日本の作家によるパタゴニア地方への旅行記、エッセイ。
何冊か感想も書いているが私は作家椎名誠さんのファン。以前はSFばかり読んでいたが、最近ではエッセイにも手を出すようになった。思うに私は本当に出不精で旅行なんてほとんど行かないんだけど、「どっか遠くに行きたい」と常にぼんやり考えている様な人間なのでひょっとしたら見知らぬ土地への憧憬があるのかもしれない。そういったものが椎名案の本を読むと満たされるのかもしれない。
この本が出版されたのは1994年で数は多くないけど写真も収録されている。当たり前だがいまより椎名さんは若い。パタゴニアというとアメリカのアウトドア用品のブランドが有名だが、実際には地名。しかし国の名前ではなく南米大陸のチリとアルゼンチンに属する一地方をパタゴニア、とよぶらしい。この土地を旅した探検家のマゼランが現地の人を見て「足でか!!」と思ったらしく、足の大きい人たち=パタゴンが住む土地、ということでパタゴニアとなったらしい。
パタゴニアというのは非常に大きい土地を指して言うのだが、概して非常に風が強く、天気がコロコロ変わり、人は勿論住んでいるが、だいたい巨大な荒野が広がり、(この本が出版されてから20年以上経つ今ではどうかは分からないが)あまり観光地的な目立つものがない。南米大陸というと陽気で熱いイメージがあるが、その大陸の一番下の方だからとにかく寒さが厳しい。なんていったって氷河が山のようにそびえているのだから。本書にある車くらいの大きさの氷の塊が次々と氷河の表面から剥離し、轟音をたてて海に落ちていく様は力強い筆致もあって大迫力だ。なんとなく静寂のイメージのある氷の世界は、実際意外にも騒々しく荒々しい。そんな厳しく、寂しい土地だからかあまり人も通わず、当時椎名さんが旅するときもあまり旅行記というかそういったパンフレット的なものに使える文献もあまりなかったようだ。本に収録されている写真も厚い雲に覆われていて、陽気とは無縁な景色が果てなく広がっている。
ところで私は昔から世界の果てみたいなところにいってみたかった。人がほとんどいない。荒涼として寒々しいところだ。なんとなくアラスカがそんなんじゃないかと勝手に思っているのだが。まあそういった思い入れもあってこの本を手に取った訳なんだが、もちろんパタゴニアだって人が住んでいる。旅人として時に結構長く(チリ海軍の戦艦に同乗して文字通り絶海の孤島を訪れたりする)、まあまあそれなりに(ホテルの女の子と立ちと馴染みになったりする)、そしてほとんどは通り過ぎるくらい軽く、作者とその一行(テレビ番組を作るためのクルーが同行している、)は土地に住み暮らしている人たちと触れ合っていく。旅の醍醐味で強風吹き荒れる荒野を四輪駆動車で駆け抜ける彼らはまさに身軽な風だろう。前述の自分の例もあって(とくに男性の方がそんな気がするけど)人間というものは安定を求めるのに心のどこかではどっか遠くに生きたいと思っているものだ。(そういった意味でもDeftonesの「Be Quiet and Drive」は思春期の私のアンセムだった。)真っ白い砂浜に、真っ青な海と空、燃える太陽、あるいは荒涼とした絶対零度の世界。天空のかつて人が暮らした遺構。誰も自分を知らないところ。本当は世界に色々な景色があって、それは今も存在しているのにそれを体験できないのはおかしいと、そんな事思った事はないだろうか。こん本でのパタゴニアの描写はどれも素晴らしかったが、一番心に突き刺さったのは、会社員時代27歳の時に椎名さんが出張先で出会った(といえないくらいの)女性とのエピソードだった。バスの車窓越しに目が合った女性、彼女についていけば全く今の社会人とは違う人生が広がるのでは?という考え。大げさに言えば異世界への扉みたいなものだ。それに乗れなかった椎名さんは7年かけて、自分で異世界に漕ぎ出す事にしたのだという。そして今でもその女性についていったら…と考えるそうだ。私はなんかもの凄く感動してしまった。
パタゴニア旅行記として力強くもどこかのんびりとした語り口は非常に魅力的だし、なによりつかれてどこかとおい土地に本当の自分がいるのでは、と思う様な人には是非読んでいただきたい一冊。非常に良かった。オススメ。
0 件のコメント:
コメントを投稿