2016年6月5日日曜日

ヨアン・グリロ/メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱

イギリス人のジャーナリストによるメキシコの現状についてまとめたノンフィクション。
これについてはタイトルが全てでメキシコの麻薬戦争について書いている。この間読んだアメリカの作家ドン・ウィンズロウによる小説「ザ・カルテル」の元ネタになっている、という事を聞いて買ってみた次第。果たして小説に書いてある事のうち何割が実際にメキシコで起こった/起こることなのだろう?というまさに野次馬根性であった訳だ。
この本を読むとウィンズロウが書いてある事がほぼほぼ事実に即している、という事が分かる。というか実際に出てくるギャングたちはなんと実際に存在するそれらから(ほぼ)そのままとって来ている。さすがに人名は変えているようだが、恐らく「ザ・カルテル」の登場人物たちにはそれぞれ元ネタとなっている実際のナルコ(麻薬商人のこと)がいる。生きているときのエピソードから壮絶な死にざままで結構実際からとられている。”こんなこと”が実際にメキシコで起こっている訳だ。
こんなことってのはつまり、麻薬商人が力(暴力と権力)を持ち、国家権力に賄賂を握らせるどころかその下働きにし、敵対する組織だけでなく罪のない一般市民でもわらのように殺しまくり、その死体を激しく損壊させて市中にばらまくのがメキシコの一部の地域では日常になってしまう事だ。麻薬はとても利率の良いビジネスでギャングのボスたちは有名な雑誌の長者番付の上位に付けたりする。(どうもきちんと正確な資産は試算できないらしいので結構な予測値を元にしているらしいが、それでも大金持ちには変わりない。)彼らのパーティにはミスなんたらが多数出席するとか。ギャングたちは貧しい地域に学校や教会を建設したり、自警団を気取ったりするから貧しいもの(この貧困は日本人には本当には理解できないだろう。食べるか食べれないかの貧しさである。)にとってはヒーローであり、ナルコになって大金持ちになる事はサクセスストーリーであり、希望である。なんと殺人の値段は85ドルまで落ち込み、少年たちが小銭を取り合って殺し合う。
ナルコをテーマにした歌謡曲その名もナルココリードは貧困層の若者にギャングスタラップのような(内容はもっと酷いが)求心力を持ち、ギャングの後ろ盾を得た歌手たちはボスをたたえるコリードを作って歌い、これまた大金を手にする。(殺される事も非常に多いが。)
なんともゆったりしたリズムだが、「マリワナ〜」というパンチラインが強烈すぎる。
完全にどうかしているメキシコ国内だが「メキシコ麻薬戦争」というのは決してこの異常な状態を誇張して言うものではない。麻薬がらみの死者は万単位で戦争のそれを軽く越える。ナルコにはイデオロギーはないので内戦ではないという声もあるようだが、実際に政府を顎で使うナルコたちはメキシコという国家を脅かしているし、彼らが幅を利かせて死体の山が気づかれるならそれは戦争である、と作者は言っている。
アメリカに入ってくる麻薬のほとんどがメキシコからのもので、メキシコは内戦顔負けの状態であるからトランプ氏が国境を封鎖する、メキシコ人は全員犯罪者である、という発言が受けるのはわかる。それでも先にする事があるだろと思うが(麻薬は使う人がいるからナルコがいる訳だ。ナルコがいるから使いだす人も多いだろうが。)、誰しも身内には甘いものだ。ちなみにナルコが使っている銃火機のほとんどが逆にアメリカから持ち込まれているらしいよ。
この本はナルコ本人(現役の人も収監されている人も)、ナルコの手先の殺し屋(まだ子供)、政治家(インタビュー後にナルコに殺された人もいる)、ナルコに親族を殺された人などなどさまざま現地の人から直接話を聞く事で書かれている。いわば本当に血の流れている日常の話で、不謹慎でいかにも日本人らしい物言いで申し訳ないが非常に興味深い。あまりにもかけ離れている毎日に文字通りめまいがする。興味のある人は是非どうぞ。

0 件のコメント:

コメントを投稿