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2019年9月1日日曜日

椎名誠/[北政府]コレクション

読書のはたくさんの楽しみがある。
醍醐味といっていい、その中の一つに「想像す」ることがある。
”街の上空に浮かぶ巨大な宇宙船”という言葉で想像する宇宙船は人によって異なる。
人によってはアダムスキー型、スタートレックに出てくるような金属質だが丸みを帯びたもの、日本のアニメに出てくるような前後に長く数多の砲塔が突き出ているもの、近代的な角度によって色が変わる道の材質でできている流線型。
物語は文字で書かれているからじつは書かれた時点では完成していない。読み手が読んだ時点で完成するからだ。一つの書かれた物語を100人が読めば、100通りの物語、世界、風景、解釈がある。
こう考えると単に物語を読むという以上に、読書という行為が崇高なものに思えていつもゾクゾクする。

椎名誠のSFを読むとこれは読書の本質をついていると思う。
徹底的にぶっきらぼうで愛想がないからだ。世界や人物の過去や未来がほとんどかかれない。なぜなら「生存すること」がいろいろな椎名の物語では目的に吸えられていて、そんな人間や動物たちには今しかないからだ。
いわば説明のない空漠とした世界に、著者は適当な生物、構造物を作り上げてくる。筆を一振りすれば、人間すら捕食する虫と思しきもの、もうひとふりすれば人造の生体機械たちが生まれてくる。いわば神に等しい行為で、まさしく絶対心としてのストーリーメイカーの面目躍如といった趣。
ただ多かれ少なかれこんなことはどの作者(プロでもアマチュアでも)やっている。
ここで活きてくるのが作者・椎名誠の世界の辺境を放浪した実体験である。(あとどうも椎名さんは図鑑を読むのが好きらしいので、紙で得た知識もあるはずだ。)
自分で触った、食った経験がその椎名誠という一人の神であり、ホラ吹き男である作者の放言に妙な説得力を与える。
人造人間つがねの強靭さと危うさ、人を襲う野生の馬のような筒だましの恐怖、誰も実態を知らないが世界に爪痕を残した北政府、そんな見たことも聞いたこともない生物や機構の姿が無愛想な文字を追ってくると不思議に脳裏に浮かんでくる。(これは既存の言葉に頼らず、自分で言葉を生み出しているそのやり方もその力に大いに寄与していると思う。)数々の修羅場をくぐった百舌(もず)の峻厳でしたたかな顔つきもなぜだか想像できるようだ。

全くわからない世界、それを説明もしないが、まるでオーバーハングした長大な絶壁のような物語を書くのが椎名だが、そこには実は確固たる足がかりが用意されている。
これを縁にえっちらおっちら物語の壁を登っていく、そして振り返るとそこにはここでしか見れない絶景がある。

今回この本に収録されている物語は私全部読んだことがある。
でもやっぱり面白い。とてつもなく良い。
これが物語の、読書ん醍醐味だと実感する。

肉体的であるという意味ではアメリカ文学に通じるところがある。
登場人物たちが感傷的でないということは、前述の通り生きることに必死過ぎて余裕がないからだ。(とはいえ弛緩はあって、多く含まれている食事のシーンで表現されている。)
しかしこれを脳筋バカの極めて男性的な物語とは捉えていけない。なぜなら鑑賞はなくても思考があるからだ。
生き残るということは戦いで、それは判断の連続だ。武器を使うことはその一つに過ぎない。
だからこれらの物語の楽しさの一つに戦闘シーンが挙げられるが、それだけがすべてではない。
誤った判断で徹底的に荒廃した世界で手前勝手な判断(結構よく間違っている)でたくましく生きていく、それは非常に無益でそして抜群に面白い。

2018年7月8日日曜日

椎名誠/旅先のオバケ

作家椎名誠のエッセイ。
私はだいたい本といっても小説しか読まないんだけど、作者の椎名誠さんが好きなので彼のエッセイはたまに読む。何が面白いかというとまずは妙に砕けてゆるーい語り口(椎名誠の文体はかつて昭和軽薄体と呼ばれたらしくて、普段彼のSFを読んでいると別段軽薄な感じはしないのだけど、こういったエッセイだと確かになという納得感がある)が心地よく、するする読めてしまう。それでいて、つまり言葉の数は少なく、表現はシンプルでわかりやすいのに作者の語るところというのはすっと頭に入ってくる。きちんと細部を抑えていて彼のいわんとすることが、読み手の頭の中で容易に再構築されるのだ。この利点は物語ではもちろんこういった類のエッセイでも抜群に活かされる。というのもこの「旅先のオバケ」という本は一種の旅行記の抜粋だからだ。椎名誠は旅慣れた人であり、世界であまり人が行かないようなところになんども出かけている。一方私はというと非常に出不精で、またアウトドアだ、キャンプだというのは正直苦手であまり心惹かれない。テントの凸凹が気になって寝れないし、何よりどんな虫が非常に苦手である。トイレも綺麗じゃないとやだし、という根っからの軟弱な都会人であるから、未開の地の野天で一泊なんてとんでもない話だ。ところが困ったことにそんな荒々しいキャンプで観れる光景というのに憧れもあるわけで、そんな時に私の好奇心を満たすのがこの椎名誠さんの旅行記である。読みやすく、それでいて非常に具体的である。SFだとどうしても非日常感が出ることは否めない。ただし椎名誠の場合はこういった世界各地の旅によって得た知識が存分にその創作に生かされているから、断言してもいいが他の作家には出せないリアルな世界をのびのびと描いている。いわばそんな椎名・ワールドの元ネタである、実際にあるヘンテコなところをこうやって本で読むのは非常な楽しみである。
この本は何処かへの旅、という本ではなくていままでの数多くの旅を包括的に「宿」という視点でまとめたものだ。だから一冊でもそれこそモンゴルからロシアの端っこまで世界各地の様子が織り込まれていてお得感もある。そしてそのどれもが日本の生活からはいくらか(時にはひどく)離れていて、そのギャップが面白いのだ。モンゴルで落馬し5時間かけてゲルに戻った話(モンゴルの大平原では目印が何もないので下手をすると迷って死ぬ。)や、モンゴル人は猫が嫌いで時に蹴り殺す話、北極圏で大の方を排出するときの気苦労の話、戦術的に無価値になった廃墟のようなユーラシア大陸の端っこの街で食べるロシア風うどんの美味しさ、ソ連時代の外食の素っ気なさ、日本の廃棄された離島の凄まじさなどなど。こんなところあるの!こんなことがあるの!ってことが淡々と書いてある。「こんなことがあってすげーんだぜ」というよりはさらっと「こうだったんだよね」みたいな飄々とした語り口でそれがまた良い。
「旅先のオバケ」というタイトル通り、幽霊譚怪異譚も収録されていて面白い。幽霊はいないというのは簡単だが、実際に世界各地に行って不思議体験をした人、その体験が科学的に証明できるとしてもやはりその話は面白い。そこには幽霊がいる/いないを超えた面白さがある。
誰か偉い人が言うには人を成長させるのは、本を読むか、人に会うか、旅に出るしかないらしい。椎名誠は旅に行って、文化の違う色々な人にであり、そして旅先の空の下で本を読んでいるからこの全部をこなしていて私からするともはや仙人めいて見える。その飄々とした姿もなんか逆に浮世離れしているかも。そして旅に出たいなーなんて思ってしまうのだ。忙しくて旅なんてもっての外だと言う人にこそ読んでほしい一冊。

2018年6月16日土曜日

椎名誠/ケレスの龍

日本の作家の長編SF小説。
何回も書いているが私は椎名誠のSFが好きである。
今回も灰汁銀次郎が交配した未来の世界を暴れまわるファンならもうおなじみの「北政府」シリーズに属する小説なのだが、今までの物語とは露骨に異なる。面白い小説を読んでいるときにたまにこういう時がある。面白くて読み進めたいのに、読み進めたら物語が終わってしまうのが惜しくて読めなくなってしまうのだ。私はこの本で久しぶりにそんな幸せな時間を味わったのであった。通勤のために使うバスの中で、降りる駅はまだ先なのにあえて本を閉じて余韻に浸ったのである。
椎名誠は一貫して通常とは異なるSFを書いてきた。流行の逆をいっているわけではなくて、通常のSF作家とは別の未来像、もっというと世界の風景を見ているのだ。それは筆者がとんでもない秘境を含めて地球上の各国いろいろなところに旅に出かけている、その経験が存分に活かされていることに由来するのは間違いないと思う。世界というのは新しい何かを創造するまでもなく、驚きと不思議と楽しみに満ちているのだ。それをほんのちょっと加速させてやれば良い。椎名誠の描く世界はだから非常に珍奇であると同時にどこまでいっても私達には親しみのある世界であった。逆に言えば常にこの世界の延長線上にあるもので、だから文字通り地に足の着いた泥臭い世界を舞台にしたSFだった。ところで題名になっている「ケレス」というのは小惑星のことである。今回はもう物語の後半は宇宙を舞台にしている。椎名誠が宇宙に!少なくとも私にとっては衝撃だった。思い返すと椎名誠ワールドには「つがね」「ねご銃」などなどどう考えても日本的な世界感があって、「銀天公社の偽月」など確かに空に対する言及はもちろんあった。また最近「チベットのラッパ犬」では舞台は広がり、そして宇宙に対する言及も確かにあった。けど、明確に宇宙に乗り出していく、なんてのはあっただろうか。(私もすべての椎名作品を読んでいるわけではないから断言はできないのだけれど。)しかし宇宙である。地面もなければ空気すら無い。地球上の生物で宇宙空間で変わらず行きていけるのはクマムシくらいではなかろうか。つまり椎名誠が描くヘンテコで強靭な生物たちのはいるスキがないのである。いわば自分の持ち味を全部放り投げた状態で、ただ今までなかったという要素以上に物語が面白くなるのだろうか?なるのである、少なくとも私はすごく面白く読んだ。椎名誠作品に軌道エレベーターが出てくるなんて誰が想像できた廊下。しかし彼の手にかかると軌道エレベーターもなんだか旧式の新幹線(しかも停まる駅が多いやつ)みたいになっちゃうのである。スケールが小さくなるのではない、だって宇宙だもの。簡素かつ軽快な文体(かつては昭和軽薄体と呼ばれた)は読みやすいが抑えるところはきっちり抑える、というか繰り返しになるが椎名誠はその珍奇な世界の描写が売りのSF作家であるのだ。最先端の科学の粋を集めた宇宙の光景を椎名フィルターで見るのが痛快なのである。作者が創造したが、なんとなく見覚えるのある植物、生物たちの生態からなんとなくこの奇妙な世界が具体性を持ち始めるのである。極端な話、匂いを嗅げるような、手触りが感じられるような、そんな既視感こそが椎名誠の魅力である。草一本生えない究極の環境である宇宙でもその感触が味わえて最高である。

椎名誠のSFは進歩しつづけている。上へ上へわかりやすく登って今ようやく宇宙に到達したのである。どうもこの「ケレスの龍」を読むと文明が衰退した日本を含める北半球を置いて、南半球は技術的に相当先を行っているらしい。もちろん泥臭いSFも面白いけど、もっと星の世界を舞台にした椎名流の物語も読みたいものだ。

2018年1月20日土曜日

椎名誠/椎名誠 超常小説ベストセレクション

日本の作家、椎名誠さんの短編集。その名の通り日常から離れた変わった物語を集めた短編集。
椎名誠さんのSF以外の短編集を何冊かかって読んでいたが、これで一旦区切り。(多分他にももっとたくさんあるのだろうが。)この本のみ新品で買った。(私は音楽でも本でも新品買えるならなるべく新品を買うようにしている。)

元々椎名誠さんはSFが好きで何冊か読んでいる。この人の書くSFというのは最先端のハードSFとは一線を画す独特の世界観がある。簡単に言うと2つあって、一つはサイエンス的な要素はふんだんにあるがそれの説明をしないこと、造語を用いたオリジナリティのある世界観がありマクロな視点で野性的な世界のごく狭い範囲を旅や冒険という形で書くこと、だろうか。とにかく全世界人があまり行かないような僻地まで旅をする方なので、それを活かして新奇ながらどこで見たことのあるような懐かしい別天地(もちろん矛盾している概念である。)を生き生き(時に非常に厳しく残酷でギラギラと人を惹きつける。)を描き出す。いかにもインテリジェンスが知の迷宮に閉じこもって描いた執念のハードSF(こういうのも私は好きだ。)とはやはり結構違う作風だと思う。
そういうわけで椎名誠さんの書く物語というのはSF的であると同時に生活臭がして、そしてそこが異常事態に片足を突っ込んでいる(こともある)ので、超常小説、というのは実はしっくり来るのだ。何冊か読んで、おそらくサラリーマン時代の経験を活かした超常なのか日常なのか怪しい小説があることも知った。この人は特異な状況を描くが、それ自体が目的でなく、とにかく無骨でぶっきらぼうな語り口なのでその真意というのは常にはっきりとしないのだが、なにかしらこちらの、少なくとも私の胸を強烈に打つ、感情豊かな何かがある。

椎名SFではおなじみの灰汁と百舌シリーズも何作か収録されており、楽しい気分で再読した。やはりこの二人のたまにあって悪さをする、そして何かトラブルに巻き込まれる、みたいな関係性が良い。
初めて読んだ「ぐじ」は日本の失われつつ風景が田舎の萎びた温泉宿に結実している叙情性溢れる作品かと思いきや、これがとびきりの怪談であって非常に面白かった。椎名誠の怖い話というのは他の短編でも幾つか読んだと思うけど、こうも正統派な怪談というのは初めてで面食らいつつも、怪談というジャンルでも相当の出来なのでは。
「問題食堂」に関しても尽きることのない人間の愚かさを時代の変遷とともにコミカルに書いた作品なのだが、こちらもとある場所に書けられた”呪い”では?って考えると結構怖い。
やはり表紙にもなっている「雨が止んだら」が白眉の出来で、前述した無骨な語り口のは以後にある感情の豊かさ、というのがこの短編に結実していると思う。三角錐のプリズムのようにキラキラしている。そしてその光は暖かく、同時に切なく苦いのだ。この環状の本流こそ読書の醍醐味だろう。

この本ならまだ普通に本屋で買えると思う。ベストセレクションというとおり、この本でSFから少し不思議まで椎名誠さんの小説世界をざらっと総括して楽しめると思う。後書きによるとこの本にはネタの本があって、作品がいくつか入れ替わっているようだ。元ネタの本も読んでみたいという気持ちになっている。

2018年1月15日月曜日

椎名誠/胃袋を買いに。

日本の作家の短編集。
個人的な椎名誠さんの短編集買いあさり祭りのうち一冊。11の短編が収録されている。
何冊か読んできた中では一番バランスが良いかもしれない。完全にSFと読んでもいい物語と日常生活の延長線上にあるフィクションを扱った作品が良い感じに混じり合っている。後半に行くに従って幻想味が増してくるように配置されていて、その世界観の異質さに徐々に慣らされていくようだ。
前半の日常生活に何かしらの”異変”が起こる系統の物語は、サラリーマン経験もあり、妻と子供もいる社会人・家庭人しての作者の経験が生かされている。その会社の上司・同僚たちとの関係、妻との何気ない会話などの設定と言うのはもちろん、その普通の生活に根ざす不安が小説の元になっているケースが結構多い。例えば自己臭恐怖(これはどちらかというと思春期ごろに多いらしが)、疲れて帰ってきた週末自宅のアパートのエレベーターが帰宅の本当直前に停止して中に閉じ込められたり、などなど。また家庭内の不和も相変わらずこの短編集でもさり気なくしかししっかりと物語の中に閉じ込められている。圧倒的に歪んだシーナ・ワールドに飛び出す前(実際にはおそらく同時に書いているから表現的には間違っているのだろうけど)のダラダラ続く割には消耗する日常世界の閉鎖性を描いた作品が多く、語り口は軽妙だがむしろ暗く不安にさせるような持ち味がある。
不安やフラストレーションを一歩その日常の先に進めたのが「足」や「八灘海岸」、「猫舐祭」などの日常生活からふわりと浮上したかのような異形の”怪談”群であり、ここでは前述した個人的な不安から離れ、集合的な”恐怖”が描かれている。読み手の感情的には「わかるその気持!」というのから、「よくわからないけど怖い」に移行するイメージだ。ここでは見たことも聞いたこともない、椎名流のほら話が展開されていく。
そしてそのホラがSF的な形に徐々に結実していき「引綱軽便鉄道」(その後固まりつつある北政府ものの世界観の萌芽が感じられてテンション上がる。)を挟みつつ、最後を飾る「ループ橋の人々」は短いながらもポスト・アポカリプスものというジャンルの良いところをギュッと集めたような短編で、世界の残酷さと一向に明かされることのない災禍への興味がありつつも、たくましい少年たちの目に映る新奇な世界への好奇心がギラギラ光るようで、ただただやられている陰気な小説よりよほどワクワクして面白い。物語は違うが、きっとこの少年たちが野蛮な世界に飛び出していくことで椎名誠さんのSF小説が生まれていくのだろうという気がして、個人的には感慨深かった。

やっぱり抜群に面白いというか、読むほどに好きになる作家なのだと思う。異形のSFを求めるなら別の本を選ぶべきだが、まず椎名誠さんの小説を読んでみたいという人や、日常にイライラを感じている人ならそこから別世界を垣間見る窓を手に入れることができるだろう。冒頭にも書いたが短編集だが、思考の流れが物語の構造の変遷に感じられるようで、とにかく流れが良くて、バリエーションに富んでいる割には統一感がある。

2017年12月29日金曜日

椎名誠/ねじのかいてん

日本の作家の短編小説集。
椎名誠さんの超常短編集の一冊。中古で購入。タイトルはもちろんヘンリ・ジェイムズの短編小説から取っているのだろう。

前回紹介した「鉄塔のひと」はSFの要素があっても結果的にSFと呼べる作品は収録されていなかったが、この本ははっきりSFと言い切っても良い作品が収録されている。あとはこの作者に対しては珍しく”しかけ”のあるホラー風の短編や、軽妙で軽薄な文体を活かしたファニーな短編など。何と言っても目玉はやはりこの間紹介したSF長編「水域」の原型の短編バージョンの「水域」だろう。長編の大体中盤までの物語を大まかに書いてある。面白いのは主人公の設定で、こちらだと結構熟練の旅人であるのに対して、長編に書き直した方はいっこの青春小説と言って良いくらい主人公が若く、そして青く設定されている。こうした結果読者の裾野を広げると行った意味もあるだろうが、むしろ旅の危うさ、そして初々しさというのが圧倒的に強調されており、冒険小説というのはその主人公はある程度無知(かつ才気と情熱に横溢している)な人のほうが面白くなるのだな、と妙に納得してしまった。
私もかつてはそうだったが、椎名誠さんというとやたらがっしりしていてCMとかに出ている作家のひとというイメージで(外国で馬に乗っていて「シーナさん」「シーナさん」と呼びかけられる何かのCMのことをおぼろげに覚えている。)、それから実際に椎名さんが書いた本を読むと、「うおお本当に作家だったのね」というギャップめいた驚きに打たれるものだ。渡しの場合はでもやはり結構健康的な見た目にあった強靭な内容だな〜と思ったのだが、幾つか作品を読むとただただ牧歌的な風景の中で造語にまみれたへんてこな小説を書くだけのひとではないということに気付かされる。おそらく意識的にあまり出さないようにしているが、やはりその底にはどろりとした凄みや怖さというのがあって、それがたまにその作品に滲み出しているのを感じるのである。はじめから剣呑であれば(とくに直接的な脅威でないほどに)人間というのはそれに適応してしまうものなので、逆に言うとこうやってたまに垣間見えるほうがその恐ろしさが強調されるものである。この短編集でも、そのヤバさみたいなのが幾つかの作品で垣間見えて面白い。「ニワトリ」の滑稽な状況に背後にある男の身勝手さ(これは仕事でいつも家を留守にして置いてけぼりにしている実際の奥様に対する椎名さんの罪悪感が色濃く強調されているようなきがする。ほかにも妻との関係に不安が浮かび上がったような不安な小説が幾つかある。)や、なんといっても「月の夜」における、人間に対する深い愛情とそしてその愚かさを、人外を語り手にすることでなかば神の視点で客観的に浮かび上がらせており、その人間からすると非常にすら見える寛大さが、人間にとってはこの上なく理解不能で恐ろしく見えるのである。

SFほど異世界ではないし、かといって日常からは1歩か2歩は逸脱している程よいレベルなので、古本屋さんで見かけたら手に取ってもらって是非どうぞ。

2017年12月24日日曜日

椎名誠/鉄塔のひと その他の短編

日本の作家の短編小説集。
私は椎名誠さんのファンなのだが、SFがメインでその他のフィクションとなると短編集1〜2冊しか読んでいない。というわけで何冊か、フィクションでそれも少し不思議な要素が入っていさそうな本を買った。

そもそも椎名誠さんのSFの面白いところに突飛な世界観(SFは多かれ少なかれ突飛な事が多いけど、この作者の場合説明が少なく、かわりに造語を多分に用いた)と、そこに蠢く(人間も含めた)奇妙で生命力に溢れたキャラクターが起こす小さな(たとえば銀河系の命運を決める、とかそういうのではないという意味で)騒動だと思うのだが、その要素がSF以外では活かしきれないのでは?という気が私は全然しなかったんだけど、改めてSFではない作品を読んでもやはりそのとおりだった。
この本に収録されている10の短編はどれもSFとは言い難いが、日常のなにか表層を一部だけひっくり返したような超常性があり、そこが怖い。というのもわかりやすいのは妻が別人に思えてならない話(「妻」)などは妻帯者でなくても夫婦という状況が想像しやすいゆえに、突飛でなく(むしろ突飛でないゆえに)恐ろしいのである。この日常に埋もれた非日常感というのが大切で、例えば田舎で良い感じに酔っ払って裏道に迷い込んで不思議な祭りに遭遇する話(「抱貝」)なんかは、特に都会で暮らす者にとっては非日常である田舎の暮らしに抱くロマン(ちょっと色っぽいシーンも有る)が見事に表現されていると思う。それは未知との遭遇であり、つまりSF的でもあると思う。(この短編は椎名流の造語も出てきて一番SFっぽいと言っても良い。)つまり筆者の持ち味はSFというフィールドを離れても少しの瑕疵もなく、同じ軽薄な文体の中にとらえどころなく存在している。それは言ってしまえばここではない、どこかへのあこがれであり、それが日常のちょっとした空隙の先に存在しているという優しい物語である。

また文体に気取ったところが一切なく、それでいて読みやすさを考慮されて練られた独特の語り口(つまり昭和軽薄体)は非常に読みやすく、ごろんと寝転んで読んでいいのね、位の気持ちで物語に入れるようになっている。軽い気持ちで是非どうぞ。

2017年12月16日土曜日

椎名誠/水域

日本の作家によるSF小説。
椎名誠さんのSF小説はたくさんあるけど、初期の(1990年台)三部作みたいになっているのが「アド・バード」、「武装島田倉庫」、そしてこの「水域」。前の2冊に関しては賞をとったり、漫画化されたり(ちなみに何回も言っているけど「武装〜」の方は弐瓶勉さんの漫画「BLAME!」の元ネタの一つでもある。)しているので手に入りやすいのだけど「水域」だけは結構前から絶版状態。いつか読もうと思っていたけどようやく買ってみた。

地球が水に覆われた未来。当て所なく海流の赴くままに世界を旅する男。偶然手に入れた筏に書いてあるローマ字から「HARU」と名乗り、奇妙に変形した生物、そして荒廃した世界に適応した野蛮な人間たちと出会っていく。

いわゆるポスト・アポカリプスもので現在の文明はほとんど滅びている。海の水位が上昇し地球全体を覆う、というのはそういった映画があったと思う(有名な俳優が出ているやつで中身はあまり覚えていない)。椎名誠さんはたくさんのSFを書いていて、実は一貫しているような世界があるのだが、この物語はどうもその世界には属していないように思える。いわゆる「北政府」ものじゃないんじゃないかなと。あっちの世界でもやはり文明は一度崩壊しているのだが、海は油の被膜で覆われてほとんど曇天が重たくのしかかっているはず。地域が違うという可能性もあるが、「水域」では海は割ときれいで雨はどちらかと言うと珍しいみたいなので。
「つがね」や「ねご銃」などの椎名流の一風変わった(最先端だがどこか土着的な匂いのする)テクノロジーはほぼ出てこないというところも相違点の一つ。なんせほとんど海の上、と言うか水の上(場所によっては淡水だったりするのも天変地異が予想できて面白いところだ。)ということもあって余り”物”自体がない。そういう世界で人間とその生活がどうなるかというとより原始的になってくる。やはり敵性勢力(人やそれ以外)も出て来るが、争い方はより地味で生々しい。椎名さんの小説は一言で言うと「生命力」だと思う。前述のテクノロジーや特異な状況でも「生命力」は発揮されるが、SFのヴェールでやや隠れがちになってしまう。それが「水域」では存分に発揮されている。水の上なのでボートを漕ぐといっても限りがある(海流は強く、流れに逆らって漕ぐのは数時間が限度)、食べ物は魚をとるしかない(水はろ過装置がある)。こんな世界では生命力を発揮する前に魚が取れなかった死ぬし、ボートや筏から落ちたら死ぬし、サバイブすること自体が軽く奇跡めいている。自分の足ですら歩けない世界は非常に過酷である。文明に属する我々からすると恐ろしい世界に落ち込みそうになるが、登場人物たちは基本的に前向きである。彼らからしたら生きるのに必死で落ち込んでいる隙がない。基本的に今を生きて行くしかない。人間の本性は野蛮だとか、文明がなければこんなものだというような説教臭さはまったくなく、死に物狂いで生きて、それでだめならもうダメだ、という達観めいたのんきさ(これが生命力の行き着くところなのかもしれない。争いはじつは効率が悪い。)が全体を覆っていて、状況の悲惨さを緩和している。(というか悲惨さを受けれるしかない、という心構えがデフォルトになっている感じ。つまり悲惨の総量は減じてない。)究極のその日暮らしで、自分がどこに向かっているかもわからず海流任せ。人にあったらどうしても武器は構え無くてはならない。そんな世界。
主人公は「ハル」と名乗るがこれは本名ではない。無名の男でこれはつまり主人公は誰でもあるってことだ。一人の誰でもない、つまり誰でもある(あなたや私である)男の水の上のロードムービー、つまり人生の縮図が淡々とした筆致で軽やかに描かれていく。メタファーとしてのSFというよりは、見るものすべてが新しい、見慣れないという純粋な驚嘆を描くための、作者お手製のよくわからない魚達、植物たち。ここで重要なのは彼らとの関係性だ。よくわからない生き物を書くことはできても、その「よくわからない」たちとのふれあいをこうもリアルに掛けるのはおそらくこの作家だけってことはないだろうけど、やっぱり非常に稀有だと思う。「よくわからない」を捕まえて食べるのはもちろん、「よくわからない」がいっぱいの森を切り開いて歩く時に、手をついた木の幹に張り付く「よくわからない」の奇妙な感触などなどが実際に存在するかのように生々しく描写されている。やはりハードコアな旅人としての作者の経験、膨大な知識量があってこその芸当だと思う。サラリと書いているが確実に唯一無二だ。

作者本人も読みやすいと書いているし、このように素晴らしい本がなぜ長いこと絶版なのかわからない。もっと多くの人に読んでほしいのだが。別にSFに限らず、上質の人生にとっての栄養である「センス・オブ・ワンダー」を求めるなら手にとって絶対に間違いない。

2016年12月25日日曜日

椎名誠/埠頭三角暗闇市場

作家の椎名誠さんのSF長編小説。
椎名誠さんのSFはとにかく大好きなので迷わず購入。
表紙は吠える犬で「チベットのラッパ犬」もそうだったが、椎名さんは犬が好きなのかも入れない。この小説でも犬が重要なキャラクターで出てくる。思うに野犬というのは椎名さんがよくいく辺境と呼ばれる地域にはたくさんいて(日本では野良猫はいるけど野犬はもう見なくなりましたね、私は一回子供の時に見たギリです。)、そして彼らが自由にたくましく生きているからだろうか、なんて思ったりする。

未来の日本はのちに「大破壊(ハルマゲドン)」というテロとそれによる破壊により壊滅的なダメージを負い、中国の属国になっていた。それでもまあ日常というのは存在するもので、舞台になるのは東京湾に面するとある埠頭。ここでは「大破壊」で傾いた高層ビルと埠頭に打ち上げられた客船が斜めに寄り添い、巨大な三角を形成していた。その三角の下の薄闇にはなんでも揃う危険な闇市が展開されていた。そこで北山は暗闇市場の倒壊しかけたビルで人と獣の魂を分離合成するモグリの医師をやっている。ある日やはり訳ありのヤクザと思わしき集団が北山の部屋に訪れる。

椎名誠さんのいわゆる一連の「北政府」ものとは別の世界軸で展開されるのが今回のSF。色々な意味で前述のそれらに比べて読みやすい作りになっている。
一つは舞台が日本の東京とその周辺であること。そして割と近しい未来であること。もちろん主人公の一人北山が扱う人獣合魂エンジンなんて技術は現在存在しないし、ありと高度なアンドロイド達も出てくるが、あとは携帯電話の進化版だったり、移動は車やバイクを使ったりとあまり現代から隔たりがない。(ただし一風変わったガジェットや施設(個人的には秘密裏に密会できる立体駐車場なんてのは非常に面白かった)は出てくる。)登場人物達も魂が入れ替わっている人と、ミュータントの走りみたいな人が出てくる以外には人体改造至上主義者は出てこない。作者の小説の醍醐味のよくわからないがワクワクさせる語感の得体の知れない(どう猛な)植物・動物達も数は絞れられている。(ただし結構な重要や役柄で出てきたりする。)
もう一つは一つの世界を舞台にした連作小説ではなく、一つの筋が通った物語が展開されているので、視点が固定されて読みやすいと思う。(私は連作小説でも読みにくいと思ったことはないのだが、一般的に。)割と野放図に始まった物語が結構な中盤まで行き当たりばったりでどこに向かうか登場人物と同様に首を傾げていると、終盤に入ると次第にカオスに一つの軸が浮かび上がってくる。そのままラストになだれ込む様は椎名SFでは珍しいかも知れない。エンタメ的なカタルシスがあって非常に良い。
それでは持ち味が薄くなった作品になってしまっているかというとそんなことはなく、持ち味である危険な状況で遺憾無く発揮される人間と(特に)動物のたくましさがのほほんとした筆致で書かれている。善悪をはっきり超越した生命力に顔を思わずしかめてしまう場面もあるが(主人公の一人である(暫定)警察機構に勤務する古島は結構なクズ人間)、現代社会にはない(がきっとその背後で世の中を動かしている)法則に圧倒され、時に魅せられる。人間なんて暴力で一皮剥けばこんなもんなんだよ!という暗く諦めたような感情で書かれているのではなくて、どちらかというと人間結構どんな環境でもそれなりに楽しく生きられるもんだよ〜って感じで書かれている気がする。殺伐としているけど笑いもあれば、憩いもある。こうやって物語を書ける人は他に知らない。

大きく大きく(もしくは小さく小さく)、時には肉体を超越して拡散・広がっていく最先端のSFとは明らかに一線を画す野蛮な世界。椎名誠さんの描くSFの魅力がぎゅっと詰まっている。個人的には荒廃仕切って諦めが支配する退廃に一条の光を投げかけるのが”これ”かも知れない、というラストは非常に面白かったし痛快だった。面白かった。おすすめ。椎名誠さんのSFはどれから読んだらいいのか、という人はまず手にとっても良いかも。

2016年9月24日土曜日

椎名誠/パタゴニア あるいは風とタンポポの物語り

日本の作家によるパタゴニア地方への旅行記、エッセイ。
何冊か感想も書いているが私は作家椎名誠さんのファン。以前はSFばかり読んでいたが、最近ではエッセイにも手を出すようになった。思うに私は本当に出不精で旅行なんてほとんど行かないんだけど、「どっか遠くに行きたい」と常にぼんやり考えている様な人間なのでひょっとしたら見知らぬ土地への憧憬があるのかもしれない。そういったものが椎名案の本を読むと満たされるのかもしれない。

この本が出版されたのは1994年で数は多くないけど写真も収録されている。当たり前だがいまより椎名さんは若い。パタゴニアというとアメリカのアウトドア用品のブランドが有名だが、実際には地名。しかし国の名前ではなく南米大陸のチリとアルゼンチンに属する一地方をパタゴニア、とよぶらしい。この土地を旅した探検家のマゼランが現地の人を見て「足でか!!」と思ったらしく、足の大きい人たち=パタゴンが住む土地、ということでパタゴニアとなったらしい。
パタゴニアというのは非常に大きい土地を指して言うのだが、概して非常に風が強く、天気がコロコロ変わり、人は勿論住んでいるが、だいたい巨大な荒野が広がり、(この本が出版されてから20年以上経つ今ではどうかは分からないが)あまり観光地的な目立つものがない。南米大陸というと陽気で熱いイメージがあるが、その大陸の一番下の方だからとにかく寒さが厳しい。なんていったって氷河が山のようにそびえているのだから。本書にある車くらいの大きさの氷の塊が次々と氷河の表面から剥離し、轟音をたてて海に落ちていく様は力強い筆致もあって大迫力だ。なんとなく静寂のイメージのある氷の世界は、実際意外にも騒々しく荒々しい。そんな厳しく、寂しい土地だからかあまり人も通わず、当時椎名さんが旅するときもあまり旅行記というかそういったパンフレット的なものに使える文献もあまりなかったようだ。本に収録されている写真も厚い雲に覆われていて、陽気とは無縁な景色が果てなく広がっている。
ところで私は昔から世界の果てみたいなところにいってみたかった。人がほとんどいない。荒涼として寒々しいところだ。なんとなくアラスカがそんなんじゃないかと勝手に思っているのだが。まあそういった思い入れもあってこの本を手に取った訳なんだが、もちろんパタゴニアだって人が住んでいる。旅人として時に結構長く(チリ海軍の戦艦に同乗して文字通り絶海の孤島を訪れたりする)、まあまあそれなりに(ホテルの女の子と立ちと馴染みになったりする)、そしてほとんどは通り過ぎるくらい軽く、作者とその一行(テレビ番組を作るためのクルーが同行している、)は土地に住み暮らしている人たちと触れ合っていく。旅の醍醐味で強風吹き荒れる荒野を四輪駆動車で駆け抜ける彼らはまさに身軽な風だろう。前述の自分の例もあって(とくに男性の方がそんな気がするけど)人間というものは安定を求めるのに心のどこかではどっか遠くに生きたいと思っているものだ。(そういった意味でもDeftonesの「Be Quiet and Drive」は思春期の私のアンセムだった。)真っ白い砂浜に、真っ青な海と空、燃える太陽、あるいは荒涼とした絶対零度の世界。天空のかつて人が暮らした遺構。誰も自分を知らないところ。本当は世界に色々な景色があって、それは今も存在しているのにそれを体験できないのはおかしいと、そんな事思った事はないだろうか。こん本でのパタゴニアの描写はどれも素晴らしかったが、一番心に突き刺さったのは、会社員時代27歳の時に椎名さんが出張先で出会った(といえないくらいの)女性とのエピソードだった。バスの車窓越しに目が合った女性、彼女についていけば全く今の社会人とは違う人生が広がるのでは?という考え。大げさに言えば異世界への扉みたいなものだ。それに乗れなかった椎名さんは7年かけて、自分で異世界に漕ぎ出す事にしたのだという。そして今でもその女性についていったら…と考えるそうだ。私はなんかもの凄く感動してしまった。

パタゴニア旅行記として力強くもどこかのんびりとした語り口は非常に魅力的だし、なによりつかれてどこかとおい土地に本当の自分がいるのでは、と思う様な人には是非読んでいただきたい一冊。非常に良かった。オススメ。

2015年6月28日日曜日

椎名誠/国境越え

日本の作家・椎名誠による写真連作小説集。
以前このブログでも紹介した椎名誠さんの「笑う風 ねむいくも」がとても良かった。この本は旅好きの作者が訪れた土地の風景や人物を撮った写真を配置してそれにまつわる紀行文を書くというスタイル。作者特有のユルさ、そして観察眼の鋭さが気に入って2冊目も読みたいなと手に取ったのがこの本。引き続き旅先で撮った写真が鍵になっているが、この本はエッセイではなくて小説になっている。つまりフィクションに転換している訳で少し趣が異なる。といっても基本的には作者本人の経験に大きく基づいているのだろうし(何と言ってもネタ元の写真を撮ったのが本人であるのだから)、SF形式ではなく、あくまでも架空の一般人が経験した”ありそうな話”という体裁を取っている。
この本には6つの物語が収められているが、やはり「笑う風 ねむいくも」とは少し趣が異なる。エッセイという形式上どうしても「こんなことがあったんだよ」と説明する文体になってくる。まあそこまで丁寧ではないにしても椎名さんの少し丁寧に書かれた日記を読んでいるような感覚だろうか。一方この本は小説の程を取っているから、常に主人公たちは旅のまっただ中で大抵日本の状況とはかけ離れた現場で厄介な問題に直面する事になっている。だから辛いし、楽しいし、苦しかったりする。変な話フィクションであるのに、何とも生々しさがあるのである。ここは作者の腕にもよるのだろうが、実地に自分の手足で行くというスタイルを地でいく作者はこの部分が圧倒的であると思う。

何と言っても表題作の「国境越え」が素晴らしく、これは撮影クルー(下請けの下請けの様なといっても日本人3人+現地のガイドの4人体制)が国境を越えたアンデス山脈を手配していた車がこなかったためまさに命がけでさまよう話。一歩間違えば命すら危うい危機的状況と作者特有のどこか抜けたユーモアに満ちた会話が同居したまさに危ない旅行小説。携帯電話も無いし、なんと地図も無い。食べ物も水も無い。コンビニどころか商店も無いから、判断を誤れば死ぬ。地平線いっぱい何も無い塩の浮いた道を延々と歩いていくのである。不思議なもので約束を反古にした男に対する怒りはくすぶっているものの、結構転換速く目的地に到達すべくてくてく歩き出す4人の男たち。歩いているだけでも人は色々考える訳だ。ご飯を調達する、ご飯を作るにしても面白さがある。(本人たちからしたら面白いどころではなかろうが…)
人の姿すらほとんどないアンデス山脈でもたまに出会う人々がいる。本当にただすれ違うだけ位の出会いが、非常に生々しい。キャラが経っているとかは別次元で、彼らは自分たちの膨大な時間を日常として活きている訳で、たまたま主人公たちとすれ違った故に主人公たちの(読み手が読む)物語日本の一瞬浮かび上がって来ただけなのだが、その背後にある膨大な時間が不思議と彼らの表情や仕草に刻まれているのだろう、読み手には何となく彼らの人間性が感じられるのだ。この一期一会感、たまらない。全然湿っぽくないのになんかこうたまらない趣がある。

今作も抜群に面白かった。言った事の無い世界中の辺境の景色がなんとなく思い浮かんでくるようで思わず「アンデス山脈」を検索してしまうくらい。
こんなところに言ったなんてすごいなあと思うが、ほんとは誰だっていけるのだ。そんな事を実感させてくれる小説。出不精の人こそどうぞ。

2015年4月26日日曜日

椎名誠/笑う風 ねむい雲

日本人の作家椎名誠によるエッセイ。
知っている方ももいるだろうが椎名誠さんという人は作家には珍しい(のかな?)アクティブな人で、それも世界の色んな僻地に旅に出るのが大好きという。そんな椎名さんが旅先でとった写真をちりばめて、その写真にまつわる旅行譚を書く、というのがこの本。
私は椎名誠さんの書くSFが大好きで、漫画家の弐瓶勉さんの元ネタ(登場キャラの名前を取って来ているはず。)の一つという事で「武装島田倉庫」を読んで以来のファンである。椎名誠さんの書くSFは技術の進歩した未来で世界を著しく荒廃させた大戦争がおき、その後生態系が一変した荒々しい世界で繰り広げられる事が多い(北政府、ねご銃など単語だけでワクワクしてくる!)んだけど、その世界というのがはっきりって他のSFとは一線を画す筆致で書かれている。とにかく荒々しく生々しい、人間以外の自然が恐ろしく元気である。微妙に異国情調のなる世界で所謂脇役の人たちがもの凄く生き生きしている。いわばむせ返る様な生き物のにおいが立ちこめてきそうな迫力のあるSFなのである。この独特の世界観はちょっと日本国内外に問わずちょっと無いんではなかろうか。まさに唯一無二の世界観。そんな魅力の秘密はきっと作者椎名さんの旅好きに由来するのであろうと私はにらんでいた訳で。つまり実際に見聞きした自分の体験をその本質をそのままに表層を自分なりに作り替えて書いているのでは、とこう思った訳だ。だからこんなにも呼吸している世界がかけるのだろうと。そういう訳でこの本を手に取った訳だ。
目的地毎に章が分かれていて、そのサブタイトルをみてみると「チベットの怖い目をした仏さまにまた会いにいきました」「柔らかい砂の海を進んでいくと塩の川があった。」などなど。中身の方もいかにも椎名さんらしいゆるーい優しい筆致で訥々と書かれている。思わずいやーいやされるなーと思って読んでしまうのだが、よくよく旅の現場を想像しているけど、世界の僻地(というと実際に棲んでいる方に取っては大変失礼にあたるのだろうけども)である。水や電気だって無いところもある。砂漠の真ん中だったり、大草原の真ん中だったりする。トイレなんて無いし、多分でっかい虫もすごい沢山いるんだろうと思う。椎名さんはさすがにそんななのには慣れてしまっているのだろうから、わざわざそんな事を書いたりはしないのだろうが、実際にはただ美しいだけ、ただ牧歌的なだけではない、現代消費社会の象徴の様な日本で住んでいる私たちからしたらかなり過酷な生活が、そこにはあるのだろう。それはきっと大変なんだろうが、椎名さんはそんな環境を見てもそこにある良いものや、すでに日本から姿を消しつつあるもの消えてしまったものを見いだし、それらを慈しんでいるのだろう。その説教臭くない思いがすっと私の様な人間の心にもはいってすとんと落ち着くのだ。なんだか言いようも無く自分が過ごし恥ずかしくも感じる。
椎名さんは写真大学を中退しているから元々写真が好きだったのだろう。そんな椎名さんの師匠にあたる人が後書きを書いているのだが、椎名さんの写真は素人であるけどと書きながらもその魅力について語っている。なるほどという感じで、たしかに上手いなと思わせる様なものではないのかもしれないが、私個人的には風景の写真もいいんだけど人が写っている写真を撮るとなると椎名さんは良いものを取るなと思った。どの人物も自然な表情で、椎名さんは人を緊張させずに写真を撮るのがきっと上手いのだろうと思う。そこには遠い異国の日常が時を止めて閉じ込められている。それがたまらなく魅力だ。なんだかノスタルジーを感じてしまう。一度も言った事の無い土地の一度もあった事の無い人たちの笑顔の後ろ側に、彼らの人となりと生活が垣間見える様な気がするのだ。
椎名誠さんの小説が好きな人は是非どうぞ。それから旅にいきたいけど時間がないなあって人も是非どうぞ。とても面白かったので私は何かまた別の旅にまつわる椎名さんのエッセイを読もうと思っている。

2013年6月24日月曜日

椎名誠/チベットのラッパ犬


突然だが私は弐瓶勉さんの漫画が好きだ。
現在アフタヌーンで「シドニアの騎士」を連載しているあの弐瓶勉さんである。
初めてアフタヌーンで「BLAME!」を読んだときは衝撃だった。当時ジャンプやヤングジャンプなどの漫画ばかり読んでいたので、バサバサした絵。全く意味の分からない世界、少なすぎる台詞のすべてが新しかった。漫画ってこういうのもありなの?と思ったことを覚えている。
さてその「BLAME!」の中に電基漁師という人たちが出てくる。外骨格に身を包みながらどこからしら素朴な彼らにはその各人に名前の元ネタがあると知ったのはおそらくネットかなにかだと思う。「づる」や「捨吉」というその名前は椎名誠の小説からとられたのだそうだ。そうして手に取った「武装島田倉庫」が私と椎名誠さん(の小説)との出会いだった。勿論椎名誠という名前は知っていた。もじゃもじゃ頭のおじさんで馬に乗ってCMに出ている人でしょ、まあ小説家らしいけど、位の認識だったが。
「武装島田倉庫」を開けばそこにはまた私の全く知らない世界が広がっていたのである。私はその後も椎名さんの不思議なSF小説を全部ではないけど非常に楽しく読んできた。はっきりいうともうすごい大好きなのです。

長くなってしまったが、今回ご紹介するのがその椎名誠さんによるSF小説「チベットのラッパ犬」である。始めにいってしまうが今回も面白すぎるので皆様にはぜひ読んでいただきたい。

世界規模の戦争により荒廃しきった世界。技術の進歩は様々な技術や兵器を生み出し、それらの乱用により各国の様相は大きく変わり、また生態系も今のそれとは全く違う世界。兵士の「おれ」はサイバネティクス兵士に必要不可欠な人口眼球に必要な素材を手に入れる任務でチベット付近の田舎に潜入する。ところが任務完遂まで後一歩というところで素材をサイバネティクス犬に奪われた「おれ」はなんと自分も犬に姿を変えて、敵を追うことになる。

椎名さんのSF小説は厳密にはっきりと明言されている訳ではないけど、だいたい共通の世界観を共有している。発展し続けた世界がある時点で起きた大世界戦争で一回崩壊寸前まで破壊し尽くされてしまったのである。化学兵器の乱用により空は常に曇り、海は油の皮膜に覆われ、陸上にかぎらずあらゆるところに珍奇で(凶暴)な生物(中には人為的な合成生物もたくさんいる)が跋扈している。食料やエネルギーは慢性的に不足しているから所謂上層に所属していない人々は原始的な生活を送ることを余儀なくされている。しかし一旦発展した未来の技術は散発的に存在しており、そのアンバランスさが物語を面白くしている。
こうして書くとかなり暗い未来のようだし、実際汚染された世界でのサバイバルが必須になるから殺伐とはしている。ただ椎名さんの小説で面白いのは結構明るく書かれている。というのも登場人物たちがみんなたくましい。状況によるところも大きいのだろうが、うじうじしていない。よく動き、よく食べる。平気でだまし合いもするし、殺し合いもするがひねくれたところがなくて、みんなまっすぐに生きているから物語自体が決して陰惨にならないのである。
この世界観はやはり作者の椎名さんの正確に起因するところが大きいのだと思う。椎名さんはまったく作家らしくないことに世界の辺境に旅にいくことがたのしみらしく、この奇妙な世界観は結構そういった未開の辺境の地での旅の経験が活かされているのだ。勿論椎名さんの想像力も遺憾なく発揮されているけど、すべてが想像で出来上がったいわば虚構のSF小説とはちょっと趣が異なるのである。
また不思議な世界観の割に説明がほとんどない。ハードなSFは結構未知の技術でもそれらしい説明がなされることもあるけど、椎名さんの場合は不思議な言葉が山のように出てくるがほとんど詳細な説明というのはされない。弐瓶勉さんの漫画もそうだけど、私はこれが大好き。なぜかというと読み手の想像が際限なく膨らむからである。椎名さんのいろんな小説にでてくる「ねご銃」ってどんな形をしているんだろう?うーん、楽しみはつきない。

さてこの小説はいままでの椎名さんのSFとは少し趣が異なる。というのも珍しく結構色々なものの説明が入る。一番すごいのは世界を荒廃に導いた大戦の発端がかなり詳細に書かれている。勿論同じ世界の共有というのも解釈の一つなのですべてのお話が本当に一つの世界で起こっていることを別々に書いているかは分からないけど、これはかなり興味深い。おそらく主人公が明確な任務を帯びている兵士であることが要因だろうと思う。全体に漂う雰囲気がいつもよりシリアスである。行き当たりばったり感がちょっと少ない。ただし兵士の割にはやっぱり主人公はのんきなところがあって結構窮地に陥ったりしてそこが面白い。「迂闊だった〜」という場面が何回かあって、あんた兵士なのにのんきだな!となんとなく憎めないのが面白い。

私はただ物語が好きなので椎名さんのこういった本がどのくらい読まれているか知らない。ただほんのベストセラーランキングをみるとちょっとマイナーなのかと思う。ベストセラーランキングに入る本がつまらないとは全く思わないけど、私はどちらかというとこういったちょっとかわった物語が大好きで、少しでもその面白さを他の人に伝えられることができたらこんなに幸せなことはない。
是非手にとっていただきたい本です。おすすめ。