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2015年10月3日土曜日

ウィリアム・ギブスン/クローム襲撃

アメリカのSF作家による短編集。
絶版状態になっていたが版元である早川書房の70周年にあわせて復刊された。
オンライン上ではあっという間に売り切れてしまったのだが、意外に地元の本屋においてあったのですかさず購入。
ギブスンといえばサイバーパンクの旗手として有名で私は大分前に「ニューロマンサー」を読んで感激(ちょうどブログをやりたいと思ってHNをその作品の登場人物?からとって冬寂としたのでした。)したのだが、なんせ他の本はことごとく絶版状態。この間虚淵玄さんがアニメ「楽園追放」公開にあわせて発売したサイバーパンクものを集めた短編集で「クローム襲撃」だけ読む事が出来た。というわけではやくはやく次のを!となっていた餓えた口にこの本をようやく放り込む事が出来たのだった。

処女作も含めて全部で10の短編を収めたこの本。意外に他作家との共作も含まれている。内容としてはかなり多様。「ニューロマンサー」に登場したヒロインモリイが登場する(つまり「ニューロマンサー」都政界を共通にする)サイバーパンク作品「記憶屋ジョニイ」、それからハッカー二人が町を牛耳るマフィアを電子的に襲撃する表題作「クローム襲撃」もサイバーパンクだ。かと思えばバーを通して夜の闇の向こう側に蠢く何かを描いた「ふさわしい連中」は完全にホラーだ。老宇宙飛行士と失敗した宇宙計画の終末の悲哀を書いた「赤い星、冬の軌道」はセンチメンタルいSF。「ニュー・ローズ・ホテル」は電子スパイの騙し合いを描いた完全にハードボイルドなSF。
このバリエーションの豊富さというのは一つは他の作家との共作で作品に幅が出たというのもあるのだろうけど、私はギブスンというのはサイバーパンクという新しい”技術”を書くハードなSF作家という説明だと不十分だと思った。というのはこうだ。基本的にギブスンというのは人間の感情を書いている。この感情というのは技術の革新だったり、脳改造だったり、時にはドラッグでブーストされて入るものの現代人のそれからそこまでかけ離れている気がしない。とくに寂しさ、失恋の傷心といったどちらかというとマイナスの感情を描く事が多いと思うけど、それらというのは私が読んでも十二分に感情移入できるものである。どうしてもそのアイディアと世界観に目を奪われてしまうけど決してそこに終始する作家ではないと思う。ナード(オタク)だったり、後ろ暗い過去があったりと若干のアウトサイダー感のある登場人物たちが冴えない私のハートをガッチリ掴む。彼らの悲哀、生きにくさが伝わってくる。ときにはそれが冒険を経て解放されるカタルシスがある。なんとも気持ちのよい事よ。要するに巨大な都市(スプロール)と広大な電脳空間を舞台装置としてとてつもないスケールで描きながらも、蜂の巣状になったそこに息づくどちらかというと底辺に所属する様な市民たちの生活を見事に書ききっている。これを長編でなくて短編でやるのだから、それはそれはすごい事だと思う。

私が一番気に入ったのは何と言っても「辺境」。この一遍だけでこの本を買う価値は十分に合った。まず宇宙の一部が別の宇宙に繋がっていて、向こう側はさっぱり分からないけど人間が行って帰ってくるとまず発狂しているか死んでいるか。たまに超人類的な”おみやげ”を持ち帰ってくるためそこに人間が送られ続けている、という設定だけでご飯何杯でも行ける。そこに行けなかった主人公の哀切ったらない。偽物の天国は利益の追求のために作られている。この醜さよ。素晴らしい。最高だ。やっぱりギブスンはサイバーパンク岳の作家ではないと確信。

というわけで買えるならすぐに買った方がよい。とにかく他の物語も再販してくれと強く思う訳であります。

2015年6月21日日曜日

ウィリアム・ギブスン+ブルース・スターリング/ディファレンス・エンジン

アメリカの作家二人による合作SF。
1991年にアメリカで出版された。
復刊だったりで昨今また盛り上がりつつある(のかな?)サイバーパンクムーブメントの大立物二人による合作作品。

チャールズ・バベッジが差分機関(ディファレンス・エンジン)を完成させた19世紀イギリス、ロンドン。蒸気と歯車で動くコンピュータであるこのエンジンは時代を大きく変えた。キノトロープと呼ばれる動画も、国民番号制を管理する巨大なコンピュータもエンジンを使って産まれた。古生物学者のマロリーは蒸気者競争場で明らかに堅気ではない男女にとらわれた女性を助ける事で巨大な陰謀に巻き込まれていく…

所謂SFカテゴリ内の歴史改変ものってことになる。ぱっと思い浮かぶのはディックの「高い城の男」だが、それも含めて私はこのジャンル全く読んだ事がないと思う。
この本はどうも中々一筋縄でいかない類いの小説である。
まず蒸気機関が登場ってことでスチームパンクか!と思うところなんだが、上巻で解説も書いている故・伊藤計劃さんによるとスチームパンクじゃなくてサイバーパンクらしい。個人的にはサイバーパンクである事は分かったけど、同時にスチームパンクでもいいんじゃないか?って思うのだが、スチームパンク読んだ事無いし、ここら辺は詳しい人に任せよう。
で中身の方も(少なくともこの本では)歴史改変ものは現実から”どこ(誰)”が”どのように”変わっていくのかってところが面白さなのだが、イギリスを中心にアメリカ(合衆国ではなくてどうも北と南で分かれているようだ)、フランス、そして日本と実在の人物が数多く登場する。これらの人たちが歴史上何をしたのかってのを知らなくても楽しめるのだが、勿論知っている方がより楽しめる。だから下巻の末尾にはかなり長い辞典が乗っている。人物、出来事、単語、歴史、諸々の関連する事柄が説明されている。ここに関わってくるのだが、さらに実際の19世紀イギリス+改変された歴史の階級闘争、政治闘争が物語に深く関わってくる。色んな思惑の人たちが出てくる。さすがに単純に善人、悪人って分けにもいかないので中々ややこしい。
それから物語の運びも厄介で、色んな登場人物がいて主人公が変わるのは全然良いのだが、物語がある程度進むまで明確に主人公たちが何に向かって動いているか分かりにくい。これは私の頭の出来と読み込みが足りない所為と思うのだが、マロリーも偶然巻き込まれた感があるのでなにか陰謀だな…って所は分かるのだが果たしてゴールがどこにあるのかは判然としなかった。もっともそれ故にマロリーと次第に混沌としてくる町をさまよっている感、それから一気に物語が加速して冒険活劇めいてくる後半のカタルシス感は良かった。
読み進めて思ったのはこの本の主人公は人物たちではないのかなってことだ。要するに人間とその近くを持って描写される都市が主人公かと思ったのだが、都市ってよりはそれより大きい時間や言ってしまうと時代を描写する事に終始しているようだ。これは要するに違う世界そのものを書くのが主体の小説って事かなと思う。

決して分かりやすい話ではないのだが、物語の構成(というか仕掛け)が素晴らしいので最後まで是非読んでほしい作品。多くは語れないのだがサイバーパンクである。

ところでスターリングの本は前に紹介した「塵クジラの海」と本作以外は全部絶版になっているのだが、両作品とも一風変わった作品であるのはどういうことなんだろうな、と純粋に気になる。どちらもその性格故に転換を生み出した作品ってのは分かるんだけど、肝心のサイバーパンクはいつ読めるんかのおという気分でもあります。