日本の作家の短編小説集。
私は椎名誠さんのファンなのだが、SFがメインでその他のフィクションとなると短編集1〜2冊しか読んでいない。というわけで何冊か、フィクションでそれも少し不思議な要素が入っていさそうな本を買った。
そもそも椎名誠さんのSFの面白いところに突飛な世界観(SFは多かれ少なかれ突飛な事が多いけど、この作者の場合説明が少なく、かわりに造語を多分に用いた)と、そこに蠢く(人間も含めた)奇妙で生命力に溢れたキャラクターが起こす小さな(たとえば銀河系の命運を決める、とかそういうのではないという意味で)騒動だと思うのだが、その要素がSF以外では活かしきれないのでは?という気が私は全然しなかったんだけど、改めてSFではない作品を読んでもやはりそのとおりだった。
この本に収録されている10の短編はどれもSFとは言い難いが、日常のなにか表層を一部だけひっくり返したような超常性があり、そこが怖い。というのもわかりやすいのは妻が別人に思えてならない話(「妻」)などは妻帯者でなくても夫婦という状況が想像しやすいゆえに、突飛でなく(むしろ突飛でないゆえに)恐ろしいのである。この日常に埋もれた非日常感というのが大切で、例えば田舎で良い感じに酔っ払って裏道に迷い込んで不思議な祭りに遭遇する話(「抱貝」)なんかは、特に都会で暮らす者にとっては非日常である田舎の暮らしに抱くロマン(ちょっと色っぽいシーンも有る)が見事に表現されていると思う。それは未知との遭遇であり、つまりSF的でもあると思う。(この短編は椎名流の造語も出てきて一番SFっぽいと言っても良い。)つまり筆者の持ち味はSFというフィールドを離れても少しの瑕疵もなく、同じ軽薄な文体の中にとらえどころなく存在している。それは言ってしまえばここではない、どこかへのあこがれであり、それが日常のちょっとした空隙の先に存在しているという優しい物語である。
また文体に気取ったところが一切なく、それでいて読みやすさを考慮されて練られた独特の語り口(つまり昭和軽薄体)は非常に読みやすく、ごろんと寝転んで読んでいいのね、位の気持ちで物語に入れるようになっている。軽い気持ちで是非どうぞ。
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