2015年11月30日月曜日

日影丈吉/日影丈吉傑作館

明治生まれの日本人作家の小説を集めた本。
全く知らなかった作家だが、Amazonにお勧めされたかってみた。どうも幻想味のある探偵小説を書く人らしい。帯にはかの澁澤龍彦さん賞賛した作家と書いてある。
全部で13の小説が収録されている。折口信夫や江戸川乱歩が絶賛し、「宝石」という雑誌の賞も取ったという「かむなぎうた」、泉鏡花賞を取った「泥汽車」。なんとなくこの2つの物語でもってその作風を窺い知る事が出来る。
「かむなぎうた」をはじめミステリーの要素を持っている小説が多い。どういう事かというとつまりある謎が物語の中心や根底にあって、その周辺にいる人物がその謎を解き明かしていくという骨子があるのだ。にもかかわらずどの話も所謂本格ミステリーとは一線を画す、さらにいえば少し変わった小説が多いなあというのが素直な感想。こういうと何だが、人に読んでもらうためにミステリーの体裁をとっているものの作者が書こうとしているのはちょっとそこからぶれているのかも、と思った。これは別に小説として出来が曖昧というのではなくて、ミステリーと幻想に両足を突っ込んだまさに作者独特の世界観を作り出しているのである。
冒頭の「かむなぎうた」もどちらかというと都会から田舎に都落ちした少年の、母親を失ったという来歴の寂しさと、田舎の豊穣で粗野な郷愁が豊かな筆致でもって丁寧に書かれている。(この描写の豊かさはちょっとミステリーには無いのではなかろうか。)ある登場人物の死が謎になる訳なのだけど、証拠至上主義というよりは主人公の少年が真相(と思われる)に達するまでの思考の道筋が書かれているようで、それゆえ結末もなんとも茫洋なものになっている。面白いのはその茫洋さがこの作者の持ち味になっているところだ。つまり謎の解決を書きたい訳ではない事がここら辺からなんとなく伺える。
前述の「泥汽車」なんかはミステリー風味のほぼ入らない、こちらも内省的な少年の回想録の趣を持っている。「かむなぎうた」とちがって少年の原風景が近代化によって破壊されていくとこんどはそこに幻想の世界が入り込んでくる。これがまたたまらなく日本人の心に刺さる。私は現代人で本当の田舎の風景はきっと見た事がないはずなのに、なんとも鮮やかに失われた風景が頭と心に再現されるものだ。
一方で配線濃厚になって来た苛烈な太平洋戦争末期のとある部隊の生き残りを描いた「食人鬼」。これはタイトルが物語をほぼ説明している。南方では全く聞いたことが無い訳ではないともう食人ネタを扱った物語。これは完全にホラーで、鬼というのはつまり人で無くなった人の事。山中の祭りの美しさとそこに入り込む幻想味がたまらない「人形つかい」はラストにゾクゾクする事間違い無し。
全編を通じて失われつつあるものや、すでに消え失せたものへの哀悼とそして惜愛の念がひしひしと感じられる。だからどの物語もちょっと寂しい。面白かった。

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