2018年5月27日日曜日

山尾悠子/飛ぶ孔雀

日本の作家による連作長編小説。
作者は寡作で有名だがこの本は前作から8年ぶりの新刊。

確か今までの物語はどれも洋風な雰囲気が漂う世界観で、設定が突飛かそうでないか以前に極東に住む私からすると見知らぬ異世界であったが、今作ではどうも近代(携帯電話やパーソナルコンピューターの描写はなかったような気がする)の日本が舞台だ。つまり東洋の見知った世界観でその分描写が生々しいというか、一見幻想味が減った感じがする。ただ物語の難解さは今まで群を抜いている。誰が何をやっているか、という描写は非常に鮮やかに書かれており、ただそれがかなり時系列と場所を混在させて書き込まれているわけだから、ここの出来事は追えても全体的に何が進行しているのかというのをつかむことが非常に難しいのだ。はっきりしているのに、わからないのだ。これはなかなか厄介だ。話の筋も混乱に加担していて、というか筋が混沌の源であって基本的に主要な登場人物たちに目的がないのが問題である。彼らは大抵全員巻き込まれ系の人たちで混乱の周辺部や爆心地に配置され、読者と同じように謎の一編だけを垣間見、何が起こっているのかわからないまま右往左往して流されている。構造的には男性陣の方が独自のルールを持っている、もしくは知っている女子陣に振り回されていることが多いようだ。
ただし舞台装置だけ見れば普通の世界だが、よくよく設定には不可思議が組み込まれており、まず全体的に火が燃えにくい世界になっている。これは文字通り火が燃えにくい。それから石が成長している。石で作られている町があるらしくこれは材料の成長によってその姿を微妙に変えていっている。それから人物も何人かは肉体が縮んているようでもある。なんてことはない温水プールの地下には広大な世界が広がっており、地上とは別系統の人々が生活している。ダクト屋、パイプ屋、掃除会などなど不思議な集団がうようよ独自のルールで動いている。山が震え異常な光を発し、そして二つに増える。山頂には廃棄された施設や謎のラボ、ホテルなどが存在しており、やはりその内部に不思議を抱えている。
山と地下という構造から分かるように物語には明確に高さと深度が設定されており、中央つまり地上を上がっても下がっても奇妙な世界につながっている。ただし山頂の地下という曖昧な世界もあったりしてどうもやはり一筋縄ではいかない。
実験的な、というのはよくわからない作品に対する消極的な評価(わからないことが認められずまた貶すことができない)としてはありがちだが、この小説の場合は幻想的な世界ものパーツは配置しつつもあとは徹底的に鮮明に書き出すことで幻想っていったいなんだろう、その端っこを見極めてやろうという意図からして実験的と言えるかもしれないな、と思った。

なんとなくあまり表に出てこない方なのかと思いきや新刊の発売に合わせていくつかご本人の言葉が読める記事がアップされていてそちらも興味深いので是非どうぞ。

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