2013年9月1日日曜日

パオロ・バチガルピ/ねじまき少女


アメリカ人作家によるSF小説。
今作はネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞など名だたるSF(やホラーファンタジーなど)小説に与えられる賞や、その他の賞を総なめにしたという一品で、ミーハーな私としては一も二もなく飛びついたのであった。(発売から大分たって買いました。)
結論から言うとこの小説すげー面白かったのだが、設定が結構複雑かつ込み入っている(私の頭がよろしくないということもあると思います。)、さらに本の中で懇切丁寧に解説してくれているタイプではないのでちょっと難しい。
とはいえ個人的にはあれこれ想像したり考えたりしながら読むのが好きなので、「むむむ」と唸りながらまで最後まで読み終えるのはなかなかに面白い体験だった。
この小説はまず設定が面白い。時代や世界背景がかなーり作品の肝になっておる。
なので、まずその複雑な設定を書いてみようと思う。
一読しただけだから間違っていることもあるかもしれないが、ご容赦願いたい。

まず時代ははっきりと明示されている訳ではないが、今より大分未来である。
温暖化もしくは環境破壊(もしくは双方)のため、海面が著しく上昇している。沿岸部の都市は水没している。
エネルギー事情がかなり特殊で(ここが作品の一つ目の根幹)、まず今流通しているエネルギーのたぐいはほとんど使用不能。石油は枯渇し、メタンガスが都市部に明かりや火の元を供給している。より包括的なエネルギーはねじまきが供給している。その名の通りねじまきである。ねじを巻いて溜めたエネルギーを解放することで使用している。ねじは基本人かその他動物によって巻かれる。作中このエネルギーは「ジュール」(エネルギーの単位)で表現される。
必然的に効率が悪く、且つ大容量のエネルギーを確保するのが困難である。飛行機の代わりに飛行船が空を飛び、車両は石炭で走る(すごい金持ちしか持てない。)。コンピューターは石炭もしくは足踏みでエネルギーを溜めて動かす。通信インフラも全時代に逆戻りし、携帯電話はない。ネットも恐らくない。無線は手でクランクをまわして使う。

次がもう一つの根幹でテーマの一つ、食料事情。
疫病(ちなみに植物だけでなく人にも感染する。)と害虫(遺伝子操作(ジーンハック)されているものもあり。)によって現在の食物はほぼ全滅。疫病は凄まじいサイクルで突然変異を繰り返しているのですべての食料が安全である保障はない。疫病に対しては更なる遺伝子操作で対抗している。つまり食料の価値が今と全然違う。圧倒的に食料が貴重である。しかし前述の性質のため一般への流通が制限されている。食べ物はカロリーの単位で表現され、これの確保がそのまま生存につながる。各種植物の遺伝子情報を持っていることが食料の確保につながることになるが、当然テクノロジーが後退している世界では困難な技術である。基本的にはそれらの遺伝子情報は企業が保有しており、彼らが世界を牛耳っている。(はっきりと言明されていないが、国家は崩壊しているかほぼ無力化している。)彼らはカロリー企業と呼ばれ、先兵がカロリーマンと呼ばれ各国で(有利な交渉を行うべく)暗躍している。
以上が世界設定。

舞台となるのがタイなのだが、こちらもかなり複雑なことになっている。
首都はバンコク(=クルンテープ(天使の都という意味なんだって。))海面上昇による水没を回避するため、壁を張り巡らし(かなり高いようだ。)海水の侵入を防いでいる。
ジュールはメゴドントと呼ばれる遺伝子操作された象がねじまきをまわすことで確保している。メゴドントは糞の王と呼ばれるやくざが一手に管理している。
タイは独自に種子バンク(文字通り食物の汚染されていない種子。未知の(かつては既知だったと思うけど。)遺伝子情報のためカロリー企業は喉から手が出るほど欲しい。)を保有しているため、カロリー企業に乗っ取られることなく独自に成り立っている特異な国。いわば鎖国しており、カロリー企業関係者は入国すら許されない。
王制が続いており、現在は子供女王陛下が国を統治している。が、実は側近のソムデット・チャオプラヤが実権を握る傀儡国家である。
対疫病部隊「白シャツ隊」を保有している環境省は国を守ってきたという自負があり、当然現状維持が信条。女王陛下への忠誠は厚い。
一方通産省は近代化を進めたいため、外国諸国との門戸を開きたい。カロリー企業との交渉も辞さないと考えている。こちらも女王陛下に忠誠がある。
かなりややこしいことになっており、王宮を中心に各陣営の思惑が交錯し一触即発の緊張感がある。

主な登場人物は5人。
アンダーソンはカロリー企業アグリジェン社のカロリーマン。(カロリー企業関係者は入国できないため表向きはねじまき工場工場長。)種子バンクへのアクセスを得るため暗躍。
タン・ホク・センはイエローカードと呼ばれる最下層の中国人難民。かつては富豪だった自身の復権を画策。
ジェイディーは通産省白シャツ隊隊長。虎と呼ばれる巷間の英雄。子供女王陛下と国家への忠厚く、そのためには強引な捜査も辞さない鉄の男。
カニヤは白シャツ隊副長。いっさい笑わないが有能でジェイディーの忠実な部下。
エミコは遺伝子捜査されたねじまきで「新人類」(疫病に耐性があり、子供ができない。)。日本人企業の重役の秘書としてタイにやってきたが(タイではねじまきは違法。特例がないと即殺害対象。)、捨てられて場末の娼館で働かされている。

タイなので勿論暑い。冷房もクーラーがある訳ではない。緊張状態といっても市民は元気で活気がある。汗をかくような熱気である。アジアですよ。僧は法力で海を押し返し、ステルス猫が跋扈し、科学者が研究の成就を仏に祈る。幽霊は生者に話しかける。各登場人物は汗を垂らしながら、それぞれの思惑で持ってバンコクを駆け抜ける。ここで物語が展開していく訳だ。どうです?とても面白そうでしょう。

設定だけみると一周回って崩壊した世界で人々がたくましく生きるという設定は椎名誠さんのSF小説と似ている(説明があまりなされないところも)、と思ったのだが、話の内容はなんだか全然違う。(文体とかは勿論全然違うよ。)
椎名さんの小説は視点が個にフィーチャーされており、一方こちらは各登場人物が何かの組織の代表者(直接的な意味ではないです。)だから、個に見えて実はもっと大きい組織の権力闘争が話の種だ。設定には似通うところがあっても、書き方で全然違ったものになるのは面白い。
巨人同士の権謀術数を個の動きに落とし込んでいるから、ただの設定だけの小説ではなくて血の通った生きている話になっているところもさすがの筆致だと思う。混乱し、錯綜する思惑の中で、生存が絶対の命題としたら、善いとか悪いとかある訳がない。何もかもがギラギラしていて生きようとしている。暴力と疫病がはびこり人は簡単に死ぬ。これが人間の本質なんだ!とは私は絶対にいわないが、隔離され閉鎖された世界で鉄板の上で焼かれているように走り回り、死んでいく世界はとても恐ろしく、そして人を引きつける。タイは巨大な火薬庫のようなもので、どんなに権力を持っていても国そのものをコントロールすることは誰にもできない。この巨大で醜悪な箱庭はSF的ディストピアなのか、地獄なのか、はっきりいってあまりその問いには意味がない。ある意味ではこの物語の主役はタイ・バンコクという町であって、それは兎に角どんな状況になっても生きようとする。

エミコはねじまきだけど、タイのような国では当然どこにも所属するところがない。いわば彼女だけ異質な存在で、そんな彼女が物語を動かしていくのである。ねじまき少女というタイトルはそういう意味で素晴らしい。

本当に面白かったなあ。やっぱSF小説は読んでて楽しいな!と思った一冊。
まだ読んでない人は是非読んでほしいと思います。

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