2020年7月12日日曜日

日影丈吉 編/フランス怪談集

河出文庫の正解の怪談集(の復刊)シリーズ、フランス編。
収録先は下記の通り。
編集と収録先の翻訳の一部も務める日影丈吉は自身も作家で怪談も書いている。(短編集の感想はここから。)

  1. 魔法の手 ネルヴァル著 入沢康夫訳.
  2. 死霊の恋 ゴーチエ著 田辺貞之助訳.
  3. イールのヴィーナス メリメ著 杉捷夫訳.
  4. 深紅のカーテン ドールヴィイ著 秋山和夫訳.
  5. 木乃伊つくる女 シュオップ著 日影丈吉訳.
  6. 水いろの目 グウルモン著 堀口大学訳.
  7. 聖母の保証 フランス著 日影丈吉訳.
  8. 或る精神異常者 ルヴェル著 田中早苗訳.
  9. 死の鍵 グリーン著 日影丈吉訳.
  10. 壁をぬける男 エーメ著 山崎庸一郎訳.
  11. 死の劇場 マンディアルグ著 渋沢竜彦訳.
  12. 代書人 ゲルドロード著 酒井三喜訳.
※(上記収録先、ここから拝借)

不在がちな超自然要素
フランスのステレオタイプ、おしゃれで恋愛好きと言うのが真実であればさぞかし幻想的な怪談が生まれそうだと思って読んだんだけど、良い意味で期待を半分裏切られた。

典型的な幽霊譚、怪異譚に属するものは、②③だけ!
少ない。しっとりとした情緒は和風ホラーに通じるところがあるのでは、って気がしていたが。
他のどの話ももちろん怪異を扱っているのだが、非常に現実的なのだ。
現実に起こった(という体の)不思議な話、恐ろしい話が殆どを占める。(ただしこれは編集者の日陰の趣味も大いに関係しているとは思うからフランスの怪談全体の傾向をこれと決めつけるのは尚早か。)
例えば④なんかは華やかな社交界(女性)と勇壮な戦場(男性)で人を引きつける紳士が若い頃に遭遇した、男女間の艶っぽい出来事を扱った中編で大変怖いが超自然的な怪異の要素はゼロだ。

フランス人の恐れたもの、それは恋愛
多様な収録先の共通点として、現実的である(超自然の不在、つまり自然である)ということが根底にある。となると次にその中でどんな傾向があるかというと、これはズバリ恋愛である。
恋愛が作中で大きなファクターになっているのは①②④⑥⑨、やや弱いがロマンスという意味では③⑤⑦⑩を入れてもいいはず。
恋愛というのは強い執着を生むわけだから、これは怖い話になりやすい。(本邦だと四谷怪談か、ぱっと思い浮かぶのは。)
資料に取り憑かれる②は、日本にも通じる強烈な想いが幽霊となって結実するパターンだが、他の短編はそっちに舵を取らずに現実を変容させて悲劇に落ち込ませている。
嫉妬が不幸を招く①⑨(⑨は中編で④と合わせてこの本の中でも主役級の2編だと思う。)、恋心が破滅を招く、もしくは予兆させる⑤⑥⑩などは、そんなフランスのお国柄を意識させる短編と言える。
怪談というのは人を怖がらせないといけないから、その土地その次代の風俗や慣習を色濃く反映している。怪談を読めばそれを読む人たちが何を恐れていたかが読み取れる。
フランスの人たちにとって恋愛は大きな関心ごとで、大きな喜びを生み出す一方でときに大きな不幸や不和の種になることを知っていたのだ。

改めて超自然要素
恋愛の怖い話をそのまま書いてしまえば、まあメンヘラ化彼女がストーカーしたとか、メンヘラ化した彼女が刺しに来たとか、そういった物語としては下世話でつまらないものになってしまう。
そこで再登場するのが超自然要素なのだ。これは怪談集なのだ。
その不在がちな超自然要素がどのように働いているか、改めて考えていきたい。
①ならジプシーの魔術が現実を捻じ曲げて不幸に導く。
⑨は来たるべき破滅を超自然が横にずらす(このずらしはぜひ読んでほしい)。いわば不幸の転移であり、それが物語にもたらすのは悲しみだ。あえて怖くしなかったことで情緒が出た。この短編は常に閉鎖された状況でストレスが増大していく構成で非常に面白い。
徹頭徹尾現実的では面白さに制限がかかってしまう。それを超自然が未知の境地に押し上げてている、もしくは転移させている。
これで物語に転換がおこる。ゾンビものとは違う、現実が続いて最後に突き落とすのだ。
いわば恋愛における悲劇的な結末を一段深化させる、そんな感じか。
日常ではいけない場所に突き落とすためのスパイスのような。危ない薬と言ってもいい。