2018年3月25日日曜日

ラリイ・ニーヴン/無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン

アメリカの作家の短編集。
著者ラリイ・ニーヴンはあとがきによるとニュー・ウェーブムーブメント以前(1960年代から1980年代)の時代に正統派SFといえばこの人!と言われた方なのだそうだ。この本は日本オリジナルの短編集でどうも1979年に出版されたようなのだが、表題作でありヒューゴー賞と星雲賞を受賞した「無常の月」が映画化される、ということもあって装いも新たに再販された。

7つの短編が収録されており、どれもフィクション、この場合は現代の技術にはない仮想の技術を取り扱っているSF。ハードなSFであり、単に学術的な要素が物語に一つの要素、装置として働いているというよりは、その理論や仮説によって物語全体が構築されている。つまり技術的な問題から出発しているので、その科学的な要素なしでは成立しない物語だ。例えば作中の未来的な技術を魔法に置き換えても成立しない、といえばわかりやすいだろうか??決してくどくもなく、上から目線でもないのだが、作中に出てくる技術や事象の説明は結構難しくて、中学生時代に理系の授業をドロップアウトした私には正直わかっているのだが怪しいところも結構多かった。こうなると結構置いてけぼりにされたりするのだが、ニーヴンの場合ガッチリしたハードSFながら、物語の周辺に魅力的な人物たちを配置し、彼らを巻き込んで物語全体を丁寧に動かしていくから、読んでいる側はそれに乗って物語のラストまでついていくことができる。きちんと人物の口から事象についてわかりやすく噛み砕いて解説させること、解説に終止することなく、物語が画的にも躍動的に動いていくこと。なにより物語の動きに付随する登場人物たちの心情を会話や仕草に込めて簡潔かつ充分に描写されており、大変読みやすい。そこら辺の叙情性が遺憾なく発揮されているのが表題作の「無常の月」で、なるほどこれが映画化されるもの頷けるくらいの情感だ。誰もが一度は考えるであろう命題にきちんと科学的な根拠を提示し、そしてあくまでも現実的・個人的な問題として取り扱っているのがなんといっても面白いところ。
買ってから気がついたが「ホール・マン」だけはアンソロジーで読んだことがあった。この物語に出てくる、ひょろひょろオタクと頑強な体育会系の衝突というのは古今東西の文化に共通する問題だろうし、双方ともに嫌なやつではないけどかと言ってすきになれないよな〜という「あるある」を超えた先にある人物描写(キャラクターっぽいけどそれだけではない)が良い。また「馬を生け捕れ!」で見せる自分の持ち味のハードSF性をいとも簡単にぶん投げてユーモアに走り、あくまでも自分は魅力的な物語を提供する作家ですよ、というやり方も無学な私にはありがたい。

ハードなSFを柔らかく魅力ある語り口で楽しめる、という意味で間口の広い一冊。

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