2018年6月16日土曜日

椎名誠/ケレスの龍

日本の作家の長編SF小説。
何回も書いているが私は椎名誠のSFが好きである。
今回も灰汁銀次郎が交配した未来の世界を暴れまわるファンならもうおなじみの「北政府」シリーズに属する小説なのだが、今までの物語とは露骨に異なる。面白い小説を読んでいるときにたまにこういう時がある。面白くて読み進めたいのに、読み進めたら物語が終わってしまうのが惜しくて読めなくなってしまうのだ。私はこの本で久しぶりにそんな幸せな時間を味わったのであった。通勤のために使うバスの中で、降りる駅はまだ先なのにあえて本を閉じて余韻に浸ったのである。
椎名誠は一貫して通常とは異なるSFを書いてきた。流行の逆をいっているわけではなくて、通常のSF作家とは別の未来像、もっというと世界の風景を見ているのだ。それは筆者がとんでもない秘境を含めて地球上の各国いろいろなところに旅に出かけている、その経験が存分に活かされていることに由来するのは間違いないと思う。世界というのは新しい何かを創造するまでもなく、驚きと不思議と楽しみに満ちているのだ。それをほんのちょっと加速させてやれば良い。椎名誠の描く世界はだから非常に珍奇であると同時にどこまでいっても私達には親しみのある世界であった。逆に言えば常にこの世界の延長線上にあるもので、だから文字通り地に足の着いた泥臭い世界を舞台にしたSFだった。ところで題名になっている「ケレス」というのは小惑星のことである。今回はもう物語の後半は宇宙を舞台にしている。椎名誠が宇宙に!少なくとも私にとっては衝撃だった。思い返すと椎名誠ワールドには「つがね」「ねご銃」などなどどう考えても日本的な世界感があって、「銀天公社の偽月」など確かに空に対する言及はもちろんあった。また最近「チベットのラッパ犬」では舞台は広がり、そして宇宙に対する言及も確かにあった。けど、明確に宇宙に乗り出していく、なんてのはあっただろうか。(私もすべての椎名作品を読んでいるわけではないから断言はできないのだけれど。)しかし宇宙である。地面もなければ空気すら無い。地球上の生物で宇宙空間で変わらず行きていけるのはクマムシくらいではなかろうか。つまり椎名誠が描くヘンテコで強靭な生物たちのはいるスキがないのである。いわば自分の持ち味を全部放り投げた状態で、ただ今までなかったという要素以上に物語が面白くなるのだろうか?なるのである、少なくとも私はすごく面白く読んだ。椎名誠作品に軌道エレベーターが出てくるなんて誰が想像できた廊下。しかし彼の手にかかると軌道エレベーターもなんだか旧式の新幹線(しかも停まる駅が多いやつ)みたいになっちゃうのである。スケールが小さくなるのではない、だって宇宙だもの。簡素かつ軽快な文体(かつては昭和軽薄体と呼ばれた)は読みやすいが抑えるところはきっちり抑える、というか繰り返しになるが椎名誠はその珍奇な世界の描写が売りのSF作家であるのだ。最先端の科学の粋を集めた宇宙の光景を椎名フィルターで見るのが痛快なのである。作者が創造したが、なんとなく見覚えるのある植物、生物たちの生態からなんとなくこの奇妙な世界が具体性を持ち始めるのである。極端な話、匂いを嗅げるような、手触りが感じられるような、そんな既視感こそが椎名誠の魅力である。草一本生えない究極の環境である宇宙でもその感触が味わえて最高である。

椎名誠のSFは進歩しつづけている。上へ上へわかりやすく登って今ようやく宇宙に到達したのである。どうもこの「ケレスの龍」を読むと文明が衰退した日本を含める北半球を置いて、南半球は技術的に相当先を行っているらしい。もちろん泥臭いSFも面白いけど、もっと星の世界を舞台にした椎名流の物語も読みたいものだ。

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