2015年6月21日日曜日

中村融編/18の奇妙な物語 街角の書店

東京創元社から出版されたアンソロジー。
アンソロジストの中村融さんが編集したシリーズは全部を読んでいる訳ではないのだが、今のところはずれ無しに楽しませていただいているので今回も購入。
今回のテーマは「奇妙な味」。私も何回か目にした事がある単語だが、元は江戸川乱歩が作った言葉で「ヌケヌケとした、ふてぶてしい、ユーモアのある、無邪気な残虐というようなもの」ということで英米探偵小説の一部の作品を指していたらしい(本署解説より)。それが今では何とも言えない読後感のあるSFとも幻想怪奇小説ともとれる作品に使われるようになり、その観点で持ってその”奇妙な味わい”のある作品をまとめたのがこのアンソロジーである。
一番有名なのは「くじ」のシャーリィ・ジャクスンだろうか。この間このブログでも感想を書いたロジャー・ゼラズニイ。ドートマンダーシリーズのウェストレイク(の変名)やフレドリック・ブラウンも名を連ねる。
いくつか気に入った作品を紹介しよう。

ミルドレッド・クリンガーマン/赤い心臓と青い薔薇
病院に入院する「わたし」。向かいのベッドの女が話をする。クリスマス前の時期軍隊に行った息子が休暇に道中一緒になった男を実家に連れてくる。何とも言えない雰囲気を持った男は語り手の女のことを「マム」と呼び、その振る舞いは次第に奇妙さを帯びてくる。
語り手が病院に入院しているからか、聴かされる物語は次第に不穏さを帯びてくる。結局何が正しいのかは判断つかないのだが、一つ一つのエピソードに少しずつ真実が紛れ込まれているようで底から類推するのが楽しい。なんせ主人公の「わたし」も語り手と一緒に入院している訳で全部夢か妄想なのではとも思えてしまう。

テリー・カー/試金石
会社員ランドルフはある日怪しい本屋で「試金石」と呼ばれる魔術道具を買う。真っ黒くて三日月の形をしたその石は不思議とランドルフの手に馴染んだのだ。ランドルフの手は石を求め、意識は次第に鈍麻してくるようだ。日常が奇妙に少しずつぶれていく様な気がする。
大事件は起きないのだが、なんかおかしくないだろうか?と思う、その違和感を欠くのが抜群に巧妙だ。魔術道具、たとえばお守りもそうだが、説明をつけるのが目的だとすると自派よく動いている。ランドルフに起きた不調の説明が試金石のせいでないにしても、最終的には石が悪かったって事になるのが面白い。きちんとその役割を果たしのかなと思う。

ケイト・ウィルヘルム/遭遇
保険のセールスマンクレインは仕事に向かう途中大雪に遭遇し、長距離バスの待合所に一晩止まる事になる。イラストレイターだという女性も一緒だった。暖房が良く効かない密室の中でクレインは決して良好とは言えない妻戸の関係に思いを馳せていくが…
雪に降り籠められた密室で一見完璧な男の表面がいちまいいちまいはがれていき、その中に隠した狂気が暴かれていく。解説にある通りのラストにはぞっとするのだが、むしろその破綻に至るまでのクレインの深奥が明らかになっていく過程が素晴らしかった。無論ほかの17の物語も文句無しに面白いのだが、この一遍だけでお金を払う価値があるなと思う。作者が女性だからだと思うのだが表現と台詞が感情的かつ鋭くて良いんだよね。
クレインはメアリ・ルイーズを殴った。初めて殴った。手術後の彼女は蒼白で出血のために弱っていた。クレインは彼女を殴った事を何とも思わなかった。のびた手が彼女の頬にぶつかって、赤い跡を残しただけだ。
この分の冷静さ、そしてそれ故の恐ろしさよ!男性作家ならもう少し誇張して書いてしまうのではあるまいか。

どれも面白かったが個人的には女性作家の手による作品が壷に入ったのかなと、改めて思い返してみると思う。情念!というほどの濃い作品がある訳でもないが、説明できない不可思議が主題になる時、感情を素直に表す女性の感性が冴えるのかもしれない。こんな単純化できる話でもないかもしれないけど…
さてSFとも超自然とも説明できない、または説明しない作品というのは怪異そのものというより、怪異が引き起こす状況自体が描写したい対象となる様な印象がある。厄介な状況は人間の感情を、それも複数の感情が入り交じった複雑な気持ちや感覚を誘起する。その感情が入り交じった状態が”奇妙なあじ”なのではと思う。これは中々病み付きだ。
好きな人にはたまらない短編集だと思う。不思議な物語の収集家の貴方は是非、手に取ってみてほしいオススメの一冊。

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