作家の椎名誠さんのSF長編小説。
椎名誠さんのSFはとにかく大好きなので迷わず購入。
表紙は吠える犬で「チベットのラッパ犬」もそうだったが、椎名さんは犬が好きなのかも入れない。この小説でも犬が重要なキャラクターで出てくる。思うに野犬というのは椎名さんがよくいく辺境と呼ばれる地域にはたくさんいて(日本では野良猫はいるけど野犬はもう見なくなりましたね、私は一回子供の時に見たギリです。)、そして彼らが自由にたくましく生きているからだろうか、なんて思ったりする。
未来の日本はのちに「大破壊(ハルマゲドン)」というテロとそれによる破壊により壊滅的なダメージを負い、中国の属国になっていた。それでもまあ日常というのは存在するもので、舞台になるのは東京湾に面するとある埠頭。ここでは「大破壊」で傾いた高層ビルと埠頭に打ち上げられた客船が斜めに寄り添い、巨大な三角を形成していた。その三角の下の薄闇にはなんでも揃う危険な闇市が展開されていた。そこで北山は暗闇市場の倒壊しかけたビルで人と獣の魂を分離合成するモグリの医師をやっている。ある日やはり訳ありのヤクザと思わしき集団が北山の部屋に訪れる。
椎名誠さんのいわゆる一連の「北政府」ものとは別の世界軸で展開されるのが今回のSF。色々な意味で前述のそれらに比べて読みやすい作りになっている。
一つは舞台が日本の東京とその周辺であること。そして割と近しい未来であること。もちろん主人公の一人北山が扱う人獣合魂エンジンなんて技術は現在存在しないし、ありと高度なアンドロイド達も出てくるが、あとは携帯電話の進化版だったり、移動は車やバイクを使ったりとあまり現代から隔たりがない。(ただし一風変わったガジェットや施設(個人的には秘密裏に密会できる立体駐車場なんてのは非常に面白かった)は出てくる。)登場人物達も魂が入れ替わっている人と、ミュータントの走りみたいな人が出てくる以外には人体改造至上主義者は出てこない。作者の小説の醍醐味のよくわからないがワクワクさせる語感の得体の知れない(どう猛な)植物・動物達も数は絞れられている。(ただし結構な重要や役柄で出てきたりする。)
もう一つは一つの世界を舞台にした連作小説ではなく、一つの筋が通った物語が展開されているので、視点が固定されて読みやすいと思う。(私は連作小説でも読みにくいと思ったことはないのだが、一般的に。)割と野放図に始まった物語が結構な中盤まで行き当たりばったりでどこに向かうか登場人物と同様に首を傾げていると、終盤に入ると次第にカオスに一つの軸が浮かび上がってくる。そのままラストになだれ込む様は椎名SFでは珍しいかも知れない。エンタメ的なカタルシスがあって非常に良い。
それでは持ち味が薄くなった作品になってしまっているかというとそんなことはなく、持ち味である危険な状況で遺憾無く発揮される人間と(特に)動物のたくましさがのほほんとした筆致で書かれている。善悪をはっきり超越した生命力に顔を思わずしかめてしまう場面もあるが(主人公の一人である(暫定)警察機構に勤務する古島は結構なクズ人間)、現代社会にはない(がきっとその背後で世の中を動かしている)法則に圧倒され、時に魅せられる。人間なんて暴力で一皮剥けばこんなもんなんだよ!という暗く諦めたような感情で書かれているのではなくて、どちらかというと人間結構どんな環境でもそれなりに楽しく生きられるもんだよ〜って感じで書かれている気がする。殺伐としているけど笑いもあれば、憩いもある。こうやって物語を書ける人は他に知らない。
大きく大きく(もしくは小さく小さく)、時には肉体を超越して拡散・広がっていく最先端のSFとは明らかに一線を画す野蛮な世界。椎名誠さんの描くSFの魅力がぎゅっと詰まっている。個人的には荒廃仕切って諦めが支配する退廃に一条の光を投げかけるのが”これ”かも知れない、というラストは非常に面白かったし痛快だった。面白かった。おすすめ。椎名誠さんのSFはどれから読んだらいいのか、という人はまず手にとっても良いかも。
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