2013年5月12日日曜日

R・D・ウィングフィールド/クリスマスのフロスト

イギリスの作家によるミステリー/警察小説。
シリーズ物の第1作で日本では1994年に出版されたようだ。
所謂人気シリーズで「週刊文春」や「このミステリーがすごい」で第1位に選ばれたこともあるそうだ。私がもっているのが42版だから、その重版回数から人気のほどが伺える。
残念なことに著者のR・D・ウィングフィールドさんは既になくなってしまっているらしい。調べてみると変わった人だったようで、長らくラジオドラマの脚本家を生業としていたらしいが、マスコミ嫌いでほとんど写真が残っていないそうだ。

イギリスの郊外、ロンドンから70マイル離れた町デントン(架空の町。)に警察長の甥で刑事に昇進したクライヴが派遣されてくる。
着任早々美貌の娼婦の娘が行方不明になり、クライヴは成り行きでデントン署の名物警部フロストのもとで働くことになる。
よれよれのスーツに身を包み、下品な冗談を連発する冴えない中年のフロスト、机の上は書類でいっぱい。捜査会議には遅刻する。独断専行で捜査に乗り出す。度を超したワーカホリック。全く尊敬できない上司に腐るクライヴはしぶしぶフロストに従うが、難航する捜査に焦る捜査陣をよそにひょうひょうとしたフロストの推理は冴えていく。果たして事件の真相は…

とにもかくにも主人公さえない中年刑事フロストのキャラクター造形が素晴らしい。
刑事物や探偵もので一見冴えないが、実は切れ者、というキャラクターはなくはないと思う。一番有名なのは刑事コロンボだろうか。もっさりしたコロンボはそれでもどことなく気品があるが、フロストは徹底的に気品がない。超下品。(ちなみに同僚に指で浣腸して大笑いするたぐいの下品さ。悪ガキである。ガキならかわいげがあるが、いい大人だから厄介だ。)かなりどぎついことをぽんぽんいうし、上司の命令は無視する。尊敬という概念がないようだ。本音しかいわないようだが、本当のところはどこか見えない。
しかし読み進むにつれてフロストの評価がかわってくる。どこか憎めないやつだと思うけど、何がそうさせているのかは分からない。言葉に惑わされてはいけない。よくよく読み進めていくとどうだろう。フロストの鋭さ、執念深さ、不退転の不屈さ、そして刑事としての観察眼と勘の鋭さ。フロストは一見敏腕刑事から一番離れているようだ。しかし実際にはどうだろう?繰り返すが言葉に惑わされてはいけない。面白いのは本人が昼行灯を気取っているのではない。頭はすごい切れるが、おそらく天然なのだ。

ここで引用を一つ。
「正義なんてものは、ただのことばだ。あの若者がしらを切り通していたら、あるいは嘘をついて、いきなり婆さんが車の前に飛び出して来たんだと言い張ったら、罪に問われることはなかった。ただの目撃者だからな。だが、彼は自分のしでかしたことを正直に告白した。ひと一人殺してしまったことに対して、誠実に心を痛めている。それでも、あの若者は処罰を食らうことになるんだ。それもかなり重い処罰をな。」
作中のフロストの言葉である。車で老人をひき殺してしまった若者に対しての。若者は意識不明となった老人の容態がはっきりするまで深夜遅くまで警察署に残っていた。
この言葉がフロストの人となりを表していると思う。事故とはいえひとを殺めてしまうことは悪いことであると思う。罪を悪んで人を悪まず、とは格言だが、これを実践できる人物というは虚構の世界でもまれなのではなかろうか。優しいのとは違う。むしろ厳しいんではないかと思う。ただし公平なのだ。フロストというひとは。神のような公平さではないし、ひとによって態度も変えるけど、彼というひとはラベルを貼ってもののように取り扱わない。一番根っこの部分にその公平さがあると思う。そしてそこが魅力的なのだ。

有名なシリーズではあるからご存知のひとも多いかと思う。
まだ読んでいないひとは読んでみてください。おすすめです。

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