2013年5月3日金曜日

モンス・カッレントフト/冬の生贄

スウェーデン人作者によるスウェーデンを舞台にしたミステリー、警察小説。
いわゆる警察小説とは一風おもむきを異にしたかわった作品。

30代の女性刑事モーリンは若い頃できた思春期の娘がいるシングルマザー。
スウェーデン南部の町リンショーピン市警の犯罪捜査課につとめる。別れた夫とは今でも会うが、地元紙の記者と恋人ともいえない関係を持っている。
ある日、荒野に一本たつ巨木に巨漢の男の死体が、裸でつり下げられているのが見つかる。死体に著しい損傷があり、激しい暴力が振るわれたことが伺われた。やがて地元でつまはじきにされていた男性と判明する。モリーンは相棒のゼケと捜査にあたる。何人、何組かの疑わしき人物たちが捜査線上に浮かぶが、捜査は遅々として進まない。被害者と容疑者の過去を探るうちにモリーン達はそれぞれが持つ暗い一面と歴史を通して真相に迫っていく。

あらすじを読む限りは、思春期になり大人になろうとする娘となかなか心が通じ合わなくなりはじめる、という問題を抱えた刑事の主人公が自身の問題に向き合いつつ、殺人事件の背後にある真相に迫る、というオーソドックスといえる構造なのだが、前述した通り、ほかの警察小説はかなり違った独特の作りになっている。
まず全体的にとても文体とその中身が感傷的で詩的。通常(といってもあくまでも私が今まで読んできた経験に限られるのであしからず。)警察小説では、もちろん作者によるかきた方により差異はあるものの、比較的明朗で分かりやすい、どちらかというと硬質な文体によって、物語が描かれている。登場人物たちが全員ハリウッド映画のようにロボットのように行動するというのはもちろんなくて、彼らも悩み、迷い、困難に立ち向かっていく訳なのだけれども、時にはある種無慈悲なくらい冷徹な表現によってそれらが表現されていると思う。
ところがこの小説だと、登場人物たち(特に主人公モリーン)の内面の心の動きや思いが、読者にのみ聞こえる独白のようにダイレクトに表現されている。心のもやもやを、明確な言葉に翻訳せずに吐露する、とでもいうべきか。要するにたぶんに詩的で私的だから、美しくもある反面少し分かりにく所もある。青春小説や自分と相対するような純文学のようなおもむきがある。
殺人事件というのは、この手の小説では(ケースによってだいぶ異なるが、)人間の感情や運命(巡り合わせという意味でつかってます。)がどうしようもないような状況に陥ったときに引き起こされる(だから多分に個人的ではある。)現象とのように描かれる。(小説の中では)これは現実におこった物理的な事態なので、全体的な雰囲気を尊重するために、事件に立ち向かうものたちの物語は前に書いたように比較的硬質な文体を選んで表現されることが多いのかもしれない。
ところがこの実際には人の歴史や感情、個人的な問題が事件を引き起こす要因になっているの(ことが多いの)で、冬の生け贄におけるこの一種得意な感傷的な書き方が不思議にマッチしているのでは、と私は思った。
正直読み始めたときはかなりびっくりして違和感を感じたのだけれど、どんどん読み進めるうちにこの殺人事件はこの書き方が最も適していると感じるようになった。
原題の警察小説なのでもちろん科学捜査が登場するが、この小説は登場人物たちが「どんな人物なのか」というところを探っていいくような面が強い。誤解を生む表現かもしれないが、登場人物全員が多かれ少なかれ殺人事件に関わっている。中心には被害者がいて、刑事たちも含めてキャラクターたちが周りに配置され、主人公たちは蜘蛛の巣のような全体の構造を把握しようとする。キャラクター個人にフォーカスして。公共の事件を捜査するというより、むしろ個人史をつくる研究者のようにひとりひとりに迫っていく。

もう一つの特異な点、それは死人が喋る。文字通りしゃべる。ほとんどが独白という形をとるが。殺された巨漢の男は幽霊となり、様々な場所を漂って回り、示唆にとんだ(意地悪な言い方をすると思わせぶりな)私的な告白をする。
いままで読んだこのジャンル中では、このギミックはみたことがないと思う。

かなり不思議な小説であることに間違いないと思うけど、徹底的に内省的な雰囲気は寒々しい舞台とマッチしてほかにはない独特の世界観を作り上げている。
読み返してみるとかわっている部分をあげつらって、批判的な文章になってしまった気がするけど、楽しく読めました。オススメです。

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