2018年3月31日土曜日

J・G・バラード/ハロー、アメリカ

イギリスの作家の長編小説。
1981年に発表された小説で原題は「Hello America」だが、日本では集英社から「22世紀のコロンブス」という題で発売されていた。「エイリアン」シリーズのリドリー・スコットの手によって映画化されることが決まっているようで、そのタイミングも合って原題の直訳に直して東京創元社から再販された。クリストファー・コロンブスは大航海時代にアメリカ大陸を発見した人物である。(彼のwikiを見ると気分が悪くなるな。)

21世紀、地球の気候変動によりアメリカ大陸は砂漠化が止まらず、放棄されていた。アメリカ人は難民としてヨーロッパを中心に世界中に散り散りになっていた。22世紀になり各国は荒廃したアメリカに探検隊を派遣したが、結果は芳しくなかった。そんな中スタイナーを船長とする蒸気船アポロ号がイギリスから出港。ユダヤ人の少年ウェインはアメリカ合衆国の第45代目の大統領になることを夢見てアポロ号に密航する。

「結晶世界」「沈んだ世界」「燃える世界」で破滅後の世界を書いてきたバラード。その後はSFにとどまらない独自の作品をたくさん書いた。私はアフタヌーンで連載された「エデン」という漫画の元ネタとして「結晶世界」(Locrianという音楽グループもこの作品に触発されて同名のアルバムを作っている。内容は最高。)を読んだのを皮切りにポツポツと本を読んでいる。アウター・スペースにロマンを求める多くの作家とは違いインナー・スペースに切り込んだ彼の作品はどれも陰鬱で内省的だ。
この「ハロー、アメリカ」はそんな世界3部作を彷彿とさせる作品。ただし今のところ崩壊の憂き目を見ているのは北アメリカ大陸だけである。言うまでもなくバラードは世界のいろいろなところを見てきた人だが、国籍で言えばイギリスの人であるから、そんな彼からしたらアメリカは故郷ではない。アメリカというのは歴史の浅い国で、そのわりには豊かで他国への影響は非常に強い。いわば有名な国であって、自国民ではなく他国の人にも強烈な印象を植え付ける。日本にとっても戦争に負けた国であり、その後は同盟関係を結んでいる国であり、なんとなく心的な距離が近い他国である。自由の国アメリカ、そしてアメリカン・ドリーム。人を惹きつけてやまないこの国には、各人が色々なイメージを抱いている。アメリカがその強大な武力で抑圧している国の人はまた私達とは全く異なった思いを彼の国に対して抱えているだろう。そんな幻想、つまり勝手な思い込みをテーマにしたのがこの小説で、登場人物たちはそれぞれのアメリカを廃墟となった巨大な国土に各々の幻想を見て取る。「You see what you want to see」と歌ったPoison the Wellを引き合いに出すまでもなく人は自分のみたいものを見るのである。そんな欲望を写す鏡として、やはりアメリカはこの小説では滅んでいる必要があったのだ。(今生きている確固たるアメリカ像があれば自己の欲望とのギャップがでてしまう。ただ生きていたとしても明確なアメリカ像なんてものはありはしないのだが、やはり物語的にはわかりにくくなってしまう。)
自分の欲望に溺れてよくのに他人と傷つけあってしまうのはやはりバラード節というところで、さらに(放棄されながらも眠っていた)巨大な力が非現実的な妄想を実際の脅威にしてしまうのは何となく今の銃規制で揺れるアメリカ 彷彿とさせる。(「人を殺すのは銃ではなく人だ」とはご立派な意見だが、人間の短絡的な愚かさを考慮していない戯言だと思う。)バラードは他国人らしい冷静な目でアメリカ(と世界どこにいても同じ人間の)の本質を捉えていたのかもしれない。

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