日本の作家香山滋の短編集。河出文庫の<探偵・怪奇・幻想シリーズ>の一冊としてリリースされた。今庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」を皮切りに今何回目かのゴジラ・ブームなのだろうけど、その「ゴジラ」の原作を書いたのがこの香山滋という人。1904年生まれで昭和の時代に活躍した文人。私は多分短編一つも読んだことがなかったと思うが、名前は知っていたのでなんとなく買ってみた次第。怪奇も幻想も好きなので。
奇妙なタイトルは海の鰻とかいて「かいまん」と読む。海鰻というのはうつぼのこと。
冒頭を飾るデビュー作「オラン・ペンデクの復讐」を少し読めばそこにあるのは重厚なで大仰な文体で飾られた昔日の怪奇譚で、例えば夢野久作の「ドグラ・マグラ」を読み始めたときのような、「ああ私は今現代とはかけ離れた異郷の地のような世界に足を踏みれたぞ」というようなくらっとする感覚が味わえて興奮する。この頃の日本の小説にしか出ない味ではなかろうか。一体ラブクラフトの小説もそうだが超自然という”不自然”をあたかも存在するかのように描写するには、かなり凝った下準備と言うか舞台装置が必要で、その一つが仰々しい文体ではなかろうかと思っている。(音楽ジャンルとしてのメタルに少し通じるところがあると思う。)おそらくだが完全な幻想文学というのはやはり日本では(外国ではどうなのだろうか)なかなかやっていくのが難しいのだろう。香山滋もその溢れ出る怪奇への情熱をミステリーという鋳型に収めるように整形して小説を組み立てている。物語の中心となるのは殺人であり、それを取り巻くのは血と汗の匂いのする人間たち、そしてその周囲に異形の者の影がちらつくというやり方だ。やはりどうしても江戸川乱歩の世界を思い出してしまうのは仕方ないだろうと思う。(ちなみにあとがきを読むと乱歩も香山滋のことをよく評価しているようだ。)
精密な”怪奇”を描くにあたって香山が武器にしているのが博物学というか、生物と植物に対する深い造詣と図鑑的な説明文の大胆な挿入だろう。動植物にしても一般に流布している名称でなくて、学名をいちいち入れてきたりと、異常さをアピールすることに余念がない。これらはあくまでも作者にとって道具であって説明に終始しないところも結構読みやすさを意識して描いている姿勢が見て取れる。
もう一つ面白いのが”憧れ”でこれは具体的には地球上にまだある未開の地へのあこがれである。衛生で地球の地表上ほぼすべてを網羅できる現代では難しいかもしれないが、昭和の時代ならまだ人類未踏破の未知の世界があり、そこには文明に発見されていない全く目新しい生物、植物が溢れているだろうという考えである。(もっともいくら昭和でもないのはわかっているけどやはり憧れを抑えきれない、という知識人の心持ちだったのではないかと思うけど。)その憧憬が絶海の孤島のトカゲだらけの島や、ゴビ砂漠の奥地から来た未知の蝶だったりという要素を生み出す一つの理由になっているように思う。まったく私達の世界の理論とは別の思考体型で動き躍動する生命の野蛮さというのが、半端に文明化された私達の心に不思議なノスタルジックさ(人間はいったことのない土地、存在したことのない土地にもノスタルジーを感じることができる。)を呼び起こす。
エロとグロをしっかり抑えているし、この時代の怪奇にどっぷり浸りたいという人には文句無しでおすすめの一冊。
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