2013年10月27日日曜日

大泉黒石/黄(ウォン)夫人の手 黒石怪奇物語集

突然だが、大泉黒石という作家をご存知だろうか。
私は知らなかった。この本はAmazonにお勧めされたかった物で、あらすじを読んで気に入ったので何とはなしに購入したのであって、書いた人は全然知らなかった。
調べてみると大泉黒石は明治から昭和にかけて生きた作家で、一躍文壇の寵児となったもののその後急速に忘れられてしまったひとらしい。
本名は大泉清、ロシア名アレクサンドル・ステパノヴィッチ・コクセーキ。そう彼の父親はロシア人であった。周囲の反対を押し切って父と結婚した母親はしかし、産後に亡くなってしまった。母親の実家に引き取られたが、その後父親を頼って中国へ。しかし父親とも死別し今度はロシアの父親の親戚のところに身を寄せる。パリやスイス、イタリアを経て日本に落ち着き、作家を目指したという。
私は知らなかったけど、混血文学というのがあって、黒石はその先駆けだそうな。

その黒石の書いた物語の中で特に怪奇色の強い短編をまとめたのがこの本。
中国の情の深い幽霊譚「戯談(幽鬼楼)」
側近が秀吉に語る奇妙な因縁の復讐譚「曾呂利新左衛門」
東海道中膝栗毛の主人公たちの因果な生活を書いた「弥次郎兵衛と喜多八」
韓国で永遠を生きる女の因縁話「不死身」
ぼろ寺を訪れた画家の男にまつわる恐怖譚「眼を捜して歩く男」
探偵小説風の趣のある夫婦の過去にまつわる悲哀を書いた「尼になる尼」
塩坑に逃げ込んだロシアの脱獄犯の末路を書いた「青白き屍」
死んだ女の手が長崎の中国人街で起こす怪異「黄夫人の手」
という感じです。どうですか?怖そうでしょう。
作者が転々とした中国やロシア、韓国、本邦は長崎の生活と風土がどれも生々しく書かれていて舞台設定と雰囲気は抜群。
こうやってあらすじを書いて思い返してみると面白いのは、幽霊や怪異そのものを書くというよりはその背後にある奇妙な因縁や因業をを暴くように書くのが黒石のスタイルのようだ。異常な嫉妬や執着、人の業のような物が死後凝り固まって残り、幽霊として結晶化する。だからこの本に出てくるどの幽霊、または妄執に取り付かれて生きる人たちも、存在感があって怖い。乾ききらない血を滴らせ、生者につかみかかるような凄惨さがあって、そのこが魅力となっている。巧いのがこのバランスで、この人は人の持つ業を暴力に昇華しなかった。人ならざるものにその恨みを転化したのであって、これによって作品がとても上品且つ情緒のある物になっている。矛盾するようだが、凄惨であると同時に下品ではないのである。近年の作品ではあまり見られないような、どうしようもない物悲しさが、直接書かれるのではなく、作品の行間から霧のようににじみ出てくるようで、それが私のような物好きにはたまらない。

とても面白かった。久しぶりにゾクゾクきたわ。もっと読みたいなー。
怖い話が好きな人はさっさと買った方が良い。

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