2013年6月24日月曜日

椎名誠/チベットのラッパ犬


突然だが私は弐瓶勉さんの漫画が好きだ。
現在アフタヌーンで「シドニアの騎士」を連載しているあの弐瓶勉さんである。
初めてアフタヌーンで「BLAME!」を読んだときは衝撃だった。当時ジャンプやヤングジャンプなどの漫画ばかり読んでいたので、バサバサした絵。全く意味の分からない世界、少なすぎる台詞のすべてが新しかった。漫画ってこういうのもありなの?と思ったことを覚えている。
さてその「BLAME!」の中に電基漁師という人たちが出てくる。外骨格に身を包みながらどこからしら素朴な彼らにはその各人に名前の元ネタがあると知ったのはおそらくネットかなにかだと思う。「づる」や「捨吉」というその名前は椎名誠の小説からとられたのだそうだ。そうして手に取った「武装島田倉庫」が私と椎名誠さん(の小説)との出会いだった。勿論椎名誠という名前は知っていた。もじゃもじゃ頭のおじさんで馬に乗ってCMに出ている人でしょ、まあ小説家らしいけど、位の認識だったが。
「武装島田倉庫」を開けばそこにはまた私の全く知らない世界が広がっていたのである。私はその後も椎名さんの不思議なSF小説を全部ではないけど非常に楽しく読んできた。はっきりいうともうすごい大好きなのです。

長くなってしまったが、今回ご紹介するのがその椎名誠さんによるSF小説「チベットのラッパ犬」である。始めにいってしまうが今回も面白すぎるので皆様にはぜひ読んでいただきたい。

世界規模の戦争により荒廃しきった世界。技術の進歩は様々な技術や兵器を生み出し、それらの乱用により各国の様相は大きく変わり、また生態系も今のそれとは全く違う世界。兵士の「おれ」はサイバネティクス兵士に必要不可欠な人口眼球に必要な素材を手に入れる任務でチベット付近の田舎に潜入する。ところが任務完遂まで後一歩というところで素材をサイバネティクス犬に奪われた「おれ」はなんと自分も犬に姿を変えて、敵を追うことになる。

椎名さんのSF小説は厳密にはっきりと明言されている訳ではないけど、だいたい共通の世界観を共有している。発展し続けた世界がある時点で起きた大世界戦争で一回崩壊寸前まで破壊し尽くされてしまったのである。化学兵器の乱用により空は常に曇り、海は油の皮膜に覆われ、陸上にかぎらずあらゆるところに珍奇で(凶暴)な生物(中には人為的な合成生物もたくさんいる)が跋扈している。食料やエネルギーは慢性的に不足しているから所謂上層に所属していない人々は原始的な生活を送ることを余儀なくされている。しかし一旦発展した未来の技術は散発的に存在しており、そのアンバランスさが物語を面白くしている。
こうして書くとかなり暗い未来のようだし、実際汚染された世界でのサバイバルが必須になるから殺伐とはしている。ただ椎名さんの小説で面白いのは結構明るく書かれている。というのも登場人物たちがみんなたくましい。状況によるところも大きいのだろうが、うじうじしていない。よく動き、よく食べる。平気でだまし合いもするし、殺し合いもするがひねくれたところがなくて、みんなまっすぐに生きているから物語自体が決して陰惨にならないのである。
この世界観はやはり作者の椎名さんの正確に起因するところが大きいのだと思う。椎名さんはまったく作家らしくないことに世界の辺境に旅にいくことがたのしみらしく、この奇妙な世界観は結構そういった未開の辺境の地での旅の経験が活かされているのだ。勿論椎名さんの想像力も遺憾なく発揮されているけど、すべてが想像で出来上がったいわば虚構のSF小説とはちょっと趣が異なるのである。
また不思議な世界観の割に説明がほとんどない。ハードなSFは結構未知の技術でもそれらしい説明がなされることもあるけど、椎名さんの場合は不思議な言葉が山のように出てくるがほとんど詳細な説明というのはされない。弐瓶勉さんの漫画もそうだけど、私はこれが大好き。なぜかというと読み手の想像が際限なく膨らむからである。椎名さんのいろんな小説にでてくる「ねご銃」ってどんな形をしているんだろう?うーん、楽しみはつきない。

さてこの小説はいままでの椎名さんのSFとは少し趣が異なる。というのも珍しく結構色々なものの説明が入る。一番すごいのは世界を荒廃に導いた大戦の発端がかなり詳細に書かれている。勿論同じ世界の共有というのも解釈の一つなのですべてのお話が本当に一つの世界で起こっていることを別々に書いているかは分からないけど、これはかなり興味深い。おそらく主人公が明確な任務を帯びている兵士であることが要因だろうと思う。全体に漂う雰囲気がいつもよりシリアスである。行き当たりばったり感がちょっと少ない。ただし兵士の割にはやっぱり主人公はのんきなところがあって結構窮地に陥ったりしてそこが面白い。「迂闊だった〜」という場面が何回かあって、あんた兵士なのにのんきだな!となんとなく憎めないのが面白い。

私はただ物語が好きなので椎名さんのこういった本がどのくらい読まれているか知らない。ただほんのベストセラーランキングをみるとちょっとマイナーなのかと思う。ベストセラーランキングに入る本がつまらないとは全く思わないけど、私はどちらかというとこういったちょっとかわった物語が大好きで、少しでもその面白さを他の人に伝えられることができたらこんなに幸せなことはない。
是非手にとっていただきたい本です。おすすめ。

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