2013年4月28日日曜日

スティーヴン・キング/ビッグ・ドライバー

キングがひたすら暗く、容赦のない方向に舵を取った中編集「Full Dark,No Stars」の日本版、前半の「1922」に続く第2弾。
前回は主力されている2編には罪の意識というテーマが共通していると書いたけど、今回収録されている2編にも、主人公が女性という共通テーマがある。それはテーマというよりは単に共通点では、と思われるかもしれないけど、虐げられた(片方はちょっと語弊があるかもしれないが)、どちらかというと弱い立場にあった女性が攻勢に転じるという根幹的な話の流れも同じものがあるので、単に主人公が女性であるということ以上に2つのお話には共通しているものがあると思った。

ビッグ・ドライバー
30代の女性テスはアメリカの作家。作家といっても売れっ子にはほど遠いが、それでもコンスタントに作品を発表し続け、講演をこなすことで生計を立てていた。年取った猫と最新鋭のカーナビを搭載した車が彼女にとって大切なもの。
ある日講演に招かれたテスは自宅に帰る途中、桁外れに巨漢の男に暴行され、殺されかける。なんとか一命を取り留めたテスは、通報せずに復讐する道を選ぶが…
すばらしき結婚生活
ダーシー・アンダーソンは夫との結婚生活が27年続き、娘と息子はそれぞれ独立し、夫婦で趣味の延長から始めたコイン売買事業も軌道に乗り、比較的余裕のある生活を送っていた。会計士の夫は結婚当時に比べればおなかも出てきてしまったが、まだ優しく、またお互いに悪いところには目をつぶり妥協することで幸せな夫婦生活を送っていた。
ある日ダーシーは夫の留守中にガレージで発見したあるものをきっかけに、長年連れ添った夫が世間を騒がせている連続殺人犯だと気づいてしまう。証拠を前にそれでも信じられないダーシーはなんとか眠りにつくが、真夜中不意に起こされる、まだ出張から帰らないはずの夫に。

前の「1922」では弱い立場にあった男性2人がそれぞれの方法で悪事に手を染める話でした。今回でも主人公である女性2人は衝撃的な出来事によって、のっぴきならない事態、絶体絶命の立場に追い込まれてしまいます。男性が悪事に手を染めた一方こちらの女性陣は果敢にも、逃走せずに、無謀ともいえる戦いを挑むことになります。2人の敵はともに男性で暴力的で、また双方ともに力で女性を暴行したあげく殺害するというまさに直接男性的な悪の象徴でもあります。
圧倒的に力が弱く、また未だ男尊女卑の根強く残るこの社会では、(全く信じられないことですが)被害者である2人がむしろ糾弾すらされる立場にあるのです。「おまえが誘ったんだろう」「長年連れ添った夫が殺人鬼だったと気づかないはずがない」と。窮地に陥った主人公が知恵と勇気でもって化け物(もはやそういっても差し支えありますまい)に立ち向かうというという構図は、モダンスリラーというよりもむしろ中世以前のおとぎ話に近しいものがあるのかもしれません。とはいえそこはキング、ばしーと悪者を倒してめでたし、めでたしとはいきません。特にこの2つのお話では女性の苦しみと決断への逡巡が、読むのが嫌になるくらい生々しく描写されます。スーパーナチュラルな要素はともに皆無ですので、彼女たちには逃げ場がないのです。またテスは比較的孤独な女性で、ダーシーは事情的に他人に助けを求めることができません。その瞬間に家庭が崩壊し、何より大切な子供たちに累が及ぶからです。
テスは自分と自分の生活を守るため、ダーシーは家族を守るため立ち向かうことを逡巡の末決断します。そしてその代償を払うことになるのです。悪を倒す、この特にフィクションの世界で賛美される出来事が、日常生活を普通に送る一個人にとってどれほど困難と苦しみをもたらすことか。それは正気を失う恐ろしい行為なのでした。殺人を犯した瞬間に自分が殺した相手と同じになってしまうというありがち(かつ妙に陶酔的で言い訳めいている(と私はいつも思ってしまう))なロジックとは少し異なります。殺人を正当化する訳はなく、もっと現実的な苦しみです。

原題通り、真っ暗で星すら見えない、2つのお話。ぜひ読んでください。おすすめです。

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