2015年4月26日日曜日

リチャード・モーガン・オルタード・カーボン

イギリス人の作家によるSF小説。
2002年に発表されて2010年に本邦でも翻訳の上発売された。

27世紀人類は技術の進歩により宇宙へその版図をのばしていた。人間の精神をデジタル化することに成功したのだ。宇宙船で何万光年を飛ぶのではなく、デジタル化された精神=人間をとてつもない速度で通信する事で宇宙の距離はある程度意味をなさなくなっていた。また老いれば肉体を換装する事もできる。金があれば。そんな世界の地球で不老不死の大富豪が自殺した。バックアップ情報で再生した本人はしかし自身の自殺を信じない。警察も当てにならないので外宇宙から探偵を読んだ。探偵の名前はタケシ・コヴァッチ。日系の宇宙域ハーランズ・ワールド出身。悪名高いエンヴォイ・コーズに所属していた事があり、いまはつまらない犯罪により監獄にその精神をとらわれている。コヴァッチの精神はニードルキャストで地球に送られ、見知らぬ男の体で目覚めた彼は事件に挑む。

という物語。なるべく世界観を説明できる様なあらすじにしてみた。体がデバイスになった世界。タイトルであるオルタード・カーボンとは変身コピーと作中では訳されている。オルタードは変質された、カーボンは炭素で人間の体は炭素で出来ている。人間の精神はメモリー・スタックという小さな機械に閉じ込められ首のところに埋め込まれている。だからこのスタックを破壊されると未来人でも死んでしまう訳だ。(リアルデスと表現される。)でも肉体が多大な損壊を受けてもスタックがあれば再生できるし、スタックが失われてもデータ保管所に自分のデータコピーを持っていて、定期的に肉体側がコピーと同期していればスタックが破壊されても(同期前の情報は失われてしまうが)、自分の精神は再生できる。だから不老不死が半ば成立している。ただ全人類がその名誉に沐している訳ではない。一つは金がかかる、莫大な。だから金持ちである事が不老不死の前提である。もう一つは体(作中ではスリーヴといわれる)を換装するのは結構しんどいらしく(以前の体と精神のバランスが崩れる)2つ目の体に入っても3つ目の体に入る人は少ない。もういいやと思ってしまう。この後者の設定が面白い。なんとなく技術の進歩に対してついていけない人間の本質が描かれている。
ギタイの感想というとサイバーパンク的だがこの小説はオルタード・カーボンつまり肉体に焦点を当てている印象がある。電脳は極度に発展しており、当然肉体を伴わない電脳空間も存在するのだがどちらかというと少人数の個人的な用途(この物語では主に拷問)で使われている。いわばもっと肉体的で物語の中心には奇形の未来人立ちが起こした”事件”が据えられている。解説でも述べられている通り、かなりハードボイルドの要素が強い。前に紹介した「重力が衰えるとき」に構成は似ている。こっちの方がより硬質で未来的だが。
さて人間に取って肉体が服装みたいになってしまった世界である。男の体をいているから男って訳にはいかないだろうし、絶世の美女だって100歳をゆうに超えていることもある。制限が取り払われた世界で人間の意識は拡張している、というよりはより傲慢になっている。コヴァッチの依頼主の大富豪バンクロフトもその代表格で、年相応というのは最早無い。人間の本質はちっぽけなスタックに入った精神ということになる。ところが肉体から解放されたというよりは、かりそめにすぎない肉体に多大な影響をうけたいびつな人間ばかりでてくるのだから皮肉なものだ。
金で買える永遠の生が貧富の差をさらに拡大した、傲り高ぶる富めるものと踏みつぶされる貧者というディストピアを900ページ弱くらいのボリュームで書ききっている。なんせへらへら笑う金持ちを殺してもあっという間に蘇り、変わりのないこっちの生命を絶ってくるのだから持たざるモノは弱い。そんな世界でプロなのに”私情”で動くコヴァッチというのはダークヒーローであり、非常にハードボイルド的であるカッコいい主人公である。
とても面白く読めた。3部作なのだが、続く2部は文庫化されていないんだよね。3部は文庫化されているのに。むむむ。まあとにかくオススメです。硬質なSFを読みたい人は是非どうぞ。

0 件のコメント:

コメントを投稿