2020年1月18日土曜日

中野美代子 武田雅哉 編/中国怪談集


怪談集ではない。
河出文庫の怪談アンソロジーの復刊はこれで最後。
10年ちょっと前くらいに逃げなく手にとった中国の怪談話集聊斎志異、これがとても面白かった。
なのでこの一連の復刊シリーズ、最後に読むのは中国にしようと思っていた。
ところが怪談じゃなかったのだ、これが。

収録作品は下記の通り。


  1. 人肉を食う 陶宗儀 著
  2. 十【キン】楼 季漁 著
  3. 揚州十日記 王秀楚 著
  4. 台湾の言語について ジョージ・サルマナザール 著
  5. 砂漠の風 紀昀 著
  6. ボール小僧の涙 武田雅哉 訳
  7. ワニも僕の兄弟だ 中野美代子 訳
  8. 宇宙山海経 江希張 著
  9. 魯迅 著
  10. 阿Q正伝 魯迅 著
  11. “鉄魚”の鰓 許地山 著
  12. 死人たちの物語 黄海 著
  13. 五人の娘と一本の縄 葉蔚林 著
  14. 北京で発生した反革命暴乱の真相 中国共産党北京市委員会宣伝部 著

なかなか特殊な本になっている。
まず①③④⑤⑥⑦⑭はフィクションではない。これは事実である、というわけではないのだが、いわゆる物語とは違って少なくとも当時はこれが事実として存在したという報告、である。⑧も物語ではないが内容はかなり特殊だ。
この内⑭は明確に新聞「人民日報」からの抜粋。

コンセプトは人を喰った話
人を喰った話とはよく用いられる表現だ。これはもちろん比喩で意味としては小馬鹿にしている、とか尊大であるとか。
ところがこの本は冒頭の①「人肉を食う」から実際に人肉を食事として摂取した人々の話を集めた報告である。
⑨魯迅のこの話も文字通りの人肉を薬として食べる話。これには戦乱が関わっている。

③は戦乱の恐ろしさを巻き込まれた市民が語る話、心底震え上がる。
⑭は中国がなかったことにしている天安門事件の詳細を体制側が説明したもの。私達はある程度起こったことを知っているから、恐ろしいというよりは今度は怒りで体が震える。
⑩もまた魯迅の著名な物語。これはトラスト直前まではむしろコミカルだが、最後まで読み終えれば笑ってはいられないだろう。愚かな阿Qは私達である。これも戦乱に市民が巻き込まれその命を奪われる話である。(これはフィクションだが)
⑪はフィクションだが、これも小市民が戦乱によってその穏やかな生活を破壊され殺される物語。
⑫はフィクションで、独裁的な国家体制が虐殺を行う物語。

②⑤⑥⑦は広大な領土で起こる奇妙な出来事・話を報告したもの。
②⑥は奇形を取り扱っている共通点がある。(あるいは人からワニが生まれるという
⑦も)

④は誤謬や誤解があるものの歴史的なかちがあるそうだ。

⑧は壮大なほら話と言ったらあまりに酷か。これはエンタメ性あふれるフィクションと言っても良い。

⑬は個人的にとても面白かった。5人の仲良しの女の子が集団自殺を企てるもので、若い娘たちの姦しさがキラキラと眩いが、その背後には中国の田舎が抱える男尊女卑と暴力が重たく横たわっている。そういった意味ではこれも反体制の物語である。


作品を大別するとこのような形になる。
編者があとがきで述べている通りこれは人を喰った話である。

怪談集とか陰ながら幽霊が一人も出こないのは小馬鹿にしているし、
また文字通り人肉を食う人間からびっくりするくらいの奇想、椿事が事実であるように語られる。広大な領土に奇人変人奇妙な風習のはびこる中国(これは明確に誤った認識であるが、人の共通認識(例えばイタリア人は皆陽気だのような)に訴えかけるものとして用いています。)ではさもありなんと感じさせる。
そしてその奇妙奇天烈さから、この国家で行われてきた戦乱の無残さを暴き出すものである。(もっともこれは何も中国だけが残酷な国家であるというよりどの国にもある暴政暴力抑圧を批判するものである。)

要するになかなかラディカルかつ意欲的なアンソロジーといえる。
手垢のついた怪談は一遍も入れないという気炎もあとがきで吐かれている。
当初は出版社も難色を示したようである。


アンソロジーとしての中国怪談集
良いアンソロジーとはなにか。
興味があるジャンルを読者に提示しつつ、まだ読みてが出会ったことがない作品を提示するのがその役割、良さとしてあるだろう。
とするとこのアンソロジーは明確に良いアンソロジーとは言えない。
怪談に惹かれて手にとった読者が期待する話を提示していないからだ。
ハグされるのかと思ったらとんでもない、平手打ちを食らったようなものだ。

ただ確かに収録作品は面白い。
面白いというかもう不愉快である。できることならこんな話は読みたくなかった。

⑭は特にそうだ。怒りで、目の前が真っ赤になる。
巨大な力の理不尽さに左右され、殴られ、殺される小市民。
③では本当にただ主人公たちはただ逃げ回るだけである。抵抗はせずお金を払って命乞いする。そして気まぐれで殺されていく。
刃物や徒党に漫画や映画のように立ち向かえるようなものではない。
これは「キャッチ=22」でヨッサリアンが垣間見た地獄の本質、本拠地にほかならない。
人間が悪魔、というのは他ならない。
⑬では悪魔は男性で、そして悪魔は人間でもある。(恋人や四宝を見てほしい)
戦乱が人を狂わせ、人肉を食わせしめるなら悪魔とは状況・状態・属性(性差など)にほかならないのでは。

私はこのアンソロジーに不満がないわけではない。
収録作が面白いのには唸らされるが、やはり怪談ではない。
これは看板と売っている内容が異なる。売っているものは素晴らしいから羊頭狗肉とは言わないが、やはり騙されている感じはする。
あとがきの編集者の強気の気概も私には言い訳の裏返しに見えた。

素直に自信を持ってリリースしてほしかったが。
ただ一方で素直に怪談集と銘打たなかったら私はこの本を買っただろうか?

このアンソロジーは素晴らしい。
ただ怪談好きとしては個人的にはもう一冊、中国の怪談集を出してほしい。

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