2013年5月4日土曜日

ジェイムズ・トンプソン/極夜 カーモス

フィンランド在住の作家によるフィンランドを舞台にした警察小説。
面白いのは作者がアメリカ人であること。

フィンランド北部キッティラ。12月の極夜真っ最中、雪原でソマリアからの移民で女優が殺された。腰を半分切断され、喉を搔き切られ、胸の一部を切り取られ、さらに腹部には「黒い売女」と刃物で刻まれていた。
警部にして署長のカリは捜査に乗り出すが、捜査上に浮かんだのはかつてのカリの妻を奪った男だった。周囲からは私怨で動いていると批難されるカリ。そんな彼をあざ笑うように第二の殺人が発生し、当初解決したと思われた事件の捜査は難航していく。

まず、タイトルにもなっている極夜(カーモス)という耳慣れない単語が気になるところ。
極夜(きょくや、polar night)とは、日中でも薄明か、太陽が沈んだ状態が続く現象のことをいい、厳密には太陽のが当たる限界緯度である66.6度を超える南極圏北極圏で起こる現象のことをいう。(Wikipedeiaより)

要するに一日中日が沈まない白夜の反対、一日中日が昇らない期間のことらしい。白夜はなじみがあるけど、極夜に関してはあまり聞かない気がする。帯にはフィンランド発ノワール・ミステリーと書かれているが、これはなかなか言い得て妙だと思った。もちろん殺人を扱った所謂ノワール小説であることは間違いない。しかし加えて極夜である。文字通り真っ暗な世界の物語である。この上なくノワールである。雪に包まれた世界というとイメージは真っ白だけど、極夜だから実際は暗い。そこがまず異界的である。

始めに書いたが、この小説、面白いのは書いた作者がアメリカの方であるということ。フィンランド人の女性と結婚されて、ヘルシンキで暮らしながら小説を書いているとのこと。ちなみに入れ墨の入った結構な強面な方で、小説家になる前はバーテンダーを始めとして様々な職業を経験されたとのこと。これらの経験もよく小説に活かされていると思います。
通常の北欧の小説は大抵北欧出身の作者によって書かれているから、北欧の常識は特にそれと意識されずに描かれていることになる。というのも彼らが通常に生活している普通の日常だから、要するに特筆すべきことではない。ところが北欧といったら日本に住んでいる私たちからした結構別世界である。ましてやフィンランドの北極圏である。極夜である。なんとオーロラも普通にみれてしまう。そんなところ、普通ではない。(もちろん私たちからしたらですよ!住人からしたらこっちが普通じゃないんだから。)文化も大きく違う。本書のなかで主人公がいうことにはフィンランドの殺人件数はとても多い。なんと一人当たりの殺人件数はアメリカと一緒だというのだから、なんとなく私たちが抱いている北欧のイメージとちょっと違う。
この本はそこの違いのところを詳しく描いている。作者はアメリカ人である。異邦人だからこそフィンランドの国のいいところと、悪いところ双方が他国と比べることによって、ある種生粋のフィンランド人より客観的にみることができるのである。
休みはたっぷり取り、福利厚生が行き届き、移民を多く受け入れる夢の国である一方、住民は寡黙で時に冷徹といえるくらい他人に干渉しない。移民への差別は消えず、近親者間での暴力犯罪が多く、アルコールに溺れるものが多く、さらに自殺者も多い。一日中太陽が顔を出す白夜がある一方、終日暗闇に包まれる極夜がある。作者はこのフィンランドの国が持つ二面性を残酷な殺人事件をつかって冷静に暴いていく。(もちろんフィンランドだけが二面性があるとは思いません。どんな国にもいいところと抱える問題点があります。)フィンランド人である主人公カリ、その妻ケイトをアメリカ人に設定したことで、フィンランドの抱える問題点をかなり個人的なレベルにまで落とし込んで説明されている。おそらく男女は別ですが作者自身の経験が活かされているのだと思う。
圧迫された真っ暗闇に文字通り閉じ込められた人々は鬱屈していき、暴力や行き過ぎた性行為が沸点を超えたように頻発していく。もちろん小説だから多少の誇張はあるにしても、とても厳しい世界で、人間陽の光に当たらないと駄目になる、などといいますが、意外に的を得ているのかもしれません。

小説の構造について言及してきましたが、物語の方も面白いです。容疑者は元妻をとった男で、元妻本人も事件で重要なキャラクターを演じます。要するにきわめて個人的な事件に主人公は立ち向かっていく訳ですが、出てくるキャラクターが実に多彩かつ生き生きしている。問題を抱え強いストレスにさらされながら折れない主人公を始め、頼りになる同僚、金持ちでバカな容疑者、怪しい被害者の両親、関係のよいとはいえない父親、どこかしら病んだ所の多い一風変わった隣人たち。どいともこいつも怪しい、けど後一歩足りない。異常な状況下に異常な登場人物たち、いったい誰が犯人なのだ?ミステリーの醍醐味ですね。
知っているようでよく分からない、フィンランドという国を知れるという意味でも、変な教科書を読む夜よっぽどためになる気がします。もちろん小説としても文句なしに楽しめるおすすめの一冊。

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