ラベル エッセイ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル エッセイ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年7月8日日曜日

椎名誠/旅先のオバケ

作家椎名誠のエッセイ。
私はだいたい本といっても小説しか読まないんだけど、作者の椎名誠さんが好きなので彼のエッセイはたまに読む。何が面白いかというとまずは妙に砕けてゆるーい語り口(椎名誠の文体はかつて昭和軽薄体と呼ばれたらしくて、普段彼のSFを読んでいると別段軽薄な感じはしないのだけど、こういったエッセイだと確かになという納得感がある)が心地よく、するする読めてしまう。それでいて、つまり言葉の数は少なく、表現はシンプルでわかりやすいのに作者の語るところというのはすっと頭に入ってくる。きちんと細部を抑えていて彼のいわんとすることが、読み手の頭の中で容易に再構築されるのだ。この利点は物語ではもちろんこういった類のエッセイでも抜群に活かされる。というのもこの「旅先のオバケ」という本は一種の旅行記の抜粋だからだ。椎名誠は旅慣れた人であり、世界であまり人が行かないようなところになんども出かけている。一方私はというと非常に出不精で、またアウトドアだ、キャンプだというのは正直苦手であまり心惹かれない。テントの凸凹が気になって寝れないし、何よりどんな虫が非常に苦手である。トイレも綺麗じゃないとやだし、という根っからの軟弱な都会人であるから、未開の地の野天で一泊なんてとんでもない話だ。ところが困ったことにそんな荒々しいキャンプで観れる光景というのに憧れもあるわけで、そんな時に私の好奇心を満たすのがこの椎名誠さんの旅行記である。読みやすく、それでいて非常に具体的である。SFだとどうしても非日常感が出ることは否めない。ただし椎名誠の場合はこういった世界各地の旅によって得た知識が存分にその創作に生かされているから、断言してもいいが他の作家には出せないリアルな世界をのびのびと描いている。いわばそんな椎名・ワールドの元ネタである、実際にあるヘンテコなところをこうやって本で読むのは非常な楽しみである。
この本は何処かへの旅、という本ではなくていままでの数多くの旅を包括的に「宿」という視点でまとめたものだ。だから一冊でもそれこそモンゴルからロシアの端っこまで世界各地の様子が織り込まれていてお得感もある。そしてそのどれもが日本の生活からはいくらか(時にはひどく)離れていて、そのギャップが面白いのだ。モンゴルで落馬し5時間かけてゲルに戻った話(モンゴルの大平原では目印が何もないので下手をすると迷って死ぬ。)や、モンゴル人は猫が嫌いで時に蹴り殺す話、北極圏で大の方を排出するときの気苦労の話、戦術的に無価値になった廃墟のようなユーラシア大陸の端っこの街で食べるロシア風うどんの美味しさ、ソ連時代の外食の素っ気なさ、日本の廃棄された離島の凄まじさなどなど。こんなところあるの!こんなことがあるの!ってことが淡々と書いてある。「こんなことがあってすげーんだぜ」というよりはさらっと「こうだったんだよね」みたいな飄々とした語り口でそれがまた良い。
「旅先のオバケ」というタイトル通り、幽霊譚怪異譚も収録されていて面白い。幽霊はいないというのは簡単だが、実際に世界各地に行って不思議体験をした人、その体験が科学的に証明できるとしてもやはりその話は面白い。そこには幽霊がいる/いないを超えた面白さがある。
誰か偉い人が言うには人を成長させるのは、本を読むか、人に会うか、旅に出るしかないらしい。椎名誠は旅に行って、文化の違う色々な人にであり、そして旅先の空の下で本を読んでいるからこの全部をこなしていて私からするともはや仙人めいて見える。その飄々とした姿もなんか逆に浮世離れしているかも。そして旅に出たいなーなんて思ってしまうのだ。忙しくて旅なんてもっての外だと言う人にこそ読んでほしい一冊。

2016年9月24日土曜日

椎名誠/パタゴニア あるいは風とタンポポの物語り

日本の作家によるパタゴニア地方への旅行記、エッセイ。
何冊か感想も書いているが私は作家椎名誠さんのファン。以前はSFばかり読んでいたが、最近ではエッセイにも手を出すようになった。思うに私は本当に出不精で旅行なんてほとんど行かないんだけど、「どっか遠くに行きたい」と常にぼんやり考えている様な人間なのでひょっとしたら見知らぬ土地への憧憬があるのかもしれない。そういったものが椎名案の本を読むと満たされるのかもしれない。

この本が出版されたのは1994年で数は多くないけど写真も収録されている。当たり前だがいまより椎名さんは若い。パタゴニアというとアメリカのアウトドア用品のブランドが有名だが、実際には地名。しかし国の名前ではなく南米大陸のチリとアルゼンチンに属する一地方をパタゴニア、とよぶらしい。この土地を旅した探検家のマゼランが現地の人を見て「足でか!!」と思ったらしく、足の大きい人たち=パタゴンが住む土地、ということでパタゴニアとなったらしい。
パタゴニアというのは非常に大きい土地を指して言うのだが、概して非常に風が強く、天気がコロコロ変わり、人は勿論住んでいるが、だいたい巨大な荒野が広がり、(この本が出版されてから20年以上経つ今ではどうかは分からないが)あまり観光地的な目立つものがない。南米大陸というと陽気で熱いイメージがあるが、その大陸の一番下の方だからとにかく寒さが厳しい。なんていったって氷河が山のようにそびえているのだから。本書にある車くらいの大きさの氷の塊が次々と氷河の表面から剥離し、轟音をたてて海に落ちていく様は力強い筆致もあって大迫力だ。なんとなく静寂のイメージのある氷の世界は、実際意外にも騒々しく荒々しい。そんな厳しく、寂しい土地だからかあまり人も通わず、当時椎名さんが旅するときもあまり旅行記というかそういったパンフレット的なものに使える文献もあまりなかったようだ。本に収録されている写真も厚い雲に覆われていて、陽気とは無縁な景色が果てなく広がっている。
ところで私は昔から世界の果てみたいなところにいってみたかった。人がほとんどいない。荒涼として寒々しいところだ。なんとなくアラスカがそんなんじゃないかと勝手に思っているのだが。まあそういった思い入れもあってこの本を手に取った訳なんだが、もちろんパタゴニアだって人が住んでいる。旅人として時に結構長く(チリ海軍の戦艦に同乗して文字通り絶海の孤島を訪れたりする)、まあまあそれなりに(ホテルの女の子と立ちと馴染みになったりする)、そしてほとんどは通り過ぎるくらい軽く、作者とその一行(テレビ番組を作るためのクルーが同行している、)は土地に住み暮らしている人たちと触れ合っていく。旅の醍醐味で強風吹き荒れる荒野を四輪駆動車で駆け抜ける彼らはまさに身軽な風だろう。前述の自分の例もあって(とくに男性の方がそんな気がするけど)人間というものは安定を求めるのに心のどこかではどっか遠くに生きたいと思っているものだ。(そういった意味でもDeftonesの「Be Quiet and Drive」は思春期の私のアンセムだった。)真っ白い砂浜に、真っ青な海と空、燃える太陽、あるいは荒涼とした絶対零度の世界。天空のかつて人が暮らした遺構。誰も自分を知らないところ。本当は世界に色々な景色があって、それは今も存在しているのにそれを体験できないのはおかしいと、そんな事思った事はないだろうか。こん本でのパタゴニアの描写はどれも素晴らしかったが、一番心に突き刺さったのは、会社員時代27歳の時に椎名さんが出張先で出会った(といえないくらいの)女性とのエピソードだった。バスの車窓越しに目が合った女性、彼女についていけば全く今の社会人とは違う人生が広がるのでは?という考え。大げさに言えば異世界への扉みたいなものだ。それに乗れなかった椎名さんは7年かけて、自分で異世界に漕ぎ出す事にしたのだという。そして今でもその女性についていったら…と考えるそうだ。私はなんかもの凄く感動してしまった。

パタゴニア旅行記として力強くもどこかのんびりとした語り口は非常に魅力的だし、なによりつかれてどこかとおい土地に本当の自分がいるのでは、と思う様な人には是非読んでいただきたい一冊。非常に良かった。オススメ。

2015年4月26日日曜日

椎名誠/笑う風 ねむい雲

日本人の作家椎名誠によるエッセイ。
知っている方ももいるだろうが椎名誠さんという人は作家には珍しい(のかな?)アクティブな人で、それも世界の色んな僻地に旅に出るのが大好きという。そんな椎名さんが旅先でとった写真をちりばめて、その写真にまつわる旅行譚を書く、というのがこの本。
私は椎名誠さんの書くSFが大好きで、漫画家の弐瓶勉さんの元ネタ(登場キャラの名前を取って来ているはず。)の一つという事で「武装島田倉庫」を読んで以来のファンである。椎名誠さんの書くSFは技術の進歩した未来で世界を著しく荒廃させた大戦争がおき、その後生態系が一変した荒々しい世界で繰り広げられる事が多い(北政府、ねご銃など単語だけでワクワクしてくる!)んだけど、その世界というのがはっきりって他のSFとは一線を画す筆致で書かれている。とにかく荒々しく生々しい、人間以外の自然が恐ろしく元気である。微妙に異国情調のなる世界で所謂脇役の人たちがもの凄く生き生きしている。いわばむせ返る様な生き物のにおいが立ちこめてきそうな迫力のあるSFなのである。この独特の世界観はちょっと日本国内外に問わずちょっと無いんではなかろうか。まさに唯一無二の世界観。そんな魅力の秘密はきっと作者椎名さんの旅好きに由来するのであろうと私はにらんでいた訳で。つまり実際に見聞きした自分の体験をその本質をそのままに表層を自分なりに作り替えて書いているのでは、とこう思った訳だ。だからこんなにも呼吸している世界がかけるのだろうと。そういう訳でこの本を手に取った訳だ。
目的地毎に章が分かれていて、そのサブタイトルをみてみると「チベットの怖い目をした仏さまにまた会いにいきました」「柔らかい砂の海を進んでいくと塩の川があった。」などなど。中身の方もいかにも椎名さんらしいゆるーい優しい筆致で訥々と書かれている。思わずいやーいやされるなーと思って読んでしまうのだが、よくよく旅の現場を想像しているけど、世界の僻地(というと実際に棲んでいる方に取っては大変失礼にあたるのだろうけども)である。水や電気だって無いところもある。砂漠の真ん中だったり、大草原の真ん中だったりする。トイレなんて無いし、多分でっかい虫もすごい沢山いるんだろうと思う。椎名さんはさすがにそんななのには慣れてしまっているのだろうから、わざわざそんな事を書いたりはしないのだろうが、実際にはただ美しいだけ、ただ牧歌的なだけではない、現代消費社会の象徴の様な日本で住んでいる私たちからしたらかなり過酷な生活が、そこにはあるのだろう。それはきっと大変なんだろうが、椎名さんはそんな環境を見てもそこにある良いものや、すでに日本から姿を消しつつあるもの消えてしまったものを見いだし、それらを慈しんでいるのだろう。その説教臭くない思いがすっと私の様な人間の心にもはいってすとんと落ち着くのだ。なんだか言いようも無く自分が過ごし恥ずかしくも感じる。
椎名さんは写真大学を中退しているから元々写真が好きだったのだろう。そんな椎名さんの師匠にあたる人が後書きを書いているのだが、椎名さんの写真は素人であるけどと書きながらもその魅力について語っている。なるほどという感じで、たしかに上手いなと思わせる様なものではないのかもしれないが、私個人的には風景の写真もいいんだけど人が写っている写真を撮るとなると椎名さんは良いものを取るなと思った。どの人物も自然な表情で、椎名さんは人を緊張させずに写真を撮るのがきっと上手いのだろうと思う。そこには遠い異国の日常が時を止めて閉じ込められている。それがたまらなく魅力だ。なんだかノスタルジーを感じてしまう。一度も言った事の無い土地の一度もあった事の無い人たちの笑顔の後ろ側に、彼らの人となりと生活が垣間見える様な気がするのだ。
椎名誠さんの小説が好きな人は是非どうぞ。それから旅にいきたいけど時間がないなあって人も是非どうぞ。とても面白かったので私は何かまた別の旅にまつわる椎名さんのエッセイを読もうと思っている。

2014年10月12日日曜日

中島らも/心が雨漏りする日には

日本は兵庫の作家によるエッセイ。
中島らもである。
中島らもさんを初めて知ったのは多分高校生くらいの頃で、当時4チャンネルで爆笑問題が作家の方を招いて話を聞くみたいな番組が夜11時にやっていて、京極夏彦さんとかが出ていて私は結構好きでよく見ていたものだ。そこに登場したのが中島らもさんだった。名前くらいは知っているが勿論作品を読んだ事もないし、どんな人かも知らなかった。帽子にサングラスでノースリーブのデニムっぽい?ジャケットみたいなのを着ていた(腕に陰陽のマークのタトゥーも入っていた。)中島らもさんはとにかくすごーくゆっくりしゃべる人でこの人なんか色々と大丈夫なのか?と思ったのを強烈に覚えている。その後ギターを取り出し放送禁止用語満載の歌を歌ったりして(ピーがすごい多く入って事なきを得た。)印象はかなり強烈だった。しかしその後作品を読んだのは大学生になってからで名作サイキック小 説「ガダラの豚」から始まり、アル中小説「今夜、すべてのバーで」、とにかく手当り次第にドラッグを試しまくるエッセイ「アマニタ・パンセリナ」まで結構な作品を楽しく読ませていただいた。その後も 逮捕、収監などスキャンダラスな話題を世間に振りまきつつ、残念きわまりない事に2004年に逝去。

しばらく中島らもさんの作品は読んでいなかったのだが、人生には中島らもの文章を読む時間というのは必要なのである。とにかく中島らもさんの本が読みたいということで中身も調べずにAmazonで注文したのがこの本。
このブログでは初めてだが、この本は小説ではなくエッセイ。
それも著者の躁鬱病体験を中心に据えたものである。幼少時代から現在に至るまでおおよそ時系列にそって躁鬱病との付き合いが面白く描いてある。この面白くというのがポイントでとにかく電車の中で読めないくらい面白いのだが、よくよく読んでみるとかなり尋常ではない悲惨な状況が綴られている事に気づく。私は中島らもさんにはあった事はないが、恐らく戸とも優しい人ではなかったのだろうか、と勝手に思っている。どんな本でも人を楽しませようとする姿勢があふれている。この本もそうなのだが、軽妙な語り口の向こう側には結構深刻な状況がチラチラ見える訳である。 以前ケッチャムの小説を軽妙な語り口で恐ろしい泥沼にはまり込んでいくようだと書いたが、大分印象は違うがやり方的にはちょっと似ている。とにかく赤裸々に書くものだから、オイオイ大丈夫なのか(勿論大丈夫じゃない。)というエピソードが満載である。気持ちの浮き沈みは勿論、バランスを欠いた精神がどのような身体的な症状、また社会的な状況を引き起こすのかということが(作者の経験を活かして)書いてあるのだが、やはり面白いではすまされない過酷な状態が垣間見える。
アルコールそして楽物中毒である事を隠す事なく告白する作者の鬱病かも?という人への
メッセージは至極簡単である。「病院行って薬をもらいなさい 。」死ぬほど思い悩むんじゃないよ、とりあえず経験上薬飲むと症状は良くなるよ、まず行って来なさい、とこういう訳である。(勿論ペットロスの女性とのエピソードをあげて特異な状況で病気になった場合は単純に薬の効果だけで万事収まる訳ではないと書いている。)

久しぶりに読んだけどやっぱり良いな〜。別に心を病んでいる人でなくても面白く読めるのでとにかく楽しいエッセイが読みたい!という人は手に取っていただいて問題無し。