におびえる生活が。すばらしい家庭はむしろ人から輝きを奪ってしまうのか。年を取ることは敗北なのか。打ちのめされているパトリックとアンジーはしこりのようにわだかまるアマンダの失踪事件の本当の解決のため、再度のアマンダの失踪事件に挑む。
デニス・レヘインは真面目な作家である。調べてみるとこの物語は賛否両論であるようだ。物語は好きなことをかける。読者にずっと夢を見させることが出来る。でもルヘインはあえてこのある意味舞台裏の様な強烈なパンチの様なその後の物語を書いた。パトリックとアンジーの人生のその後を書いた。それは苛烈なものだった。銃で撃たれるからではない。拳で殴られるからではない。ただ生きて年を取るということの、その悲しさと苛烈さを書いたのだ。こんなの読みたくなかったという人もいるだろう。でも若かったころのパトリックがはいた台詞がまた違う意味を持って再度浮かび上がってくる様な、そんな感慨深さがあると思った。若さ故の過ちではない。2人は昔を少しも後悔していない。ただ選択しただけだ。それが間違いとも思っていない。2人が何故困窮した生活の中でビアトリスの依頼を引き受けたのか。なぐれられ腹が立った、然り。現状の生活に鬱憤が溜まっていた、然り。しかしこれは生き方の問題であった。状況に合わせて選択して来たけど、俺たち変わった訳じゃないよな、そんなひたむきさが垣間見える。といっても昔のようには行かない。何より娘が巻き込まれることは絶対にさけなければならない。動きも鈍くなる。でも捜査はやめない。探偵(ヒーロー)になるために必要なのは不屈の精神であった。頑強な肉体も明晰な頭脳も二の次だった。ただ食らいついて離さない、殴られても立ち上がるその精神こそが2人をヒーローにしたのだった。
本当に終盤、パトリックの心に久しぶりに暴力的だった父親が浮かび上がってくる。パトリックはけりを付けたのだった。父親のその向こう側にすとんと着地したのだった。悩みが亡くなる訳ではなく、現実的に消耗させてくる毎日が続くのだろう。でもパトリックとアンジーはけりを付けたのだった。物語は終わった。

すばらしい読書体験というものがあるものだ。ほんの何の気なしに手に取った「スコッチに涙を託して」が私をここまで連れて来た。6冊夢中で読んだ時間は何事にも替えがたいすばらしいものであった。この体験を作者に感謝したい。これは探偵パトリックとアンジーの物語であった。そしてそれは完結したのだった。彼らは去っていった。私は彼らに拍手を送りたい気分である。
いまでもパトリックとアンジーは誰かを待っているのだと思う。是非このシリーズを、多くの人に読んでいただきたいと思う限りです。

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