アメリカの作家の短編小説集。
アルフレッド・ベスターである。SFのオールタイムベストを出すと必ず名前の出て来る「虎よ、虎よ!」の作者である。私も学生時代に寺田克也さんの表紙の文庫本を今はなき渋谷のビルまるごとブックファーストで購入したのだった。アレクサンドル・デュマの「巌窟王」(私は子供の頃青い鳥文庫で読んだだけなんだけど)を下敷きにした、広大な宇宙を舞台にした一人の男の執念の復讐譚であり、その壮大な、壮大なストーリーともはや一つの記念碑のようになっているラストでもって私は心臓を顔に入れ墨のある大男(「虎よ、虎よ!」の主人公)とベスターに鷲掴みにされたのである。いつかこの現実から青ジョウントしたいものだ、と今も思っている。(完全に余談だがその後私の「虎よ、虎よ!」はゴールディングの「蝿の王」とともに飼い猫のおしっこを引っ掛けられ泣く泣く捨てたので、いい加減買い直そうかなと思っている。)
その後最近になって「分解された男」を読み、これは完全にディストピアを書いた小説だと一人頷いたものだ。そして今度は短編集がでるというので喜び勇んで買ったわけ。ちなみにこの本の後書きによるとベスターは作家以外(コミック、ラジオ、ドラマのシナリオライター)の活動期間も長く、あまり作品自体は書いていなかったようなのだ。たしかにあとは「ゴーレム100」くらいなのかな?日本で出ているのは。(他の短編集はおそらく収録作品がこの本とかぶっている。)
SFで描かれる未来というのはたいてい暗いものだが、ベスターは輪にかけて苦い世界を書く。2つの長編でもそうだったが、短編となると壮大さにはページを割かない分その苦さがより個人的なものになっており、範囲が狭まった分より生々しくなっている。ベスターの描く未来というのは人間を幸福にするはずの科学や近代的な思想が、取り扱う人間の愚かさ故に人間を苦しめる枷になっているというもので、未来に行けば行くほどその枷が重くなっているようだ。つまり人間は根本的に良い方向に進化せず、愚かなままだと言っているようだ。暴力は高きから低きに流れ、常にその時弱いものがツケを払わされている。技術がむしろ人間の愚かさを無遠慮に露呈している。星まで到達しているのに相変わらず人間たちは騙し、妬み、互いに殺し合っている。「地獄は永遠に」では5分の4の地獄は現代のことであった。ベスター流として一見華麗な世界を醜く暴くというやり方に心血をそいでいるというところがあって、実は人間の内面を描いているとしても、人間の内面の不可解さ(ことさら否定的、批判的ではないと思う。)を冷静に書こうとするバラードなんかとは明らかに一線を画している。ベスターのほうが情熱的だが、その持ち味は暗く一般受けはしないだろうなと思う。ただ徹底的に人間嫌いがベスターなわけではなく、この短編では唯一「時と三番街と」だけが異彩を放っている。そこで書かれているのは人間の善性への期待であり、この善性というのは生まれ持って備えたものというよりは、未熟な状態で生まれ持ったそれをしがらみの多い暗い世界で、考えることで人類はまだ発揮することができるのだ、というベスター流の期待が描かれており、そういった意味では非常に希望のある作品である。「虎よ、虎よ!」のラストを思い出してほしい。あのラストは本法に絶望だけしている人間には決して書けないということは沢山の人にわかってもらえると思う。多くは語れないが、あそこにはベスターの希望が圧倒的なカタルシスになって詰まっていると思っている。あそこがないと「虎よ、虎よ!」はだめなんだ。あそこに向かって無茶苦茶な速度で分解しながら落ちていくような、そんな小説なんだと私は思っているので、そういった意味ではやはりこの短編集の中にも、ベスターのそんな思いを感じ取ってやはりじーんと熱くなってしまうのであった。
手頃にベスターの作品を味わえるという意味では非常に良い短編集。短いながらも暗い世界観がぎっちり。ここを通過してぜひ「虎よ、虎よ!」を読んでほしいと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿