2017年5月20日土曜日

グレゴリイ・ベンフォード/時空と大河のほとり

アメリカの物理学者兼作家の短編小説集。
こちらも漫画家の弐瓶勉さんが好きな短編集としてあげたもの。わが国では1990年に出版されたのだが、こちらもすでに絶版状態なので古本を購入した。

もう一冊のグレッグ・ベアの「タンジェント」はSFとファンタジーの混ざり合った物語だったのに対してこちらはハードSF。ハードSFというと難解というか専門用語も多くて決して読みやすくはないという印象。この本でいうハードというのはフィクションであるものの科学的な根拠の度合いが強いというもの。実際にはない技術や事象を描いているのはそうなのだが、それが頭の中の想像やひらめきで生まれたものではなくて現状の科学技術とそれを利用した観察から生まれた考察でもって書かれている。何と言っても著者ベンフォードは現役の物理学者なのだ。科学的な知識と考察に関しては他の作家に比較して抜きん出ているだろう。(もちろん科学者が一番面白いSFを書けるわけではない。しかし他の作家には出せない説得力とリアリズム(総合的に見れば虚構であるが)を物語に添えることができる。)
実際の科学が抱える問題や課題を元に物語が始まっているから、そういった意味では物語の組み立て方が違って面白い。どの物語も中心に科学が腰を据えている。確かにハードな内容になっているが決して頭でっかちの小説になっていないのがこの作家のすごいところ。自身をモチーフにしたような科学者だけでなく、自堕落で向こう見ずな若者、恋に悩む女など魅力的なキャラクターを生き生きと描いている。根っからの学者であるとともに根っからの小説家でもあるのだと思う。どれも心の機微を心情をそのまま書き込むのではなく、その些細な身体の動きに託しているような気がして、そういった意味ではアメリカの作家ぽいし、私はそういった書き方が好きなのでハードさも意外にすっと受け入れることができた。思うに科学技術は人間が使うものなので、それ自体を書けば必ず周辺の人間を描くことになる。問題を扱えば人を描くことになる、という小説の基本を実は当たり前のように抑えているなと思う。
描く物語には作者本人によるあとがきが収録されている。どうも読んでみるとなかなか自信たっぷりな人だな!と思ったのだが、そうではない。自分の仕事に誇りがあって、それでいて強烈な負けん気があるのだ。特にアメリカ合衆国における南部人の実態とはかけ離れたイメージに静かな怒りを燃やすあとがきを読むとその情熱家っぷりがよくわかって途端になんとなく好感を持ってしまった。

人間がとんでもない姿になっている未来を各短編もあれば、現代の実はSFじゃなかった!な短編もありバリエーションに富んでいる。とっつきにくさも小説自体の完成度の高さで気にならないはず。SF好きな人は是非どうぞ。弐瓶勉さんオススメなので、「BLAME!」好きな人も気にいると思います。

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