2017年7月29日土曜日

ジェイムズ・エルロイ/獣どもの街

アメリカ文学会の狂犬、ジェイムズ・エルロイによる連作短編集。
犀のファッションに身を包んだマッチョな刑事と、殺人も厭わない強靭な精神を持った女優を主人公に据えたエルロイ流のおとぎ話。

この間「悪党パーカー 人狩り」を読んだらそのあとがきで訳者がエルロイをして「ケレン味がある」暗に本当のノワールとは言えないと批判するような形で書いていて、まあ確かにとは思って面白かった。一体エルロイという人は「狂犬」とか「熱に浮かされた」とかいった言葉で表現されるようにとにかくその筆に勢いというのは情熱的でそして大仰である。なんせホモフォビアの筋骨隆々の刑事が血まみれ、薬物まみれで大きく損壊された死体に立ち向かって行くような話ばかりを書いている。警察、ギャングどちらのサイドにいようが基本は悪人であって、ある意味では非常にアメリカ的なわかりやすい話をものすごく低俗に描いているとも言える。そんなエルロイがセルフパロディのように書いているのがこの物語。元はと言えば作品集に書いた作品の中から、この犀狂いの刑事リックと、彼のファム・ファタールドナのシリーズ三作品を抜き出したもの。三作品あれば十分一冊にはなる重厚さだけど、一つ一つは短編なのでエルロイ流の嫌になるくらいの濃厚さはちょっと抑えめで、陰惨さもそこまでではない。バラバラ死体は出てこないし、何より権謀術數渦巻く警察の闇の描写も少なめで全体的にカラッとしている。(ねっとりとした強迫観念が(あまり)ないのだ!主人公のドナへの深い想いはむしろ純愛に転化している。)その代わりいつも以上にエルロイの筆が冴えまくり、とにかく前編主人公リックから語られる言葉がマシンガンのようになっている。何がどうなるかわかりにくいところもあるのだが、勢いでとにかくリックに首根っこを掴まれてぐいぐい追い立てられているようだ。
そんな勢いが現れているのが文体で、もともと「ホワイトジャズ」ではその一つの到達点に行ってしまった感もある、独特の文体が持ち味のエルロイなのだが、この一連のシリーズでは徹底的に頭韻が踏まれている。私も頭韻って何だ?と思ったが例えばこの一文である「信じられないような臭気の襲撃に死にそうになる。顎に朝飯があふれかける。羽虫を払いのける。」要するに単語の頭の子音が一致している。書いたエルロイ本人もすごいが、何より訳した人がすごい。意味が変わるといけないから使える言葉は限られるだろうに、頭がさがる。熱狂的な語り口が無軌道にほど走っているように思えるが、その実相当緻密に組み立てられている。具体的には頭韻を踏むことで無意識に(結構意識しないとそのまま読んでしまうのだ)リズムが生まれて、その波に乗るが如く勢いに乗ってスイスイ読める。
わかりやすいのは主人公リックのドナに対する愛情でこれはもう常軌を逸している。なんせドナのいきそうな飲食店の店員を手なずけて彼女が来店したら連絡するように情報網を作っている。連絡を受けたらすぐに飛んで行く。それなら普通に連絡したら良さそうなものなのに、どうもそうはいかないらしい。要するにストーカーめいているわけなんだけど、そんなリックをドナは愛している。異常な事件とドナによる殺人がないと二人の愛は最終的には燃え上がらないわけでそう行った意味では異常な二人なのだが、それでもリックに比べるとドナは男にとって理想的な女になってほとんど健全に生き生きしている。つまりもうこれは現実を通り越しているわけで、エルロイの方も外連味を効かせすぎていることは承知でこれを書いている。いわば突き抜けた作品になっていて、そう行った意味でおとぎ話めいていると思う。こんな幻想の中でももちろんエルロイの魅力は全くその輝きを失ってないわけで(むしろ順序が逆で自分の強みをルールの外にまで伸ばしてるわけだから)、突き抜けることで躊躇の無さが面白さになっている稀有な例かもしれない。波の作家なら遠慮してしまって中途半端になるところではなかろうか。

あとがきにも書いてあるがエルロイ初めての一冊にはこの本が良いかもしれない。絶版だけど。エルロイ気になっているけど、三部作とかな〜とか気になっている人は是非どうぞ。いわゆるエルロイサーガとは別系統だけど、好きな人はもちろん楽しめるはず。

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