2017年12月29日金曜日

椎名誠/ねじのかいてん

日本の作家の短編小説集。
椎名誠さんの超常短編集の一冊。中古で購入。タイトルはもちろんヘンリ・ジェイムズの短編小説から取っているのだろう。

前回紹介した「鉄塔のひと」はSFの要素があっても結果的にSFと呼べる作品は収録されていなかったが、この本ははっきりSFと言い切っても良い作品が収録されている。あとはこの作者に対しては珍しく”しかけ”のあるホラー風の短編や、軽妙で軽薄な文体を活かしたファニーな短編など。何と言っても目玉はやはりこの間紹介したSF長編「水域」の原型の短編バージョンの「水域」だろう。長編の大体中盤までの物語を大まかに書いてある。面白いのは主人公の設定で、こちらだと結構熟練の旅人であるのに対して、長編に書き直した方はいっこの青春小説と言って良いくらい主人公が若く、そして青く設定されている。こうした結果読者の裾野を広げると行った意味もあるだろうが、むしろ旅の危うさ、そして初々しさというのが圧倒的に強調されており、冒険小説というのはその主人公はある程度無知(かつ才気と情熱に横溢している)な人のほうが面白くなるのだな、と妙に納得してしまった。
私もかつてはそうだったが、椎名誠さんというとやたらがっしりしていてCMとかに出ている作家のひとというイメージで(外国で馬に乗っていて「シーナさん」「シーナさん」と呼びかけられる何かのCMのことをおぼろげに覚えている。)、それから実際に椎名さんが書いた本を読むと、「うおお本当に作家だったのね」というギャップめいた驚きに打たれるものだ。渡しの場合はでもやはり結構健康的な見た目にあった強靭な内容だな〜と思ったのだが、幾つか作品を読むとただただ牧歌的な風景の中で造語にまみれたへんてこな小説を書くだけのひとではないということに気付かされる。おそらく意識的にあまり出さないようにしているが、やはりその底にはどろりとした凄みや怖さというのがあって、それがたまにその作品に滲み出しているのを感じるのである。はじめから剣呑であれば(とくに直接的な脅威でないほどに)人間というのはそれに適応してしまうものなので、逆に言うとこうやってたまに垣間見えるほうがその恐ろしさが強調されるものである。この短編集でも、そのヤバさみたいなのが幾つかの作品で垣間見えて面白い。「ニワトリ」の滑稽な状況に背後にある男の身勝手さ(これは仕事でいつも家を留守にして置いてけぼりにしている実際の奥様に対する椎名さんの罪悪感が色濃く強調されているようなきがする。ほかにも妻との関係に不安が浮かび上がったような不安な小説が幾つかある。)や、なんといっても「月の夜」における、人間に対する深い愛情とそしてその愚かさを、人外を語り手にすることでなかば神の視点で客観的に浮かび上がらせており、その人間からすると非常にすら見える寛大さが、人間にとってはこの上なく理解不能で恐ろしく見えるのである。

SFほど異世界ではないし、かといって日常からは1歩か2歩は逸脱している程よいレベルなので、古本屋さんで見かけたら手に取ってもらって是非どうぞ。

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