2014年4月27日日曜日

ジェイムズ・トンプソン/凍氷

フィンランド在住のアメリカ人作家によるミステリー/警察小説。
カリ・ヴァーラ警部が活躍するシリーズ第二弾。第一弾の「極夜 カーモス」の感想はこちら。
アメリカ人作家によるサイコサスペンス調の派手な警察小説の要素で持って極寒の地フィンランドを舞台に物語が展開するという、そのハイブリッド性が他の警察小説にはないエンターテインメント性を獲得しているシリーズだと思う。

前回の凄惨な事件後首都ヘルシンキに移動したカリ・ヴァーラ警部は妻の妊娠・出産を目前にし神経を尖らせていた。前回の妊娠では自分の事件の心労から妻が流産してしまったかだ。ひどい頭痛に悩まされ、頭はいいが人付き合いが苦手な相棒と組まされたカリはとある富豪の妻が愛人の家で拷問の上殺された事件を担当する。当初は愛人が犯人と目されていたが、どうにも裏がありそうだ。そんな中国家警察長官から直々にフィンランドの秘密警察が大戦中にナチスと連携していた事件を調査し、秘密裏にもみ消すことが指示される。フィンランドで捕虜の虐殺はあったのだろうか。カリは秘密警察に自分の愛する祖父が関わっていたことを知り、穏やかではいられない。二つの難事件を抱えるカリだったが、さらに妻ケイトの弟と妹がアメリカからやって来てトラブルを起こすのだった。満身創痍のカリは事件を解決できるのか…

今回も盛りだくさんで話のスケールでいったら、フィンランドが抱える歴史の闇に突っ込んだ今作は前作以上の衝撃がある。北欧とナチスの連携といっても大抵の日本人はピンと来ないだろうし、勿論私もこの小説を読むまでは全くそんな存在する知らなかった。フィンランド在住のアメリカ人というある種アウトサイダーの視点から現地人が口を開きたがらない歴史の事実について衝撃的かつ客観的に書かれていてとても興味深い。
また、天才のくせに人間としてのたがが明らかに外れている相棒ミロの存在もとても良い。バディものとしても面白い(ちょっとカリが活躍し過ぎの感があるが)。
だが個人的に一番すごかったのが、作者の人物造形の巧みさであった。
主人公カリ・ヴァーラ警部はある種男の強さをそのまま体現した様なヒーローである。痩せて頑強な体。酒が強く腕っ節も強い。寡黙で人付き合いは下手だが、頑として他人に譲ることはない。捜査においては一匹狼だが、相棒には強いリーダーシップを発揮する。IQが非常に高いが鼻にかけることはなく鋭い直感と柔軟な考えで捜査に望む。女性にもてるが心を許しているのは妻のケイトだけで、彼女のことを生活の第一に考える。執念深く犯罪者に対しては苛烈な姿勢で望む一方、子供や老人などの弱者に対する愛情は表に出さないもののとても強い。過去に辛い過去があり、中年となった今でも思い出に悩まされるが他人に漏らすことはない。とまあハードボイルド趣向に振り切った極端な人物像といえるかもしれないが、それでも男性が考える理想の男性像を体現した様なキャラクターであろう。私は物語を見るとどちらかというと悪役に肩入れするタイプである。それはひねくれもあるだろうが、むしろ人間臭い弱さをもった悪役に同情できるからである。私は典型的完全無欠のヒーローが嫌いである。彼らの存在自体が嘘くさいからだ。
このケリ・ヴァーラ警部は欠点はあるもののある種理想的にすぎるな、と思った。なんだかちょっと信じられないっすよ、こういう男は、と当初はこうなる訳だ。
しかしジェイムズ・トンプソンの書き方はどうだろう。彼はカリをとても丁寧に書く。典型的なキャラクターがちゃんと呼吸している。極北の大地で白い息を吐き、凍った地面を踏みしめるカリ・ヴァーラ警部の姿がまさに私の頭の中で映像となって再生されるようだ。そこに不自然さが付け入る隙はなかった。
これはある種可能性の話であって、偶然が重なればこんなキャラクターが産まれるかもしれない、虚構の物語なのだからどんな不自然なキャラクターでも登場できるが、読み手としては彼らが尖れば尖るほど、もし粗があれば薄っぺらく見えてしまう。しかしそこを人間的な厚みをもって書ききった、その綱渡りの様な作業を見事にあって退けた作者ジェイムズ・トンプソンの技量に痛く感心した訳である。
こうなるともう完全にカリ・ヴァーラのファンになってしまい、彼が難事件を解決する様は痛快の一言である。面白かった。

今作も暗く思い話が続くが、前作の北極圏日が一度も上らない極夜で起こる事件に比べると南に下がり昼夜もはっきりした。醜い企みを白日の下に晒す用な爽快感もあって良い。
大変面白かったが、ぜひとも第一作目から読んでいただきたい。

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