2019年9月1日日曜日

椎名誠/[北政府]コレクション

読書のはたくさんの楽しみがある。
醍醐味といっていい、その中の一つに「想像す」ることがある。
”街の上空に浮かぶ巨大な宇宙船”という言葉で想像する宇宙船は人によって異なる。
人によってはアダムスキー型、スタートレックに出てくるような金属質だが丸みを帯びたもの、日本のアニメに出てくるような前後に長く数多の砲塔が突き出ているもの、近代的な角度によって色が変わる道の材質でできている流線型。
物語は文字で書かれているからじつは書かれた時点では完成していない。読み手が読んだ時点で完成するからだ。一つの書かれた物語を100人が読めば、100通りの物語、世界、風景、解釈がある。
こう考えると単に物語を読むという以上に、読書という行為が崇高なものに思えていつもゾクゾクする。

椎名誠のSFを読むとこれは読書の本質をついていると思う。
徹底的にぶっきらぼうで愛想がないからだ。世界や人物の過去や未来がほとんどかかれない。なぜなら「生存すること」がいろいろな椎名の物語では目的に吸えられていて、そんな人間や動物たちには今しかないからだ。
いわば説明のない空漠とした世界に、著者は適当な生物、構造物を作り上げてくる。筆を一振りすれば、人間すら捕食する虫と思しきもの、もうひとふりすれば人造の生体機械たちが生まれてくる。いわば神に等しい行為で、まさしく絶対心としてのストーリーメイカーの面目躍如といった趣。
ただ多かれ少なかれこんなことはどの作者(プロでもアマチュアでも)やっている。
ここで活きてくるのが作者・椎名誠の世界の辺境を放浪した実体験である。(あとどうも椎名さんは図鑑を読むのが好きらしいので、紙で得た知識もあるはずだ。)
自分で触った、食った経験がその椎名誠という一人の神であり、ホラ吹き男である作者の放言に妙な説得力を与える。
人造人間つがねの強靭さと危うさ、人を襲う野生の馬のような筒だましの恐怖、誰も実態を知らないが世界に爪痕を残した北政府、そんな見たことも聞いたこともない生物や機構の姿が無愛想な文字を追ってくると不思議に脳裏に浮かんでくる。(これは既存の言葉に頼らず、自分で言葉を生み出しているそのやり方もその力に大いに寄与していると思う。)数々の修羅場をくぐった百舌(もず)の峻厳でしたたかな顔つきもなぜだか想像できるようだ。

全くわからない世界、それを説明もしないが、まるでオーバーハングした長大な絶壁のような物語を書くのが椎名だが、そこには実は確固たる足がかりが用意されている。
これを縁にえっちらおっちら物語の壁を登っていく、そして振り返るとそこにはここでしか見れない絶景がある。

今回この本に収録されている物語は私全部読んだことがある。
でもやっぱり面白い。とてつもなく良い。
これが物語の、読書ん醍醐味だと実感する。

肉体的であるという意味ではアメリカ文学に通じるところがある。
登場人物たちが感傷的でないということは、前述の通り生きることに必死過ぎて余裕がないからだ。(とはいえ弛緩はあって、多く含まれている食事のシーンで表現されている。)
しかしこれを脳筋バカの極めて男性的な物語とは捉えていけない。なぜなら鑑賞はなくても思考があるからだ。
生き残るということは戦いで、それは判断の連続だ。武器を使うことはその一つに過ぎない。
だからこれらの物語の楽しさの一つに戦闘シーンが挙げられるが、それだけがすべてではない。
誤った判断で徹底的に荒廃した世界で手前勝手な判断(結構よく間違っている)でたくましく生きていく、それは非常に無益でそして抜群に面白い。

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