2017年12月24日日曜日

ミシェル・ウェルベック/地図と領土

フランスの作家による長編小説。
なんとなく名前はしっていた作家の作品、何の気なしに買ってみたのがこちら。作者ミシェル・ウェルベックはフランスで今最もスキャンダラスな作家だとか。イスラムの台頭と脅威を予見したとか、その過激な言動でとか。この本でかれはフランスで最も権威のある文学賞の一つであるゴングール賞を受賞した。

舞台はフランス。成功した建築士を父親に持ち、母親は若くして自殺、ジェド・マルタンは芸術の道に進んだ。世間ずれした男だが、若くして成功したジェドの前には前途洋々とした道が広がっていた。

人が殺される小説だがミステリーではない。ジェド・マルタンというアーティストの人生を追った純文学である。私はなんとなく難解な現代文学なのかな、と思っていたが(気になった本は殆ど調べずに買ってしまう。)、読んでみると違った。まだ中盤にようやく差し掛かるか、というところでtwitterで「俗っぽい」と表現したのだがこれは間違いだった。たしかに主人公は若くしてアーティストとして成功し、俗っぽさのひとつの頂点であるところの社交界に入り、セレブリティたちの仲間入りをする。おそらく作者ウェルベックの経験を存分に活かして書いたのだろうこのパートは、私のように昼ごはんの値段に一喜一憂するみみっちい小市民からするとギラギラ輝いて非常に魅力的である。私にできるのは虚構の世界のくだらなさにかこつけて、僻みっぽくつぶやくことくらいである。(もし自分がそこに入れたらな、と夢想くせに。)しかしこの小説はセレブリティたちの現実離れしたライフスタイルをひたすら書いていく通俗小説ではない。そこが若きアーティストの通過地点だから書いたに過ぎない。
ジェドというのは変わった男で人と世間に対して極端に没交渉である。女性らしい魅力的な容姿に恵まれていて、なにより才能と名声もあるので美しい恋人もできる。しかし友達はほぼ一人もいなくて、たまにはコールガールを買ったりもする。めんどくさがり屋で食べ物にはこだわりがなく、部屋は汚い。言葉少なく一見すると仙人めいた超人に見えるが、ウェルベックはそんな彼を変わっているが(天才なのだろうが)一人の何の変哲もない人間として描いている。恋人との別れを平然と選べるし、離れようとする彼女を止めないし(彼女は止めてほしかったのだが)、その後10年間も連絡を取らないような男だが、別れの直後は泣いたりする。(泣き叫ぶ人が一番悲しんでいるわけでは当たり前だがない。)なにより世間と交渉のない彼は父親に対して強い愛情というか、絆を感じている。頻繁に会うわけではないが(むしろあまり会わない方なのかもしれないが)、必ずクリスマスには食事をともにし、父親のこと知りたいと考えている。
文体は結構特徴的で、時系列の連続性がたまにずれるし、会話のようにとある言葉や事柄から話題がそれていくような書き方をする。翻訳が上手いこともあって読みにくさというのは皆無だが、特徴的ではあると思う。言葉は多い方だが、あまり説明的でなく、出来事を描写することに終始している。作者がこの作品にどんな思いを込めているか、というのは読む人次第で解釈が変わるとも言える。ミステリアスであり、たしかに話題性のある書き方である。つまり何か重要なことを行っているように思える、という作品でもある。別にディスっているわけではなく、このやり方で中身が伴わなければただの軽い小説になってしまうだろう。
月並みに言って人生を書いた小説であり、孤独とその辛さを書いた小説である。ジェドはなぜ成功したのか、というと物語的にも面白くなるのはあるけど、逆に不遇の芸術家でもいくらでも物語ができる。おそらくだが、なぜ彼は芸術家で有り続けたのか?というのを書くためであるのではと思う。ジェドは結構人生の早々に一生困らないくらいの金持ちになる。しかし彼はあまり金に頓着がなく、ずっと調子の悪いボイラーのある(おそらく)あまりセレブリティが住むような部屋(マンションなので)に住み続けている。ウェルベックはこう言いたい、つまりジェドは成功しても成功しなくても一生アートに取り組み続けただろう。彼は表現者であり、それ故道具を選ばない。はじめは写真、そして絵画、次は動画と表現手段を変えつつ、一貫して作品を生み出し続けた。実はここにあまりよくある「産みの苦しみ」(一作品だけ完成しなかった作品があってそこに表現されているが)、「生まれながらの芸術家としてのこだわり(アートのために生まれてきた、アートによって生かされアートが私にとって生きることである、みたいなくだらないやつ)」ではなく、ただ何かの巨大な法則の一部として自分はアートに取り組んでいる、のようなかかれ方がしているのが一番個人的には面白かったし良かった。彼にとってアートが重要であることは、生涯それに取り組み続けたことを見れば一目瞭然である。かれはアート(そしてそれを生み出す自分を)を至高(苦しいがみんなのために取り組み続ける殉教者のような(非常にくだらない))何か、に誇張することなく、それに取り組み続けた。言葉は少ないが、人生を捧げたと言っても良い。

面白かった。ちゃんと読みやすく、わかりやすい山場(上流階級の暮らしぶりや凄惨な殺人)もあるが、それでいてなによりも非常に真面目な小説であった。読み終わらないうちからウェルベックの別の本を買った。

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