2013年4月28日日曜日

アンドレアス・グルーバー/夏を殺す少女


オーストリアの作家によるミステリ、警察小説。

2013年東京創元社から発売されました。
原題は「Rachesommer」でこれを英語に訳すと「Revengesummer」、さらに邦訳すると「復讐の夏」でしょうか。

オーストリアはウィーンの若手弁護士エヴェリーンは2件の死亡事故と同僚の死について調査を進めるうちに、3つの事件が実は殺人であることを確信、独自の捜査を開始する。一方ライプツィヒの刑事ヴァルターはある精神病院で当初自殺したと思われた少女が実は殺されたことを突き止める。一見関係のない2つの事件、しかし捜査が進むにつれてある少女が浮かび上がってくる。その先には過去に起きた”ある出来事”にまつわるおぞましい真相が…

なんといっても刑事のヴァルターのキャラクターがよかった。
ヴァルターは機動警察官というあまりなじみのない役職に就いていて、要するに(さして重要ではないと思われる)事件の初動捜査にあたる役割。閑職ではないが花形ではもちろんない。いわば警察組織のちょっとしたアウトサイダーな訳である。ただしヴァルターは不祥事を起こして左遷されたのではない。むしろ優秀な刑事だったのだが、妻と死別し、幼い娘を一人で育てるために自ら進んで機動警察官になったのである。ヴァルターは中年の男性で孤独でシニカルではある。また妻との関係が壊れていて、さらに子育てに悩んでいる、というのは最近多くの警察小説を読んでわかったのだけれど、実は結構目にする設定ではある。たとえばクルト・ヴァランダーなんかはまさにそうだ。ただしこの小説のヴァルターは事情が事情なだけに、優秀な上にかんしゃく持ちではないし、そこまで厭世的になっているわけでもない。くたびれていて、タバコのすい過ぎで肺を悪くしているけど、心の底には犯罪を憎む気持ちが熾火の用に燃えているのだ。要するに正義感がとても強い。またこの事件には子供が絡んでくるのだけれど、ヴァルター自身も若い娘がいるので、他人事ではいられないのである。犯罪も多様化していく中で、警察小説における警察官というのも実に多様になってきていると思う。しかし、根本的に悪を憎み、弱きものを助けようとするひたむきな、一種時代錯誤的なヒーロー像を体現するようなこの警察官のなんとかっこいいことか。年下の刑事には邪険に扱われ、無能扱いされる。上司は自分の味方になってくれない、そもそも仲間がいない、一人っきりで捜査にあたらなければいけない。そんな四面楚歌の状況でも執念深く、自分の手足を使ってわずかな手がかりに食らいついていく訳である。これはかっこよかった。

このお話いわゆるバディものなんだけど、2つの事件が進んで2人の主人公が出会うのが結構終盤になってから。それまでは2人の話が交互に続いていくんだけど、一方を読み進めていくとちょうどいいところで、もう一方の視点に切り替わる。ええいもどかしい、とそちらを読み進めていくと、こちらはこちらで捜査に進展がありのめりこんでしまう。そこでまた一方に転換するのである。焦らされるようでページをめくる手が止まらなかった。読書好きとしては至福のときですね。心臓の鼓動が加速していくように、終盤になるにつれて場面の転換のペースが速くなっていくのもよかった。
2人が出会ってからは事件はジェットコースターのようにさらに加速して一気にクライマックスへ。日本人は昔から復讐譚が好きだと聞いたことがある。タイトル通り最後まで日本人の好みにマッチするないようだったと思う。
文句なしに万人におすすめの小説です。酒寄進一さんの翻訳もとても読みやすいです。
あとがきによるとなんと、著者はクトゥルーものも書いているんだそうな。ぜひほかのお話も翻訳してほしいところ。

ちなみについこの間著者のアドンドレアスさんが来日して、いくつかイベントもあったそうな。もうちょっと読むのが速ければ足を運んだのになあ、とちょっと悔しい。

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