2017年8月12日土曜日

ジェイムズ・エルロイ/キラー・オン・ザ・ロード

アメリカの作家による短編小説。
きっかけはもう忘れてしまったがジェイムズ・エルロイという作家が好きでもう何作かを読んでいる。母親を誰かに殺されてそして今でも未解決という体験があるからか、相当思い入れの強い人のようでどの作品も筆者の異常な執着が反映されており、それが私にとっては気持ちが良いのである。だいたい警察官が主人公なのだが、警察官と犯罪者どちらの立場にいようが違うのは立場だけで出てくるのは悪党ばかりである。中でも「血まみれの月」という作品に出てくる、主人公ロイド・ホプキンズに対抗する殺人鬼が私は好きなのだ。文学少年だったのに男にレイプされてから男に目覚めたのだが、それを受け入れきれず初恋の女性に似た女を殺さずにはいられない、いわば殺す方も殺される方も決して幸せにならない、全てが間違ったやつなのだが、その間違いようがとても好きなのだ。(私は自分がそうだから弱くて冴えないやつが好きなのだ。いうまでもないが現実の殺人は全く好きではない。)この「キラー・オン・ザ・ロード」はエルロイの作品にしてはいくつか珍しい点があるが、その一つに主人公が警察官ではなく犯罪者である。彼の犯す犯罪というのは性に絡む殺人で、そして彼はシリアル・キラーでもある。これは読まずにはいられない。とっくに絶版の本だが中古で購入した。

いくつか作者にしては目新しさがある本だと書いたが、その一つとしてこの本は非常にオフビートな文体で書かれている。エルロイの本なら一番有名なのは映像化された「LAコンフィデンシャル」、「ブラック・ダリア」あたりだろうが、そのあたりの本を読んだことのある人ならわかるだろうが、”熱病に浮かされたような”とも評される異常なテンションの一人称の語りに圧倒される。どいつもこいつも(エルロイは器用な作家ではないからかき分けはあまりできないということもあるかもしれない)、何かにとらわれていて、決して癒されることのない乾き(出世、金、女、恐れ、トラウマなどなど)に突き動かされている。汗と血と精液の匂いがページから立ち上って来てむせ返るような、そんな趣がこの本からは全く感じ取れない。というのもこの本はシリアル・キラーがその半生を振り返って執筆した本(の一部)という体裁をとっているからで、この主人公というやつが全くエルロイの描く主人公像からかけ離れているからだ。ただやはりこの男というのが何かに囚われていて、それによってアメリカ全土をさまよっている。そして彼にしかわからない法則によって無辜の人々を殺して回っている。セックス殺人であるが、彼はレイプはしない。これはエルロイらしからぬと思われるかもしれないが、犯罪者の心理に迫るという意味では大きな成功だったと私は思う。このためコマーシャルな暴力性に特異な個性が埋没しなかった。エルロイは残酷な犯罪を描きたいのではなく、犯罪を犯す人を描きたかったのはと思う。彼の姿はエネルギッシュな殺人鬼というよりは、徹底的に周囲の世界に溶け込めない半分死人のように見える。彼の法則は理解できないが(どうも彼の妄想は統合失調症の域まで達しているように、素人目には思える)、しかし彼の行動の動機は少し理解できる。というのもそこまで人並みから外れたものではないように見えるからだ。後半彼がやっとその思いを満たすことができるのだが、普通の人が難なく達するところができる地点に彼のように殺人行脚(彼は100人くらい殺してる)を経てようやく不器用にたどり着くのだ。それは愚かと言えばそうなのだが、やはり何かこうわかってしまう。良い悪いではなくて、そういうことはあるだろうなと思うのだ。つまり殺人が彼にとっては目的でなく(当初はどうも目的だったような感じはあるが)、手段に思えてくる。普通の人が話しかければ事足りるところ、彼は殺人を犯すのだとしたらそんなに間違っていることはないだろう。そしてその間違いが面白い。思わずため息が出る。決して報われることがないという意味で、非常にべっとりと陰湿であると同時に嫌になるくらい虚無的な物語であり、それゆえ最高なのだ。

忌まわしい話だが、色々と感じるところがある人もきっといるのではなかろうか。人と上手く接することができないと感じる人は手に取ってみると良いかもしれない。

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