2014年7月12日土曜日

ジム・トンプスン/この世界、そして花火

アメリカの作家による短編集。
以前紹介した長編「おれの中の殺し屋」がとっても面白かったので購入した。その他の長編も読みたいのだが、在庫切れなのか頼んだのにこない…
解説を読むに日本オリジナルの短編集らしい。全部で7つの短編が収められていて、概ね進むにつれて1編あたりの長さが増していくように配置されている。
ノワール会の巨匠トンプソン、彼は1906年生まれで77年に死去。「おれの中の殺し屋」を四でまず思ったのは全く古くささを感じないその瑞々しさだった。本当に1952年に書かれたのか?勿論然りだった。彼は「おれの中の殺し屋」で犯罪を書いた。サイコパスを書いた。もっと言えば人間とその悪意を書いたのであって、それらの題材は時代が移ろっても普遍的なものだから60年以上たった今でも全く色あせることなく読めるのだろう。そして勿論トンプソンの筆の力によるところも大きいのだろう。
この短編集でもその実力が遺憾なく発揮されている。扱っているテーマもアルコール依存症だったり、詐欺、売春、そして殺人と暗い人間の内面を覗き込む様なテーマである。それが軽妙とすら言える洒脱な文体とリズムでもって流れるように書かれている。陰惨なテーマを一見お洒落にすらかいてしまうが、その裏に隠し様も無い暗黒に読者としてはどうしたって気づかずには、目をそらしたままではいられない訳である。つまるところノワールである。

特に気に入ったいくつかご紹介。
酒浸りの自画像
タイトル通りアルコール依存症の男が自分の人生を振り返る独白スタイルで進む。面白いかつ恐ろしいのはコイツが終始冷静に自分のことを顧みれているところだ。一見して完璧に自分の人生をコントロールできているようだ。アル中特有の言い訳めいた他社批判も無しだ。すぐにでも酒なんてやめれそうだ。頭もよさそう。しかし彼の人生が酒でどうしようもないところまで落ちていく様が冷静に語られると、冷静なだけに恐ろしい。魂が酒にガッチリとつかまれてしまったのだ。沼にハマるように地獄にジリジリ沈み込んでいく様な恐ろしさ。

深夜の薄明
プレイボーイが貧相な女性を拾い一人前のレディに育て上げるんだけど、悪徳警官に目を付けられて…という話。読んでいって2人がはまり込んでいる状況説明と状況打破のために主人公が悪徳警官のところに向かう所を読んでこれは絶対ハッピーエンドにならなそうな予感がぷんぷんする。何と言っても主人公が面白い性格で困っている人を全力で助ける、というのがモットーで意図はしていないんだけど結果的にはリータンがすごい。ギラギラしていない(本人はちゃんとした職がある、後に会社が倒産するけど。)ジゴロみたいで女性にもすごいもてるんだけど、その性格で同性の私が読んでいても魅力的なやつ。非常に残念なことに未完。

この世界、そして花火
タイトルにもなっている短編集のラストを飾る作品。サイコパスの兄と妹の物語。父親が浮気の果てにショットガンで浮気相手の夫を殺害した現場を見て思わず爆笑してしまった幼い兄弟、というシチュエーションは「おれの中の殺し屋」の主人公に通じるサイコ性の発露か。こいつらはとにかくとにかく罪悪感なく人を騙し、金を奪い、殺してしまう。かといって大それた犯罪を企む訳でなく、地に足がついている犯罪を犯すのであって、これはつまり特に後ろ暗いことをやっているという認識が無いのだ。社会的に悪いことをやっているということは百も承知なのだが、それが本質的に悪いことだとは分からないのである。彼らは欠如していて、いわば巨大な空虚みたいなもので、説教や収監が何の意味をもたなさそうな、読んでいるとそんな諦観めいた感情がわいてくる。面白いのは「おれの中の殺し屋」でもそうだったが、人並み以上の才覚を持って上手に世間を渡っているつもりが、ひょんなことでつまづいてしまうのだ。これは別に悪がいつかは善に滅ぼされる、ということでは絶対なくて、良かろうが悪かろうが、天才だろうが阿呆だが、そんなこと無頓着に偶然が支配する世の中がある個人を徹底的にやっつけてしまうのだ。恐らくトンプソンはサイコパスのもつ虚無よりもっと大きい、そういった類いのどうしようもない法則に支配されたこの世の無情みたいなものを書きたいんじゃないかと思わせる。

という訳で相変わらず、一見人懐っこそうな笑顔の裏にとんでもない荒涼とした風景をかいま見る様な、そんな面白さに見たいた小説が詰まっている。
トンプソン気になるな、という人はまずこの本を手にとってもいいかもしれない。

0 件のコメント:

コメントを投稿